9.君に任せます
少女がこの店舗兼住居に住むようになってしばらく経った頃。
モネと少女の関係は良好で、二人とも今までに見せたことのないような表情をするようになっていた。
少女は悲惨な記憶が消えたからか、子供らしい顔を見せるようになった。モネはそんな少女を見て穏やかな笑みを浮かべる。
そんな平和な日々。二人を優しい顔で眺めていたジルベルトはフィンに呼ばれた。
店の奥にあるフィンの部屋へ行くと
「ジル、君は本当にモネのすべてを受け止めることが出来るかい?」
唐突にそう切り出された。というのも、ジルベルトはモネへの愛しさが日々増していくのを自覚し、モネへ気持ちを伝えていた。
しかしモネの返答は少女を優先したい、フィンに聞いてみないと、と言うばかりで二人の関係は全く進展していなかった。
それでも、答えるモネの表情は頬をほんのり染めて照れている様子が分かるほどだったので、ジルベルトは期待していた。
そんな時にフィンに呼ばれたのだ。モネの話をされるのだろうと予想はついていた。
「俺はモネさんのすべてを守りたいと思っています!」
「覚悟はある?」
いつもとは違う静かなフィンの迫力に圧倒され、ごくりと唾を飲み込む。しかしジルベルトの気持ちは揺るがない。
「はい!もちろんです」
「ふぅん。それと話はもうひとつ」
「?」
「この店あげるから二人…いや三人で続けてくれる?」
「はい?」
「僕はこの店から、この国から出ていく」
「!」
「そんなに驚くことじゃない。僕は同じ所に長くは居られない」
「それは分かってますけど…」
「…早くないよ。ここには少し長く居すぎたくらいだ」
「………」
「それとモネのこと。その覚悟を認めて話してあげる。だけど…大事にしてあげてよ。あの子のことも」
「っ、はい!」
そしてフィンから少しばかり長い話を聞かされた。
すべてを聞き終えたジルは何ともいえない顔をしていた。
過去のことも、そしてこれからフィンがしようとしていることも。すべてを受け入れる覚悟は出来ている。
けれども、ここまでのことがあるとは思っていなかった。自分の世界は何と綺麗事で出来ていて、甘やかされていたのだろうと思った。
ただその分、彼女たちをこの手で幸せにしてあげたいと心は決まった。
「君も消したかったら消すけど?でも君はすべてを覚えておく方が良いと思うんだよね。真実を知る者として」
「………はい」
「記憶というのは、本人が本当に消したいと強く願わなければいずれは戻るもの。戻った記憶を受け止められるかどうか、それは本人次第さ。受け止められなければ改竄されるか消えたまま。それも本人が望んだこと。そして、僕のことは決して残らない。人にとって僕は異質なものだ。到底、人には受け止められない類いのものなんだよ。本当に面白いよね、人って」
フィンはほんの少しだけ寂しげな顔をして、とっくに冷めてしまった紅茶を飲み始める。
「モネさんは…」
「モネは僕と過ごした時間が長すぎた。だからモネには新しい記憶を刻むよ。人として生きてきた記憶をね」
「それは偽りの記憶…それだと正しい記憶を思い出してしまうでしょう?」
「ふふ…大丈夫だよ。モネの記憶の中に僕がいなくなるだけさ。僕がいなくてもこの店はあるし、モネがこの店にいたことは事実なんだから」
「………」
もしかしたらこの少年は未来まで読んでこの店を作ったのかもしれないとジルベルトは思ってしまった。
モネのための店だと思えば少しは納得出来る気がした。しかしそれでは…フィンは…
「じゃ、モネと女の子に会ったら僕は出ていくから、後はよろしくね」
またね、と二度と会えなくなるとは思えないほど軽い挨拶でジルベルトの前から姿を消すフィン。
ジルベルトにはフィンを止めることは出来なかった。出来ることは、モネと少女を受け入れて幸せにすることだけ。
渇を入れるようにパンッと頬を叩き、ジルベルトは店内へ戻っていく。
ここは明日からは記憶喪失業をやっている紅茶専門店から紅茶がメインのただの喫茶店だ。
「今日はやることがたくさんあるなぁ」
ジルベルトは呟いて、まだ少しぼんやりとしている二人の元へ足を向けた。
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