第82話 大奥様の商売
「女将さん、これで一応試作品は完成です」
「やっぱり魔法道具はファリスさんの手助けが必要だわ」
「でも、この引ける屋台。作業と収納がしやすい素晴らしい配置ですね。やっぱり女将さんは凄いです」
ジェラートが完成したので、ニホンでは〆の一品として。
ジャパンでも定番メニューにしたのだけど、とてもよく売れるので外で売るための研究を空いている時間にやっていた。
人が曳けるジェラート販売用の屋台の試作をファリスさんと一緒にやっていたのだ。
数種類のジェラートが溶けないよう、魔法道具である冷凍庫を装備し、冷たい果汁水も販売できる冷蔵庫も装備。
作業しやすいように配置することも忘れない。
作業スペースも確保してあり、これは私のアイデアを形にしたものだ。
実際に調理、配膳作業をしやすいように工夫した。
工業デザインというほどでもないけど、そちらにも配慮した方が作業効率も上がるからね。
もう一つ、この屋台に組み込んだ魔法道具を動かす魔力を貯める『充魔石』の容量も大幅に上げておいた。
充魔石とは、ようするに電池のことだ。
これを組み込んだ魔法道具は、魔力さえ入っていれば誰にでも動かせる。
ただ充魔石の製造は難しいので、ミルコさんですら肉の冷蔵保存には、魔法使いが作る氷を利用していたけど。
魔法学校の生徒たちが氷売りのアルバイトで稼げるのは、高性能な充魔石を作るのが難しく、その数が非常に少ないから。
魔法使いが直接魔法で氷を作るか、低性能な充魔石を搭載した魔法道具に魔法使いが付きっきりになり定期的に魔力を補充するか。
それでも、充魔石よりそちらの方がコストが安いという。
「これなら、一度魔力を補充すれば二~三日は動かせるはずよ」
「桁違いの容量の充魔石ですね……よく作れましたね」
充魔石の材料は、魔獣の体内から出てくる魔力を含んだ胆石であった。
不健康な魔獣が、人間の便利な生活を支えているというわけ。
ただ、大きな胆石なんてそうは出ないし、当然人間の胆石は材料にできない。
私たちは狩猟をするので、たまに魔獣の体から出てきた胆石を溜めておいて、これを大容量の充魔石に加工したというわけ。
「あんなに大きな魔獣の胆石ってありましたっけ?」
「ないわよ。採取して取っておいた売り物にもならない小さいやつを、全部すり鉢で丁寧に擦り降ろして、それを魔法で再結合させたの」
「そんなこと、できる魔法使いはいませんけど……」
「そうなの?」
胆石の粉同士を、魔力で結合させていくような……ハンバーグとかミートボールを作る感覚でやったらできたけど。
でももう材料がないから、しばらくは作れないわね。
売れる魔獣の胆石は、ちゃんと売却して狩猟に参加しているみんなに利益を分配しないといけないから。
「できていたら、誰も充魔石不足で苦労していませんよ。あっ!」
「どうかしたの? ファリスさん」
「この屋台使えません」
「どうして?」
「高性能な充魔石が積んであると知られたら、すぐに盗まれてしまいます。下手な人に引かせると、確実に持ち逃げされますね」
じゃあこの充魔石搭載の屋台は、試作品のままで終わりかぁ……。
充魔石を低性能なものに交換して、魔法学校の生徒たちに使わせるしかないわね。
「交換終了っと。これでも満タンに魔力を篭めれば三時間くらいは使えるはず」
「でも、そんなに稼働時間が短いと、近所で営業するしかないですね」
「屋台を引く意味が、あまりないわね」
「ええ……」
ジャパンで販売すれば、無理にこの屋台を使う必要はないか。
あまり遠方で商売させると、いちいち私かファリスさんが魔力を補充しなければならない。
そのために、ニホンの営業に支障を来したら意味がないのだから。
魔法道具の研究って、なかなか上手くいかないものね。
「あら? なかなか洒落たものを作っているじゃないの?」
「大奥様……」
「大奥さんだ」
またお店に来るとは言っていたけど、まさかこんなに早くとは。
まさに有言実行。
しかも営業時間前だしね。
「それ、売ってくれないかしら?」
「稼働時間が短いですよ」
「王都の中心部で商売して、魔法学校の生徒たちに魔力だけ補充させればいいわ。彼らは商売のプロじゃないからね。こっちで集めて教育した人員でやった方が早いもの」
それなら大丈夫ね。
ここだと、魔法学校から大分離れているから、魔力補充のアルバイトを募集しても来ないだろうし。
「どのみちこの屋台は、もう材料もないですし、作るのが面倒です」
私とファリスさんが自分で屋台をいくつも作っていたら、やはりいくら時間があっても足りない。
二台目以降は難しいと思う。
「じゃあ、作り方を売って。一台作る度に代価を支払うから。あと、ジェラートと果汁水の作り方も売って。うちで試作させてみて駄目だったら、品質が安定するまであなたから材料を仕入れるわ。売り上げに対して代価を支払うから。あのミキサーとかいう調理器具もいいわね。他にも、ここにはいい魔法道具があるみたい。これも作り方を売って。条件は、売れる度にお金を支払えばいいわよね」
「はっはい……」
この人、ただニホンに来て飲み食いしていただけだと思うのに、随分とあちこちに目を光らせていたのね。さすがは大商人の妻。
圧倒されて、つい条件を呑んでしまった。
「で、これが書類ね。代価は他の商家と交渉しても、これ以上のものは出ないと思うわ。あなたは、酒場と喫茶店で精一杯なんでしょう? じゃあ、パテント料貰ってうちに任せた方が効率いいわよ。これにサインしたら教会に持って行くから」
この世界にも、当然契約書は存在した。
ただ、現代日本のように必ずしも守られる保証がなく、それでも大商人などは教会に契約書の写しを納めるということをしていた。
なにか契約トラブルがあった時、それを確認し、場合によっては教会が仲裁に入るのだ。
教会に頼むのは、神様の前で嘘つくなよ的な理由なのだと思う。
「ここにサインしてね」
「わかりました」
言われるがままサインしてしまったけど、これは私でなくても不可抗力の類だと思う。
そのくらい、この大奥さんは交渉が上手なのだ。
「じゃあ、月末に纏めて代金を払うから。じゃあね。今度はジャパンの方に行くわ」
そう言い残すと、大奥さんはまるで疾風のように私たちの前から去って行った。
「……ファリスさん……」
「はい……なんですか? 女将さん」
「大奥さんは、お爺さんと同じく引退したんじゃないの?」
今、普通に商売していたよね。
私は、ファリスさんにそう問いただした。
「それが、引退は宣言していますけど、あの性格なのでなにか思いつくと、新しい商売を立ち上げたりすることもあります。失敗ばかりなら、ご隠居様や当主様に怒られて終わりだと思いますが……」
大奥さんの立ち上げる事業は成功率が高い。
実際に利益になっている以上、お爺さんも息子である今の当主さんもなにも言えないわけね。
「まあ、儲かるからいいか。ファリスさんにボーナスも出せるもの」
「新しい魔法薬の試作でもしようかな。材料が高かったんで悩んでいたんです」
もの凄い勢いで私たちからその成果を購入していった大奥さんであったが、その後スターブラッド商会は魔法道具搭載の屋台で、ジェラート、各種飲料、スナック類、パン、加熱する料理などを販売するようになり、これが大ヒットして大きな利益を上げるようになった。
それに比例して、私とファリスちゃんにも多額のパテント料が入ってくるようになったけど。
「ユキコちゃん。ニホンもいいけど、私は女性だからジャパンの方がいいわ。このカツサンドが最高! 低品位のコーヒーや紅茶をこうやって美味しくするなんて……作り方を売って!」
「はい……」
「じゃあ、この契約書にサインしてね」
以後、度々ニホンかジャパンに来襲して誰よりも豪快に飲み食いし、私の料理のレシピや材料を大金で買い叩いていく大奥さん。
まさに、スターブラッド商会中興の祖の妻にして、豪快な商売人そのものといった感じね。
もしかして、ミルコさんとの婚姻まで画策しているのでは?
できたらやめてほしいけど。
「ミルコ、あんたもっと頑張らないと、ユキコちゃんと釣り合わないわよ。アンソンも同じ」
「お祖母様、正直に言い過ぎだぜ……」
「俺まで言われた!」
だって事実だから仕方がないわよ。
うちの旦那も同じ意見のようだしね。
でも、スターブラッド家に嫁入りしてくれたら最高なのは確かね。
もっとミルコの尻を叩こうかしら?
上の孫たちは全員結婚しているから、ミルコに賭けるしかないのよねぇ。
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