無駄話

 いつもはあまり現場にはこない白衣の連中を横目に管理表に自分のIDを打ち込んだ。


「レオ君、クリーンアップ初めてなんだっけ?」

「いえ……ここに来た最初のころに一度だけ」


 騒々しくていやぁねぇ、と作業着の袖を意味もなく捲りながら、セナさんはつぶやく。記憶の中にある母よりも少し年上の彼女は、母よりもずっと若々しく見える。よく笑い、よくしゃべり、よく働く。今のところ若者といえるだけの年齢である自分よりもずっと元気そうな人である。


「初めてのときは、仕事減るんだって喜んだんだけどねぇ……」


 確かに白衣の連中がセントラルコアに詰めている間はそことその周辺への立ち入りが禁止され、その結果その辺りの仕事はなくなる。ただ、その代わりに彼らの蔑みを仄かに含んだ世間話を聞き流したり、端末上でしか会話しないような上司が何かにつけて確認を繰り返したりと余計負担が増えるばかりであった。


「お偉いさんたちの脳みその掃除だって大事なのは分かるんだけどねぇ……どうせなら施設の掃除も全部あっちがやってくれればいいのに。一級市民は掃除なんてやんないってことなのかしら?」

「どうでしょう……そうかもしれませんね」


 ここに来てからようやく知ったことだが、彼女たちはただ共感が欲しいだけのようだ。「彼らにそんな権限はありませんよ」だとか、「あそこでは職務上必要なこと以外はできないんですよ」だとか、そんな言葉は要求していないのである。

 自分がこのことを知るのがあと十年ばかり早かったら、母の凶行も、あの肥溜めを抜け出して二級市民になることなんてなかったのだろうか。


「……そういえば、あそこの政治家さん、一人入れ替わるみたいですよ」

「あら。最近の人かしらね?」

「試験的に前の時代の人を加えてみるなんて噂は聞きましたけど、本当かどうかは」

「またうるさくなりそうねぇ……」

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っぽい短編 黒いもふもふ @kuroimohumohu

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