第92話 またもリニューアルオープン

「ええいっ! デューク子爵はなにをしておるか! リカルドの奴が少人数で、しかもあのような田舎を密かにウロウロしている絶好の機会なのだ! ワシの私兵たちの大半もつけてある。まさか討ち損じたなどということはないだろうな?」

「お館様、それこそまさかですよ。いくらリカルド殿下と警備隊長のデミアンが腕に覚えがあるとはいえ、ここまでの戦力差があれば……」

「そうだな。なにかの手違いで、報告が遅れているのであろう」




 王国軍を率いて、ワシは意味もない捜索を指揮していた。

 先日、貴族であった頃から百年以上も麻薬の密造と密売に関わったダストン元男爵家の当主と一族が一網打尽となったのはいいが、連中が隠した財産はいまだ見つかっていない。

 百年以上も、麻薬密売と密造で荒稼ぎしたものだ。

 かなりの額のはず。

 ワシが最初に見つけてしまえば……ワシは公爵だからな。

 ワシのような者にこそ、その金を王国のために有意義に使えるのだから。

 そう思って王国軍を率いて探索を始める前、生意気にもリカルドの奴が王国軍の私的な利用だと抜かしやがった。

 探している場所の根拠も薄く、ただの経費の無駄遣いだとも。

 いくら王太子とはいえ、親戚であるワシに偉そうなことを抜かしおって!

 確かにお前は次の王だが、安定した統治のためにはワシに気を使って当然ではないか。

 それを……。

 しかも、先日の竜の事件においても、ワシの指揮の不手際が目立つ。

 爵位ではなく、実力で指揮官を選ぶべきだとも言いやがった!

 こうなったら、兄のリカルドよりも、弟のダスターが王太子になった方がワシを尊重するはずだ。

 リカルドは、折を見て殺してしまおうと思ったわけだ。

 あいつは、よくお忍びで城の外に出るからな。

 ただ、王都内ではなかなか隙がなかった。

 と思ったら、リカルドは少人数で王都を離れたという。

 知らせてくれたのは、デブラーとかいう下賤な商人だ。

 しかもそいつは、ダストン元男爵家の隠し財産の行方を知っているそうだ。

 これはチャンスだと思い、ワシは信用できる腹心デューク子爵にワシの私兵たちを率いさせ、急ぎあとを追わせた。

 王国軍を率いるワシは、ここで無意味な探索を続けて周囲の目を引き、その間にリカルドを殺させ、ダストン元男爵家の隠し財産も手に入れる。

 完璧な作戦ではないか。

 情報提供をしてくれたデブラーたちだが……犯罪で得た収益の独占を謀ったのはよくないな。

 このブリマス公爵様が、あとで厳罰に処してくれよう。

 そう思って、まるで見当違いの場所で探索を続けさせていたのだが……。

「閣下、王都より使者が来ております」

「使者? 誰だ?」

「リカルド殿下です」

「なっ! リっ、リカルドだとぉーーー!」

 あいつは、デューク子爵たちが仕留めたのではないのか?

「そんなに驚くことかな? それといくら親戚でも、王太子である余を呼び捨てにするのはよくないと思うけどね」

「(どうして生きている?)リカルド殿下。このような場所に、一体どのような用件で?」

「頭の悪い君としょうもない言葉遊びをしている暇はないから、簡潔に言うけど。この国家予算の盛大な無駄遣いの中止と、君の爵位を取り上げ、すべての役職からの解任。そして……デューク子爵を使って余の暗殺を目論んだ罪で死刑だということを伝えに来たのさ。身に覚えはあるんだろう?」

「……」

「なにも言えないのかな? ブリマス元公爵」

 リカルドがここにいるということは、ワシの作戦が失敗したというのか?

 あの数の軍勢で、お忍びで行動していたリカルドを討てなかっただと?

 確かにリカルドとデミアンは凄腕だが、こっちは何百人用意したと思っているのだ!

「可哀想に。君の私兵の大半と、デューク子爵。そしてデブラーと、彼と一緒にいた腰巾着たちは、みんな大蛇のご飯になってしまったよ」

「ワシの私兵たちが……」

 みんな死んでしまったというのか?

 では、ブリマス公爵家はどうなる?

「君とその家族と、生き残った数少ない家臣たちだけでは公爵家を回せないね。だから、元公爵になれてよかったじゃないか。なにより君自身は、もうすぐこの世のすべてのわずらわしさから解放されるしね」

「……」

 どうしてこうなった?

 ワシの作戦は完璧なはずだ。

 だいたいリカルドの奴は、ブリマス公爵であるワシを立てることもせず、むしろ無能だと言わんばかりの態度であった。

 いかに王とて、王族や家臣たちの協力がなければ国を治められない。

 それなのに、ブリマス公爵たるワシを……ならば、ダスター王子こそ次の皇太子に相応しいのだ!

 ワシほどの男がそう思うのだから、きっとみんなもそう思って……。

「ああ、ダスターだけどね。君に変な期待をされて迷惑だってさ」

「リカルドぉーーー!」

 ワシをバカにしおって……ここには、ワシと家臣一人、リカルドとデミアンしかいない。

 確かに二人は剣の達人だが、不意を突けば……。

 リカルドの死については、あとでいくらでも言い訳が利くはず……。

「うぉーーーっ!」

 躊躇わず、リカルドに考える隙を与えなければワシでも勝てる……勝て……。

「リカルド殿下に対し、剣を抜こうとした罪だ。お前ごときに私が抜かせると思うか?」

「デミ……アン……」

 速い!

 そして、斬られた痛みすらない。

 これが達人の太刀筋なのか……意識が遠くなっていく……。


「相変わらず速いね」

「ブリマス公爵が遅いのです」

「お腹の余分なお肉で腕が引っかかったのかもね」

「愚かな男だ。王族で公爵なのだから、大人しく贅沢に暮らせばいいものを……」

「それができないから無能なのさ。公爵の地位に勝手に振り回されてね。さて、帰ろうか?」

「そうですな」

「デミアン、ニホンのリニューアルオープン楽しみだね」

「あの店は、まあまあですからな」

「デミアンが『まあまあ』って、相当の褒め言葉だよね?」

「殿下、参りましょうか」

 さて、嫌な仕事はこれで終わりだ。

 このあとはゆっくりと、あのお店で一杯やりたいものだ。

 この国の王太子ではなく、リカルド個人としてね。




「リニューアルオープンにしては、元のままというイメージじゃな」

「ご隠居、それは客の面子はほとんど変わっていないからでしょう」

「調理場や居住スペースは、ワシが威信を賭けてかなりよくしたぞ」

「料理と酒の提供がスムーズになり、女将と従業員たちの士気も上がる。実にいいことですな」

「それが狙いよ。この店は……前のままが一番なのだから」


 元あったお店からそう離れていない場所にあった空き店舗。

 私たちが殿下と一緒に出かけている間に、お爺さんが酒場に改装してくれた。

 だから、王都に戻ってから三日でリニューアルオープンできたってのはありがたいわね。

 今度は立ち退きにならないよう、お店と土地は私のものとなっている。

 お金はお爺さんが立て替えてくれていて、私はそれをローンで返す予定だったのだけど……。

「女将、褒美は出すから心配いらないよ」

「働きに応じて褒美を出す。上に立つ者の務めですな」

「デミアン、僕に忘れるなってうるさかったじゃん」

「で……若がケチだという風聞が流れたら困るからです」

「そういうことにしておくよ」

 今回の事件の褒美ということで、殿下がポケットマネーで支払ってくれたのだ。

 苦労したからねぇ……。

 おかげで、今回も酒場の仕事じゃないのに頑張ってくれたララちゃんたちにもボーナスを奮発できるというものよ。

「女将は、人を使うのが上手だね」

「そうですか?」

 人を使っている以上、ちゃんと生活できるように給料はちゃんと出さないと。

 今回は残業も多かったし、業務外でもあったから、ボーナスは弾まないとね。

「それができる人が案外いないんだよねぇ。なんにせよ、このお店がリニューアルオープンできてよかった」

「左様ですな。イワン殿とアンソニー殿。いかがなされましたか?」

「我が身の不覚を感じていたところだ」

「よりにもよって、デブラーとブリマス公爵に出し抜かれるなんて……」

 イワンさんとアンソニーさんは、結果的に偽地図を掴ませたはずのデブラーの監視任務に失敗してしまった。

 急遽当事者になったブリマス公爵による偽装工作に引っかかってしまったから仕方がないのだけど、二人からすれば、ブリマス公爵に騙されたこと自体が屈辱だったみたい。

 静かにハーブ入りエールを飲んでいた。

「そういうこともあるさ。それにしても、大盛況だぜ」

「この店の常連になってしまうと、あまり他の酒場に行ってもなぁ……と思うからな」

 当然だけど、ミルコさんとアンソンさんもいた。

 ただ、この前の遠征のせいで、王都に戻って来たら仕事が溜まっていて忙しいみたい。

 顔は出したけど、やっぱり静かに飲んでいた。

 二人にも、殿下から褒美が出たみたいだけど。

 そういえば、プリマス公爵家は改易されたそうだけど……平民である私たちが気にする必要はないかな。

 公爵の地位に胡坐をかくのみではなく、ドサクサに紛れて殿下を亡き者にしようとしたから自業自得だと思うから。

「殿下、そういえばあの臨時収入ですが……」

「ああ、あの臨時収入ね。必要なところに割り振っておいたよ。彼らが得た莫大な財産は、それを得るために犠牲となった人たちに使われる。こんな皮肉はないけど……」

 殿下は、ダストン元男爵家の隠し財産を麻薬中毒患者の治療費や、孤児院に割り振ってくれた。

 それはいいことなのだけど、ダストン元男爵家のせいで不幸になった多くの人たち全員が救われるわけではない。

 殿下は、色々と思うところがあるのだと思う。

 普段は為政者として大変だから、あちこちにお忍びで出かけて楽しんでいるけどね。

 護衛するデミアンさんは大変だろうけど。

「女将、なにか大きな料理を出してよ。僕がお金を出すから」

「そうですねぇ……」

 今回、例の洞窟のある岩山に向かうまでに、多くの魔獣を倒し、道中ついでに色々と採集した。

 それでなにか作りましょうか。

「実は、もう作っていたんですけどね」

 新しいお店には、大きな窯が設置されていた。

 お爺さんによると、昔このお店はパン屋さんだったそうだ。

 後継者がいなくて潰れてしまい、かなり長い年月空き家だったそうだけど。

 このお店の改装の折、窯を調べたらまだ使える状態だったので、掃除と簡単な修理をしてくれた。

 せっかくなので、これを使ってあるものを作っていたのだ。

「じゃじゃーーーん、塩釜焼きです」

 私が窯に入れていたのは、いわゆる塩釜焼きであった。

 塩とキルチキンの卵白を混ぜて、それでハーブやコショウで下味をつけた肉の塊を包んで釜で焼く。

 これだけで、美味しい塩釜焼きの完成よ。

 お肉は、魔猪、ウォーターカウ、魔鹿、キルチキンなど。

 色々と試しているわ。

「塩に包んで焼くのか。これは想定外だったな」

「そうですか?」

 包んで焼くだけだから、他にも誰か思いつきそうだけど……。

 アンソンさんでも思いつかなかったのか。

「でも、これは贅沢な料理だな」

「そうですね」

 お肉はともかく、大量の塩と卵白を使うからなぁ……。

 しかも、使ったあとの卵白は再利用できない。

 塩は、魔法で回収できるけどね。

 この世界は、塩も卵もお高めだから。

「これは美味しいね」

「柔らかくて肉汁が溢れて美味しいな」

「あれ? デミアンにしては甘口評価?」

「殿下、誤解なきように言っておきますが、私は褒める時は素直に褒めますよ」

 デミアンさんが美味しいと言っているから成功かな。

「ユキコ、この調理法いいな。お店で試していいか?」

「どうぞ」

 そんな大した料理方法でもないし、私が発明したわけじゃないからね。

 アンソンさんに軽く許可を出した。

「成功してよかったです。美味しいな、これ」

「お肉がジューシーですね」

「旨味が塩で閉じ込められるんですね」

「どうやって思いつくんだろう? ボクには無理だよ」

 お店が落ち着いたので、従業員のみんなも塩釜料理を試食し始めた。

 みんな美味しいと絶賛してくれたけど、手間を考えると期間限定メニューにするのが限界かな?

 それでも、窯があるおかげで料理の幅が広がったのはよかった。

「ああっ、美味しそうなものを食べてますね。マクシミリアンさん、このお肉は美味しそうですよ」

「女将、リニューアルオープンおめでとう」

 店内に意外な人たちが入ってきた。

 教会のマクシミリアンさんとマリベルさんだ。

 二人はお酒を飲まないので、これまで営業中の店内に入って来たことがなかったのだ。

「いいんですか?」

「お酒を飲まなければいいんですよ。これ、美味しいですね!」

 マリベルさんは、塩釜焼きと果汁水を心から楽しんでいた。

 マクシミリアンさんも、美味しそうにお肉を食べている。

「ジャパンの方も順調で、孤児院出身の従業員たちも一生懸命に働いている」

 ちゃんと修行をしてお金を貯めれば、独立開業もできるとあって、みんな一生懸命に働いていた。

「(ここだけの話。あのケチな王国政府が、随分と気前よく孤児院に予算をくれてな。あと、麻薬中毒患者の治療をしている施薬院にも予算が下りたそうだ)」

 殿下は、ちゃんとダストン元男爵家の隠し財産から予算を出してくれたようね。

 ちなみに施薬院とは、病院だと思ってくれていい。

 治癒魔法、魔法薬のみならず、ちゃんと外科手術なども行っているところで、この世界でも医者はエリート扱いであった。

 半ばボランティアで麻薬中毒患者の面倒を見ているのだけど、どうしても予算不足で手が回らないところがあった。

 殿下は、そこに予算を出してくれたのだ。

「(マクシミリアン副区長、聞こえたぞ)」

「(これは失礼。デミアン殿)」

 マクシミリアンさんは一応謝ったけど、あまり申し訳ないとは思っていないみたい。

 結局孤児院出身者の就職も、うちが面倒見たような形になってしまったからなぁ……。

「(まあ、うちの国は締まり屋で有名だからね。ケチじゃないよ。大ケチなんだ)」

 殿下も、王太子なのに自分の国を批判してどうするんですか。

「(でもね。だから、ブリマス公爵を父は許さなかったんだ。公爵ともなると他の貴族たちの手前、なかなか罰することができないでね。彼にはこれまで色々な問題があったのだけど、これでようやく処分できたというわけ)」

 あきらかに罪があるのに罰することができない。

 王様も大変なのね。

「さあさあ、リニューアルオープン記念で、女性だけでケーキを作りましたよ。甘い物が苦手じゃない人はどうぞ」

 私、ララちゃん、ファリスさん、アイリスちゃんで作った大きなフルーツケーキは、沢山の果物を使った特別製であった。

 甘い物が苦手な人は手を出さなかったけど、大半のお客さんがデザートのフルーツケーキに舌鼓を打つ。

「普段は甘い物なんて食べないけど、たまに食うと美味いな」

「バカ言え。たまにどころか初めてだろうが」

「そうだったな」

 普段ケーキなんて食べない常連さんたちもみんなケーキを口にしていたが、一人だけケーキを食べなかった人がいた。

「親分さん、食べないんですか?」

「まあな……」

 親分さんは甘い玉子焼きを好んで食べるくらいなので、甘い物が苦手とは思わないけど……。

 この世界はちょっと価値観が古い。

 畏怖されるべき、自警団の親分さんがケーキみたいな女子供が食べる物を……とか思っているのかもしれない。

「欲しかったらいつでも言ってくださいね」

 と、声をかけたのだけど、結局親分さんは閉店近くまでフルーツケーキを食べず、エールをチビチビと飲んでいたのであった。




「ふう、俺が最後の客か……」


 リニューアルオープンは無事に終わり、売り上げも予想以上だった。

 もうすぐ閉店ということでお客さんたちも次々と店をあとにし、残りは親分さんだけになった。

 ララちゃん、アイリスちゃんは、厨房で皿洗いや片づけを始め、ファリスさんはお店の入り口の札を『本日は、閉店しました』に替えてから簡単な掃除を始める。

 それが終わると、やはり厨房の手伝いに行ってしまって、店内にいるのは私と親分さんだけになってしまった。

「……俺もそろそろ帰るかな……」

「そうだ。私の賄、欲しいですか? サービスしますよ」

「賄?」

「ええ、小さなものですけどね。閉店後にみんなで食べようかと思って作っておいたんです」

「女将の分がなくなるだろう」

「親分さん、こういうものは余分に作っておくものだから大丈夫ですよ」

「じゃあ、いただこうかな」

「どうぞ」

 私は、親分さんの前に小さなお皿に乗った賄を出した。

「ケーキか」

「ええ、これは森で集めた栗で作ったケーキですよ」

 野生の栗なのでそのまま茹でても美味しくないけど、ケーキの材料に加工するには香りが強くてちょうどよかったのだ。

 試しに小さいものを、従業員の人数分プラス予備で作ってみたわけ。

「そして、これは私の分」

 親分さんに出そうと思って用意しておいてよかったわ。

 ボンタ君たちは、厨房の奥の休憩室で同じものを食べているはずよ。

「どれどれ……これはいいな」

「親分さん、甘い物が好きですよね?」

「ああ、前に俺の生い立ちは話しただろう? 甘い物なんて食べられなくてな。着の身着のままで王都に来て、前の親分の下で懸命に働き始めて。そうしたら、親分が小遣いをくれてな。それで買ったクッキーは美味かったな。今にして思えば、大して甘くもないクッキーだったんだが、それでも初めて食べた甘い物だ」

「好きなんですね。周囲の目なんて気にせず食べればいいのに」

 人前で甘い物を食べるのが恥ずかしいなんて、意外と可愛いところもあるのね。

 渋くて格好いい男性にそういう部分があると、またそれはそれでいいわ。

 いわゆる、ギャツプ萌えってやつかしら?

「亡くなった先代親分の教えでな。小僧の頃には言われなかったが、出世すると、『いい年をした男が、人前で甘い物を買って食うな』って言われたのさ。俺はその教えを忠実に守っているわけだ。この商売、舐められると駄目なんでな」

 でも実際のところ、もし親分さんが他人の前で甘い物を美味しそうに食べていたとしても、わざわざバカにしたり笑ったりする人っているのかしら?

 そんなことができる人って、そうはいないような……。

「亡くなった親分は、それは凄い人だったんだ。病気で倒れてな。後継者を誰にするのかという話になった時、躊躇なく一番若い俺を推した。実力本位で選んだと、古参の先輩たちに言い放ってな。それが気に食わないで出て行った先輩たちも多かったが、特に大きな問題もなく継承は上手くいった」

「親分さんに実力があったからですよ」

「そうだとしても、先代がちゃんと指名してくれていれば、大半の団員たちはついてきてくれる。混乱が少なかったのは先代のおかげさ」

 そうか。

 病で倒れたとはいえ、実績のある先代の指名ともなれば、それに逆らう人は少ないはず。

「その方の教えなら仕方がないですね」

「とはいえ、先代も実は甘い物が大好きでな。むしろお酒はほとんど飲めなかった。隠れて甘い物を食べていて、俺がよく買いに行ったものだ」

「そうだったんですか」

「その頃の甘い物に比べると、今は女将が次々と新しいものを生み出してくれるから、俺はありがたいと思っている。俺もジャパンなどにテリーに買いに行かせているからな」

「そこまでしても食べたい、甘い物なんですね」

 甘い物は、親分さんが子供の頃に渇望して手に入らなかった、今ようやく食べられるようになったものなのね。

「これはいいな。こんなケーキがあったんだな。女将の故郷のものかな?」

「そうですよ」

「またなにか新しいものができたら食べたいな」

「その時は、こうして同じく閉店間際にどうぞ」

「楽しみにしている。リニューアルオープンが成功してよかった。通えるお店が残ったからな。では」

 モンブランをすべて食べ終わった親分さんは、今日のお代をカウンターに置くと、そのまま店をあとにした。

 その後ろ姿もいいわね、大人の男性って感じで。

「ユキコさん、あれ? 賄二つ食べたんですか?」

「ついお腹が減っていてね」

「安心してください。私も、アイリスちゃんも、ファリスさんも、全員二つ食べてしまったので。また作りましょうね」

 女の子はケーキが大好き。

 でも、実は男の人でも大好きな人がいて、またあの人が食べてくれるのなら、張り切って新しいメニューの開発も進みそうね。

 今度は立ち退きもないでしょうし、張り切ってこのお店を切り盛りしていきましょう。


 将来、私が日本に戻れるかどうかわからないけど、今はこの大衆酒場ニホンを切り盛りしていこうと思う。

 うちのお店は、新鮮な素材を使った串焼きと四つの味のモツ煮込み。

 そしてそれに合う、フレーバーエールがお得な価格で飲めるお店。

 ルールさえ守れば、常連さんでも、一見さんでも、王様でも、平民でも、異世界人でも、宇宙人でも大歓迎。


 一日の疲れを癒すため、大衆居酒屋ニホンを是非ご利用ください。

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