第6話:レキちゃんとソラくん、勘違いされる

 私の名前はジュリア・林田、アメリカとヨーロッパの混血児で帰国子女ってやつよ。

 ママはルーマニア系アメリカ人のピアニスト、ダディ=父はユダヤ系アメリカ人と日本人のハーフで、ついこの前までニューヨークで貿易関係の仕事をしてたビジネスマンなの。


 急な異動で、ダディは日本に帰国して本社で働くことになったんだけど、インターネットやその他テクノロジーの発展で、東京本社の近くじゃなくて、シブヤから二時間もかかるベッドタウンのマンションに住むことになったのよ。


 もちろん、スプリングブレイク=春休みを楽しんでいた私はそのニュースにビックリ!!

 日本の謎のホリデイ、ゴールデン・ウィーク直後に、チバっていうカウンティ(プリフェクチャーね)にあるハイスクールに転入したんだけど、まあ当然? 必然? 私は全校生徒の視線を一身に浴びていたわ。


 だって私は母譲りのライトブラウンの髪に、祖母譲りのブルーとグリーンの混ざった瞳を持つ、こんな田舎にはそうそういないレベルの美少女なんだもの!


「んー」


 だから今私は、背の高い黒髪の男子が目の前で困った顔をしているのを見て、内心でほくそ笑んでたわ。彼が戸惑うのも当たり前。私ほどの美少女が突然告白してきたら、狼狽して『俺なんかで釣り合うんだろうか』とか考えちゃってるに違いないわ!


 でも安心して。

 私は登校初日に慣れないフラットシューズで転びそうになった時、貴方がさっと腕を差し出して転倒を阻止してくれたこと、そしてその時に長めの前髪の合間に光った、深いブルーの瞳に、かなりの好感度を抱いているんだから!


「んー、林田……さん、だっけ?」


 嗚呼、よく通る低めの声もセクシーだし、彼なら私の横を歩いていても私が恥を掻くことはないわね。


「もしかして、ソラのこと、知らない?」


 私は目をパチクリさせてしまった。

 ソラ? ソラなんて子いたかしら。ずっと見てたけど、彼がそんなに親しげに他の女子と話すことなんてほとんどなかった。もしかして片思いかしら。ふん、上等じゃない! そんじょそこらの田舎娘に負けるほど私はやわじゃないわ。必ず振り向かせてみせる!!


「悪い、ちょっとこういうの久々だからどう対応していいか分からなくて……、不意打ちだなぁ……、どうしよう」


 なんだかぶつぶつ呟いてるけど、『どうしよう』ってことは、やっぱり私の美貌と自分のルックスの釣り合いでも考えてるのね。

 いいわよ、私男の子を磨くのも嫌いじゃないし——


「林田さん、多分知らせといた方がいいから言うけど、俺はソラ以外の人間を好きにならないようにできてて、それは俺が死ぬまで変わらないことで、要するに俺はアンタの気持ちには応えられない」


 彼の言葉を理解するのに、ちょっと時間がかかったことは否めないわ。

 こんなにかわいい私を前にして、他のソラとかいう子しか好きにならないって宣言するなんて、よほど深い片思いなのね。


「よく分からないけど、私、努力するわ! まだ日本に慣れてないからとんちんかんなこと言ったりするかもしれないけど、貴方のガールフレンドとして——」

「がーる、ふれんど」

「そう!」

「あ、そっか。女友達って意味か!」


……ん?


「よかった、彼女ってことかと思った。この後に及んでそんなこと言ってくる奴がいるわけないし、なんかのドッキリにしてはレベルが低すぎるし、一体何なんだろうってマジで悩んでた」


……んん?


「あの、日本では女友達のことをガールフレンドって言うの? 英語ではガールフレンドは彼女、恋人のことよ?」

「えっ」

「私は貴方の恋人になりたいって言ってるの」

「……んーー」



「レキちゃーん」



 間延びした高めの声が響いたのはその時だったわ。

 うなり続ける私のボーイフレンド候補は破顔一笑して声の主を探すように辺りをキョロキョロ見始めたの。

「あ、レキちゃんいたいた」

 現れたのは私より身長の低い、大きな目が印象的な男子生徒。そういえば、彼と一緒にいるところはよく目にしてきたわ。

「んー、助けてくれ。俺コレうまくできない」

「え? コレって?」

 小柄な彼は視線を私の方に投げると、ぽかん、と口を半開きにしたの。失礼な子ね!

「あのー、転校生の人だよね? 林田、さん?」

 どこか同情が入り混じったような表情で彼は言ったわ。

「そうだけど……」

「あーそっかぁ、この一ヶ月でみんな慣れちゃってちゃんと伝わってなかったのか」

 何? 何の話? 伝わるって何が?!


「申し訳ないけど、レキちゃんは俺のことしか好きにならないようにできてるし、俺もレキちゃんのことしか好きにならないようにできてるから、悪いけど他当たってくれるかなぁ?」


…………?


「これで終わりでいいじゃん、帰ろ、レキちゃん」

「助かったよ、ソラ。林田さん、女友達なら歓迎するからまた明日な」


——ソラ? この男子が?


「え、ちょっと待って、あのっ」


 私はもちろん後を追おうとしたわ。でも次の瞬間、私に背を向けて歩き始めた二人がすっと手を繋いだの。しかもいわゆる『恋人つなぎ』っていうやつで。


「ぇ、ええええぇぇぇぇ…………」

 

 我ながら間抜けな声だったわ。まさか彼がゲイだったなんて。

 これも文化の差なのかしら? 全然そんな風には見えなかったし、周りも何も言ってなかったし、現に今もグラウンドに二人が出ると、部活に励む生徒たちから、


『おー、レキとソラ、気をつけて帰れよ〜』

『こんな季節に恋人つなぎとか、指の股にカビ生えるぞ!』

『レキちゃん、ソラくん、今度また恋愛相談乗って〜』


 なんて言葉がナチュラルに降ってきてた。


 これはあれかしら、いわゆる「学園公認」っていうことなのかしら……?

 

「林田さん!」


 突然別の男子の声で名前を呼ばれて私は飛び上がりそうなほど驚いた。

 背後にいたのはクラスメートで、たった今この私をフッたレキちゃんなる男子と仲のいい、確かユイって子だわ。


「ごめん! 俺が出遅れた!! アイツらのこと、知らせが間に合わなくて本当にすまん! まさか林田さんみたいな人がレキに惚れるだなんて思ってもみなくて——」

「あ、あ、あの、じゃああの二人はやっぱり……」

「あの二人はガキの頃から犯罪レベルのバカップルだ。関わらない方がいい!」


 ユイくんは走り回って私を探してくれてたのか、顔を赤くして肩で息をしてたわ。


「あの二人は死ぬまでアレだ、絶対。俺は幼稚園からアイツらを知ってる。女子に興味がないとか、林田さんの魅力がどうとかいう話じゃない。アイツらはゲイとかいう認識もなくて、もうレキはソラ、ソラはレキのことしか眼に入らないように育っちゃったんだよ」


「じゃ、じゃあ、私じゃなくても、フラれてた……?」

「うん、その通り。だから自信失ったりしないでくれ」


 そ、そういうことだったのね……。ちょっと微笑ましいカップルってこと。ただ、私のプライドが傷ついただけで。


「分かったわ。ありがとう、ユイくん。優しくしてくれて。こう見えて私、結構回復早いしタフなのよ? だからとっとともっといい人見つけるわ、ええと日本語のスラングあったわよね、a good looking guy, かっこいい人……」

「イケメン?」

「そう! イケメン!! 私はこの学園で一番のイケメンを見つけて学園イチの美女美男カップルになってみせるわ!!」


 私はそう言い放ってその場を辞しそうとしたけど、ユイくんはなんだか複雑な表情だったわ。でもクラスメートに情けないところ見せたくなかったし、早く前向きになりたかったから私はそのままグラウンドに出た。


 でも私は知らなかったの。


『この学園で一番のイケメン』


 その称号が、全校生徒の投票で、あのレキちゃんに決定していたという悲劇を——。

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レキちゃんとソラくんは学園公認の男子カップルだけど色々とツッコミが追いつかない 八壁ゆかり @8wallsleft

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