第5話:レキちゃんとソラくん、巻き戻し。
俺はSONY製WALKMAN、名前はまだない。おそらく一生ない。
型番を言ってもいいがピンとこないと思うので、容量64GBのノイズキャンセラとBluetooth搭載型で、色はシルバー、とだけ言っておく。
俺が覚醒したのは、チバ県という地域のS市なる区域で、場所はどこにでもある家電量販店だった。
「ギフトラッピングはいかがなさいますか?」
「超かっこいいのをお願いします!!」
どうやら俺を買うのは背が低く年はせいぜい小学生か中学生程度の少年で、しかし俺のマスターとなるのは、その少年が俺をプレゼントとして渡す相手のようだ。
「シールはこの中からお選びいただけますが……」
「お誕生日用のありますか?!」
「ええ、こちらに」
「じゃあそれ!!」
「包装紙はこちらの白地、赤系、ブラックと三種類ございまして……」
「黒! レキちゃんは絶対黒! です!!」
買い手の少年はえらく興奮していた。誕生日に俺というWALKMANを購入してプレゼントするということは、相手は確実に音楽好きだが、冷静に考えてみると、SONYの最新型WALKMANであるこの俺を買えるだけの経済力、つまりお金を、こんなに小さな少年が持ち合わせているのだろうか?
丁寧にラッピングされた俺は、幼さの残る少年の手に渡り、会計の際、彼のこんな独り言を耳にした。
「レキちゃん喜んでくれるかなぁ、大丈夫かなぁ、小学校6年間のお年玉全額だもんなぁ。でもレキちゃんが喜ばなかったらこの子は俺が使おう! 俺のレキちゃんへの愛の証だもんね!」
これには鉄の塊である俺も胸を打たれた。
レキちゃんなる相手が俺を気に入ってくれることを、この少年のために必死に願っていると、少年は店を出てしばらく歩き、住宅街の奥に進んで、何の変哲もない一軒家に入った。
「ただいまー! 母さん、レキちゃん来てるー?!」
「レキちゃんならさっき来たけど、アンタが帰ってきたら来てくれって言ってたわよ~!」
「分かった行ってくる~!」
自宅滞在時間わずか二秒で、少年は隣接する色違いの一軒家に向かい、「お邪魔しまーす」と声をかけたかと思えば返答も待たずにすたすたと二階への階段を登り始めた。
心なしか、俺の入った紙袋を握る手に力が入る。
この家に、俺のマスターとなるレキちゃんなる人間がいるのだな。この少年は、自分がわずか6歳から貯め続けてきた大金で俺を買い、その人物に捧げるのだ。俺がレキちゃんという人間に気に入られたら、この少年も報われる。
俺には祈ることしかできなかったが、それでも祈りを捧げた。
「んー、ソラ来たかー?」
「来たよ、レキちゃん!!」
ん? この少年を『ソラ』と呼んだのは変声期真っ只中の少年の声に聞こえたが、彼がレキちゃんだろうか?
「ソラー! 誕生日おめでとう!!」
少年が角部屋のドアを開くと、雑然とした部屋にいた背の高い別の少年がそう言って立ち上がった。
——誕生日おめでとう?
先ほど俺を買ったソラという少年も、誕生日を祝う包装を俺にしていなかったか?
「これ、プレゼントな」
「ええー! レキちゃんプレゼントくれるの? 見ていい? 今開けていい?」
「ん、いいよ」
ソラ少年は俺の入った袋を床に置き、レキちゃんから受け取った紙袋からラッピングされた箱を取り出し、丁寧に剥がし始めた。
のだが。
その縦横30センチ、奥行き15センチ程度の箱と、その隅に印字されたロゴを見て、俺は「おや?」と思わざるを得なかった。
「ええー!! SONYのヘッドホンじゃん!! しかもエクストラベース!! なんで? ねぇレキちゃん、なんで俺がこれ欲しいの分かったの? それにこれ高かったでしょう?」
「いや、おまえいつも安物のイヤホンとかヘッドホンに文句言ってたし、金は、小学校入ってから今までお年玉貯めてたから」
なん……ということだ!
素晴らしい、素晴らしい友情だ! 互いを思いやって子供が自分が欲しいものを6年も我慢して、相手のために尽くすとは……!!
「ん、ソラもなんか袋持ってきたのか?」
「あ! そうだった!」
ソラ少年、嬉しい気持ちは分かるが、ここで俺を忘れないでくれ。
そしてラッピングと箱の開封を経て、俺はついにマスターと対面した。
小学六年生ないし中学一年生には見えないほどしっかりとした顔立ちはアジア人のそれだったが、瞳の色は蒼かった。すっとした鼻梁にややつり目の表情は、今最高に緩んでいるであろうにも関わらず、どうも不機嫌にすら見えた。
ま、まさか俺のことが気に食わなかったのか?
「んー、ソラ、これどう見てもSONYの最新WALKMANなんだが……」
「そうだよ! レキちゃんいつも安物の音楽プレイヤに音質悪いって文句言ってたし、もっと容量でかいの欲しいって言ってたから!!」
「マジかよ……。色も俺の好きなシルバーだし、見た目もかっけーし……最高だよ。でもソラ、これめちゃくちゃ高かっただろ」
「まあ、それなり! でも凄い偶然! 俺もお年玉ずっと貯めてたんだよ! あとへそくりも!!」
「ソラ、おまえ……」
「レキちゃん、お誕生日おめでとう!!」
そこで、俺のBluetoothがレキちゃんがソラ少年にプレゼントしたヘッドホンから通信を受信した。我々は電気が通っていなくとも、回路があれば意思疎通が可能だ。
>ねぇ、そこのWALKMANさん。
>なんだ、エクストラベース。
>なんか私たち、凄くいい子達に買われたみたいじゃない?
>そのようだな。しかし解せないこともある。誕生日プレゼントだろう、俺は。
>私もそうよ。さっき私の買い手が母親と話してるのを聞いたんだけど、この二人、同じ日に同じ病院で生まれたらしいわ。
>それは運命的だな! ますます素晴らしい!! 友情の深さも理解できる!
>違うのよ、ミスターWALKMAN。愛情よ、愛情。
>愛情?
>この子達、カップルよ。
カップル。
……カップル?
>人間の価値観は無機物の俺にはあまり深く理解はできないが、俺の中ではカップルというのは男女の番だという認識だ。しかしこの子達は二人とも少年だ。
>あらぁ、随分堅物なのね、WALKMANさん。同性愛者って言葉、知らないの?
>どうせいあ……。
>人間の世界には男女だけじゃなくて、男同士も女同士のカップルも存在するのよ?
>なん……だと……。
俺は驚きを隠せなかったが、俺はどうやらレキちゃんに気に入られたようだし、即ちマスターがきちんと決まったということに他ならない。ならばWALKMANとしての責務を壊れるまで果たすまでだ。
機械のくせに何とも暖かい心情で、俺は改めてマスターとその恋人・ソラ少年を見遣った。この二人のために、いい音を提供したい。
それはきっと、エクストラベースも、同じ気持ちだろう。
——それがまさか高校一年まで酷使され、壊れても修理に出され続け、しかしマスターが『これはソラからもらったものだから』と言って最終的に死を迎え崩壊した俺の部品すら保存される羽目になるとは、夢にも思わなかったが!
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