第91話 隠し財産
「いやーーー、大猟でしたね。殿下」
「女将、あくまでも目的は別だよ」
「殿下、それは私もわかっていますよ。ですが、目的地に到着するまでに魔獣に襲われてしまいましたし、それを倒さなければ先に進めないわけで。これはもう不可抗力ですよ」
「無事に到着したからいいんだけどね……あとで、その魔獣を使った料理をご馳走してくれることに期待しよう」
「任せてください」
ララちゃんの故郷を滅ぼした魔猿を倒した私たちは、ベッタス村を出てから、数多の魔獣の妨害を排除し、無事地図に記載された岩山へと到着した。
その岩肌には多くの洞窟が掘られており、確かに古代の遺跡に見えなくもない。
この洞窟のどこかに、ダストン元男爵家の隠し財産が隠されているわけね。
あくまでも、地図が正しかったらのお話だけど……。
「ええと……あそこですかね?」
私は、地図を見ながらちょうど中高度くらいの位置にある、少し大きめの洞窟を指差した。
地図が正しければ、あそこに隠し財宝があるはずよ。
「じゃあ、行こうか「ご苦労」」
「えっ?」
当然声がしたので振り向くと、そこには騙したはずのデブラーと、その部下であるカマキリ男。
そして、悪趣味なほど金ピカで太っている、いかにも貴族といった感じのおじさんが立っていた。
「デューク子爵か……」
「これはこれは。将来の名君の褒まれ高きリカルド殿下ではありませんか」
「心にもないお世辞をだね。確かお前は、ブリマス公爵の下に……ぬかったかな?」
「お気持ちはよくわかりますが、お忍びもほどほどにしませんと。思わぬ事故で亡くなり、ダスター殿下が王太子に任じられてしまうかもしれませんぞ」
「デブラーとグルなのか?」
「今はですね。まあ、そこは臨機応変にですよ」
私たちは、デブラーを侮っていたのかもしれない。
それと、殿下の置かれた環境もだ。
つまり、お爺さんの策は成功しなかった。
途中まではしたのかもしれないけど……デブラーは無駄な宝探しはせず、私たちの動きを人を使って掴んでいた。
ダストン元男爵家の隠し財産を探す王国軍とプリマス公爵のところに向かったように見せかけ、すぐにこのデューク子爵たちを連れて私たちを尾行したのであろう。
「ブリマス公爵って、ダスター殿下の支持者なんですか?」
「そんな態度はおくびにも出していなかったけど……隠していたのか……」
ダストン元男爵家の隠し財産の件で、殿下が少人数で行動する。
それを知ったブリマス公爵が、デブラーにデューク子爵とある程度の軍勢をつけ、殿下を謀殺することを決めた。
自分が王家の後継者に相応しいと考える、殿下の弟を次期国王にするため。
そしてこの功績をもってして、王国での地位を盤石のものとする。
ブリマス公爵は、殿下から軍人としてはまったく評価されていないので、首筋が寒かったのかも。
そして、ダストン元男爵家の隠し財産は双方で山分けとか、そんな約束なんでしょうね。
もし殿下が不慮の死を遂げれば、弟王子ダスター殿下が次の王太子となり、実は彼を密かに支持していたブリマス公爵もニッコリという作戦だ。
「殿下……」
「僕にだって、予想もつかないことはあるよ!」
「はははっ、俊英たる殿下らしくもない慌てぶり。さすがに予想外の事態には対応できませんな」
もう勝利したと思ったのか。
デューク子爵はドヤ顔を浮かべていた。
なお、デブラーの影は非常に薄い。
「もう勝った気でいるなんてお笑い種だと、俺様は思うぜ」
「そうですか?」
ミルコさんの挑発に応えるようにデューク子爵が手を挙げると、茂みの奥から多くの兵士たちが出現した。
ちょっと数が多過ぎるかも。
「王国軍も終わりだな。こんな謀略に手を貸すなんて」
「ボンタ、こいつらは王国軍じゃない。ブリマス公爵の私兵、家臣たちなのさ」
そう言われると、王国軍よりも装備が軽装のような気がする。
「王国軍の連中に、殿下を謀殺するなんて打ち明けたら事だからな。ブリマス公爵の私兵たちでケリをつければ秘密は漏れにくい」
「なるほど」
ボンタ君、そこで納得している場合ではないと思うけど……。
「お覚悟を願います」
「うーーーん、これは大ピンチ。どうしようか? 女将」
私に聞きますか?
そんな大切なこと。
「まずは、あそこに撤収だ!」
あそことは、どこかなど聞くまでもない。
ダストン元男爵家の隠し財産がある洞窟に決まっている。
あそこなら入り口が狭いから、一度に大量の兵士が攻め込めないからだ。
ついでに言うと、洞窟にしばらく立て籠もったとしても食料は十分にあるので、持久戦になれば私たちが有利になる。
「ブリマス公爵の私兵たちの多くが長期間王都にいなければ、あらぬ疑いをかけるからな」
デミアンさんの話に、全員が頷いた。
『あんなに大人数で、どこでなにをやっているんだ?』という話になってしまうので、デブラーもデューク子爵たちも、殿下をなるべく速やかに殺さなければいけないわけね。
ならば、まずは逃げるに限る!
「連中、そこまで食料や水を持っていないんだぜ」
ここは、水と食料がお金で補給できるバルツザルトの町から大分離れている。
これだけ人数で、魔獣と戦いながら自給自足は難しいかも。
私兵たちも、全員がハンターとして才能があるわけではないからなぁ……と思っていたら。
「うわぁーーー!」
「この野郎! 痛っ!」
「ボルクスが大きな狼に攫われたぞ!」
一箇所に、これだけの人が集まればなぁ……。
弱い人から魔獣に襲われて負傷し、中には肉食魔獣に捕らえられてしまった人もいた。
「今だ!」
魔獣たちに襲われて敵が混乱しているうちに、私たちは岩山を駆け上がった。
目標は、ダストン元男爵家の隠し財産が隠されているとされる洞窟だ。
「追いかけろ!」
「ええいっ! それでもブリマス公爵様の家臣なのか?」
デューク子爵が率いて来た兵たちの不甲斐なさを怒っているが、残念ながら自分の数少ない私兵たちも似たようなものなので、人のことは言えないと思う。
「とにかく追いかけるんだ!」
全員は無理でも、かなりの数の私兵たちが私たちを追いかけて来た。
ところが……。
「キツイ……」
「傾斜が……」
「足が痛いな」
それほど鍛えられていない私兵たちは、岩山の厳しい斜面に大苦戦した。
追跡スピードはかなり遅い。
「早く走れ!」
「逃げられるぞ!」
デューク子爵とデブラーが私兵たちに発破をかけるが、残念ながら自分たちも急斜面に苦戦して息を切らせて歩いていた。
これでは、私兵たちも追跡のスピードが上がるわけがない。
そして、またも私たちが予想もつかないことが起こった。
「っ! 殿下! 急ぎましょう」
「どうかしたのかい? 女将」
「強大な魔獣が……」
「そうか……急ごう」
早めに気がついてよかったと思う。
私たちが息を切らせながら目標の洞窟に滑り込んだ直後。
そいつは出現した。
別の洞窟から次々と巨大な蛇が顔を出したのだ。
まるでメデューサのように……。
数十の洞窟から次々と出てきた巨大な蛇たちは、息を切らせながら私たちを追いかけているデューク子爵、デブラー、私兵たちを次々と襲って呑み込んでいく。
「そっ、そんなバカなぁーーー! ブリマス公爵様ぁーーー!」
「財宝がぁーーー! お宝がぁーーー!」
「デブラー様ぁーーー!」
なんか二人とも、呆気ない最期だったわね……。
「こんなにヤバイ魔獣が、洞窟に住んでいたなんてな」
「ですよね、親分さん」
「これは、こんなにわかりやすい洞窟に隠すわけだ。人間が接近すると、大蛇が飛び出すのだな」
さすがに、メデューサのように岩山の中で頭同士が繋がっているとは思わないけど、数十の洞窟から頭を出し人間を呑み込んでいく大蛇は、本当にメデューサのように見えた。
「逃げろぉーーー!」
「うわぁーーー!」
「あいつはもう駄目だ! 逃げるんだ!」
数は結構多かったブリマス公爵の私兵たちだけど、その多くが大蛇に食べられてしまった。
岩山を登っていたので、疲労困憊で逃げ切れなかった人が多かったようね。
「ふう……岩山からは逃げられた……魔獣か!」
どうにか大蛇から逃れられた私兵たちも、統率も取れずバラバラであったため、早速魔獣に襲われている人もいた。
はたして何人逃げられるか……だけど、私たちに彼らを助ける義理も余裕もなかった。
「私たち、ここから逃げられるんですか?」
幸い、地図に示された洞窟には大蛇はいなかった。
もしいたら、洞窟の奥に財宝を隠せないから当然か……。
でも、外に出たら数十の大蛇たちに襲われてしまうわけで、食料と水には余裕があるけど、逃げ出す方法は今のところ存在しなかった。
「殿下、どうしますか?」
「まずは、お宝を確認しよう」
こんな大変な目に遭って、なにもないのでは頭にきてしまう。
私たちはダストン元男爵家の隠し財産を探すべく、洞窟の奥に入って行く。
「行き止まりだね。そして箱がある」
特に捻りもなく、洞窟の一番奥に大きな箱が置いてあった。
それを開けると、沢山の大きな宝石が入っている。
実は大した価値がなかったとか、創作物みたいな結末ではなかったようね。
麻薬で得た利益を高価な宝石に替え、お宝の嵩をなるべく少なくしたみたい。
「問題は、どうやってここから出るかですな、殿下」
「デミアン、僕はなにか逃げ出す方法があると思っているよ。だって、それがなければダストン元男爵家の人間がここにお宝を隠せないじゃないか」
大蛇たちに食べられずに済む、なにかしらの方法があるのだと思う。
そうでなければ、ここでダストン元男爵家の人間の白骨死体が見つからない理由が説明がつかないもの。
「女将、なにか方法ないかな?」
「私に聞きますか?」
「女将は、そういうの詳しそうだな」
「親分さんまで……」
「ゆっくりでいいから思い出してみてくれないか?」
ゆっくり……私は『食糧倉庫』に大量の食糧と水を持っているから焦る必要はないとはいえ、狭い洞窟にこの人数でしばらく暮らすのもなぁ……。
親分さんと二人きりだったらいいんだけど……。
そういえば、亡くなったお祖父ちゃんが蛇除けの方法を教えでくれたわね。
蛇は嗅覚が鋭いから、匂いの強いハーブ類を嫌がるって。
あとは、レモンの果汁もだった。
蛇は強い酸味も駄目みたい。
「つまり……その味と匂いがヤバイ液体を作って、体に振りかけて外に出ると?」
「殿下の仰るとおりです」
「そんなんで大丈夫なの?」
「あくまでも、小さな蛇が近寄って来なくなるものなので、あの大蛇に通用するか保証できませんね」
もしかしたら体が大きい分、そのくらいの刺激なら無視してしまうかもしれないから。
「蛇の大きさかぁ……基本的には、量を増やせば大丈夫そうに思えるけど」
「量を増やすのかぁ……体がヒリヒリしそうだぜ」
「あの大きさの蛇に噛まれたら、もっと痛いんじゃないのか?」
「俺様は、嫌とは言っていないんだぜ」
強烈なハーブと、酸性の柑橘類の果汁をミックスしたものを体に被って大蛇を近寄らせない。
という作戦になったが、ミルコさんは肌がヒリヒリしそうだと嫌がっていた。
アンソンさんから、『蛇に噛まれるのとどちらがいいのか?』と聞かれ、すぐに不満を引っ込めていたけど。
「アイリスさん、実はお父さんから蛇が避ける音色を出す笛を預かったとか、そんなことはないですよね?」
ファリスさん、そんな蛇使いでもあるまいし……。
「そういえば、ボクの故郷の村の名物は酸っぱい果汁が出る果物で、お父さんはよく大量購入していたけど」
「それって、うちのお店で出しているのと同じようなものかしら?」
「酸っぱいのは同じだし、実の大きさも色も似ているかな」
私がニホンで使っている柑橘類は、緑色だけどレモンによく似ていた。
それでレモンモドキエールを出したり、料理やデザートにもよく使っていたのだ。
王都の青果店でも売っているけど、私は野生種の方が香りと酸味が強くて好きかな。
そのまま食べるのではなくお酒や料理に使うので、野生種の方が味や香りが引き立つから。
でも、それを栽培しているところもそう少なくないはず。
だって、王都でも売っていたから。
「大量に買ったってことは、それを被ってこの洞窟に稼ぎを仕舞いに来ていたんだろうな」
大蛇を倒してしまえば、この洞窟のお宝がハンターたちに奪われてしまうかもしれない。
倒さずに、さらに様子を見に来る自分を襲わない方法として、柑橘類の果汁やハーブを被っていたのね。
「試してみればわかることだ。俺が先に行こう」
「親分さんがですか?」
もし効果がなかったら、親分さんが大蛇に攻撃されてしまう。
危ないのでやめた方が……。
「しかし、誰かが試さなければ効果がわからないのでな。俺は大丈夫だと確信しているのさ。それにだ……」
「それになんですか?」
「あれだけ食べたんだ。しばらくは食欲も湧かないだろうな」
あれだけの人間が食べられてしまったのだから、確かに大蛇たちはもうお腹一杯かも。
それに、誰かが試さなければ脱出できないものね。
「ヤーラッドの親分、すまないね」
「殿下、俺は自警団を率いている男なので、お礼は物理的なもので」
親分さんはそう言い残すと、全員で搾った大量の柑橘類の果汁とハーブを配合した液体を被って、一人洞窟を出た。
液体が、大蛇を近寄らせない効果があるのか確かめるためである。
「親分さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫そうだな。これなら……「危ない!」」
突然一つの洞窟から一匹の大蛇が顔を出し、親分さんに近づいてきた。
私は、親分さんが食べられてしまうかもしれないと、つい大声をあげてしまった。
そして同時に、私も親分さんのいるところまで出て行ってしまう。
「女将、危ないぞ」
「でも心配で……」
「どうやら大丈夫みたいだぞ」
大蛇は、私と親分さんの数十センチ近くにまで顔を近づけてきた。
巨大な大蛇の頭が至近にまで迫り緊張が走り、その大きくて真ん丸な目と視線が合ってしまったけど、大蛇は私たちを食べずにそのまま元の洞窟へと戻ってしまった。
やはりこの方法で、アイリスちゃんのお父さんは洞窟に出入りしていたようね。
「女将は、意外と心配性だな」
「そうですよ。女は意外な生き物なのです」
「それは確かにそうだな。みんな! 大丈夫だぞ」
液体の安全性が確認されたため、私たちに続きみんなも液体を被って外に出て来た。
たまに様子を伺う大蛇もいたけど、襲ってはこない。
よほど酸っぱいのと、匂いが強いのが苦手なようだ。
「ふう……ようやく隠し財産の回収に成功したな。みんな、ありがとう。褒美も出すし、いいことに使いたいものだ」
麻薬の売買代金なので、中毒患者の治療費や、麻薬のせいで親を失ったり、捨てられて孤児になってしまった子たちの支援費用に回ればいいけど……。
とにかく、無事にアイリスちゃんの懸案事項でもあったダストン元男爵家の隠し財産の件が解決してよかった。
あとは……。
「一日も早く、新しいニホンをリニューアルオープンさせないと」
「ユキコさん、今度は自前の店舗だから立ち退きはないですよ」
「引っ越しも面倒ですからね。僕の荷物運びが増えるんですよ」
「ボンタさん、私に言えば魔法で浮かせるのに……」
「これでよかったんだ。こんな卑劣な方法でお金を稼いでも、結局はなにも残らない。でも、その方がいいんだ……」
「アイリスちゃん……」
自分のお父さんが麻薬の密造と密売で富を得ていたことは、彼女にとって嫌なことで汚点でもあるのだろう。
でも、懸案だった隠し財宝の件は解決した。
もうアイリスちゃんを狙う者はいなくなるはずだ。
「ユキコさん、ボク頑張って働くよ。だって、ボクはニホンの看板娘その2だからね」
「そうね。この前、ファリスさんがその3になったから、あとは私がその4に……」
これで、ニホンは看板娘の四枚看板ね。
きっと、お客さんも沢山来てくれるわ。
「女将が看板娘?」
「……それはちょっと厳しいのでは?」
「殿下、デミアンさん! それは失礼ですよ!」
私はまだ十八歳だから、看板娘でも全然変じゃない。
そこを否定するなんて、いくら殿下とデミアンさんでも失礼にもほどがあるわ。
「でもねぇ……。ミルコもそう思うでしょう?」
「ユキコ女将は看板娘には見えないけど、そんなユキコ女将を俺様は好きだぜ」
「はいはい」
「軽くスルーされたぜ!」
ミルコさんも悪くないけど、やっぱり私はねぇ……。
私は、自然と親分さんの顔見てしまった。
「リニューアルオープン、楽しみだな」
「頑張りますとも」
こうして私たちは、無事にダストン元男爵家の隠し財産の回収に成功したのであった。
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