第3話 IOD隊員と後始末

「IODだっ、全員大人しくしろっ」


 怒鳴りつける声と共に扉の先から出て来たのは、フルフェイスのヘルメットを装着し、武装したIOD隊員達だった。


「お勤めご苦労さん」


 状況が呑み込めないように見える隊員たちに、そう言って手を振ってやると、身構えていた隊員の一人が倒れ伏した男と俺、そして優里を見て言葉を漏らす。


「教官に、優里ちゃん?……っと、お前らはそこに倒れてる奴を急いで病院に搬送しろ」


 隊員の中の一人が支持を飛ばすと、担架を持っていた隊員達が、急いで男を乗せて階下に運んで行った。


「で、教官。説明はしてもらえるんですよね?」


 聞き覚えの有る声をした男が、ヘルメットを被ったまま俺に詰め寄ってくる。


「取り合えずヘルメット脱げ、声が籠って誰か分からん」


「あっ、すいません」


 ヘルメット男は、自分がヘルメットを被っていた事を完全に忘れていたのか、慌ててソレを脱いだ。


「これなら分かりますよね?教官」


 そう言って顔を近づけてきたのは、茶髪のロングヘアが印象的な優男――桜木軍曹だった。


「わかった、わかったからそれ以上顔近づけて来るな、桜木軍曹」


 どんどん近づいてくる桜木の肩を、それなりの力で押し返しながらそう言うと、桜木はニヤリと笑った。


「えー、もっと近づきましょうよ、教官」


「いや、マジでキモイ。そもそも俺はもうお前の教官じゃなぇぞ……てか、IODに所属すらしてないし」


 そう言った所で、桜木以外の連中が、相棒を展開したままの俺を途端に警戒した様子を見せる。


「ストップ、ストーップ。お前ら、この人に喧嘩売るのはマジでカンベンな。てか教官も人が悪いっすよ、嘱託って名目で所属してるじゃないっすか。後今の俺は曹長です」


「おっ、出世したのか。めでたいな、今度奢ってくれ」


「いや、普通逆でしょ。と言うかアノ被疑者の惨状、なんすか?」


 担架で連れていかれた男の状態を思い出したのか、苦い顔をして聞いてくる桜木に、鼻で笑って返してやる。


「最近流行りの違法改造した魔法器で武装したバカがいたから、ちょっとレンチンしてやっただけだ……と言うかアイツ自爆しようとしてたが、最近はあんな事になってんのか?」


 そう問いかけると桜木は目を見張り、他の隊員達の方を見るが、何れも首を横に振っている。


「今のところ、そんな事例は俺達の所にも情報入ってないっすね……てかそれで良く生き残れましたね?」


「そこはアレだ、お前らとは年季が違う」


 そう言うと桜木は一瞬面白く無さそうな顔をしたが、しばらく頭を掻きむしった後、敬礼してきた。


「被疑者逮捕に協力頂き、ありがとうございます。つきましては、記録映像の提供をお願いします」


「あぁ、好きにもってけ」


 そう言って普段の待機状態に相棒を戻すと、桜木のカード状のデバイスに記録映像を送ってやる。


「あの……兄さん」


 桜木へのデータ転送を終わった頃に、脇腹を突かれて横を見てみれば、優里が時計を指差していた。――その時間は既に9:30。俺と優里の授業開始の時間を過ぎていた。


「……あっ、終わった。教頭からまた怒られる」


「……流石に、今回の件は寝坊とかじゃないですし、大丈夫なんでは?」


「ん?どうかしたんです?お二人さん」


 割と真剣な表情で話し合っている俺達に気づいたのか、桜木が声をかけて来たので、事情を説明する。


「成程……なら、俺の方から本部に言って事情を説明しときますよ。それなら多分怒られないで済みますよね?」


「おお、持つべき物は教え子だなっ」


「本当、こういうときだけ調子いい人つすね」


 そうして俺達は優里が提出した調書と、二人分の記録映像に食い違いがない事を確認された上で解放された。


「教官、これ貸し1っすからねー」


 現場から立ち去る時に背後からそんな声が聞こえた気がするが、踏み倒すとしよう。そうしよう。


――――――――――


「……結局怒られたじゃねぇか!」


 事件を桜木達に丸投げした後、現場から3km程の距離に有った新宿基地へ全力疾走(魔法器無しで)した俺達を待っていたのは、結局多大なるお説教だった。


 いや、その表現は正しくない。俺は附属高校に勤務している教頭からネチッこく2時間に渡るお叱りを受けたが、優里は寧ろ今度表彰される予定だと言う……理不尽だ。


「ちょっと兄さん、だらしないですよ。ほら、みんな見てますし……」


 そう言って食堂の机に突っ伏した俺を優里が揺さぶるが、俺はもう疲れた。放っておいてほしい。後教頭、減俸だけは許して。


「――教官、優里先輩、こんにちは」


 涼やかな声が頭上からしたので見上げてみれば、優里と同じ制服を着た白髪ショートカットの少女――後藤 由夢がサンドイッチと牛乳が乗ったトレイを持って立っていた。


「由夢ちゃん!ほら兄さん、由夢ちゃんも来ましたし起きてください……というか、そろそろ私が羞恥心に耐えられません」


 そこかしこから上がってくる、ヒソヒソという声を気にしているのか、優里の揺すり方が激しくなる。……この程度で動じるとは、我が義妹の癖に情けない。


『優里さん、そんな事を言ってはダメですよ。マスターは人に羞恥プレイを強要することに至上の喜びを感じるのですから』

 

そうポンコツが言った瞬間、周りのヒソヒソという声が、ガヤガヤに変わった気がする。不味い、また教頭から呼び出されそうだ。

「さーて、俺も起き上がろっかな。マイシスターは何を食べる?俺が特別に奢ってやるぞ」


「もう……兄さんと同じで良いです」


 そっぽ向きながら答える優里に苦笑いしながら席を立つと、先に由夢へ謝っておく。


「結構列並んでるから、先食っといて良いぞ由夢」


「優里先輩と話しながら待ってるので、大丈夫です」


 由夢はフルフルと首を横に振ると、優里を励まし始めていた……優里の方が1歳年上の筈なんだが、これじゃぁどっちが上かわかんないな。


『マスター、今日のお昼は何にします?』


「そうだな……列すいてるし、カレーにでもするか」


『マスター、そう言えばカレーはもともと何料理として伝わったか知ってますか?』


「いやに唐突だな……そりゃインドだろ?」


 そう言うと、鼻で笑われた……本当、コイツなんでこんな性格なんだ?


『浅はかですねマスター、日本にカレーが伝わった当時インドを統治していたのがイギリス――』


「おばちゃん、カレー二つ」


「あいよ」


 ポンコツが語り終わる前に順番が回って来たため話を遮ると、相棒は不服そうに明滅していた。


『マスターは魔法器をもっと大事にした方が良いと思います』


「十分大事にしてるだろ」


 そう言って肩を竦めた俺の目の前に直ぐにカレー二つが差し出されたので、脇に有ったパネルをタッチすると耳につけた携帯端末から金が引き落とされる音がした。


「この後の講義の予定は何が入ってた?」


 両手にカレーのトレイを抱えながら、優里と由夢が雑談している席に向かう。……優里の機嫌はどうやら直ってるみたいだな。


『この後は由夢さんの学年で、魔法器の構造に関する授業ですね……優里さんに任せた方が良いのでは?』


「失敬な、これでもB級マイスターだぞ俺は」


 そう言って威勢を張ってみるも、今回ばかりは相棒の言うとおりだ。

 B級マイスターも世界である程度は通用する資格だが、優里はその遥か上――S級マイスターの資格を持って居る。

 そもそも俺が今使ってる相棒にしたって、優里が作った魔法器だ。それも8年前、優里が若干8歳の時の話である。


 魔法器の制作工程は主にハード面とソフト面で分業するのが一般的で、かつ1から作るとなるとB級以上の技術者がダース単位で必要になってくる。当然全てを優里が作ったわけではないが、要件定義から設計、ソフト面の開発・試験、ハード面の調整・テストと、ハードの調達以外をほぼ一人で請け負った優里は、神童などと言うレベルを優に超えていた。一方で、当時の技術者達は彼女の名前を聞いて、納得していたそうだ。


 それもそうだろう、彼女の父は混迷を極めた戦時下の日本をまとめ上げ、現在の屈強な日本支部を作り上げた、現IOD日本支部のトップである、赤羽権蔵中将なのだから。


 そんな只でさえサラブレッドな義妹は、遺伝子に改良を加えられた、デザイナーズベビーでもある。


 生まれる前から劣性な遺伝子を優性に書き換えられるデザイナーズベビーは、道徳的な観点から様々取沙汰されてきた。だが戦争開始と共にその道徳心とやらは一気に吹き飛び、急速に普及・発展してきたが……結局書き換えられる遺伝子情報に限りがあるため、優秀な物がより優秀になるだけであり、現在の格差社会に拍車をかける要因にもなっている……。まぁそんな話は置いとくとして、優里は遺伝的にも才能的にも、類を見ない天才って訳だ。


「あっ、兄さん遅いですよ!お腹すきました」


 まぁ、両手を広げて昼飯をせがむ姿はそこらへんに居る女子高生と何ら変わらないが。


「んじゃ、食うか。由夢悪かったな」


「んん、全然いい……です」


 丁度手ごろなところに由夢の頭が有ったので撫でてやると、髪同様肌も真っ白な由夢はリンゴの様に赤くなっていた。……ういやつよの。


「あっ、兄さんがセクハラしてる」


『あっ、マスターがいつも通りセクハラしてる』


「お前ら、俺に何か恨みがあるわけ?」


 そんなこんなで微妙に周りの注目を集めながら、3人で歓談しながら食事を楽しんだ。

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