第73話 支店?

「これは、この前の果汁水ではないですか。これは、とてもいいものですね」

「あの、マリベルさん。今日はどのような用件で?」



 祭りが終わってから数日後。

 今日も仕込みをしていると、そこにシスターであるマリベルさんが姿を見せた。

 私が果汁水を出すと、彼女はそれをとても美味しそうに飲んでいる。

 この世界の教会関係者はお酒やタバコなどがご法度なので、甘い物などが好きな人が多かった。

 先日も、賄いで出した甘いジュースやお菓子を一番沢山食べていたのは、子供たちではなく、いい年をしたおじさんやお爺さんの神官さんたちだったのだから。

「実はご相談がありまして……」

 マリベルさんの相談とは、孤児院を出た子供たちの就職先であった。

「全員ではないのですが、やはりどうしても奉公先や働き口がない子が何人か出てしまうのです……」

 その子たちの能力や気質に依る原因は少なく、孤児院出身者でも受け入れる求人の不足みたい。

「同じような気質や能力なら、どうしても家庭がある子を採用するのが現実なので……」

 家族がいれば、職場で自分がやらかせば家族にも害が及ぶ。

 損害が出ても請求しやすい。

 一方孤児は、自分だけ逃げてしまえばいい。

 実際、そこからアウトローな世界に入っていく孤児院出身者も多いとか。

 損害を受けた雇用主は、孤児院やそれを運営している教会に苦情くらいは言うが、教会を敵視しすぎるとこの世界では生きにくいので、どうしてもあまり強く責められない。

 結果、事前にトラブルを防ごうと、孤児たちを雇わない雇用主が一定数出てしまうというわけだ。

 世の中、なかなか儘ならないというか……。

「このお店で雇っていただけませんか?」

「このお店は、もう人手は足りているのですよ」

 私、ララちゃん、ボンタ君、ファリスちゃん、アイリスちゃん。

 五名で十分に回せるのだ。

 この人数で回せる規模のお店を、お爺さんが紹介してくれたからなんだけど。

 このお店よりも広ければ新しい人を雇わないといけなかったし、逆に狭ければ人が余っていた。

 やっぱりお爺さんって凄い人なのだと思う。

 それは、スターブラッド商会は成功するわけだ。

「人が余ってしまうと、人件費が……」

 利益が出なくなってしまうし、多すぎる人員は頑張ってお店を回してるララちゃんたちの待遇低下にも繋がる。

 必要なら人は募集するから、無駄な人員は抱えられない。

 ここで仏心を出して孤児たちを受け入れた結果、お店の経営が傾いてララちゃんたちの給料を下げる羽目になったり、最悪店が潰れてみんなが路頭に迷ったら、かえって悪い結果になってしまうのだから。

「無理ですか……せめて一人でも……」

「シスターマリベル。気持ちはわかるが、ニホンの女将は多くの孤児たちが暫くは最低限の暮らしができるほどの寄付をしてくれた。毎年寄付を得られる方法もだ。それ以上の無理はいかんぞ」

「マクシミリアンさん!」

 もう一人、お店に神官さんが入ってきた。

 まだ準備中なんだけど……先日のお祭りには来ていなかった人ね。

 二十代半ばくらいだと思う。

 少しブカブカな神官服の上からでもわかるほど、その体はとても鍛えられているように見えた。

 間違いなく、ハンター業もしているはずだ。

 お坊さんほどではないけど、紫色の髪をとても短く、スポーツ刈りくらいに切りそろえていた。

 年配の男性神官さんたちはクロブークに似た帽子を被っているけど、この人も含めて若い男性神官さんは帽子を被っていない人が多かった。

 女性神官さんたちは、今いるマリベルさんを含めて全員がベールを被っているけど。

「(またもイケメンが登場ね)」

 彼は神官だけど、私は彼を僧侶系イケメンさんと、カテゴリーすることにしよう。

「マリベルさん、こちらの方は? 先日はいらっしゃいませんでしたよね?」

「これは失礼。ガテナ区長の下で副区長をしているマクシミリアンと申します。以後、お見知りおきのほどを」

 お爺さんの神父さんがガテナ区長さんで、この地区の教会の責任者なのは、先日紹介を受けたので知っている。

 クッキーが大好きな、人の好いお爺さんだ。

 この人はまだ若いのに、副区長なのか。

 きっともの凄く有能なのね。

「マクシミリアンさんはハンターでもあり、彼は空いている時間に、孤児院のみんなに食べさせる獲物を狩っているのです」

「先日、祭りのお手伝いができなかったのは、他の理由で王都を離れていたからですが」

 お爺さんで無理ができないガテナ区長さんの代わりに、遠方に出かけるような用事をマクシミリアンさんが担当しているようね。

「孤児院を出る子たちの就職先で苦慮しているのは確かですが、だからといって信徒の方々に無理を言うのはよくない。まずは今普通に暮らせている人々こそが優先されるべきなのです。少し余裕ができたら、その余裕の範囲内で支援や寄付などをしていただく。でなければ、我らは善意の支援者すら失ってしまいます」

 正論すぎてなにも言うことがないわ。

 だからマクシミリアンさんは、若くして副区長なのね。

「孤児院の子たちが就職できるよう、時間があれば読み書き、計算などを教えておりますが、人々の偏見や差別を完全になくすことは難しい。我々は神職のため、孤児院を巣立つ子たちが働いてお金を得るために必要な手立て、という部分は不得手なのです」

 貧すれば鈍するともいうので、孤児院出の子たちが普通に暮らすには、安定した職と収入の確保が不可欠だ。

 でも、教会がそれを確保するのはとても難しい。

 精々、ちゃんと就職できるように読み書きや計算、教会によっては商家出身の人がいるので、帳簿のつけ方、ハンターと兼業の神官もいるので、基本的な戦闘訓練を行うところもあると聞く。

 この世界の学校はお金持ちや魔法使いしか行けないところなので、教会が孤児や平民たちの基礎教育を担っているという現状があった。

 ララちゃんたちも、みんな教会で基本的な読み書きと計算を習ったと聞いたから。

「教会が、商会や飲食店を経営するわけにいきませんからね」

 孤児から神官になる人の比率はかなり高いけど、狭き門なのも確か。

 さらに、教会が営利事業をするのも禁止ではないけれど、寄付をくれる商人たちの縄張りを侵す行為であるし、戒律的にもいい顔をされるわけがない。

 日本のお寺や神社みたいに、カフェやレストランを経営するわけにはいかないのだ。

「そこで、私から女将に提案があるのだが、一つ物件を買いませんか?」

「もう一店舗経営するんですか?」

 支店かぁ……。

 今の時点では、ちょっと難しいかも。

 新店舗を任せられる人材……は、ボンタ君がいるけど、彼を新店舗に行かせてしまうと、このニホンが手薄になってしまう。

 味の均一化にも時間と手間がかかるし、元々私は素人だ。

 いくらニホンが上手くいっているからといって、欲をかき過ぎるのはよくないだろう。

「難しいですね」

「酒場ではなく、この前のお祭りでは甘いものもよく売れていたと聞きます。その手の品を売るお店……喫茶店という手もなくはないですかな?」

 マクシミリアンさんって、もしかして実家が商家なのかしら?

 『別形態の店舗なら大丈夫では?』と勧めてきた。

「どうですかね? 私は忙しすぎるのは苦手なので……」

 上手く行ったにしても、あまりに忙し過ぎて休みもないのでは困ってしまう。

 今くらいのペースがちょうどいいのだけど。

「実際に物件を見てはいかがですか? いい物件ですよ。色々な事情で教会の所有なのですが、今なら一バント(銅貨一枚)です」

 日本円で百円の物件……日本にもそんな格安物件があったけど、当然それには理由があるわけで……。

「マクシミリアンさんにこう言うのはどうかと思いますけど、いかにも怪しいですね」

「でしょうね。私がその話を聞いてもそう思います。実はそのお店とは、ニホンからそんなに離れていない空き店舗なんですよ」

「あそこですか?」

 私たちは、その物件を知っていた。

 だって、ニホンから目視できるから。

 どういうわけがずっと閉まっている、喫茶店ぽい店舗があるのだ。

 かなり洒落た造りで、前庭のオープンカフェスペースは私も客として利用してみたいと思ったほど。

 ちゃんと経営すればお客さんが入りそうなのに、なぜかそのまま閉まっているのた。

「あのお店には、オーナーの幽霊が出るのです。彼女は夢だったお店を開店させる前日、病気で急死してしまいました。心臓の発作だったとか。彼女の死後に遺族がお店を売り出し、何人か所有者が変わったのですが……」

 お店を開こうとすると、オーナの幽霊が出てきて『それでは駄目!』と妨害されてしまうそうだ。

「祓えばいいのでは?」

「当然、何度も祓っていますよ。効果がないだけで」

 神官によるお祓いはいつも成功するが、幽霊がすぐにあの世から戻ってきてしまうそうだ。

「彼女の未練を晴らさないと、何度祓っても無駄でしょうね」

 つまりそのお店を、オーナーの幽霊が満足するようにオープンできればいいわけね。

「あのお店の現状を知らない者はいません。誰も購入せず、教会の所有なのは、ようは押しつけられたからなのです」

 お金にならない物件だからこそ、教会に押しつけられたわけね。

 教会は無税だから、地税の負担がなくなるからと……。

「一バントで売る代わりに、孤児院の子たちを受け入れてほしい。それが条件です」

 この人が、商家の出なのは確実ね。

 ちょっと他の神官さんたちと考え方が違うのだ。

 孤児院出の子供たちを救うためなら、お金や世俗のことに関わることも躊躇わないのだから。

「最初は大変だと思いますが……」

「わかりました。店も近いですし、ニホンと売るものは被らないので、なんとかやれると思います」

「ありがとう、女将」

 嬉しそうに私の手を取ってくる、坊主系イケメンであるマクシミリアンさん。

 実はこの人、神職なのにかなり女性タラシなのかもしれない。

 でも、近くで見ると精悍でいい男ねぇ……。

 私は、親分さんの方がいいけど。

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