第75話 喫茶店『ジャパン』

「これがコーヒーね……(地球のと比べると品質的に大分……でも、このくらいの値段で出さないと売れないのかぁ……。お金持ち向けの高級店のコーヒーは、一杯二十バントくらい普通にするからなぁ……。紅茶も同じようなものだし……)」


 どうやら、もしサンディーさんが急死しないで喫茶店を開けたとしても、成功できたかどうか怪しかったことが判明した。

「さすがに、私が働いていたお店で出していたようなコーヒーや紅茶は無理ですよ」

「それはそうなのだけど……」

 ライアスさんが働いていた老舗喫茶店は、王城と貴族の屋敷が立ち並ぶエリアに隣接しており、客は貴族やお金持ちしか来ない。

 一杯二千円のコーヒーと紅茶でもまったく問題なかったし、値段に相応しい品質のコーヒー豆と茶葉を使っていた。

 ところがこのお店は、現在再開発中の元貧民街に近い。

 住宅地にも隣接しているけど、お客さんもほぼ平民しか来ないので、コーヒー豆と紅茶葉の品質はこれが限界かも。

 これでも平民からすれば、たまにしかできない贅沢。

 サンディーさんもそういう意図でお店の外装や内装を整えたのだろうけど、飲み物の数も少なく、私に言わせるともっと工夫が必要ね。

「工夫ですか?」

「コーヒー豆や茶葉の品質はこれが限界だから、他の面で工夫してメニューを増やし、珍しさでお客さんを呼ぶ」

「あまりメニューが増えると、手間がかかってしまうのでは? そうでなくても、このお店は素人の孤児たちを雇わないといけないので」

 ライアスさんは、あまりメニューを増やすと素人ばかりの孤児たちが対応できないのではと心配した。

 そこに思いつけるのであれば、ライアスさんは店長としての資質があるのだと思う。

「コーヒー豆と紅茶葉は、これを基本として使います。フレーバーを増やせばいいのよ」

「フレーバーですか?」

「紅茶葉に、他の素材を混ぜて香りと味を足すのよ」

 フレーバーティーは正式には紅茶ではないのだけど、安い紅茶葉の品質がここまで低いのなら、他の香りと味を足して工夫するしかない。

 この世界には元々『アッサム』とか『ダージリン』とかの高級産地は存在せず、茶葉の品質のみで値段が決まるみたいな状態らしいし、フレーバーを加えた紅茶を卑下するような風潮もまだないであろう。

 もし卑下されても、どうせ客層が違うから気にする必要はないけど。

「試飲してみますか?」

 別に喫茶店をやるつもりはなかったけど、私もララちゃんたちもお酒が飲めないので、飲み物に関しては色々と試作していたのだ。

 今、魔法で焼酎、ホワイトリカー系のお酒の試作をしており、これでサワー類が作れれば、お酒のメニューも増えて利益率も上がる。

 サワーの種類に紅茶とコーヒーも候補に挙がっており、試作に使った余りでティータイムも楽しめるというわけ。

「これが『アップルティー』ですね」

 リンゴは、野生種のものが魔獣の住む森の奥で沢山採れる。

 普通の人は運搬がネックになるけど、私には『食料保存庫』があるので、一度に大量に採取して在庫を持っていたのだ。

 アップルティーは、剥いたリンゴの皮を煮出して使う。

 再利用もできてお得ってわけ。

 他にも、木イチゴ、山ブドウ、かんきつ類はレモンティー代わりで。

 他にも、バニラティーに、生姜を使ったジンジャーティーとかも。

 あとは、ハーブ類を使ったハーブティーに、バラを使ったローズティーも淹れてみた。

 野生種のバラは、花はそれほど綺麗じゃないけど、乾燥させてローズティーの材料にするのなら、かえって香りはよかったのだ。

 私たちは空いている時間に、ララちゃんたちと個人的なティータイムを楽しんでいた。

 お酒は飲めないからねぇ。

 お店の厨房で淹れたフレーバーティーを次々と出していく。

「なるほど、これは美味しいですね」

「ライアスさんがいた老舗喫茶店のように高級茶葉を惜しげもなく使えない以上、こうやって工夫するしかないですよ」

 『紅茶とは、茶葉のみの味と香りで勝負すべきだ!』とドヤ顔で言う貴族がいるかもしれないけど、平民はそんな高い紅茶は飲めない。

 お金がないなら工夫して、美味しい紅茶を飲めばいいのだから。

「ライアス店長に提案するのは、このフレーバーティーの材料です。うちのお店はお酒が飲めない人向けに果汁水や炭酸水なども販売していまして、そのフレーバーを応用したものです。調理はライアス店長ならすぐにできるようになりますし、少し教えれば孤児たちでも作れるようになる」

「フレーバーを仕入れるわけですか」

 それで私に利益が発生するわけだ。

 元々捨てていた果物の皮や使わない部分を魔法で乾燥させ、これを茶葉に混ぜるだけ。

 魔法で水分だけを一瞬で抜くので、乾燥には時間がかからないし、廃物利用なので私の利益も大きい。

 果汁水に使う濃縮果汁も、魔法で果物を効率よく搾って瓶に入れているし、炭酸水も同じ。

 だから、ライアス店長にいい条件を出せるわけだ。

 彼に大半を任せれば、私も手間がかからなくていい。

 いくらで仕入れて、いくらで売るか。

 その計算は、ライアス店長の仕事というわけ。

 原価計算に経理の知識も必要なので、独立前のいい訓練になるんじゃないかしら。

「次に、フレーバーコーヒーです」

 コーヒーも、貴族が飲むような高級品はこの店で出せない。

 そこで、ナッツ類、果物、ハーブ類、バニラ、ハチミツなどを混ぜたフレーバーコーヒーを出す。

「女将さん、これは?」

「代用コーヒーね」

 コーヒー豆を使わない、大麦、タンポポの根、大豆などを使った代用コーヒーも提案してみた。

 コーヒー豆を使っていませんと、正直に書いて安く提供すれば、これはこれで十分に需要があると私は思うのだ。

 低品質のコーヒー豆を用いたコーヒーですら、高価でなかなか飲めないという人も多いのだから。

 魔獣の住む森には、他にもお茶の材料になりそうな素材は沢山あるはず。

 今度また、集中的に探してみようと思う。

「なるほど。メニューが増えても、基本はコーヒーと紅茶なので、管理はそう難しくないですね」

 提供するメニューの作り方マニュアルを作れば、ちょっと訓練したスタッフならそう難しくなく作れるはず。

「果汁水も、水で割るだけ。比率はマニュアルを作ればそう難しくもない。いけますね」

 飲み物はそれでいいとして、次はデザートや軽食だ。

「女将さん、これは?」

「ゼリーですよ」

 実はこの世界、ゼリーが存在しなかった。

 そこで、狩った魔獣の皮や骨からゼラチンを作り、果物の果汁やコーヒー、紅茶を固めてゼリーにした。

「その粉で固まるのですか。不思議ですね」

 ゼラチンを仕入れればゼリーが作れる。

 私も利益を得られる仕組みだ。

 ケーキ類やクッキーなどはライアスさんが作れるので、これも特別な素材やフレーバーを仕入れてもらえば私の利益になる。

 家賃収入もあるけど、このお店は教会の慈善事業の側面もあるし、元々一バントで購入した物件なのでかなり安く抑えていた。

「他にも、この前のお祭りで仕入れたパンを用いた各種サンドウィッチ」

 魔猪の角煮に、カツを挟んでもいいだろう。

 ウォーターカウの肉を甘辛く煮込んだものを挟んだり、牛カツという線もある。

 キルチキンの照り焼きに、から揚げ、茹で卵を自家製マヨネーズで和えた卵サンド。

 出汁と甘みが利いた厚焼きタマゴを挟んだサンドウィッチもいいと思う。

 女性向けや健康志向の人たちには、野菜サンド。

 デザートとして、フルーツサンドなども提案していく。

 パンに挟むものを単品で出してもいいだろう。

 油は、精製しないと臭くてマヨネーズや揚げ物に使えない。

 これも、うちから仕入れてもらえば利益になるはずだ。

「これだけ料理の種類が豊富なら、ランチ営業もできますね」

 他にも、アンソンさん直伝のビーフシチュー。

 カレー粉もあるので、スープカレーも売れるはずだ。

「凄いわね。どれも美味しいわ」

 と、幽霊であるサンディーさんが、私がプレゼンをした料理について感想を語っているのだけど、食べている様子もないのに味がわかるのね。

「幽霊は、お供えの味もわかるもの。フレーバー系の紅茶やコーヒーもいいわね。これだけ豊富なメニューがあればいけるわ。あとは孤児たちのやる気次第ね」

 それは大丈夫だと思う。

 社会からの偏見のせいで、就職できなかった彼らの最後の砦がここなのだ。

 もうあとがないので、踏ん張りは利くはずだ。

「それに、頑張って修行すれば独立もできるでしょうから」

 私は、この喫茶店の支店を増やすつもりはなかった。

 修行を終えてお金を貯め終わった人から、好きに独立していけばいいのだ。

 王都やその近辺で営業するのなら、うちから特別な材料を仕入れればいい。

 あまり縛りのないフランチャイズ経営みたいなものね。

「今考えていましたが、もう二人ほど経験者が必要ですね。副店長を二人置いて、その下に孤児院出の子たちを雇い入れる。仕事を覚えたら昇格かな」

「そこは任せます」

 全部私が面倒見ていたら、いくら時間があっても足りないから。

「ようし! 頑張るぞ!」

「私は、お店が安定するまでここにいるけど」

 うーーーん。

 幽霊が出る喫茶店かぁ……営業妨害の心配はないはず。

「毎朝、コーヒーと料理を供えてね。不味かったら駄目出しするかな」

 新店は味を安定させるのが難しいから、サンディーさんはいいバロメーターになるのかな?

 給料は出せないけど……どうやって使うんだって話だけど……名誉店長扱いで暫く料理の味や店の観察をしてもらうといいかもしれない。

 納得できたら、そのうち成仏するだろうから。

「楽しみねぇ。新しいお店」

 サンディーさんは、以前雇っていたライアスさんが店長になって喫茶店がオープンするので嬉しいみたいだ。

 あとは、ライアスさんの手腕にかかっている。

 上手く成功させてほしいものだ。

 そして、オープン当日。



「アップルティー三つと、卵サンド三つですね」

「バニラコーヒーに、山イチゴソーダ、照り焼きサンドと角煮サンド、から揚げになります」

「お会計は、二千二百バントになります。ありがとうございました」


 オープン初日。

 お店は大いに賑わっていた。

 すでに行列ができるほどの大盛況で、ライアス店長以下全員が大忙しで働いている。

 私しか用意できない材料、念入りに沢山納品しておいたのだけど足りるかな?

「あっ、女将さん。おかげさまで大盛況ですよ。まさか本当にまったく口を出さないとは思いませんでしたけど」

 マクシミリアンさんのお願いで引き受けたけど、私の本丸はニホンなので。

 家賃と食材の仕入れ益で利益は十分稼いでいるので、あとはライアスさんの力量次第というわけ。

 もししくじれば、教会が店長の首のすげ替えを要求するだろう。

 ライアスさんが一人失敗してそれで終わりならいいけど、孤児院の子たちの就職先がなくなってしまうのは看過できないだろうからだ。

「ライアスさんは、雇い入れた副店長二人に教育をして、次の店長を育てるのも仕事ですよ」

 最低限それが終わらないと、ライアスさんは独立できない。

 今見習いで働いている従業員たちに次々と仕事を覚えさせ、次の店長になれるように教育していくのも仕事であった。

「ライアスさんが独立できれば、次は副店長二人のどちらか、そのうち今いる見習いたちも店長になって、将来は独立できる人も出るでしょう」

 独立した人たちが、また孤児たちを雇えば就職先に悩む孤児は減る。

 頑張ればお店を持てる。

 私は、私だけが作れる食材を卸して利益を稼ぐ。

 誰も損をしないので、とてもいいことだと思う。

「お店が繁盛して、料理が売れれば売れるほど、食材を卸している私も儲かるので」

「なるほど」

 実際の話、喫茶店での仕事は経験者であるライアスさんの方が詳しいと思う。

 私のしたことは、経験が浅い従業員でも飲料や料理の最後の仕上げをしやすいよう、専用のマニュアルを作っておくことと、

 料理の味と量が同じになるように、調理器具に目盛りをつける。

 このくらいだった。

「ライアス店長、パンが足りなくなりそうなの追加注文した方がいいでしょうか?」

「そうだな。事前にパン屋さんには話しておいたから大丈夫だろう。ひとっ走り注文しておいてくれ」

「わかりました」

 見習い従業員だけど、彼は有望そうね。

 パン屋さんはお祭りで知り合いになって、その縁でサンドウィッチ用やサンド用のコッペパンを作ってくれるようになった経緯がある。

 多めに頼むことになると事前に話しておいたので、追加注文も大丈夫でしょう。

「油断して、客足を落とさないようにね」

「そこが怖いところなので頑張ります」

 ただその心配も杞憂だったようで、私がオーナーをしている喫茶店『ジャパン』は、ニホンと並びこの地区で多くのお客さんを集めるお店になっていくのであった。

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