第4話 中央の塔
「あー……今日は一日がやけに長く感じるな」
『朝から珍しく働き詰めですからね、犯罪者捕まえて、教頭先生から怒られて、由夢さんのクラスで授業して……』
「しかもこれから教官に会いにセンタービルに行くとか拷問か?」
既に時間は16:30を回っており、日も大分陰り始めていた。
「しっかし基地内は清掃ロボや警備ロボ多いよな」
『それだけ厳重に守らなければならないという事でしょう』
基地内を1分も散策すれば数台遭遇するドラム缶の様な形をしたロボットたちは、あれで魔法器の一種だというのだから驚きだ。まぁ、魔素を動力源にした物を魔法器って定義すれば、電車も照明も何もかもが今では魔法器なのだが。
『ただ機械技術が発展すればそれだけ雇用の機会が減って……今朝の様な人も出てくるのでしょうね』
「世知辛いねぇ」
機械の癖に妙に干渉的になっているのか、相棒は尚も言葉を続ける。
『生まれた時点から能力差が発生し、成長しても雇用の機会は奪われ、差別は無くなる所か激化してる……そんな社会に、一般人はどんな希望を持てばいいんでしょうね?』
「……戦争は終わっても、世界情勢は絶望的ってか。まぁ、そんなもんは特権を貰ってるお偉いさん方に任せるよ」
そう言うと相棒は一回不服そうに明滅したが、その後は黙っていた。
珍しく黙々と基地内を歩いていると、次第に丘上に在る真っ白い巨塔が目に入ってくる。1キロ近く離れていても見上げる様なその全貌は、圧巻の一言だ。今まで歩いてきた西区画にあった学校だって大概大きかったというのに、それの比ではない。また、異様に縦に長い台形上をしており、広く裾野が広がっていることもその大きさを強調しているのだろう。
段々と近づいて段々と尖塔部分が視界の端に消えていった時の事、センタービルの前で小さく手を振っている、眼鏡をかけた女性に気づき、慌てて近づく。
「七海さんお疲れ様です。もしかして長官はもう待ってますか?」
そう言いながら時計を確認すると、未だ時間は16:40。待ち合わせの時間には20分以上あった。
「いいえ、そうじゃないんだけど……昨日、長官が何処の部屋で待ち合わせるって言い忘れてたそうなので、秘書の私が待ってたんです」
「あぁ……そう言えば言ってなかったっけ?」
相棒を突くいて確認すると、軽く明滅した。
『そうですね、センタービルに来いとだけ言われてましたね。ボイスレコーダーに撮ってるので流しますか?マスターの間抜けな声がバッチリ取れてますよ』
「いや、いい。後、間抜けとか言うな」
そんなやり取りをしていると、隣から上品に笑う声が聞こえた。美しい黒髪ロングの眼鏡女性がそうしていると目が離せなくなるのは、男の性だろう。
「ふふ、ごめんなさい。赤羽さんとSevenさんは相変わらずなのね」
「まぁ、残念ながら……と言うか、いい加減赤羽さんはやめません?義妹とも
「でも、元々の階級は同じと言っても赤羽さんは私より3つ上ですし、優里ちゃんは優里ちゃんで……赤羽中将はそもそもさん付けでお呼びするなんて、おこがましい方ですから」
そう苦笑する七海さん――七海 雪中尉はサッと顔を引き締めなおすと、俺を伴ってセンタービルへと入っていく。
外部と中とを隔てる自動ドアが開いた先に待ち受けていたのは、一般的な軍のイメージに反して、大会社のロビーの様な清潔で開けた空間だ。昼間であれば壁一面の大きな窓ガラスから越しに外を眺めているだけで、時間を過ごせてしまう様な快適な空間。――と言うか、現役の頃にロビーにある革製の椅子に寝そべって居たら集合時間に遅れて、上官に散々怒られた事が在る。
……あの人、今日は此処に居ないよな?
「赤羽さん?先行きますよ?」
「今行きます」
俺がくだらない回想をしている間に、七海さんが入館するための受付を済ませていたため、黙ってエレベーターホールに向かって付いて行く。
「今日は9Fの会議室が空いてたので、そちらで長官が待ってます」
「別に俺は長官用の部屋でも良かったんですが」
「流石に赤羽さんとは言え外部の人を、アポなしで長官室に入れるわけにはいきませんよ」
そう苦笑する七海さんには悪いが、俺は長官の招きで引退してから何度も長官室に入った事が在る……しかも、しょうもない理由で。
まぁ、彼女に心労をかけないためにもココは黙っておこう。
「あっ、エレベーターが来たみたいですね」
ポーンという音と共にエレベーターが到着し、中から人が下りてくる。……って、あの人はっ。
降りてくる人の中に、俺より頭一つはデカい禿げ頭が視界に入った瞬間、俺は七海さんの後ろに回って小さくなり、気配を断った。
『はぁ……行きましたよ、マスター』
相棒の呆れる様な声も、今は女神の声に聞こえる。
「……えっと、どうかされたんですか?」
後ろに引っ付くようにしてエレベーターに乗り込む俺に、戸惑った様子を見せる七海さんへ相棒が説明した。
『今しがた、堀渕大尉がいらっしゃいましたよね?』
「えっ、ええ。通り過ぎられましたが……」
『マスターは堀渕大尉が嫌い……ではないんですが、苦手なんですよ』
苦笑する様にそう言う相棒に、俺は肩を竦める。
「いや、バリバリ嫌いだが?」
『嘘ですね。マスターは嫌いな人は無視するタイプです』
「さいですか」
そう言いながら9Fに到着したエレベーターから出ると、再度七海さんの後を付いて行く。
「堀渕大尉は……昔の赤羽さんの上官でしたっけ?」
「ですね。アノ、鬼の堀渕の下に居た時は本当に息が詰まりました」
「ははは」
俺とは違い現役の七海さんは乾いた笑いをするだけだったが、堀渕大尉の熱血指導は新宿支部でも滅法有名で、部隊を超えて様々な異名が残ってるくらいには酷かった。
『まぁ、それもこれもマスターみたいなふざけた軍人を出さない為って話もありますけど……』
「はっはっは、何を言ってるやらこのポンコツは」
ブスブスと爪で突き刺すと、相棒はうざったそうにチカチカ点滅した。
「えーっと……、長官が待ってるのはこの部屋です」
若干引き気味の七海さんが指示したのは一番奥まった、人が4人程度しか入れない小さな部屋だった。しかも、他の部屋とは違い生体認証が必要な場所である。
「赤羽さんの情報は既に登録されてますので、そのまま入られてください。私は終わったころにまた来ますので」
そう言って、七海さんは去っていく。
「ふむ……、この場でバックレるっていうのはどうだろう?」
『バカな事言ってないで、さっさと中に入ってくださいマスター』
「へいへい」
4分の1位本気で言ったのに素気無く扱われてしまったが、木を取り直して扉横にあるカメラを覗き込む。
<認証開始……成功。扉を開錠します>
メッセージが表示されると、ガチャッと言う音と共に扉のロックが外れる。
「失礼しまーす」
そう言いながら扉を開けると、右瞼の上から頬にまで伸びた深い傷跡が印象的な、茶色がかった髪をした男――後藤大輔大佐が資料と睨み合っていた。
「来たか」
『ご無沙汰してます、大佐』
「直接会うのは久しぶりっすね、長官」
俺が敬礼をすると、長官も立ち上がって返礼してくれる。……と言うか、相変わらずこの人はデカいな。俺より頭一つデカイ堀渕大尉よりも上……確か2mを超えていた気がする。
「昨日電話したばかりだけどな。Sevenは久しぶりだな……何か飲むか?」
そう言いながら、部屋の隅に置かれたドリップケトルを掲げられるが、俺は首を横に振る。
「それよりも早く話を聞かせてください。只でさえセキュリティが厳しいセンタービルの中でも、わざわざこの部屋を予約してまでする話ってやつを……」
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