偽お嬢様とめんどくさがり探偵の調査レポート~父と娘と母と~
深弦離羽
依頼の始まり
この物語を読んでいただけるということでよろしいということで。本当にありがとうござます。
さて、これは探偵である青年と、探偵の父親を持つ少女のストーリー。
探偵物ならミステリー?
どこかの館へ行って誰かが死ぬ?
有名な祖父や薬で小さくなった?
いえいえ、この物語は人と人とのつながり。そして、絆といったストーリーになっていて、人が亡くなるような物語ではありませんので、期待していた方々には申し訳ありません。
青年は少女に助けられ、そして少女は青年の力を借りて探偵業を営んでおります。
所長である少女。
主に探偵として動いているのが青年です。
では、物語を始めていきましょう。
おっと、私のことをご紹介していませんでした。申し訳ありません
私はストーリーテラーの――と、申します。ここから先の物語は私がお話をするストーリーでございます。
私のことが煩わしいと思うかもしれませんが、お付き合いいただければと思います。
では、改めまして――物語を進めていきましょう。
**********
物語の始まりは街の外れにあるビル――のように見える、2階建ての建物。。
その建物の2階にありますのが『法月探偵事務所』です。
ここは以前髭を蓄えた渋い男性がやっていた探偵事務所だったのですが、現在は若い青年と高校生の女の子が切り盛りをしております。
「んー……厳しいわ」
この探偵事務所の所長である女子高生――法月 明(ほうげつ めい)がパソコンのモニターを見ながら溜息をついております。
この理由は1つです。
「今月は浮気調査が3件だけよ? 依頼料にもろもろ雑費引いても黒字――とはいかないの分かってる?」
「分かってるよ。それでも、依頼が来ないんだから仕方ないだろ」
明が探偵の青年である橘 晴海(たちばな せいかい)へとそう言いますが、彼は特に焦った様子はありません。
実はこれには理由があります。
「明が作ったホームページあるだろ?」
「あるわね。センス抜群で宣伝効果が最高なホームページよ!」
明は自信満々でホームページをモニターの画面に表示させますが、それを見て晴海はよい顔をしていません。
それは何故か。
白い背景に赤い大きな文字で「法月探偵事務所のホームページへようこそ!」と書いてあり、その下には更に大きな文字で「ご依頼はこちら♪」と依頼フォームへのリンクへ飛ぶ文字が入っています。
その依頼フォームへ飛ぶことができるリンクは、とても強調しており、文字が太く、点滅していて、強調吹き出し。
「何度も言うが、何でワンクリック詐欺みたいなホームページのせいだと俺は思う」
彼が言うように、一昔前のワンクリック詐欺のページに見えかねません。
現代の人がこのホームページを見れば、誰もがそっと閉じるか、下手をすればプロバイダに通報をされてしまう可能性も――は、極端な話かもしれません。
さて、ここで探偵事務所のご紹介をしておきましょう。
ビルのように見えるこの探偵事務所がある建物は、1階が明の自宅になっております。
正面には探偵事務所へと直接繋がる階段が設置してありますが、その階段の後ろには玄関の扉。依頼をしにきた方に分かりやすくしてあります。
階段の一番下には少し錆びた「法月探偵事務所」という看板が。
元々は、現在ここの所長をしている法月 明という少女の父親が建てたものになっています。しかし、そんな彼女の父親は現在はいません。
そのため、現在は明とその母親。居候をしている晴海の3人で暮らしています。
父親はどうしたのかというと――それは、誰も知りません。
そのお話は数年前に遡るのですが、そのお話はまたの機会としましょう。
そして、この所長をしている明という少女は、近くにあるお金持ちのお嬢様が多く通っている私立女子米逢学園の高等部に通っております。
長い黒髪に前髪をピンで止めており、邪魔にならないようにな髪型をしており、誰が見ても美少女と呼ばれる容姿です。
学園での生活で部活は特にしておりませんが、運動神経もよく、テストでは学年で上位と優等生。
それだけではなく、立ち振る舞いも上品であり、ご友人、他の学年の生徒からの人気だけではなく、先生方からの信頼も厚い女学生です。
ただ、立ち振る舞いが本当に上品かというと――。
「……うるさいわよ?」
「何か言ったか?」
「何でもないわ」
おっと、これ以上はご法度のようです。
家族構成は父親と母親。そして、明の3人でありますが、お話した通り現在は父親はおりません。
母親のお話はこの後登場しますので、その時にいたしましょう。
さて、次は法月探偵事務所で探偵をしている橘 晴海。
彼は元々探偵をしていなかったのですが――それは今回のストーリーには関係ありませんので割愛させていただきます。
短い髪――俗にいうベリーショート。その理由は髪を洗うのが楽、といったもの。
性格はそういったところから、少し面倒くさがりな部分がございます。
しかし、その洞察力や行動力は本物であり、これまで受けてきた依頼で失敗したものはございません。もし、この探偵事務所にご依頼に来る場合は安心してください。
家族構成は親族はいるのですが、父親も母親もおらず晴海1人です。
これもまた探偵となったきっかけと関係しておりますが――これ以上は野暮というもの。
と、ご紹介をしていると階段の下から探偵事務所の扉を見ている方の姿が見えます。
「もうさ、ちゃんとした所に頼んだ方が良いと思うんだ」
「なんでよ!? 私のセンス抜群のホームページに文句があるっていうの!?」
「いや、あるからこう言ってるわけで――」
カランカラン、と扉についている小さな鐘が鳴ります。
入ってきたのは少女――そう分かるのは、ブレザー制服を着ていたから。見た目から見た感じでは高校生くらいでしょうか。
晴海はそう思っていると、明は座っている椅子から立ち上がると、デスクの横ですっと出ます。
「法月探偵事務所へようこそ。ご依頼でしょうか?」
先程までとは打って変わって、上品な振る舞いと笑顔。その様子は誰が見ても、どこかのお嬢様だと見間違えるでしょう。
これ程のギャップがあればツッコミたい人も出てくるとは思いますが――。
「はい……」
「では、こちらへどうぞ」
晴海は気にしないところ見ると、慣れているのでしょう。
少女は事務所の真ん中に置いてある革製の3人掛けのソファへと腰かけると、大きく息を吐きます。こんな所に本当に探偵事務所があるのか、という不安から解放されたのかもしれません。
「私はこういう者です」
社会人として初対面の人に挨拶をするのは基本。晴海は自分の名刺を渡すと、少女は不思議そうな顔で彼を見ます。
「はるみ……さん?」
「女性みたいな名前ですよね。読み方は『せいかい』と読みます。皆さん間違えるんですよ、ハハハ」
彼にとっては鉄板のネタになっており、それによって依頼者の緊張をほぐしていきます。
「私はこういうものです」
もちろん、明も自分の名刺を渡すと、これまた少女は不思議そうな顔をします。
「所長さん……なんですね」
「はい、法月探偵事務所の所長、法月 明です」
「依頼に来る方は誰もが驚くんですよ」
これもまた依頼者の緊張をほぐすための会話の1つです。
「あ、私は識下(しきおり)と言います」
「その制服……青蘭高校の生徒さんですね」
「え、どうして――」
「セーラー服の高校は多いですが、肩にラインが入っているのは青蘭高校だけですから」
晴海に通っている高校を当てられて驚きますが、その理由に識下さんは納得している様子。
「ふぅ……では、ご依頼とのことなので、内容をお聞きします」
「はい……父の事なんです」
晴海の大きな深呼吸に識下さんは疑問を持ちますが、依頼内容を話すこととなり、そんな疑問はどこかへ行ってしまいます。
そして、識下さんからの依頼内容は彼女の父親に関する内容とのこと。
「識下さんのお父さんですか」
「はい。父の――浮気調査をして欲しいんです」
父の浮気調査。
恋人から彼氏、彼女であったり、夫や妻の依頼はよくあることですが、父親の浮気調査と聞いて少し明と晴海は驚きます。
しかし、依頼者が再び緊張しないように、明は依頼内容を紙へと書いていき、晴海は柔らかい表情のまま識下さんの顔を見ます。
「なるほど……珍しい依頼ですね」
「そう……ですよね」
珍しい依頼、というのは彼女も分かっているようです。しかし、表情や雰囲気を見ていると冷やかしではなく、本気でそう思っていることが分かります。
「どこにも相手されずに辛かったでしょうね」
「どうしてそれを――」
晴海にそう言われて織下さんは驚きを隠せません。
「世の中には探偵事務所が多くあります。その中で私たちのような私立探偵に依頼をする、というのは、色々話をして受けてもらえなかったのではないか、と思ったんです」
「その通りです。娘が父親の浮気調査をする――コマーシャルをやっているような大きい探偵事務所にも行ってみたんですが、やっぱり聞いてもらえなくて……」
恋人や配偶者が浮気や不倫の調査をして欲しいという話は、TV番組で取り扱っていたり、聞いたことがある人は多くいるでしょう。
そんな中で子供が親の浮気や不倫の調査を依頼する――下手をすればいたずらだと思われかねません。もちろん、しっかり聞いて依頼を受けてくれる場所はあると思いますが、未成年が親に何も言わずに依頼をするのは難しいでしょう。
「だからといって、私立探偵が受ける――とも限らないのですがね」
「え……」
「せ、晴海!」
何を言っているんだ、と明の顔が鬼のような表情に変わりますが、言った本人は臆せずに言葉を続けます。
「しかし、あなたが本気なのは……十分に伝わっています」
織下さんは晴海の「伝わっている」という言葉が本当にそう思ってくれることが、彼女にも伝わりました。初対面なのにも関わらず、信用できる――そう感じます。
「このご依頼お受けします」
「あ、ありがとうございます!」
基本的に依頼を受けるかどうかを所長の明は晴海に任せています。
探偵業として明は助手のような位置で動いており、できるかどうかを判断するのは探偵である晴海だからです。
そのため、明も安堵のような安心したかのような、それでいて嬉しそうな表情を見せます。
「では、詳しいお話を聞いてよろしいですか?」
「は、はい。先週のことなんですが――」
先週、織下さんは部活が遅くなり暗い中帰路についていました。
そんな時は早く帰りたいと思うのが人間。彼女は少し近道をするために、繁華街のすぐ近くの道を急いで抜けていきます。
そんな時でした――。
「いや、今日も良かったですよ」
「――いえ、またいつでも来てくださいね」
一本ずれれば暗い道。そんな道の先を歩いているのは、聞き覚えのある声と女性の2人。
咄嗟に隠れて様子を窺うと、そこにいたのはやはり自分の父親。そして、見覚えのない50代ほどの女性でした。
お世辞ではなくその女性は10人いれば7人は美人だと言う女性でした。もちろん、自分の母親も綺麗だと織下さんは思っていますが、自分も綺麗な人だとそう思ったのです。
「では、私はここで……」
「そうですね。流石に私もバレるわけにはいきませんからね。ハッハッハ!」
こんな会話を聞いたら誰しもが不倫を思い浮かべるでしょう。それは、織下さんも同じ。
自分の父親が知らない女性と不倫をしていると確信します。そして、それは嫌悪感に繋がり、軽蔑の念も抱くのでした。
そのまま落ち込んだ様子で帰宅した彼女でしたが、まだ父親は帰ってきていない様子。
「おかえりなさい、あやめ。夕飯は――」
「ごめん、部活で疲れちゃった……」
母親には父親が不倫をしていたなんていうことが言えるはずありません。もちろん、自分が見たことが事実ではない可能性もあります。
そのためにも、父親が本当に不倫をしているのかをはっきりさせる必要があると考え――。
「それで、たどり着いたのか最終的にここだった――と」
「はい……。私だけで調べることも考えたのですが、怖かったので……」
「それが良いでしょう。繁華街に近い場所なら、未成年の女の子がいたら危ないですからね」
現場を見たのがたまたま部活で遅くなったときで、彼女自身に何もなかったのが幸いです。
治安が良い場所であっても、そんな中でも繁華街というのは治安がよくないことが多い場所。若い女の子には危険が多いので懸命な判断だったと言えるでしょう。
「では、いくつか確認させてください」
「はい……答えられることであれば答えます」
どういう事情から法月探偵事務所に依頼にきたのか、というのが分かったところで識下さんが見たところを深堀りさせていきます。こういった確認も大切なこと。
「その現場を見たのは、いつですか?」
「えっと確か――」
晴海は何点か気になったところを聞いていきます。
・それを見たのはいつのことなのか。
・お父さんの不倫現場らしきところを見たのはその1度だけなのか。
・相手の女性は見たことがあるのか。
そして、それぞれの答えはこの通り。
・その現場を見たのは2週間前の火曜日である。
・現場を見たのは2度で、2度みたから確信をした。
・女性のことは見たことがない。
「なるほど、分かりました」
識下さんが答えたことは、明がしっかりと書き留めておき今後いつでも見られるようにしておきます。ただ、晴海は1度聞けば忘れないため、そのまま報告書になることが多いのはここだけの話。
「ちなみにお父さんはどういう人ですか?」
「え?」
父親にお人柄を聞かれた織下さん。しかし、捜査や調べるためには必要な情報なのだろうか、と疑問を持ちますが――このように聞いてくるのであれば重要なことなのだろうと彼女はゆっくりと話し始めました。
「父はスギナミグループで働いていて……確か役職は部長です」
スギナミグループと言えば日本中で――いえ、世界中でも名前を知っている人が多くいる企業の1つ。そんな大企業の部長である父親は、それだけ優秀なお人なのでしょう。
「真面目な性格――でした。家では明るくて、それでいて優しくて。私から見てお母さんとも仲が良かったように見えました」
「なるほど。織下さんもお父さんが好き“だった”と」
「……いいえ、元々私はお父さんのことをよく思っていませんでした――」
外から見れば誰もが羨む家族。しかし、確実に娘だけが父親のことを嫌っていた――という裏側の面があったようです。
しかし、晴海は笑顔のままで落ち舌さんのお父さんのことを聞き続けます。
「趣味などはありましたか?」
「確か……ガーデニングをしていました。その他にも昔は陸上部だったらしくて、よくジョギングに一緒に行っていました」
「そして、織下さんも陸上部――ですか?」
「あ、はい。何で分かったですか?」
「簡単ですよ。そのバッグと一緒に持っている一回りほど小さいバッグ。それって、陸上で使うスパイクが入っていますよね?」
学校帰りに寄ったであろう彼女の持ち物には、学校指定のバッグと一回り小さいバッグの2つ。そして、小さいほうには靴が丁度収まるくらいの大きさです。
「スパイクを使う競技は色々ありますが――野球の場合はバッドやグローブと一緒にスパイクを持ち歩くので、学校指定のバッグより大きいものを持ち歩いている人が多いです。サッカーもスパイクを使う競技で、最小限スパイクがあれば良いですが――」
「あー、青蘭高校には女子サッカー部はないわね」
織下さんが通う青蘭高校は文武両道であり、運動部も文化部も多くあります。しかし、そこに女子サッカー部はありません。だからこそ、彼女の持つ小さいバッグが陸上のスパイクだと分かったのです。
「思い出したわ。青蘭高校の織下さんって陸上部のエースって言われている人よ」
「そんなエースだなんて……」
織下さんはインターハイにも行った事がある将来有望な陸上選手。新聞にも載っていたことがあり、明に至っては同じ高校生ということで噂に聞いていたようです。
晴海が彼女のことを陸上部だということに気付くところに関して、織下さんが驚くのは分かることなのですが、明も少し驚いているのを見て笑うのをこらえています。
「さて、話を戻しましょう。その他にもお父さんは趣味を持っていますか?」
「いえ……後思い当たるような趣味は持っていなかったと思います」
これ以上の情報は織下さんから出てこないかもしれませんが――。
「あ、関係ないかもしれませんが――」
「それでも問題ありませんよ」
「父は驚かせるのが好きです。サプライズというか――そういうものが。私やお母さんの誕生日によくしていたので、覚えています」
「なるほど……」
「ただ、私が中学生になって、そういうのが恥ずかしくなったのでやめて欲しいと伝えたらやらなくなったんです」
「そうでしたか。楽しそうなお父さんですね」
「……はい」
そこからこれからどのようにして動くか、報酬額の確認をすると織下さんは荷物をゆっくり持って立ち上がります。
「支払い安くしていただいてありがとうございました」
「いえ、これがうちの標準ですから」
法月探偵事務所の報酬は有名どころと比べると、非常に安価だと言えます。しかし、だからと言って適当なお仕事をするわけではありません。
単純にそこは晴海しかいない状況で人件費があまりかからないという部分もあるからです。
「それでは進捗は毎日電話でお知らせしますので、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ……お願いします」
そういうと頭を下げて織下さんは扉を開けて階段を降りていきました。
いなくなったことを確認すると、晴海は大きく息を吸い――。
「はぁぁぁ……流石に疲れるな……」
「大丈夫?」
疲労困憊している晴海にコーヒーを出す明。
織下さんと依頼の話をしていただけにも関わらず、晴海のこの疲労には理由があります。
「とりあえず大丈夫だ。引きずられてはいないさ。――訓練したとはいえ、エンパスは直接相手の感情が伝わるからな。仕方ない」
エンパスという言葉を聞いたことがあるでしょうか。
エンパスというのは簡単に言えば共感する力が極端に強い人のことを指します。
共感力が強いとどうなるか――場の空気を読みすぎ、人の感情に引きずられてしまうなんてことがある人も出てきます。
負の感情を持つ人が近くにいれば、自分自身もその負の感情に襲われてしまうことも。
世界には5人に1人がエンパスとも言われていて、特に日本人が多いとも言われています。
晴海はそんなエンパスであり、共感力を非常に強く持っています。そのため、依頼にきた人との会話で、どういった感情を持っているのか、というのがストレートに感じることができるのです。
ただ、これは特殊な能力ではありません。極端に共感力が高いというだけで、能力ではなく気質と捉えるとよいのかもしれません。
病気ではなく気質。中には才能だという人もいますが――それは本人の認識次第と言えるでしょう。
そんなエンパスに関して晴海は訓練を続けたことで、どうにか自分の中でコントロールができるようになっています。
以前は感情に引っ張られたり、場の空気を読みすぎてうつ病に近い症状になってしまったりと――生きづらさを感じていました。
しかし、明はこれを“才能”だと彼に言って「探偵業に生かせばいいわ」と言い放ったのです。
エンパスの人は嘘を見抜くほど共感力が高い人がおり、晴海もその1人。
上手く訓練すれば本当に生かせるかもしれない――そう思い、晴海は明などの力を借りて訓練を続け、ここまでやってくることができました。
「それで、嘘をついている様子は?」
「いいや、嘘をついている様子は――いや、1個だけあったか」
明の書いていた依頼内容を確認しながら晴海はそう言います。もちろん、依頼内容に関しては嘘はありませんでした。しかし、彼女がついていた嘘というのは別のところにあります。
「え? 一体何なのよ?」
「これは感じたことでもあるが、言葉にも出ていたんだが……織下さんは、今回の不倫の件で軽蔑はしているみたいだが、お父さんのことを嫌ってはいない」
織下さんは一貫して父親のことが嫌いだと言っていました。それも、昔から嫌いだったと。
しかし、そこに関して晴海は嘘だということに気付いていました。エンパスとして感情を受け取った部分もありましたが――。
「織下さんはお父さんのことを『父』と呼んでただろ?」
「ええ、呼んでいたわね。それが、どうして嫌いじゃないってところに繋がるのよ」
晴海が言っていた通り、織下さんはお父さんのことを父と呼んでいました。しかし、その呼びかたが変わった部分がありました。
「お父さんが好きだったのでは? と俺が聞いたときだけ、織下さんは『お父さん』と言ってたんだ。覚えてないか?」
「そ、それは、もちろん――」
「覚えてないのはいつものことだから良いが――」
晴海の言葉に明はイラッとしますが、その言葉に返せないので何も言うことができません。
「好きだったかどうか。ここは一番感情が付きまとう。そこでいつもの呼びかたに戻ったんだ。それはどういうことだと思う?」
「父と呼ぶことで軽蔑をしている部分が現れていた……でも、本心では嫌いになれないからいつもの呼びかたになった――というわけなのね」
「そういうことだ」
好きだった父親の不倫現場を見てしまい、軽蔑の念を浮かべる織下さん。しかし、心の奥底では父親のことを本当には嫌いになることはできない――という想いだったようです。
「じゃあ、織下さんは不倫現場を見て確証はしているけど、違っていて欲しいという気持ちが大きかったわけ?」
「ああ、本当に不倫をしていてお父さんと離れたい――というわけではないみたいだ」
晴海は相手の心の言葉が聞こえてくるわけではありません。感じ取れるのは感情だけなので、この辺りは憶測になってしまいます。
しかし、織下さんを観察しつつ会話をしていたことと、感じ取った感情を照らし合わせると正解に近いのかもしれません。
さて、ここからは今後どのように調査をしていくべきかを話す必要があります。主に動くのが晴海なので、それほど詳細を話す必要はありません。しかし、経費をどういった部分に使うのかというのをある程度予測しておかないと――。
「削れるところは削るのよ? そうでなくても、依頼料は安いんだからね!」
「だったら基本料金上げりゃ良いじゃないか……」
「良いの! この辺りは……私のこだわりだもの」
「――はいはい。とりあえず、考えられる経費はっと……この辺りだな」
明のこだわりに関しては昔から聞いており、晴海はこれ以上のことは言いません。彼女は絶対にここは譲らないので、言っても仕方ないのを理解しているからです。
こうしてこれから始まる調査に関する予定、スケジュールなどを書き起こしたら、仕事開始となります。
「織下さんからの依頼は、今決めたスケジュールからすると明日から開始だけど……どうするの?」
「あー……そうだな、めんどくさいが気になる事もあるし少しだけ今日動いてみる」
「分かったわ。私は依頼内容とかスケジュールとか更にまとめておくから、夕飯までには戻りなさいよ」
「気になったら――」
「コンビニで夕飯買って食べるのはダメよ。経費で落とさないからね」
「……分かった、夕飯には戻る」
晴海は気になったことがあると色々めんどくさくなってしまい、下手をするとご飯も食べないときがあります。そういったことを防ぐためにも明は毎回釘を刺しているのです。
「さて……それじゃ、調査開始だ」
「ええ、やりましょうか」
偽お嬢様とめんどくさがり探偵の調査レポート~父と娘と母と~ 深弦離羽 @mitika0326
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