第90話 決着

「仕掛けはこれでオッケーね」

「なんか、勿体ない気もするがな」

「アンソンさんは料理人だから」



 ベッタスの村に到着した私たちであったが、人が住まなくなった村は朽ちるのが早い。

 無人のため、魔獣が荒しているのかも。

 村の家々は放棄されて一年と経っていないはずなのに、かなり朽ちていた。

 再建は困難かもしれない。

 魔猿をお酒で呼び寄せるため、私たちは村の中心部にある広場で、樽に入ったお酒を大きなタライへと移す作業をしていた。

 お酒をなるべく空気に触れさせ、その匂いで魔猿たちを誘き寄せるためだ。

「魔猿って、鼻が利くのかしら?」

「人間よりはな」

 私の問いに、デミアンさんが答えてくれた。

「お酒だけで魔猿は来るかしら? おツマミもあった方がいいような……」

「女将、魔猿は魔獣だ。濃い味のついたものには興味を示さないと聞くぞ。竜とは違うのさ」

 人間以外の生物にとって、味噌煮込みや味付きの串焼きは口に合わないみたいね。

 親分さんに、おツマミは必要ないと言われてしまった。

「第一用意できないだろう」

「そんなことはないですよ」

 私の『食糧倉庫』にかかれば、調理器具だって全部揃っているのだから。

 なんなら、またここで野外調理をしても。

「それは魔猿を倒し、例の隠し財産が見つかってからだな。楽しみにしている」

 やったぁーーー!

 親分さんから『楽しみにしている』って言われちゃった。

 頑張って作らないと……おっと、今は魔猿退治ね……あれ?

「殿下、どうして酒場の女将である私が、魔猿の退治をしなければいけないんですか?」

「女将は、ハンターでもあるからじゃない?」

 でも私のハンター業って、食材の確保がメインなんだよね。

 魔猿は毛皮以外使い道がないから……毛皮は高級品らしいけど。

「女将さん、そこは今さらですよ。僕たちも同じような立場ですから」

 確かにボンタ君たちも、ハンターとしても登録しているし、狩猟や採集でも頑張っている。

 だからといって、殿下から指名を受けるのは変よね。

 プロの凄腕ハンターたちに頼んだ方がいいような……。

「まあいいじゃん。僕が任務に耐えられる実力アリと判断したんだから」

「殿下、来ましたぜ」

 ミルコさんが、なにか魔獣の接近を探知したようだけど、このスピードで迫ってくるのは魔猿くらいしかいないか。

 遠くを見渡すと、村の家屋の屋根の上に黒い影が……。

 間違いなく魔猿のはず。

「お酒、効果があるんだね。ボクはお酒が好きじゃないから理解できないけど」

 アイリスちゃんのみならず、私たちは酒場を経営しているのに、誰もお酒を飲まないからなぁ……。

 お酒好きの猿、という存在自体が理解できないのだと思う。

「来たね! 臨戦態勢を取るんだ!」

 自然と……王子様だから当たり前か……殿下が迎撃の指揮を執った。

 人を統べる立場にあるから、まったく違和感はなかったけど。

「ぐぎゃっ!」

「上手だね」

 早速、アイリスちゃんが弓で遠方の魔猿を狙撃し、見事に命中した。

 魔猿は短い悲鳴をあげてから、そのまま地面へと落下する。

「来たぞ!」

 どれだけお酒が好きなのかしら?

 数匹、アイリスちゃんが狙撃したあと、一斉に私たちに襲いかかってきた。

「ユキコさん! これは、お酒と私たちといういいオツマミがあると思ったんでしょうね」

「それしかないわよね」

 私とララちゃんは、自分に襲いかかってきた魔猿を持っていた槍で突いて倒した。

「猿、美味しくないし、人間を食べるからぁ……」

 ボンタ君は、大斧を豪快に振るって一度に複数匹を倒し続ける。

 料理人なのに、この中で一番のパワーファイターなのだ。

 もっともボンタ君本人は、魔猿は食材として使えないから、どこかやる気はなかったけど。

 私たちの狩猟って、食材の確保がメインで美味しいかどうか。

 それしかなかったというか、それが仕事だからね。

「アイリスさん、僕の後ろに」

「ありがとう、ボンタさん」

 アイリスちゃんの武器は弓なので、こうも魔猿に接近を許されたらもう戦えない。

 ボンタ君の後ろで、嵐が過ぎ去るのを待つしかないのだ。

「なんか、数が多くね?」

「ミルコ! 戦え!」

「俺様、アンソンよりも頑張っているから!」

 ミルコさんはハンターの経験もあるので、意外と言うと失礼だけど、剣を振るっても様になっていた。

 それよりもアンソンさんが……。

「どうしてフライパンなんです?」

「これが一番しっくりくるんだよなぁ……。俺、料理人だから」

 料理をする私たちは普通の武器を使っているのに、なぜかアンソンさんは、穴の開いたフライパンを振り回して戦っていた。

 しかも、すでに数匹の魔猿を倒しているという……。

「穴開きなんですね」

「そりゃあそうだ! 新品だったり、いつも使っているフライパンだともったいないじゃないか!」

 その理屈はどうなんだろう?

 でも、少しくらい穴が開いていても、魔猿を叩くのに不都合がないのは事実であった。

「みんな、意外とやるものだね」

 などと言いつつも、殿下も達人と呼ぶに相応しい剣技を披露していた。

 しかも……。

「『風刃(ふうば)』!」

 殿下は、攻撃魔法も使えたんだ。

 私は使えないけど……。

 殿下が風魔法を使うと、一度に複数匹の魔猿が切り裂かれて地面に落下した。

「いいですね。攻撃魔法」

「別にそんなもの使えなくても、女将は強いんじゃないの?」

「そんなことはないですよ」

 そりゃあ突然死の森に飛ばされ、半年間生き延びてきたけど、私は戦闘に特化しているわけではないんです。

 本業は酒場の店主なんですから。

「僕よりも、デミアンと……親分はさすがだね」

「確かに……」

 二人は自然と背中を合わせた状態で戦っているけど、デミアンさんは華麗な剣技で次々と魔猿を斬り捨てていく。

 まるで、亡くなったお祖父ちゃんがよく見ていた時代劇の主人公みたい。

 親分さんも負けてはいない。

 余裕をもって魔猿からの攻撃をかわしつつ、殴る蹴るの喧嘩格闘技で魔猿たちを倒していた。

「(やっぱり、親分さんは格好いいわねぇ……)」

「デミアンに興味ある?」

「なくはないです」

 あのツンデレさんが、剣を扱うともの凄いからなぁ……。

 さすが、殿下の剣術の教師兼護衛責任者ではあるというわけね。

「ふう、これで終わりか?」

「みたいですね。さすがは、ヤーラッドの親分」

「ただの半端者さ」

 親分さん、やっぱりいいわねぇ……。

「で、この猿の死骸はどうしようか?」

 お酒に釣られた魔猿の群れは、相手が悪かったようで全滅した。

 死骸をそのままにすると他の魔獣を誘引するので、村の広場に集めて積んでいる。

 毛皮は高級品なんだけど、今は剥ぐ手間が惜しかった。

「燃やしましょう」

「女将、仕舞えないの?」

「無理です」

 だって、食料じゃないから。

 魔猿は食べられないので、『食糧倉庫』に入らないのよ。

 そして、なぜかそれがわかる私って……。

 となると、毛皮はすぐに剥がなければならない。

 しかし、今はそんな時間はなかった。

 魔猿が全滅した以上、一刻も早くあの岩山の洞窟に向かってダストン元男爵家の隠し財産を確保しなければ。

 デブラーがずっと騙されてくれる保証なんて、どこにもないのだから。

「便利なんだか、意固地なんだか、よくわらないスキルだね。今は時間が惜しいから燃やしてしまおう。これを放置できない」

 危険だった魔猿の群れが壊滅したので、すぐにこの村には移住者がやって来るはずだ。

 魔猿の死骸を放置したままにはできない。

「で、誰がやる? 僕がやろうか?」

「いえ、私が……」

 攻撃魔法は使えないけど、火力の調整ならお手のもの。

 積み上げられた魔猿の死骸に魔法で火をかけると、一気に炎に包まれた。

「もの凄い火力だけど、攻撃魔法じゃないの?」

「料理で、火力ほど大切なものはないですよ」

「それはそうだ」

 ほら、殿下。

 アンソンさんも私と同意見じゃない。

「まあいいけどね……」

 数時間後、完全に燃え尽きた猿の骨と灰は埋められ、私たちは洞窟のある岩山を目指すことになった。

 村から出ようとした時、私はララちゃんが『じーーーっ』と一軒の廃屋を見ていることに気がついた。

「ララちゃん、その家は……」

「さあ、行きましょうか。ユキコさん」

「そうね」

 ララちゃんが家族を失った悲しみを完全に克服するには、時間がかかるかもしれないけど、それまでは私もフォローしていこうと思う。


 だって、ララちゃんはこの世界で最初に出会った友達で、妹みたいなものなのだから。

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