002話 竜の巫女との接触

それは、いつからそこに居たのだろうか。


鳥居のはしに立ち、全身を紺色のローブで包んだそれは、フード越しにこちらを見つめている。


いつ現れたのかさえ解らず、その異様さに言葉を失い、見とれていると後続のナル、先頭のイマリも不気味なその視線に気付いたようだ。


三人の視線が、紺色のローブを着た者のフード内へ注がれる。


「ようこそ、竜のとりでへ」

少女の落ち着いた声色だった。


丁寧ていねいに一礼した後、それはフードを脱ぎ屈託くったくの無い笑みを見せた。


髪はベリーショートの金色、瞳も金色いや黄色だろうか吸い込まれそうなほど、綺麗な瞳をしている。


しかし、人間ではない。


肌は青白く、首から下には鱗状の皮膚が見える。


その歯は肉を引き裂く牙だ。両耳の上には鋼鉄さえ突き破りそうな角が生えている。


「はじめまして、あなたが《りゅう巫女みこ》で間違いありませんね?」

まだ、敵か味方か解らない以上、丁寧に確認していく必要がある。


屈託くったくの無い笑みのまま、その黄色い瞳は私を捉える。


「はい、私は竜の神に仕える《りゅう巫女みこ》、竜人族のカイハーンと申します」

カイハーンと名乗った少女は、そう言うと再び一礼し、視線をイマリそれからナルに向けた。


ナルを見据えた刹那せつな、瞳が揺らぎ笑顔が消えたような気がしたが、それはすぐに少女の無垢むくな笑顔に、かき消される。

「ここでは何ですので、奥へどうぞ」



―― 竜の砦 内部


「くぅ~、生き返るぅ~」


抹茶に似た冷たい飲み物を、一気に飲み干し、空のコップをテーブルに戻すナルだったが

「あはは、はい!いくらでもどうぞ」

すかさず空のコップに、おかわりを注ぐカイハーン。


…この二人、何でくつろいでるんだ…。


イマリはと言うと、飲み物に一瞥いちべつしたものの、一度も口を付けていない。


私はイマリの肩に止まり、話を核心へと進める。

「と、とりあえず、私達の紹介をしますね」


カイハーンは、はいどうぞと言わんばかりの笑顔で、こちらに向き直る。


私はイマリに視線を移した。


イマリもうなずき応える。

「《やみ巫女みこ》、佐賀伊万里さがイマリ、人間だ。」


イマリは簡潔だが、しっかりとカイハーンを見据え挨拶する。


「《やみ巫女みこ》のイマリさん、可愛いお名前ですね」

カイハーンの笑顔が、イマリに向けられる。


「…」

イマリは無表情に、その笑顔すらも見据えている。


笑顔の奥を確かめているのだろうか。


「私は、妖精の草薙ショコラです。巫女ではありません」

黒瞳と黄瞳の、無言の衝突に耐えきれなくなった私は自分の紹介を挟み、ナルに目配せした。


「《けん巫女みこ》、長崎ながさき奈留ナルです。17歳よろしくっ!」

ナルがそう自己紹介した時だった。


カイハーンの瞳は不思議そうに私とナルの間を往き来した。


それが何を意味するのか思慮しりょしても、おそらく答えは出ないだろう。


私は核心へ迫る。

「カイハーンさん、竜の神より御言葉みことばはありましたか?」


「はい。神よりめいを頂いております」

笑顔のまま、カイハーンは続ける。

「剣の巫女様と、闇の巫女様が同行しているという事は、剣の神と闇の神は同じめいを下した、という事で良いでしょうか?」


カイハーンは、私から一旦視線を外し私達三人に問いかける。


その瞳に初めて、寂しさらしきものが見て取れた。


イマリが淡々と事実を告げる。

「闇の神は、最高神無き今、世界に変化は無用、現在の世界をまもり、今を生きよ と申された」


「…そうですか」

カイハーンは初めて悲しげな表情を見せた。


私はイマリに続く。

「剣の神もまた、最高神ソルが消失した因果が判明するまでは、現在の世界を維持せよと」


言い終え、カイハーンを直視した。


竜の神が何を選択したのか、応えをあおぐ。


「剣の神の声は、あなたが聞いたのですか?」

それは、意外な応えだった。


カイハーンは何かを確めるように、ナルに移した視線を、私に戻し聞いて来た。


意表を突いた問いに、私が応えあぐねていると、

笑顔のナルがこう答えた。

「う~ん、よくわかんないけど、私には神の御言葉みことばが聞けなかった、でも一緒に居たショコラが神と通神つうしん出来て…それからは二人で剣の巫女って感じかな!?」


笑顔でうんと頷くカイハーン、だが何かを確信したようだ。


少しの間、瞳を閉じ、そして笑顔が悲壮に変わる。



―― 「竜の神は、過去を選択しました」


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