MIKOs

浦上 とも

001話 大和の巫女達

"パチッ……バチッ…"


炭火にあぶられる、直径30cmを超える大蛇の輪切りが二つ。


仕留めた武器を大地に突き刺し

焚き火を囲っていた二人の少女は

それに、美味しそうにかぶり付く。


つい先程まで、私達を食そうと果敢に襲ってきた大蛇は、あっという間に骨へと化した。


弱肉強食とは、よく言ったものである。


ペロリと平らげた二人の少女は

大地に突き刺してある

己の武器を抜き払う。


「行きましょうか」

「……了解」



―― ここは、オーザリア大陸の東南につらなるロッシー山脈。


私達は、その悠々ゆうゆうたる山々の内のひとつ《鬼ヶ岳おにがだけ》を目指し歩いていた。


雲一つ無い青く澄みきった空を太陽がくだり始めたころ《鬼ヶ岳おにがだけ中腹ちゅうふくに金属音が鳴り響く。


大自然の風光明媚を台無しにする金属音の正体は

少女が歩きながら行っている羽子板遊びだ。


彼女は着物と呼ばれる極東きょくとうの島国 大和やまと特有の和服を自己アレンジで着崩し長い黒髪を2本の赤いかんざしい上げている。


赤い着物、赤いかんざし赤瞳せきとうに赤いブーツと赤ずくめの彼女は、その身体に似合わない大剣 《アマテラス》を板替わりに全長20㎝はある大型手裏剣 《漆黒しっこく手裏剣しゅりけん》を羽替わりに


"カァン、カァン"


羽子板遊びしながら、歩いていた。


彼女の名は《長崎ナガサキ奈留ナル

大和やまと出身、人間、17歳、150㎝と小柄ながら刃渡り2mはある《アマテラス》を振り回し闘う、こう見えても立派な《けん巫女みこ》である。


"カンッ!"


一際ひときわ大きく跳ねた《漆黒しっこく手裏剣しゅりけん》はナルの前を歩くもう一人の少女の頭上を越える。


黒髪を短く切りそろえ、忍装束しのびしょうぞくと言われる動きやすさを重視した服を身にまとった黒瞳こくとうの その少女は頭上から降って来た《漆黒しっこく手裏剣しゅりけん》を難なく受け取った。


もちろん素手ではない。


その両手にはカタルと呼ばれるこぶしに装着する武具がめられている。


炎を思わせる外観だが、色は漆黒だ。


漆黒しっこくのカタル》は刃先が3つに分かれ中央が一番長く…50cmはあるだろうか、そこから左右対象に第2、第3の刃先がそなえられている。


また、こぶしの装着部を除く全周が刃となっており、これが両手に装着されているのだから問答無用の超近接攻撃特化型武器である。


漆黒しっこくのカタル》を扱うのは大和やまとにしか存在しない忍術の使い手である黒ずくめの少女だ。


彼女の名は《佐賀伊万里サガイマリ大和やまと出身、人間、17歳、152㎝。


イマリもまた世界に7人存在する巫女のひとりで《やみ巫女みこ》である。



「こんなに良い天気なのに、山登りなんてしてる場合じゃないわ」

赤瞳せきとうは太陽、青空から《漆黒しっこく手裏剣しゅりけん》に視線を移す。


退屈そうに背伸せのびしているナルの黒髪を涼しい風が揺らしていった。


「う~ん、気持ちいい~」


不満顔だったナルの表情は、もう笑顔に変わっている。


「…野球する?…前方左手奥…草影の中、二匹」


そう言うと、イマリは特に感情を出さず、2つに増やした《漆黒しっこく手裏剣しゅりけん》をナルに跳ね返した。


ナルは 両手で《アマテラス》を横手に引き、落ちて来た《漆黒しっこく手裏剣しゅりけん》に合わせ

「よいしょっと」


《アマテラス》を一気に振り抜いた。


打音を合図に《漆黒しっこく手裏剣しゅりけん》は自由落下から水平運動へとベクトルを変える。くうを切り裂き、重力を無視したかの様に直線を描いて進む2つの《漆黒しっこく手裏剣しゅりけん》は

「グエッ」


遠くで聞こえた断末魔だんまつまと共に直進を止める。


「ナイスショットォって野球って、こんなんだったっけ?」

《アマテラス》を担ぎ直しながらナルは聞いたが、イマリは元から興味が無かったのか歩みを一度も止めていない。


「あの草むらの中、手裏剣2つ回収よろしくっ!」

ナルは草むらを指差しながら、満面の笑みで言うと、返事も聞かずイマリを追って行ってしまった。


私は遠くの草むらを見渡す。

「…どの草むらだよ」


悪態あくたいを付きつつ《漆黒しっこく手裏剣しゅりけん》の回収へと向かう。

私は回収係ではないのだが…。


ここで私の自己紹介をしておこう。


銀髪ストレート、キュートにとがった耳、大きな瞳、美白でピチピチ肌、背中には天使と間違えちゃう純白な羽を持ち…ゴブリンの眉間みけんに刺さった《漆黒しっこく手裏剣しゅりけん》を、全身を使って引き抜いている可憐な妖精、それが私だ。


この世界に、妖精は私しかいないみたいだから、名前など無くても困らないのだが、ナルに名付けられた《草薙クサナギショコラ》と言う名を使っている。


身長23㎝、人形用か何かの白いチャイナドレスを着せられている。


年齢不詳―― 不思議な事に、私には過去の記憶が無いのか過去を思い出すことが出来ない。


気付いた時には 《けん巫女みこ》 《長崎奈留ながさきなる》の付き添いとして存在していた。


可憐な容姿なのだから、若いのは間違いないだろう。いや、間違いない。



ナルとイマリは二人とも大和出身の同い年で身長もほぼ同じ、知らない人から見たら姉妹か双子と思われてもしょうがないだろうが、二人の出逢いは3年前だ。


出逢った時の話は、思い出したくないので辞めておく…。


二人の性格は真逆。


思ったことがすぐ感情に出る天真爛漫てんしんらんまんなナルと、感情を表に出すことが苦手で冷静沈着れいせいちんちゃくなイマリ。


まぁお似合いなコンビで、私からしても大切な、大切な仲間だ。



「嬉しそうに飛んでるけど、何かあったの?」

ナルが顔を覗きこんでくる。


「ううん、べーつにっ」

ナルとイマリの事を考えているうちに、羽が勝手に高揚こうようしたらしい。


何故なぜか、恥ずかしさが込み上げて来たのでナルにバレないようイマリの元へ飛んでいく。


「…到着」

前を歩いていたイマリが、急に歩みを止めたため、イマリの後頭部にぶつかりそうになる。


イマリが見上げている方へ視線を向けた。


その先にあるのは、《鬼ヶ岳おにがだけ》山頂で夕日にたたずむ鳥居だ。


3匹の竜をモチーフにしたと思われる鳥居が大陸を見渡していた。


「《りゅう巫女みこ》は居るかしらね」

鳥居の周囲を確認しながら、ナルは小声でイマリに問いかける。


「まだ動いたという情報はない、おそらく居るはず…」

漆黒しっこくのカタル》を握り直しながらイマリが答えた。


これから起こる巫女達の接触が、吉か凶か…。


緊張感が二人の足を止めていたが、下半分を山に飲み込まれた夕日を黒瞳こくとうに納め、イマリが歩みを再開する。


「行くしかないわね」

流石さすがのナルも緊張感からか、小声で呟き、イマリに続いた。

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