妹の愛した犬

増田朋美

妹の愛した犬

妹の愛した犬

今日も、晴れて暑かった。朝から、甲高い日が出て、地面をじりじりと照らしているような感じだった。といっても今年は、梅雨が明けるのが非常に遅かったものだから、みんなやっと夏が来たよと、大喜びしている人が多かった。

そんな中で、松下恵は、今日も、スーパーマーケットの、レジ係の仕事をしていた。恵と、妹の聡美が東京からこの町に移ってきて、もう五年がたとうとしている。恵は東京にいたころは、看護師の仕事をしていた。特に、誰かに反対されることもなく、順風満帆な人生だとおもった。医療関係の仕事だから、支持率は高かった。一方の聡美は、音楽学校にいって、自宅内でピアノの教室のようなものをやっていた。それは、えらく反対されたが、それでも聡美は意思を曲げなかった。よく家族とも喧嘩をしたが、一応音楽をやっているから良いかということにされていた。

父は、銀行をやっていて、仕事でいつも不在だし、母は、保育士をしていて、他人の子供の面倒を見るので忙しい。なので、聡美のことは、姉の恵がしてきた。両親はもう大人になったから、大したことはしなくていいと思い込んでいるらしいが、というより、そう思っていたいんだろうという風景があれよあれよと浮かぶ。だって、聡美がおかしくなった時、父は、聡美を早く入院させろで聞かなかったし、母は聡美に殴られて以来、彼女に近寄らなくなったから。まあ言ってみたら、二人とも、彼女たちのことを放棄していると言っていい。

聡美が、音楽教室をやっていたのは、わずか二年程度しか持たなかった。音楽学校を卒業した聡美は、音大の教授のつてもあり、東京都内の、有名な音楽教室に就職するが、生徒さんとのやり取りがうまくできず、一年もしないうちに止めてしまった。それで恵の説得により聡美は自宅で音楽教室をすることになったが、みんなが笑っているとか、誰かが私を見張っているなどの妄想を口にするようになり、やはり一年程度ですべての生徒がいなくなってしまった。母は、精神科に行こうかと聡美に言ったが、母とはたたき合いのようになった。それで姉の恵が、医療コーディネーターに相談もして、聡美を精神科に連れて行ったが、聡美は重度の精神分裂病と診断を下された。その時は、自傷の恐れもあったので、彼女を三か月ほど入院させた。三か月した後、彼女は、病院

を追い出されるように出ていった。もう新しい患者を診たいからという病院の意見もあったんだろうが、いずれにしても、家族は病院にもうちょっとしっかりやってもらったらいいのになと思った。ことあるごとに聡美は暴れて、包丁を振り回す、のこぎりを勝手に持ち出して、自分の手を切りつけるなどを引き起こした。ついに高齢になった父が聡美にでていけと言った。母は泣いているしかできなかった。聡美も、自分の決着は自分でつけられない精神状態になっていた。だから、恵が、連帯責任を引き受けるような形で、それまでの仕事をやめて、聡美と一緒に、この静岡県富士市に引っ越してきたのだ。

恵は富士市内で働こうと思ったが、夜勤などがある看護師という仕事は難しかった。需要があるのに、その仕事には聡美のせいでできないのだった。昼は、彼女のような障碍者を預かってくれる施設もあるのだが、夜は、そういうところが営業していないために、夜に働くということは、できなかったのである。また、遠方へ働くこともできなかった。通勤している間に、聡美が暴れるという可能性は十分あるからである。そういうわけで恵は、適当に応募して、近所にある大型スーパーマーケットのレジ係という仕事に就いたのだ。この店では、看護師のような尊敬される仕事ではなく、誰でもできる仕事ということになるけれど、一応精神障碍者の家族がいると言っても、変に噂されることもなく、普通に働かせてくれたから、まだいいと思った。

「松下さん。」

ふいに、スーパーマーケットの店長から恵は呼び出された。

「松下さん。お宅のアパートの大家さんから電話です。」

また聡美が何かしでかしたのだろうか。そうなったら、あとにしてというわけにもいかない。恵は、レジ係の仕事を中断して、事務室に行った。

「すみません。いつも、妹が、しつこいくらい電話をかけてきて。」

と、事務係の人が渡した受話器を申し訳ない気持ちで受け取り、

「申し訳ありません。聡美がまた何かやらかしましたか?」

とりあえず聞いてみる。

「いや、そういう事じゃありません。松下さんに岩橋さんという親族はいらっしゃいますかな?」

という大家さん。あれれいつもの話じゃないのか?聡美が大暴れして、迷惑なのでお姉さんとめてくれという話しではなかったのだろうか?大家さんは、なんだか非常に落ち着いていて、いつもの叱責するような声ではない。

「岩橋?確かに遠縁ではいますけど、その岩橋さんという方が聡美に何かしたのでしょうか?」

と、恵が言うと、

「いえ、岩橋さんという方がいま聡美さんのところにいらしているんです。なんでも、北海道の幌延というところから来たとか。」

と、大家さんがそういうことを言った。

「岩橋?ええ、確かに母の姉が嫁いだ名字です。でもおかしいですね。岩橋さんは、確か東京に住んでいたはず。なんで幌延というところから来たのでしょうか?あの、岩橋佳代子さんでしょうか?」

と、とりあえず岩橋のおばさんとして知られている、岩橋佳代子さん、母のお姉さんの名前を言ってみる。ちょっと待ってと大家さんは、一度保留を鳴らして、数分後、

「あの、いまいらしているのは、岩橋佳代子さんではなくて、その息子の岩橋一馬さんという若い男性です。」

といった。一馬君?幌延?どういう事なんだろう?

「とにかくですね。夕方には北海道に戻らなきゃいけないと言っていますので、お姉ちゃんにもあってほしいと、聡美さんから言われているんですよ。お姉ちゃんに直接電話をかけても仕事中だって言われて、無駄だから大家さんにお願いしたって。」

という大家さん。まったく、聡美ったら、私に直接電話をしないで、なんで大家さんを使ったのだろうかと思ってしまったが、仕事中なので帰れないと言ったら、また聡美が暴れだすのではないかと思って、恵はわかりました。今日は早引きして家に帰ります、と言って、電話を切った。

とりあえず店長にも言って、恵は店を早引きさせてもらった。また聡美が、ずるい手を使って、あたしを呼び出したのかと、恵は大きなため息をついた。

とりあえず、自宅アパートにかえって、ドアをがちゃんと開けてみると、小さな紫色の子犬が、恵の足元に駆け寄ってきたので、恵はびっくりした。犬が嫌いというわけではないのだが、紫色の肌に

、頭の上はわずかに毛がある、いわゆるヘアレスドッグと言われる犬種だったので、珍しい犬だったからびっくりしたのである。

「なんなのよ、この犬は!」

と、思わず恵が声を出すと、居間のほうから普段と変わらない表情をした聡美が、おばの岩橋佳代子さんの息子さんである、岩橋一馬君と一緒に出てきたから、さらに驚いた。

「お帰り、お姉ちゃん。いまね、この子の名前について話していたところなの。二人で勝手に決めちゃうのも、お姉ちゃんに悪いかなと思って、お姉ちゃんに連絡したのよ。」

と、聡美は、そんなことを言っている。

「この子?」

「そうよ。このワンちゃん。モヒカン頭でかわいいじゃない。これから、うちの子になるのよ。岩橋さんにお願いしたの。」

と、聡美は明るく言った。

「ど、どういうことなのよ!犬を飼うなんて、聡美、あなたは。」

聡美には、動物アレルギーがあったはずだ。犬も猫も飼うことはできなかったはずなのだが、

「い、いやね。うちのブログで、ペルービアンへアレスドッグの子供が五匹生まれたと書き込んだところ、聡美さんから、一匹譲ってもらえないかと申し入れがあったんです。多分僕が、アレルギーの人にも、問題なく飼えるとブログに記載したので、それで聡美さんがお願いしたんでしょう。」

と、一馬君がそういうことを言った。

「岩橋さん、どういう事なんですか?岩橋さんは東京のはずなのに、幌延というところに引っ越されたですか?」

恵がしどろもどろでそういうと、

「いやあ、今ね、親元を離れて、北海道の幌延町というところで、牧場をやっているんですよ。其れも、ただ動物を飼うことではなく、体や心の不自由な人のために動物を飼っているんです。例えば、牛乳が飲めない赤ちゃんのために、ヤギとか、カリブーの乳を飲んでもらうとか、聡美さんのように犬を飼いたくてもアレルギーがあるので飼えない人に、へアレスドッグを飼育するのをあっせんしたりとか。そういう、不自由な人のための、動物をつかった事業をやっているんですよ。」

と、一馬君は、にこやかに笑って答えた。

「今は、ペルービアンへアレスドッグと、トカラヤギ、カリブーを飼育しています。二か月ほど前に、へアレスドッグの赤ちゃんが五匹生まれまして、全員、譲り先が決まっています。その一つに、聡美さんがいるというわけです。あと、カリブーの乳、トカラヤギのチーズもインターネットで販売していますので、よろしければ試しに飲んでみてください。」

そういって、一馬君は、ガラス瓶を一瓶取り出した。ちゃんと、カリブーの乳と書いてある。聡美は、ありがとうと嬉しそうに受け取った。

「そうですか、、、。」

恵が知っている岩橋さんの息子さんは、学校で躓いたのか社会で躓いたのかは不詳だが、いずれにしても社会に出ることはなく、引きこもりのような生活になっていると聞いた。確か、8050問題に該当してしまうのではないかとおばさんが言っていたこともある。しかし、今の一馬君は、まったく正反対であり、引きこもりの若い人にありがちな、暗く力のない顔ではない。おばさんが彼を見たら、なんていうだろうか。恵は、一寸考えてしまった。

「ちなみに、この子は男の子だって。ほんと、何て名前にしようかしらね。なんか、犬だけど、人間の赤ちゃん見たいで、犬にありがちな名前を付けることは、いやなのよ。私。」

聡美は、自分の足元に戻ってきたヘアレスドッグを抱っこした。犬は抱かれるのには慣れているようで、抱かれても何も抵抗しなかった。一馬君の説明によると、ヘアレスドッグは、腹痛の時によく貼る、温湿布と似たような感じの目的で飼育されていたらしい。つまり、腹痛を起こすと、病人は毛のない犬を抱いて、療養していたらしい。

「はい。どんな名前でも、彼をかわいがってやってください。」

と、一馬君は、聡美を見てニコニコしている。

「ねえ、お姉ちゃんなら、どんな名前を付けるかしら?」

聡美がこんな明るい顔をしたの、何年ぶりだろうか。

「わからないわ。」

と、恵は、ぶすっと答えた。

「ごめんなさいねえ、お姉ちゃんにはチワワとか、そういうかわいいワンちゃんのほうが良かったかもしれないわね。あたしがこんなだから、岩橋さんにお願いして良かったわ。ペットショップで買ってくるよりよほど信頼がおけるわ。」

と、聡美は、そういっていた。確かに、恵は犬を飼いたいと思っていたことはあった。でもそれは、もう二十年以上前。小学生のころである。小学校のとき、クラスメイトがかわいいワンちゃんと飼っていて、それがうらやましくなっただけである。もちろん母が、聡美がアレルギーで、ダメでしょうと言ったのですぐに却下したのだが。そんなこと、とうの昔に忘れていた。それを、聡美が今でも覚えていたところだって大きな驚きだし、いきなり家の中に、紫色の皮膚が丸出しになった犬がやってきたというのも驚きだった。全く、精神障碍者というものはこういう突飛なことを考えるんだなと、恵は改めて思う。

「そう。聡美が飼うことにしたんだから、聡美が名前を付けて。」

と、とりあえず恵はそういうことを言った。

「そうね。私がもらったんだものね。じゃあそうする。このかわいいままで永遠にいてほしいという意味から、永遠と書いて、トワと名付けましょう。永遠君、よろしくね。」

犬は、自分の名前に反応してくれたかどうかは不明だが、聡美はそう名前を付けてしまった。恵は、聡美がいきなりこんな動物を岩橋さんから譲り受けたということを、驚きと怒りと不安とが混じった表情で、眺めていた。岩橋さんは、北海道に戻らなければならないからと言って、軽く頭を下げ、玄関を出て、歩いて駅へ向かって帰っていくのだった。

「どういう事よ?」

恵は聡美に言った。

「どういう事って、見ればわかるじゃない。うちに家族が一人増えたのよ。喜ばしいことじゃないの。」

と、聡美は明るい表情で、そういっている。

「でも、犬を飼うってのは、ほんとにお金がかかるというか、いろんなこと手続きしなくちゃ。それを全部あたしが、やれってそんなこと言うつもりなんでしょう?」

恵が思わずそういうと、

「そんな、お姉ちゃんには迷惑かけないわよ。岩橋さんにこの近くの、動物病院も教えてもらったし。登録とか、そういう手続きなら、あたしが行くわ。」

聡美はそういった。ちょっと待って。だって、今まで通院費公費負担制度の更新だって、姉である私が代理で行っていたのに。自分で市役所に行こうとしたことだって、何もなかったのに!そんな妹が、どうして犬をもらっただけでそんなに変わってしまったのだろうか。それに、急に犬を登録に言って、また、何かトラブルでも起こしたら、誰が対処するのだろう。

「大丈夫よ。わからないことは、岩橋さんに聞けばいいし。そうだ、お姉ちゃん。今度仕事が休みの日に、手芸屋に行ってもらえないかしら。この子に服を着せたいのよ。へアレスという以上、人間と変わらないんだし。雨の日に、濡れっぱなしで散歩させると、風邪をひいてしまうから注意しろって、岩橋さんに言われたのよ。」

何をそんなに。聡美の口からそんな言葉が出るなんて!だって今まで、人が悪口を言うからどこにも行きたくないって言っていたじゃないか。あたしが、何回も、どこかへ出ようと呼びかけても、一回も反応しなかったのに、手芸店に連れてってですって!何様のつもり?そんなに威張って、何だと思っているの!

「聡美、誰のおかげであんた、生きていたと思っているの?」

と恵は、一寸強く言った。

「生きていたって、お姉ちゃんには感謝してるわよ。だからこそ、お姉ちゃんが子供のことからの夢だった、犬を飼おうと思ったんじゃないの。それで、お姉ちゃんに感謝しようとしているんじゃないの。そうでしょう?」

聡美はそういうことを言うが、恵は何か頭の中でカチンときた。

「あんたね、人にさんざんやってもらっておきながら、きれいごと言うもんじゃないわよ!もし、少なくとも私に、感謝とかそういうことを示すのなら、こんな気持ち悪い犬ではなくて、働いて返しなさい!それが、一番いい方法!あたしは、そういうことを思ってやってきたわ!」

「そうね。でも、あたしは働けないから、代わりに別の方法でやっていこうと思って、お姉ちゃんに、犬を飼ってもらおうと思っただけよ。あたしは、働けないから、一生懸命、考えて、岩橋さんにも相談して、やっと、犬を譲ってもらうまでできたのに。なんで、お姉ちゃんは、そうやってあたしのことを、払いのけるの!」

と、聡美は泣き出したが、恵はずるいと思った。聡美は医療従事者に相談して、自分の言いたいことを貫いてしまうことだってできるはずだ。でも恵にはそのようなツールは全く用意されていない。聡美に、罵声を浴びせられて、自分はどうしたらいいのか、わからなくなってしまったことだってあった。恵は、文字通り手探りで、聡美と接して、喧嘩を繰り返しながら、やっとのことで精神障碍者との接触の仕方を覚えて、やっとマニュアルとして確立させてきたという自負心があった。それを、聡美は犬を飼うということで、あっけなくクリアしてしまうとは。それでは、十年以上、暗中模索してきた恵の人生は何になるのだろう。

「そういう事じゃないわ。こんな動物を送ることが感謝というわけじゃない。感謝というのは、恩返しすることよ。お金を渡して、お礼をすることよ。それが一番正しい感謝なのよ。」

と、恵は、思わずそういうことを言ってしまった。

「そうなんだ。」

と聡美は、犬をおもわず床の上に落とした。

「お姉ちゃんは、やっぱり学校の先生とおんなじこと言うのね。お姉ちゃんだけは、そういうこと言わないと思ってたのに。」

「学校のせいになんかしないでよ。あんたが単に、気持ちが弱くて、学校というところを乗り越えられなかっただけのことよ。」

恵は、聡美に対してそういうことを言った。別に悪気があったわけではない。ただ、思わずそういってしまっただけである。ただ、聡美は、その言葉のせいでひどく傷ついていたことは確かであるのだが。

「そうなんだ。お姉ちゃんはあたしのこと結局は、ほかのひとと同様に邪魔だと思ってたんだ。」

そうなると、恵はも聡美を止められない。変に刺激を与えれば、大暴れということも十分あり得る。そうなったら、うちにあるものを壊されるかもしれないし、自分も危害を受けるかもしれない。

でも、聡美は、今回そういうことにはならなかった。ただ、恵は、これ以上暴れられるのが怖くて何も言わなかっただけのことであるが。聡美は、ごめんねお姉ちゃんとだけ言って、へアレスドッグを抱いて、部屋を出て行ってしまった。そのあと、恵はどうなったかは知らない。聡美をそれ以上、刺激して大暴れということだけはさせないで、ということだけを、祈り続けていたのである。もしかしたら、聡美より、恵のほうが、変わっていないのかもしれない。

翌日、恵は、何かに顔をなめられたような気がして目を覚ました。何だと思って払いのけると、今度はワン!という声も聞こえる。なんだと思ったら、自分の顔を例の犬が、なめていたのだった。なによ、汚いなあと、布団の上に起き上がると、犬の体が、水でびっしょり濡れていることに気が付いた。頭の上はわずかに毛があるが、そのわずかな毛も、毛のまったくない紫色の皮膚も、びっしょり濡れている。

「えーと、永遠君だったね。」

と、恵は犬に声をかけた。犬は、ワンワン!と何かを知らせたそうに吠えた。餌が欲しいのかと思ったが、犬の体がびしょぬれになっているのを見るとそうではないと思う。恵が布団から立ち上がると、犬は、ついてこい、という顔をして、玄関先へ歩き始めた。待って、どこ行くの!と恵は、サンダルをはいて犬のあとを追いかける。犬は、道路を歩き始めた。そしてバラ公園を横切って、公会堂の前を横切って、富士川という大きな川の上にかかっている、富士川橋という橋まで恵を誘導した。

こんなところまで、あなたは何をするつもりだったのよ!と恵はそういったが、犬は、富士川橋の手前で止まった。

そこに、女性用のサンダルが一足置いてあった。何処かで見覚えのあるサンダル。よくよく見ると、サンダルは、妹の、聡美のものであった。そこに何も、つまり遺書も何も残されていなかったが、恵は直感的に妹のものだと分かった。そして、ずぶぬれになっている、ペルービアンへアレスドッグがそばにいることから、妹は、犬を抱いてここから川に飛び込んだんだということに気が付いた。

「聡美!」

幾らよんでも、反応はなかった。聡美は、どこにいるんだろう。ここから飛び降りたのは間違いない。でも聡美の体らしきものは、川の中にどこにも見えなかった。聡美は、流されてしまったのだろうか。それとも、川の深い底に、沈められてしまったのだろうか。いずれにしても、聡美が、ここから川の中に飛び込んで、犬はその手を振りほどき、皮を泳いで上陸し、そのままそれを知らせに恵のもとへ帰ってきたのだろう。犬であれば、人間とは能力が違うから、そういうことをやり遂げることも、十分可能である。

「聡美、、、。」

と、恵は、涙をこらえて橋の上に崩れ落ちた。ああ、あんなこと言わなきゃよかった。そういうことを思っても、もう遅いのだ。小さな犬が、恵を心配そうに見ている。恵は妹の愛した犬をいとおしそうに抱き上げた。


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妹の愛した犬 増田朋美 @masubuchi4996

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