10.ここはただの紅茶専門店です


「ほら、手紙持ってきたぞ」

「もういらないんだけど…。ま、ありがとうウィレム」


 新しい国にやってきたフィンはまた新たに紅茶専門店を出していた。

 以前の依頼料の代わりにウィレムには紅茶の仕入れをお願いしていた。フィンの店へ、ではなくモネとジルの店だ。

 納品すると同時にジルから手紙が渡されるらしい。手紙には店の様子やモネ達の様子が書かれている。しかし、フィンから手紙を書いたことは一度もない。

 初めの頃こそ少しばかり気にはなっていたが、次第に興味は薄れてきていた。

 ジルに託したことで枷がひとつ軽くなったのかもしれない。代わりにジルに負ってもらってしまったのだが。


「しっかし、何でもうちょっと町中に店出さないのか?お前の紅茶なら売れるだろう?」

「町外れでいいんだよ。忙しくなるのは性に合わない」


 さらっとジルからの手紙に目を通してから机に置く。

 それからカチャカチャと紅茶を淹れ始める。ふわりと良い香りが漂い、コトンとウィレムの目の前にティーカップが置かれた。

 ウィレムはフィンに問う。


「お前はこれで良いのか?」

「…僕らは人ではないよ」

「………」


 それならば何故、人の近くに居ようとするのか。

 人ならざる者たちはウィレム達のように人に紛れて暮らしている者と、全く人と関わらない暮らしをしている者といる。

 歳を取らないことや容姿が目立つこともあり、人に紛れて暮らす者は少ない。

 当初はウィレムも人の世界の中で暮らしていなかった。フィンが人に馴染もうとしているのを見た時は、何て変な奴だと思ったものである。

 しかし、人の世界にも美しいものがあると知ってから興味を持つようになり今に至る。


 そんなウィレムは少し寂しそうにしているフィンに気付かなかったことにして、淹れたての紅茶を飲む。

 同じようにフィンも席に着いて、温かい紅茶を飲み始める。


「そういえば、近くの町で君が好きそうな展覧会をやっているらしいよ」

「知ってる。今日はそれを見に来たついでにこの店に来たんだよ」

「ふぅん」


 二人の会話は終わり、静かに紅茶を飲む音だけが店内に響く。

 ウィレムは一気に紅茶を飲み干すとすぐに席を立つ。


「また来る」

「君の気が向いたらで良いよ」


 フィンはそう言ってウィレムを見送りながらゆっくりと紅茶を楽しんでいた。


「ふぅ…」


 何度終わらせようと思ったことか。それでもまだ未練が残っているのか、また紅茶専門店を開いてしまった。

 シャラと手の中の古くなったロケットが音を立てる。カヂッと少し鈍い音を立てて開くと中にはだいぶ色褪せた女性の写真が入っていた。

 ぼんやりと当時のことを思い出す。


 カラン


 扉のベルが鳴り、ハッと意識を戻す。


「あの…」


 おずおずと女性が店の中へ入ってくる。

 キョロキョロと店内を見回しながらたくさんの茶葉を見る。すると不安げだった顔が徐々に明るく輝きだす。


「貴方がこの店の店長さんかしら?あの…この店で働かせてください!」

「…フィン」

「え?わたし…どこかでお会いしてましたか?」


 彼女はきょとんとして首を傾げる。


「いや…。どうしてこの店で働きたいの?」

「わたし、紅茶がとても好きなんです!一緒に働かせてください!レヴィさん」

「っ…名前…」

「あれ…?わたしどうして店長さんがその名前だと思ったのかしら?ごめんなさい」


 彼女は慌てて勢いよく頭を下げる。


『レヴィ』


 それはフィンと名乗る前の愛称。


「いいよ、雇ってあげる。君の名前は?」

「!ありがとうございます!わたしは………」


 レヴィの名に戻ったフィンは彼女の名前を聞いて、泣き出しそうな笑顔をしていた。


『また会えたら…』


 長い時間がかかってしまったが、二人の店は今から始まる。

 それは記憶喪失業などやっていない、ただの紅茶専門店である。

 レヴィの手の中からロケットは消えていた。


◇◇◇


 そして、その頃。

 ウィレムは元々予定していた展覧会へ来ていた。


(あの時の絵だ…)


 ぼんやりと思い出の絵画の前で立ち止まっていた。

 そこへ、とんっと誰かがぶつかってくる。


「「す、すみません」」


 お互いがそう言って頭を下げて謝りあう。

 ウィレムは顔を上げて相手を見ると固まってしまった。


「?大丈夫ですか?」

「あ、ああ…俺がぼーっと立っていたから…」

「私の方こそすみませんでした。あの…どこかでお会いしたことがありませんか?」

「いや…」

「そうですか…。あの…貴方のお名前は?」


 その彼女の言葉に、ウィレムは泣き笑いのような顔をして彼女へ名前を言った。


「まあ!私の好きな画家とお名前が似ていますね」


 彼女はそう言ってあの時と同じように笑った。

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儲からない記憶喪失業やっています 海嶺 @amane_a

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