第74話 幽霊オ-ナー
「ここかぁ……」
「ユキコさん、意外と綺麗ですね」
「ララ君、実はここ、オーナーが急死してまだ半年くらいなんだよ。だからまだ綺麗なのさ」
「それだけの期間で、所有者が何人も入れ替わったんですか?」
「綺麗で格安だから、賃貸希望者が多くなるのは当然だ。ただオーナーが死んで間もなく、未練も相当に深かった。祓っても、祓っても。オーナーの幽霊がすぐに戻って来てしまい、さすがに今は教会が預かる形になっている」
「念願のお店のオープンを翌日に控えての、過労が祟っての急死。ボクでも化けて出るかも」
「さあ、入って中を見てみようか」
翌日の朝。
私、ララちゃん、アイリスちゃん、マクシミリアンさんの四人で、ニホンからそう離れていないお店の前に立っていた。
ロープで封印がしてあったのをマクシミリアンさんが解き、前庭に入る。
白いテーブルと椅子が十数組置いてあり、ここがオープンカフェエリアというわけね。
前庭の芝生や草木は、半年放置されたせいで少し伸び気味であった。
オープン前に一度、プロの庭師さんに頼んだ方がいいかも。
一度綺麗にしてしまえば、あとは従業員たちが小忠実に手入れをすれば……年に一度はプロの庭師さんを入れた方がいいかな?
その辺は、あとで考えればいいわね。
「ユキコさん、オーナーの幽霊さんいないね。ボクに見えていないだけ?」
「アイリス君、オーナの幽霊は誰もが見えるくらいに強力なのさ。建物の中に入れば見られるよ」
「マクシミリアンさん、ボクは別にそこまで期待していないんだけど……」
アイリスちゃん、幽霊が怖いのかな?
だとしたら……やっぱりアイリスちゃんは可愛いなぁ……。
「うわぁーーー、幽霊怖ぃーーー」
えっ?
なぜかララちゃんが私と腕を組んできた。
ララちゃんと私は、森の中で何回も幽霊を見たことがあるじゃない。
この世界では幽霊を見かけてしまうことは割とポピュラーで、間違いなく狩猟の途中で命を落としたハンターだと思うけど、ララちゃんは別に恐がっていなかったはず……。
私の記憶違いかな?
「じゃあ、お店の中に入ろうか?」
前庭のオープンカフェスペースに繋がるように、前側にすべてガラス張りの入り口があった。
こんな近くに、ここまで凝った造りのお店があったなんて知らなかった。
お店の内装、調度品、調理スペース、二階の予約制の個室。
どれだけお金をかけたのかしら?
それは、オープン前日に急死したら未練が残って当然よね。
「そうよねぇ、わかるわよね?」
「おわっ! ヒックリした!」
いつの間にか、私の隣に半透明なマダム風の人物がいたので、私は思わず飛び上がりそうになってしまった。
この人が、オーナーの幽霊さんかぁ……。
三十代半ばくらいのとても上品な女性で、ヒラヒラのついた白いブラウスを着て、いかにもな格好をしている。
マダムって感じよね。
「やあ、オーナー」
「あら、マクシミリアンさんじゃないの」
「なんか、えらく友好的に見えますけど……」
「ララ君、私だけにはね」
「だってあなた、私の亡くなった婚約者によく似ているから」
オーナーの亡くなった婚約者が、マクシミリアンさんによく似ているのか……。
他人の空似?
もしくは、実はそこまで似ていないけど、マクシミリアンさんがイケメンだからかも。
「私の急死した兄なんだけどね」
「それは似ていて当然だと、ボクは思うな」
私もそう思うな。
というか、知り合いだったのね。
「オーナーであるサンディーさんは、私の亡くなった兄の婚約者だったんだ」
彼女の婚約者だったマクシミリアンさんのお兄さんは次男で、商会を継ぐ立場にはなかった。
そこで、オーナーと二人でお店を開こうと計画していたのだけど、二人が正式に結婚する前にマクシミリアンさんのお兄さんは急死してしまった。
「サンディーさんは正式に兄と結婚する前だったので、実家は早く他の男性と結婚した方がいいよと彼女に言ったのだけど……」
この世界では珍しく、マクシミリアンさんのお兄さんとサンディーさんは恋愛結婚になるはずだったそうだ。
愛する人の死後、サンディーさんは二人の夢を叶えるため、懸命に働いてこのお店をオープン直前にまで持っていった。
「サンディーさんは、働き過ぎだったと思うよ」
「でも、女性一人でこの規模のお店をオープンさせるには無理もしないと。まったく、そんな私の努力の結晶を呆気なく売り払って!」
サンディーさんの死後、金に目が眩んだ彼女の親族たちがこの店を売り払ってしまった。
当然サンディーさんは怒り、その後の所有者たちは彼女の妨害もあってお店を開けず、損は承知でお店を転売していった。
そして最後には、もう手に負えないと教会の所有になってしまったわけね。
まさに、異世界的瑕疵物件。
「だから、マクシミリアンさんは大丈夫なんですね」
「私だけはだね。教会は、以前の所有者の依頼で浄化を何度も試みたので……」
マクシミリアンさん以外の神官が、お店の中に入ると駄目なのか……。
それは強制的に成仏させられそうになったのだから当然か。
「で、どんな提案なの?」
サンディーさんは、マクシミリアンさんに私たちを連れてきた理由の説明を求めた。
彼女は、彼がこのお店をどうにかするつもりなことに気がついているのだと思う。
でも、暴れないんだ……。
義弟になるはずだった、マクシミリアンさんには配慮するから?
やはりイケメンは得なのかしら?
「この人たちにお店をやってもらう。喫茶店だ。これまでの所有者のように、他の用途で使用しようとしたりはしない」
「他の用途ですか? なにに使う予定だったんだろう?」
この外観の建物を、喫茶店以外の用途で?
「軽食や種類を絞って料理を出すから、私たちの計画でもレストランだと思われるかもしれませんけど、他のお店にできますか? この建物」
「骨董品屋とか、画廊とか、金持ち向けの宝飾店とか。そんな計画ばかり。私はここが喫茶店になって経営が安定してくれればいいの」
そうなれば、サンディーさんの未練も晴れて成仏できるわけか。
「大変だけど、やってみます!」
「ありがとう、若い子が頑張るのっていいわね」
意外にも、サンディーさんはあっさりと了承してくれた。
でも、となるとやはり人材が重要になる。
店長候補になる経験者が欲しい!
「見習いのウェイターとウェイトレスは孤児院を出たての子たちでもいいですけど、調理担当は経験者が欲しいです」
孤児院出身者に拘るのなら、以前に孤児院を出て飲食店で経験を積んでいる人が欲しい。
というか、そういう人がいないと店が回らない。
「ララ君、ファリス君、アリシア君、ボンタ君は?」
「あくまでも、ニホンが重要なので」
ぶっちゃけ、この喫茶店が失敗しても、ニホンがあれば私は戦える。
ニホンを疎かにするわけにいかないのだ。
「店長候補かい?」
「喫茶店でなくても、せめてレストランで調理経験がある人で」
「いるよ」
「いるんですか?」
「それはいなければ、私もこの話を持って来ないよ。彼は、声をかければすぐに馳せ参じるはずだ」
マクシミリアンさん、随分と自信満々だなと思ったけど、本当に数日後、その人物はやって来た。
「サンディーさん、お久しぶりです」
「なんだ。ライアス君じゃないの」
「じゃないの、じゃないですよ。サンディーさん、オープン前日に亡くなってしまうし、俺は親族の人たちに『もうお店は売却した!』と言われて、お店の中に入れないし……」
「あいつら! 呪い殺してやろうかしら?」
「サンディーさん、それを神官の前で言わないでくれ」
「知り合いだったんですね」
「まあ、そうなるかな」
店長候補の人は、ライアスという二十代半ばの真面目そうな青年だった。
マクシミリアンさんとも、サンディーさんとも知り合いのようだ。
「私のお店で副店長になる予定だったのよ」
「そうなんですか」
それは、マクシミリアンさんが知っていたわけだ。
「彼は孤児院の出でね。私がサンディーさんに紹介したのさ」
孤児院の出でもあるのか。
サンディーさんが副店長にしようとしたのなら調理経験はあるはずで、孤児院の出でもある。
両方の条件を満たしているわけね。
「私がオーナーになるんだけど、ライアスさんは働いてくれるかしら?」
サンディーさんならともかく、ライアスさんは年下の小娘に使われるのは嫌かもしれない。
意思の確認はした方がいいだろう。
「勿論、喜んで! 大衆酒場ニホンの女将は、若いのにやり手だって評判ですからね。新しい料理の話もよく聞くので、楽しみですよ」
ライアスさんは、私のことを知っていたのか。
「あら、あなたって有名人なのね。幽霊になると世間に疎くなって嫌ね。じゃあ、安心できるかも」
「それで、私はどうしてもニホンメインになってしまうので、ライアスさんを店長にして、このお店のことは大幅に任せます」
ライアスさんは店長として、孤児院を出た子たちを必要に応じて雇い入れ、その勤務管理や人件費の計算などもすべてやってもらう。
実質、オーナーと同じ扱いだ。
「その代わり、この物件の家賃はいただきます。あとは新メニューを考えているので、その材料を私から仕入れる」
多分コーヒー豆や紅茶葉は、サンディーさんのツテで。ライアスさんは半年前まで王都でも老舗の大型喫茶店で働いていたそうだ。
オーソドックスな食材の仕入れルートは持っていた。
私は、新しいメニューの材料をお店に卸すことで利益を得る仕組みだ。
「随分と好条件ですが、いいのですか?」
「でも大変よ」
「それは覚悟しています。私も将来は独立を狙っているので」
ライアスさんは将来自分のお店を開くべく、サンディーさんのお店に転職しようとして、彼女の急死により思わぬ躓きを経験してしまった。
前に勤めていた老舗喫茶店はすでに辞めていたので戻るわけにいかず、この半年は王都郊外の別の喫茶店でアルバイトをしていたそうだ。
「ライアス。わかっていると思うが、お前がしくじれば教会としてもお前を切らざるを得ない。頑張れば収入は上がって、独立資金も貯めやすいと思うがな」
「責任重大ですね」
マクシミリアンさんの忠告で、ライアスさんの顔に緊張が走った。
「就職に苦戦する孤児たちのため、教会はこのお店を女将に委ねたのだ。もしライアスが駄目なら、ライアスを切って他の店長を探す」
土地は私のもので、契約も数ヵ月単位で更新ということにすれば、ライアスさんが駄目でもすぐに契約を解除して他の人を探すことができる。
教会というかマクシミリアンさんは、一人でも多くの孤児たちを救うため、すでに孤児院を出ているライアスさんを切る覚悟をしているわけだ。
この人、本当に気質が商売人寄りなのだと思う。
「雇った孤児たちの生活が成り立つだけの給料を出し、私に家賃や食品の仕入れ代金を支払い、お店を黒字化しなければならない。でなければ、ライアスの給料が出ないなんてこともあり得るのだから。逆に上手くやれば、将来の独立資金を貯められるぞ」
マクシミリアンさんは、結構容赦ないわね。
孤児たちに対して責任があるから仕方がないのだけど。
「責任重大ですけど、やる気も出てきました。頑張りますよ」
というわけで、ライアスさんが店長となり、喫茶店の開店準備がスタートしたのであった。
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