第81話 大奥さん来訪(後編)
「次は、試作品がようやく完成しました。『焼きカレーパン』です」
まさに、日本のカレーパンである。
生地は面倒なのでパンナさんのパン屋に注文しており、これに各種魔獣の挽き肉と野菜各種で作ったカレー餡を包み込み、やはり注文しているパン粉をまぶし、油で揚げる……のは油の量的にネックだったので……カツを出すジャパンへの納品分を考えるとね……。
そこで、ファリスさんと共同で『霧吹き』を完成させ、これで油をカレーパンの表面に塗布し、オーブンで焼いてみた。
油の使用量を減らすことができ、揚げるよりもヘルシーなカレーパンの完成というわけ。
パン生地も使っているので、メイン皿扱いかな?
「おおっ! これは美味しいな!」
「なるほど。癖になる美味しさね」
お爺さんよりも厳しそうな大奥さんに気に入ってもらえてよかった。
「なにそれ? 俺様も注文する!」
「俺もだ! 『かれーぱん』かぁ……そのままだが、これは美味そうだな」
「俺もくれ!」
「こっちにも!」
お爺さんと大奥さんがカレーパンを美味しそうに食べているのを見ていたお客さんたちが、みんなカレーパンを注文し始めた。
「ユキコさん、どうにか間に合いましたけど、これで売り切れです」
「ボクたちも手伝ったけど、あまり数を作れなかったものね」
うちは酒場なので、やっぱりカレーパンの大量調理は無理かぁ……。
となると、パンナさんに作ってもらうしかないかも。
そうすれば、もっと沢山作れるわね。
「カレー粉、挽き肉、油に。油を噴く霧吹きもか。タップリの油で揚げるのはまだ難しいかな?」
今度、パンナさんに相談してみよう。
「自分でやらないの? 自分でやれば儲かるじゃない」
「手が足りませんよ」
「じゃあ、この酒場を人に任せるか、いっそ手放してしまえばいいわ。そうだ! うちと組めばいいわ。王都のいい場所にお店を出せるわよ」
まさに女傑って感じね。
お爺さんと一緒に引退したと言っても、儲け話には敏感なのだから。
「もしお店をやるのでしたら、食材のご用命はこちらにどうぞ」
「あなたが自分でやらないの?」
「私はこのお店が好きなので。それに十分に儲かっていますし」
私は総合商社ではないのだから、そんなに色々とお店をやるつもりはない。
ニホンとジャパンだけで十分に生活できるのだから。
それにジャパンだって、孤児たちの件があったからで。
それにねぇ……。
「せめてちゃんとその結果が全部見える商売でないと、私は不安になるので。それに、自分でこの人と思った人にしか食材は卸したくないですね。雑に扱われると、勿体ないじゃないですか」
大奥さんが考えているのは、カレーパンのお店の全国展開とかなのだろうけど、私が自分で用意した食材でなければ味が落ちてしまうから。
そんなものを出せば評判が落ちるし、最初は珍しいから売れるかもしれないけど、結局お店は長保ちしないはずよ。
だから、ジャパンに美味しいパンを卸しているパンナさんのパン屋さんにカレーパンを作って販売してもらい、私はカレー粉などを卸して稼ぐ。
「お互いに儲かりますし、パンナさんも人を増やす必要があるので、また孤児院の子たちを雇ってくれますから」
「……」
私は欲がないのかしら?
パンナさんが儲かって、孤児たちの職が増えて、彼らがニホンを利用するようになる。
これでいいと思うのだけど……。
あまり商売の規模を広げて大商人になるのも、窮屈でどうかと思うから。
大奥さんは、私の考えが気に入らないのか。
しばらく黙り込んでしまった。
「ミランダ、一筋縄ではいかないであろう?」
「なるほどね。あなたがこのお店に毎日通う理由がわかったわ。甘いのかと思ったら、意外と強かじゃないの」
「デザートになります」
私は強かなのかな?
最後にデザートも出してみた。
ここは酒場なのでデザートは……と思う人もいるだろうけど、現代日本の居酒屋では、普通に〆めのデザートやご飯物なども出している。
二軒目以降のお店でそういうものを食べようとするお客さんに注文してもらい、さらに売り上げを伸ばす仕組みだ。
ニホンのお客さんは、一杯やるとすぐに家に戻ってしまうので、〆の品が売れるかどうかわからないけど。
駄目ならジャパンのみで出しつつ、近くの屋台で出す手もあるけどね。
「ジェラートになります」
デザートは、私とファリスさんが魔法で作ったジェラートであった。
かき氷よりは難易度が高かったけど、何度も試作して完成にこぎつけた。
今度、ジャパンでも販売する予定だ。
各種果物とコーヒー、紅茶のフレーバーが完成していて、少なく盛ったものを全種類大皿に載せて出してみた。
これで三人分だ。
親分さんと、お爺さん、大奥さんの皿に手を出せる人はいないので、各種類ごとに小皿で出さなくてもいいだろう。
「氷菓子かしら? 魔法使いがよく作るわね。王都でも、暑い時期によく魔法学校の生徒たちが売っているわね」
魔法学校の生徒たちは、アルバイトも兼ねて、自分が課題や練習で作る魔法薬の材料のため魔獣のいる森に入るけど、中にはそういうのが苦手な生徒たちもいる。
彼らは手っ取り早く金を得るために、暑い時期に魔法で作った氷を売ることが多かった。
ミルコさんや、お金が出せるレストランは氷を入れる冷蔵庫は持ってる。
そこに氷を補充するのも、魔法学校の生徒たちのアルバイトだ。
短時間で結構いいお金になるので、魔法学校の講義が始まる前に一軒分の氷を作る。
放課後、何軒もお店や貴族の邸宅を回って稼いだりと、自由にできるのが人気の理由みたい。
そして魔法使いの中には、魔法で作った氷を使ったデザートを売る屋台をやる人がいたのだ。
私が見た限り、ただの氷を売ったり、果物を凍らせて売る程度なので、もう少し工夫が欲しいなと思ったりしたけど。
「魔法は使っていますけど、ちゃんと調理はしていますよ」
「それはいいことね。せっかく魔法の才能があるのに、ただ氷の塊を売るだけではねぇ……」
スターブラッド商会前当主の妻としては、そこはもっと工夫しろと思っているみたいね。
せっかく魔法の才能があって、氷を作って商売にするところまで思いついたのだからと。
「冷たいけど、口の中でフワッと溶けるのがいいわね。これは木イチゴの味で、これがアケビの味。ヤマブドウに、コーヒーと紅茶の味もいいわね。材料を凍らせているけど、口に入れるとすぐに溶けてしまう。不思議ね……」
ジェラートは、ウォーターカウ他魔獣の乳、それを材料に作った生クリーム、ハチミツなどの材料を混ぜてから沸騰寸前まで加熱し、火を止めてからそれぞれのフレーバーを加えて凍らせ、凍った材料をミキサーなどで攪拌する。
そして再び凍らせれば完成だ。
ミキサーで材料を混ぜるのは、ジェラートに空気を含ませるため。
ジェラートは空気がほどよく混じっていないと、口溶けが悪くなってしまう。
ただの冷たくて甘い凍ったものになってしまうから。
ジェラートの材料は魔法で凍らせ、混ぜるミキサーはファリスさんと共同で魔法道具を作成した。魔力で動くミキサー。
これがあるとジュースも簡単に作れるし、料理にも使えてとても便利なのよ。
女の子には必須のアイテムかも。
「よくぞここまで色々と考えつくものだわ」
すでにあるものを再現しているだけで、私にオリジナリティがあるわけではないけどね。
「いかがでしたか?」
「美味しかったわ。こう言うと失礼だけど、このランクの店でここまで美味しくて珍しいものが出てくるとはね」
「うちは、安くて美味しいがモットーなので」
「気に入ったわ、また来させてもらうわね」
ジェラートをすべて食べ終わると、大奥さんは代金を支払ってお店をあとにした。
お爺さん、珍しく静かだったわね。
「ふう……」
「親分さん、どうかしましたか?」
「あの人の相手は疲れる……アレをくれ」
「はい」
アレとは、親分さんが大好きな甘い玉子焼きのことであった。
急ぎ焼いて差し出すと、それをひと口食べてから話し出す。
「女将はいつもどおりだったな。俺には無理だ。実際みんな、大奥さんと距離を置いていたし、誰も話さなかっただろう? 看板娘たちも、必要最低限以外は近づきもしなかった。知り合いであるファリスでもそうだ」
そう言われてみると、大奥さんの相手ってほとんど私がしていた。
ファリスさんも彼女と知り合いなら、もっと話の輪に入ってもよかったのに。
「両親や兄弟共々お世話になっていますけど、あまり気軽に声をかけられるような方ではないですよ」
「お爺さんはそうでもないじゃない」
お爺さんは大奥さんの旦那さんだけど、ファリスさんにも気さくに話しかけてくるし、彼女も楽しそうに話をしていた。
夫婦なのに、そんなに違うかしら?
「実際、ミルコ兄様も……」
「ファリス、そこで俺様に振るか?」
「アンソンさん?」
「俺にも振るな!」
大奥さんの孫であるミルコさんと、子供の頃から彼女と知り合いであるアンソンさん。
共に、私たちの様子を伺うのみで、まったく話しかけてこなかった。
それだけ大奥さんが怖いってこと?
「俺様、単純に頭が上がらないんだよ。前にバカなことをしていた時、色々と始末してもらって……」
「俺も、今のお店の場所を紹介してくれたのが大奥様だから」
なるほど。
つまり、外部の人間はお爺さんこそがスターブラッド商会の最高権力者だと思っているけど、親族、従業員、内部の事情をよく知る関係者たちは、大奥さんこそが陰の支配者だと思っているのね。
「親分さんもですか?」
「前にうちの若い奴がやらかして、事務所に怒鳴り込まれたことがあってな。こちらに非があったので謝ったが、あれは恐かったな。それは殴り合いになれば俺が簡単に勝てるだろうが、そういう単純な強い弱いのレベルの話ではないんだ。人間としての格みたいなものだな。それに圧倒される。ミルコの話を聞けばわかるが、決して非情な人間ではない。助けてもらった人は沢山いる。ただ、もの凄く怒られるみたいだがな」
「俺様、もうお祖母様に叱られたくないぜ」
「ミルコから話を聞いたことがある俺は、絶対に大奥様に叱られないようにしている」
どれだけ怖いのよ、あの人は。
でも、私はあまりそういう風に感じなかったけどね。
「普段はお祖父様を立てているけど、お祖母様がこのお店に興味があると言えば連れて来て、自分は静かにしていただろう? 我がスターブラッド家の最高権力者はあの人なんだぜ」
ミルコさんはそう言うのだけど、私にはやり手だろうなくらいにしか感じられなかった。
私に人を見る目があるわけではないから、それが正解という保証もないのだけど。
「女将、串焼き五本セットをカレー味で。喉乾いたなぁ、アップルエールのお替りも」
「ハラミ塩を二本と、タンの塩は残ってる?」
「ありますよ」
「この時間で珍しいなぁ……あの人の威圧感で、誰も注文できなかったんだな。ラッキー」
「俺もタンを塩で!」
「俺もくれ! あと、ミントエールね」
大奥さんがいなくなった途端、みんなが一斉に注文を始めて忙しくなった。
みんな、私たちのやり取りを固唾を飲んで見守っていたわけね。
お酒や果汁水の注文が多いってことは、それが終わって喉が渇いたと。
「大奥さんが毎晩来てくれたら、お酒と果汁水が沢山売れるかも」
「勘弁してくれ、女将」
親分さんにも苦手な人がいたなんて。
それが知れて、ちょっと得したような気が……。
私は、大奥さんの逆のタイプの女を目指すってことでいいのかしら?
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