第2話 犯罪者との魔法器戦

長官との通話が終わった後俺達は、店舗に併設されている2Fの自宅に戻り、優里が作った和食を食べると、着替えと戸締りを済ませて店を出た。


「兄さん、顔色が悪いですけど本当に大丈夫ですか?もし厳しい様なら……」


「大丈夫だ、そんな気にされると背中が痒くなる」


 心配そうに顔を覗き込んでくる優里に苦笑しながらそう返すと、優里は小さく頬を膨らませた。


「もう、せっかく心配してあげたのに」


『マスターは照れてるだけですよ、優里さん』


「照れてねぇ……」


 そんな会話をしながら新宿基地に向かって歩いていると、何やら前方で人だかりが出来ている事に気づく。


「何かあったんですか?」


 近くに居た野次馬の男に優里がそう問いかけると、振り返って優里がIODの制服を着ている事を確認した後、人だかりの先を指さしながら答えた。


「あんた、IOD附属の人だよな?街中で口論になって、魔法器をぶっ放した馬鹿が居るって話なんだけど、何とかならないか?」


 男がIODと言った瞬間、野次馬たちは一斉に振り返ると、好き勝手しゃべり出した。


「ちょっとアナタ、さっさとアノ犯罪者捕まえて来てよ」


「アイツだれか一人連れてったぞ」


「おっ、あの子メッチャタイプなんだけど。写真撮っとこ」


 好き勝手喚きながらにじり寄ってくる人の波に、優里が思わず後ずさり、揺れる瞳で俺の方を見てくる。……兄として見過ごすわけにはいかないよな。


 首にかかっていた相棒を右手に持ち変えると、人だかりと優里の間に立って、起動ワードをユックリと大きな声で言った。


「seven、モード1。セットアップ」


『mode1, setup』


普段の相棒とは異なる、硬質な声が響き渡ると、右腕から紫色の光があふれ出し、急速に増大していく質量を手の中に感じながら、身の丈程の大剣の形に収束して行くそれを、大仰に振り払う。


「魔法器だ……」


 人だかりの中の誰かが、そう呟いたのが聞こえた。

 そう、これが魔法器の本当の姿。嘗ての大戦で異世界との戦争のために地球人が作り上げた、叡智の結晶――。同時に普段とは異なり、明らかに人を傷つけるために出現した魔法器の外観を見て、群衆は一歩後ろへ下がった。


 「皆さん、後は私どもが解決しますので、危険ですから下がっていてください」


 鈍色に光る大剣の姿となった相棒を担ぎ上げてそう言うと、途端にカメラのフラッシュが向けられる――言うとおりに立ち去るとは思ってなかったが、数年前まで戦争があったとは思えない危機感の無さだ。注目を集めるために、大衆受けの良い長物を用意した俺のせいでもあるんだが。


「優里――索敵頼……ってもう、やってるか」


 優里に目を向けてみれば、既に髪につけた髪飾り状の魔法器を使って、仮想ディスプレイを操作しながら情報収集している所だった。


「魔法器を持った人間が、一般人と思われる人を追いかけて、廃ビルに入っていくのを確認しました。……反響音から言って、最近裏で出回ってる民生品を違法改造した奴ですね」


「流石は義妹様、優秀だ」


 そう言うと、優里はやや俯きながら首を振った。


「いえ、由夢ちゃんならもっと早く正確に情報を掴めてますから……」


 俺の教え子でかつ、由夢の後輩でもある少女を引き合いに出すが、兄としてはアノ子と索敵で競い合うこと自体が不毛だと声を大にして言いたい。


「それでも助かった……追われてる人の安否も気になるし、飛ぶぞ」


「えっ、ちょっと、兄さん、待って……」


 そう言うと相棒を背中に取り付けた後、優里を抱きかかえながら跳躍した――。

 幾ら優里が軽いとはいえ、普通の人間が少女一人を抱えながらジャンプしようと思っても、ほぼ不可能だろう。だが魔法器の補助を受けた人間なら、人を抱えたまま建物の屋上まで一息で跳躍し、そのまま屋根の上を駆ける事も可能だ。


「相棒、ターゲットと追われてる人以外に、周辺に生体反応はあるか?」


『特にありませんね……失礼、ネズミが一匹居ました』


「了解、このままビルの窓枠突き破って突入するから、ルートと熱源の網膜投影頼んだ」


『承知しました、マスター』


 相棒が答えると同時、赤い矢印がターゲットまでの距離と共に視界に映し出される。……急がないと不味いな、ターゲットが丁度獲物に追いついたみたいだ。


「優里、しっかり掴んでろ」


「……はい」


 もう文句を言うことを諦めたのか、黙ってしがみついてくる優里を感じながら、最後の一歩を屋根の淵から踏み出しながら、全面に障壁を展開して廃ビルへ突っ込んだ。


「お取込み中失礼しますっ」


 ビル全体を揺るがすほどの轟音を鳴らしながら入室すると、剣状の魔法器を振り上げた男が、スーツを着た男に振り下ろそうとしていた所だった。


「相棒っ」


『Protection』


 間一髪展開した薄紫色のシールドが相手の剣をはじき返し、態勢を崩すことに成功する。


「優里ッ、彼を安全なところへ」


「分かりましたっ」


 未だ剣を構えたままの相手から視線を逸らさずに、抱えていた優里をおろして指示を飛ばすと、腰の抜けた男性へ優里が近づいた所へ――凶刃が振り下ろされる。


「俺にも構ってくれよっと」


 一足でターゲットへ肉薄すると、左下から掬い上げる様に相棒を叩きつけて相手の剣を弾き飛ばすと、勢いそのままに時計回りに一回転して、再び左下からの切り上げを狙う――。


――ギンッ


 勢いの乗った切り上げは、されど相手を弾き飛ばす事無く、筋力任せに振り下ろされた剣とかち合って、つばぜり合いになる。


「どんな筋力してんだよ。ていうかコイツ、同化してないか?」


 額を突き合わせる程の距離になって、改めて男の顔を見てみれば、理性を感じさせない眼球は血走り、腕に持った魔法器からは複数の触手が生えて腕に突き刺さっているのが見て取れる。


――オオオオオオオオオオッ


「っと」


 人の口から出たとは到底思えない、獣の様な雄叫びを上げた男の振るった剣により、力負けした俺は数m程後ろに弾き飛ばされた。


「力押しで勝つのは、面倒臭いな」


『マスター非力ですしね』


「いや、あれを正面から押し返せるのなんて、一部だけだろ……モードリリース」


 そんな軽口を叩きながらがむしゃらに振り回される剣を左右に交わしながら、相棒を普段の待機形態に戻し、その場から二歩、三歩と大きく後ろへ跳躍すると、相手が俺を追ってくるのに構わず相棒を変化させる。


「相棒、モード2」


『mode2, setup』


 後ろ手に回した相棒の質量が増大するのを感じると共に、前方へ向けて投げ飛ばす。


「跳べっ、八爪(はっそう)」


 手から離れた相棒は8本に分裂し、薄紫色の軌跡を描きながら上下左右から飛んでいく。本能からか相手が咄嗟に障壁を展開するが、それを易々と食い破り相手の体を貫くと、勢いそのままに直進して、コンクリートの壁へと貼り付けにした。


「まっ、ざっとこんなもんよ」


 手の中に残った最後の1本の短刀――相棒を弄びながらそう言うと、ため息を吐かれた。


『出来るなら最初からやって下さい……というか、出力制限のかかったマスターにmode1とかろくに使えないでしょうに』


「いや、長物はロマンでしょ」


 そう言いながら、壁に貼り付けにした相手へ近づこうとした所で、相棒が警鐘を鳴らす。


『相手の魔力量が急速に増大していきます――あのままだと、後10秒ほどで自爆しますね』


「……まじか」


 眼前で急速に増大していく魔力に、思わず呆気にとられてしまう。戦時中は敵陣で自爆する仲間を少なくない数見てきたが、このご時世に相手に自爆されるとは思ってもみなかった。


「マスター、早くしないとフロアごと吹き飛びますよ?」


「了解、――轟け雷鳴」


 手に持った相棒を前に突き出しながら起動ワードを言うと、空気を焦がす匂いを伴って、紫電が刀身に纏わりつく。


「眠っとけ、――雷針(らいしん)」


 言葉を紡ぐと同時、唸る様な轟音を上げて飛んだ紫電は、突き立っていた八本の短剣に触れると、相手の内部から神経系を容赦なく焼き……魔力の膨張は停止した。


「兄さんっ、無事ですか……っ」


 音を聞いて慌てて飛び込んで来た優里が、肉の焼ける異臭を漂わせて倒れている男を見て息を飲んでいた。


「生きて……るんですか?」


「まぁな、重度のやけどを負ってるが生きてる。放っておけば100%死ぬ所だったし、長い病院生活は我慢してもらうさ」


「そうですか」


 曲がりなりにも軍組織に所属しているのに、どこかホッとした様にそう言う優里に、思わず苦笑してしまう。


「襲われてた人はどうしたんだ?」


「緊急で出動してきたIODの正規隊員の人たちに、引き渡しました。多分そろそろ上がってくると思いますよ」

 

 優里がそう呟いた所で丁度、階下から大きな音を立てて数人が上ってくる音が聞こえてきた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る