第72話 チャリティーバザー

「あなたは、神を信じますか?」

「神様はいますよ。ユキコさんと出会えたので」

「ボクもララさんと同じ意見だよ、ユキコさんと出会えたから」

「神様ですか。いるとは思いますよ。僕は見たことないですけど」

「私もいるとは思います」


 開店前。

 みんなで仕込みをしていたら、そこに若い女性が入ってきた。

 よく見ると修道着を着ており、彼女はいわゆる教会のシスターさんなのだと思う。

 ララちゃんたちに神様を信じているかを尋ねていた。

 ララちゃんとアイリスちゃんは、理由はどうかと思うけど、神様を信じていた。

 ボンタ君とファリスさんは、神様はいると言っておいた方が軋轢も少ないから、といった表情を浮かべていた。

 私も日本人であるがゆえに、あまり宗教に拘りがないというか……。

 シスターさんだからか、彼女はこの世界の人にしては随分と髪が短く、かなりのベリーショートにしていた。

 ベールを被っているので邪魔にならないように髪を切っているのだと思う。

 さすがに、尼さんみたいにボウズ頭にはしていないけど。

 髪の色がライトパープルなのは、この世界ならではね。

「この地区の教会に奉仕しております、マリベルと申します。新しいお店ができたと聞きまして、ご挨拶に伺いました。安息日には是非教会へどうぞ」

「うちのお店、安息日も営業していますので……」

 基本的に飲食店は、安息日が一番のかき入れ時なので、教会に行く余裕はなかった。

 決して教会に行くのが面倒とか、そんな風には思っていない。

「では、お休みの日にどうでしょうか? 教会はいつでもみなさんをお待ちしております」

「「「「「……」」」」」

 誰も教会に行くとは言わず、私たちの間に微妙な空気が流れていた。

 うちのお店は、隔週で平日に週休一日と二日を交互に実施しているのだけど、私はお休みの日も狩猟に出かけることが多く、ララちゃんたちもつき合うことが多い。

 半分キャンプやバーベキューみたいになって、ある種のレクリエーションみたいになっているのだ。

 教会に行きたいと思う人はいないと思う。

 私は……うち、浄土真宗だったんだよね。

 お葬式がそうなっているだけで、信心は皆無だったけど。

 だから罰が当たってこの世界に飛ばされた?

 まさかね。

「寄付でしたら、少しはご協力できるかと」

「それはありがたいです」

 結局こうなるわね。

 勤め人は安息日が空いているので、午前中は教会で、午後から家族で遊びに……という人が多い。

 その代わり、勤め人はお金がないので寄付は少額であった。

 商売人は忙しくてあまり教会に行かないけど、その代わり寄付を多めに出す。

 そんな感じでバランスが取れているわけだ。

「どうぞ」

 私は、それなりの額の寄付をマリベルさんに渡した。

「ありがとうございます。最近、孤児院の規模を拡張したのですが、なかなか資金が貯まらないのです」

「大変ですね」

 この世界だと、孤児院はほぼ教会が運営している。

 あとは、社会貢献に興味がある貴族家か、大金持ちが新しく始めることもあるって聞く。

 当然日本よりも余裕がない孤児院も多く、子供たちの生活は貧しかった。

 それでも、外で浮浪児になって早死したり、犯罪に走って捕まったりするよりはマシなんだけど、現代日本みたいに資金に余裕がないのは確かだと思う。

「寄付がなかなか集まらなくて……」

 うちはたまに今くらいの寄付ならできるくらい稼げているけど、お店の中には正直カツカツなところもある。

 全員が寄付を出せるわけではないのだ。

 かといって、勤労奉仕だと教会側の希望とマッチしなかったり、その分お店を開いて稼いだ方が寄付を支払えるのではないか、といったケースもあって、寄付を集める教会の人たちは苦戦していた。

 王城近くの教会本部なら、信者は王族、貴族、大金持ちなので寄付は集まりやすいと聞くけど。

 ただ、教会の維持費を考えると、それほど孤児院には回せないそうだ。

「なにかいい寄付金を集める方法があればいいのですけど……」

 マリベルさんは悩んでいるところに、もう一人店内に入って来た人がいた。

 この地区の世話役みたいな人だ。

「女将、この地区では小規模ながら毎年お祭りがあってな。もうそろそろなんだが、なにか出店してくれないかな?」

「お祭りですか?」

「ああ。本当に小規模なので、この地区以外の連中はほとんど知らないんだけど。ニホンさんがなにか出してくれると、お客さんが増えてありがたいんだが……」

「なにか考えておきます」

「すまないな」

 こういう行事に参加して、近所の人たちとの繋がりを作ることも、このお店を長く続けるコツであった。

「串焼きと酒でも出してくれよ」

「そうですね……あっ、そうだ!」

「女将、急にどうしたんだ?」

「ちょっとご提案が……」

 そう簡単に孤児院への寄付金が集まらないのであれば、それを作ってしまえばいい。

 私はこの地区の世話役さんに、ある行事を行うことを勧めたのであった。




「なるほど。利益を全額寄付する年に一度のチャリティー屋台祭りね」

「この一回で、一気に稼いでしまいましょう」


 私が提案したのは、年に一度のお祭りで出た利益を全額教会に寄付してしまい、この地区の寄付を一回で済ますというものであった。

 他に寄付するかは、その店主個人の判断に任せればいい。

「教会もなにかお店でも出したらどうですか? 寄付だけでなく、子供たち自身にも働いてもらえば、自分の生活費を稼ぐ経験と、将来に向けた自立心を養えます。職業訓練にもなるのでは?」

「なるほど……それはいいですね。ですが、私にはそういう経験がなくて……」

 マリベルさんは、見た感じ結構いいところのお嬢さんなのかな?

「私は平民の出ですけど、神学校を出てすぐにこの地区の教会に派遣されましたので……」

 社会経験がないに等しいのか。

 信心深いから教会でシスターになったけど、社会に慣れていないから寄付金集めで苦戦しているのね。

「じゃあ、今回はうちも売るものを増やすので、売り子や商品の補充などのお手伝いをお願いします。子供たちも孤児院を巣立って生活していかなければいけない以上、こういう経験も無駄にはならないと思うので」

「それもそうですね。ありがとうございます!」

 マリベルさん、嬉しそうね……。

 なんとなく言い出してしまったけど、乗りかかった船なので、お祭りの日は教会の人たちと、孤児院の子たちと一緒にお店をやることになったのであった。



「女将さん、複数屋台用のテントを持っていたんですね」

「使うことがあるかもしれないと思って、購入しておいたのよ」


 お祭り当日。

 私たちは、お店の前にいつくか屋台用のテントを張った。

 今日は定休日ではないけどお店は臨時休業で、店内の調理場で料理を作り、店の前で仕上げて売るという方法を取っている。

 ファリスさんが魔法で冷やす、冷たいエールが数種類。

 これは、ちょっといいフレーバー素材を手に入れたので、今日試しに出して見ることにしたのだ。

 木イチゴ、野生種のリンゴ、かんきつ類、ハチミツ、バニラ、アケビ、その他色々と……。

 比較的採取で手に入りやすい果物の果汁や香りをエールに配合して、なんちゃってフレーバーエールを作ったのでこれを販売する。

 お酒が駄目な人には、果汁水と果汁炭酸水、ただの炭酸水も発売する予定であった。

 煮込みも普段お店で出している四種類を大鍋で作り、串焼きは種類を減らして売りやすくした。

 他にも、魔猪の角煮、キルチキン他鳥肉の照り焼き、自家製マヨネーズ使用の卵サンド。

 デザートでカキ氷と、今回は魔法で作った水飴も出すことにした。

 デンプンと麦芽があれば作れるのだけど、今回はジャガイモと私の魔法のみで作ってみた。

 エールと同じく、果汁を混ぜて水飴の種類も増やしていく。

 水飴を作った時に出るジャガイモの絞りカスは、これはお好み焼きの生地に混ぜてしまう。

 ピザモドキを出すお店があるので、ソースの自作にも成功していた私は、お好み焼きも売ることにしたのだ。

「随分と種類が多いですな。これはありがたい」

 この地区の教会で一番偉い神父さんも来ていて、私たちのお店で販売する料理の多さにとても喜んでいた。

 すべて売れれば、かなりの寄付ができるからだ。

「ユキコ女将、手伝いに来たぜ」

「ミルコさん、お休みじゃないのにすみません」

「いいって。やっと一日くらい俺様がいなくても、大丈夫な状態になったんだぜ」

 ミルコさんは、食肉の下処理と加工を行う工房の主として、次第に商売の規模を広げていた。

 今では徐々に高級レストランにも、完璧な血抜きと内臓の処理、温度管理をして熟成させたお肉を納品してとても好評価を得ているそうだ。

「俺様、これが性に合いそうだぜ」

「大丈夫ですか?」

「俺様も、工房で賄を作ることもあるんだぜ。ユキコ女将やアンソンには勝てないけど、結構好評なんだぜ」

 ミルコさんはお好み焼きに興味を持ったようで、焼き方を教えるとすぐに器用に焼けるようになった。

「これ、美味しいぜ! 頑張って売るぜ!」

 他にも、助っ人であるマリベルさん以下教会の人たちも手伝いに入り、孤児院の子供たちはお店の前で呼び込みと、代金の受け取り、商品を渡す仕事の担当となった。

「ちゃんと商品の値段を覚えてね。オツリを間違えては駄目よ。計算は?」

「シスターマリベルが教えてくれたから大丈夫」

「私も」

「ちゃんと文字も読めるよ。名前も書けるし」

 なるほど。

 教会が運営している孤児院なので、比較的インテリが多いシスターや神官さんたちから読み書きと計算は習っているのね。

 それができた方が、社会に出た時に有利になるから当然……か。

「孤児という理由でなかなか雇ってもらえないこともありますので、せめて読み書きや計算くらいは……ミルコさんのご実家であるスターブラッド商会では、よく孤児出身者を受け入れてもらっています。ありがたいことです」

 お爺さんは、孤児出身者も定期的に受け入れているのね。

 実はこれがなかなか難しいのだ。

 どうしても、従業員の親戚や友人、取引先のコネで紹介された人、貴族の知人縁者が優先されるからだ。

 別にその人たちも、孤児出身者より能力が劣るわけではない。

 むしろ、信用においては孤児出身者に勝る。

 コネでスターブラッド商会に入れても、バカなことをやらかせば、推薦者にまで迷惑をかけてしまうからだ。

 家族がいない孤児出身者の中には、お店のお金を持ってトンズラというケースもたまにあると聞く。

 その数が孤児出身者ではない人たちよりも多いわけでないけれど、一人そういう人が出てしまうと『やはり、孤児院の出だから……』と思われてしまうのが世間というのものであった。

 定期的に孤児出身者を受け入れ続けているお爺さんは、やはりただ者ではないのだ。

「よう、女将」

「お爺さん」

 噂をしていたからではないと思うが、お爺さんも顔を出してくれた。

「あちこちに宣伝しておいたぞ。いつもより安いのはいいな」

 今回、利益はすべて孤児院に渡す予定で、これは他のお店も同じであった。

 ならば多少薄利多売になっても、一人でも多くのお客さんにお店の味を知ってもらい、後日のリピート客に期待する。

 利益を教会に寄付することもお爺さんに宣伝してもらっているので、これもお店の宣伝になるはずだ。

 善意を利用しているようで悪いけど、やらない善よりもやる偽善。

 ようはいかに孤児院に毎年お金を渡せるかが重要なので、チャリティーであることをアピールするのは必要だった。

 ただ寄付するよりも、美味しく食べて孤児院を支援する方が参加へのハードルも低いのだから。

「女将はよく思いつくな」

「親分さん」

 続けて、親分さんも顔を出してくれた。

 彼も、知り合いに今日のお祭りのことを宣伝してくれたのだ。

「孤児がまともな職につけた方が、自警団としてもありがたいのでな」

 孤児院出身者の大半が自警団に……という世の中も困るのだと、親分さんは私に説明してくれた。

「かといって人手不足なのも困る、加減は難しいな」

「そうですね」

 かといって、自警団が人手不足だと、今度は警備隊への負担が増してしまう。

 治安も悪くなるし……難しい問題ね。

「もうすぐお祭りの開始時刻ですけど……お客さんが多いですね」

「確かに凄いな。俺もこの地区の祭りは知っているが、規模など知れたものだった」

「大衆居酒屋『ニホン』の味が普段よりも安く。集客には効果抜群じゃな」

 始まったお祭りは、とにかく忙しかったのを覚えている。

 ララちゃんが汗まみれで串焼きを焼き続け、アイリスちゃんは煮込みの鍋を管理しながら器によそい、ボンタ君は予想以上に料理が売れていくのでずっと店内で調理を続け、ファリスさんもお酒と果汁水を冷やし、かき氷用の氷の製造に大忙しだった。

 教会の人たちも手伝い、次々とできあがった料理を売っていく。

 売り子の子供たちも大忙しだ。

「ありがとうございました」

「坊主、盛況でよかったな。頑張れよ」

「どうぞ」

「お嬢ちゃん、ここの料理は美味いからな。賄を逃すなよ」

 常連さんたちも沢山来てくれて、子供たちに優しく声をかけていた。

 他のお店も去年よりも大忙しで、利益にはならないけど、沢山の人たちが他の地区からも来て味を見てくれたのだ。

 これはいい宣伝になったと思う。

「慌てて追加しましたけど、もうさすがに無理ですね」

「女将さん、とても助かりました」

 日が暮れる前にはすべての料理や飲み物が完売してしまい、予想以上の寄付が集まったので、マリベルさんたちはとても喜んでいた。

「みんな一日中働いて疲れたでしょう。賄をどうぞ」

 教会関係者と子供しかないのでお酒は出さなかったけど、果汁水や炭酸水、水飴の美味しさに驚いていた。

 教会の人たちはお酒を飲まないので、甘い物には目がないらしい。

 以前、親分さんから聞いた知識がとても役に立った瞬間だと思う。

「お肉大きい!」

「柔らかくて美味しい」

 メインの料理は熟成肉のステーキを出したけど、子供たちはとても喜んで食べていた。

 マリベルさんたちもだけど、この世界の教会では生臭禁止という戒律もなく……律儀に守ると飢え死にするからだと思う……ただお残しは厳禁らしい。

 食べ物を粗末にしてはいけないという部分は、日本に似ているのかも。

 貴族たちは、あまり守っていないみたいだけどね。

「他のお店も売り上げが好調だったようで、これで子供たちにひもじい思いをさせないで済むようになります。ありがとうございました。毎年続けられるように、我々も努力を惜しみませんとも」

 最後に、一番えらい年配の神父さんが私たちにお礼を言い、無事にチャリティー祭りは終了したのであった。

 これでうちのお客さんも増えるはずだし、他のお店と同じなので、お互いにWINWINでよかったということで。

 この方が長続きすると思うから。

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