かっこ仮

おしゃれ泥棒

第1話

不幸は連鎖する。昔よく流行った不幸の手紙、みたいに悪いことは続けざまに起こるものだ。それが不思議と世の常で。

「またお前か。」

深いあきらめとともに放たれたその言葉は行き場なく無機質な病室の灰色の壁に吸収されて消えた。大病院の一角、緊急治療室の一部屋に若い女と女性警官が対面して座っていた。若い女は緑色の顔色をしていてまさに今死んで来た人間、三途の川の渡りそこねだった。

「今度は、なになに?オーバードーズの失敗?胃洗浄、つらかっただろ?よくやるよね、お前もさ。」

乱暴な言葉使いの女性警官はあきれきって彼女を眺めた。普通バカはバカのまま一生を終えるのだがこの女はいったい何度自殺すれば気が済むのか。この病院に運ばれて警官が呼ばれるのが何度目か。こんな形で顔見知りになんてなりたいわけがない。くそである。腐れ縁とはまさにこのことだ。

「お前の言い分は分かった。亡くした旦那の最愛の形見だった息子もおぼれ死んだんだな、そのことはまったくもって不幸としか言いようがない。さらに続けて親が死んだ、と。お前はもう生きていく意味がわからないんだよな?」

「そのとおりです。」

「だからって何度も自殺するな、ほかに生きがいをみつけるべきだろう?病院にどれだけ迷惑かけたと思ってるんだ。死ぬなら死ぬではっきりしろ。未遂が一番迷惑なんだよ。」

「今度こそは死ねると思っていたんです。それが救急車無駄に呼ばれちゃって。胃なんてぐちゃぐちゃですよ、あたしもういなくなりたいのに。胃洗浄なんて頼んでません。」

「とりあえず入院きまったから。希死念慮がなくなるまでここの精神科でじっとしてろ。な?」

警官は病院を出てほっとひといきついた。どうしてこういうややこしい案件は自分に回ってくるんだろう。ほかの警察官たちはだれもやりたがらない仕事だ。何度も自殺未遂を繰り返す常盤のお世話係なんて。帰ろうとしたとき、警官の携帯がけたたましくなった。

「もしもし、鳴子?急性アルコール中毒の患者が今から救急車で運ばれるから、そっちもお願い。今総合病院にいるんだろ?ついでじゃないか。こっちも自殺未遂の可能性ありだそうだ。よろしく頼むよ。お前のお得意分野だろ?」

巡査の片桐からだった。面倒な仕事を全部鳴子に回してくる張本人。片桐は出世コースにうまく乗っているようで自信と慢心にあふれている。最近少し太り始めたようで、それは夜の接待とか飲み会とかのたぐいのせいであることは間違いなかった。

鳴子は深いため息をついた。アル中患者なんて最悪だ。おもりをしなければならないのはしんどいことだった。かといって交番に戻っても居心地が悪いだけだろう。仕方ない、行くか。ともと来た道を戻り始めた。

6月。ジューンブライドの季節に合わせ大安の日を選んで鳴子の息子が結婚した。相手は財閥のお嬢様で逆玉の輿なのだが、鳴子にはあまりうれしくない話だった。キャリアをあきらめてまで手塩にかけて育ててきた一人息子がちゃらちゃらした女に取られてしまった。息子は嫁に首ったけで母親のことなんてかえりみようともしない。子供なんて、血のつながりなんて薄いもので薄情者にとってはなんの意味もない。旦那は鳴子が警察として働いていることにいい顔をしない。専業主婦を望んでいた彼は外に女を作って絶賛不倫中だ。鳴子が気づいていないとでも思っているのか、どうどうと外泊するが女の勘を舐めないでほしい。鳴子にはぜんぶおみとおしだった。そのうえであえて容認しているのだ。好きにすればいい、あきらめだった。

車の流れは血液の循環に似ていて、一度詰まったら厄介だ。赤血球白血球血小板の大渋滞、血栓だ。


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