第71話 ファリスの決意(後編)

「女将さん、今夜は一緒に寝ましょう!」

「ぶぅーーー!」

「ミルコ、汚いなぁ……」

「アンソン、普通は驚くだろう? 今のファリスの発言」

「はい?」


 今、突然ファリスさんからわけのわからないことを言われ、私の頭の中はクエスチョンマークで一杯だった。

 今、営業中なんだけど……。

「ファリスさん、ちゃんと全部説明してほしいかな」

 今のファリスさんの発言。

 かなり端折られているように思えるので、ここは詳しく説明してもらわないと、私がこれまで築き上げてきた信用というのものが……。

「女将……しっかりし過ぎで、男性に引かれるからって……」

「同年代の女の子かぁ……」

「お似合いっていえば、お似合いかな?」

「こらそこ! おかしな噂を流さない! 風評被害よ!」

 私を女の子好きだと決めつけたテーブル席の常連さんたちに、私は強く注意した。

 もし王都中に噂が流れたらどうするのよ!

「私も二階に引っ越したのに、女将さんはララさんとアイリスさんとばかりいっしょに寝て不公平です」

「……」

 いや、まだ説明が足りないと思うけど……。

「女将、不公平はよくないな」

「そうそう」

「こらぁーーー! おかしな勘違いはしない!」

 私は、別のテーブルで無責任な発言をした常連さんたちに強く注意した。

 というか、これはなんなのよ!

 ララちゃんと一緒に寝ていたのは、最初はお店が軌道に乗るか不安な状態で、少しでも経費を抑えようと、備え付けの大きなベッドを修理して使ったから。

 ララちゃんに個室を与えられなかった私の不甲斐なさのせい……今はどこか別のところを借りられる給料を出しているけど、ララちゃんは私と同じ部屋で暮らし続けているわね……。

 きっとララちゃんは、将来に備えて貯金したいのよ。

 私も別にやましいことは……たまにちょっと寝ているララちゃんの胸を触ってみて、どうすれば自分も大きくなるのか、個人的に分析はしているけど……。

 アイリスちゃんは、ご両親を亡くしたばかりで心配だし、ここで働き始めたばかりでお金にも不安があるから、無料である私の部屋に泊まっているだけ。

 毎朝起きると私に抱き着いていて、普段のボクっ娘ぶりと合わせて『可愛いなぁ……。心が癒されるわぁ』とか密かに思ったりしているけど、私は親分さんみたいな渋い男性が好きな女子なのだから。

「私もここの二階に引っ越してきたんですから、順番で一緒に寝て、お話をしながら夜を過ごすとかそういうことがあってもいいと思います!」

 それはつまり、女子が好きなパジャマパーティー的な、そういうものを求めているという意味かしら?

「あっ、でも。ファリスさんには学校の同級生たちが……」

「そういうお友達はいません」

「……そうなんだ……」

 私のバカ! 

 地雷を踏んでしまったじゃないの!

 そういえば、ファリスさんは自分を苛める貴族出身の同級生たちに悩んでいたのだった。

 平民出身者は少ないので、実質孤立していたのであろう。

 つまり、ファリスさんに友達はいない……。

「私たちがいるから大丈夫! ファリスさんは真面目で頑張り屋さんで。私は好きだよ、そういう子」

 どうしても、ララちゃんやアイリスちゃんとの接し方と違いが出てしまうのは、ファリスさんがしっかりしているからだ。

 実際、うちのお酒や飲み物の温度管理は、すでにファリスさんが責任者なのだから。

 狩猟でも、魔法が使えないボンタ君よりも成果を出すことも多いし。

「ファリスさんは頼りになるから」

 だから、ララちゃんやアイリスちゃんと同じく、同じベッドで一緒に寝ながら話すとか、そういうイメージじゃないというか……。

 実は、ファリスさんの豊かな胸を見ると、多少嫉妬の炎が……。

 どうすればそこまで大きくなるのか……あっ!

 それを一緒に寝ながら聞けばいいのか!

 なんて頭の中で考えていたら、ここである人物が間に入ってきた。

「仲間ハズレになったような気持ちになったのか。俺様、理解できたぜ」

 自称ファリスさんの兄代わり……なミルコさんが、突如話に加わってきた。

「つまり、こうすればいい。ユキコ女将と一緒に寝る時、ララちゃんとアイリスちゃん。ファリスと俺様でローテーションすれば平等なんだぜ」

「「「「「「「「「「はい?」」」」」」」」」」

 ミルコさん!

 どうしてそんな話になるのよ!

 というか、そこでさり気なく自分を加えようとしているし!

 ミルコさんと寝たら、私は貞操の危機じゃないの!

「ミルコ兄様……」

「なぜか、ファリスから侮蔑の視線が……」

 ファリスさんだけではなく、ミルコさん以外の人すべてが、彼に対し『こいつはなにを言っているんだ?』という視線を向けていた。

「バカかお前は」

「ストレートに言われたぜ!」

 アンソンさんからの容赦ない指摘に、ミルコさんは一人絶叫していた。

「という冗談はともかく、二部屋で四人なんだから、二・二で別れればいいって話だな」

 それは一理あると思う。

 私の部屋も、ファリスさんが借りた部屋も、同じ広さだからだ。

 二人ずつ住んだ方が効率もいいというもの。

「ボンタの部屋は?」

「アンソンさん、僕はこのお店の従業員の中で唯一の男性なので……」

 アンソンさん、ここでボンタ君に話を振ったら可哀想じゃないの。

 まさか、ボンタ君を誰かと同じ部屋で寝泊まりさせるわけには……。

 そもそもボンタ君は、私含めて同僚の女性たちに興味がない?

 いや、親分さんに言含められているんだろうなぁ……私たちを守れと。

 そんなボンタ君に、同僚らと同じ部屋で寝ろなんて、ミルコさんも酷いことを言うわね。

 困った顔をしているじゃないの。

「ようは、女将が誰と同室になるかだな。他の二人がもう一つの部屋に住めばいい」

まあ、親分さんの意見が一番効率的で正しいわね。

 ララちゃんもアイリスちゃんも、もう私と別の部屋でも大丈夫でしょう。

 きっとこれはいい機会だったのよ。

「で、誰が私と同じ部屋で?」

「「「はいっ! はいっ! はいっ! はいっ! はいっ! はいっ! はいっ!」」」

「ええっーーー!」

 どうして三人ともそんなに必死なの?

 普通、職場のボスと同じ部屋で暮らしたい従業員なんていないから!

 プライベートな時間とか欲しくないの?

「三人とも、仕事の上司である私がいない時間も欲しくないの?」

「そうですか? 私、ハンター時代からずっとユキコさんと一緒なので別に……もうこれが自然なんですよ」

 ララちゃん、そんなことを言っていると、将来結婚できなくなっちゃうわよ。

 嫁入りで私を連れて行くわけにいかないのだから。

「ボク、ユキコさんと一緒に寝ると落ち着くんで……お母さんと同じ匂いがする」

 ……これは、喜んでいいの?

 未婚の私がお母さんキャラって……親分さんはどう思っているのかしら?

「そうですよね、女将さん。ここは、ララさんとアイリスさんの自立を促進する意味でも、二人を同じ部屋にして私が女将さんと……」

「「ええっーーー! ファリスさん、ずるいですよ」

「そうだよ。自分がユキコさんと同じ部屋で暮らしたいからって」

 ファリスさん……あなたのなにが、そこまで私との同部屋を望んでいるのかしら?

「ほほほっ、女将は人気があるな」

「お爺さん、笑い事じゃありませんよ」

 せっかく移転した新店舗の経営が安定してきたのに、こんな理由で従業員たちが不和になったら。

 酒場は従業員こそがお宝。

 大切な『人財(じんざい)』なのだから。

「そう自然に思える女将は……ワシの代わりにスターブラッド商会を経営していても成功したかもな」

「それこそまさかですよ」

 私に大商会の経営なんて無理ですよ。

 この大衆居酒屋『ニホン』一軒で精一杯なのだから。

「こういう時こそ、ベテランの調整能力に期待しますから」

 そう言うと、私はお爺さんの好物であるミソニコミをそっと差し出した。

 これは私の奢りということで。

「これは得したの。こういう時、一番大切なのは不公平感が出ないようにすることなのだ。女将、ちょっと耳を貸してくれ」

「はい」

 お爺さんは、私にあるアイデアを教えてくれた。

 ミソニコミのお礼というわけね。

「やはりその方法ですか?」

「誰でも思いつく方法だが、これが一番公平で不満も出にくい。あまり奇をてらわない方がいいぞ」

「わかりました」

 お爺さんにアドバイスを受け、私は部屋割りを変更したのだけど……。



「(ついに夢が叶いました)」


 無理にでも言ってよかったです。

 私だけ女将さんと同じベッドで寝れずに不公平だと思っていたのですが、無事今夜は私と女将さん二人だけで一緒に寝ることに……。

 私、こういうことに憧れていたのです。

 子供の頃は魔法の才能があるという理由で同年代の女の子たちに避けられ、魔法学校でも色々とあってなかなか友達ができず……。

 だからこうして、同年代の女性同士でベッドの上で語らうとか、そういうのをやってみたかったんです。

 三日に一度ですけどね。

 結局ご隠居様の提案は、『三人で交代に一緒に寝れば?』というものでした。

 確かに誰にでも思いつくし、実践すれば不公平感はないという。

 だから今日は、私が借りた真ん中の部屋でララさんとアイリスさんが一緒に寝ているはずです。

「とにかく、どうにか収まってよかったわ」

「すみません、女将さん」

 女将さんはこのお店のオーナーで、従業員たちに不和があったら、それを解決しなければいけない立場です。

 私は女将さんに余計な負担を強いてしまったのですから。

「別にいいわよ。ファリスさんがこのお店に馴染んでくれて、私を友達だと思ってくれているのだとわかったから」

「女将さん……」

 同年代の友達……初めてだから余計に嬉しい。

 この件では子供の頃からミルコ兄様に心配をかけていたけど、私は今、最高に幸せです。

「というわけで私たちは友達になったから、寝付くまでにお話をしましょう」

「はいっ!」

 いいですね。

 同じベッドの上でお友達同士でお話をするなんて……今の私は幸せの絶頂にありました。

「友達だから遠慮なく聞くんだけど……」

「なんでも聞いてください」

 もしかして、恋の相談とか?

 こういうのに憧れていたんです。

 私にも恋愛柄経験なんて皆無だけど、頑張って女将さんが安心できるアドバイスをしたいと思います。

「ありがとう、ファリスさん。じゃあ遠慮なく。ファリスさんの胸はとても大きいけど、どうすれば大きくなるのかしら?」

「はい?」

 ここで予想外の質問が……。

 むっ、胸ですか……。

 ここ数年でとても大きくなって、重たいし、肩が凝るしで邪魔ですけど……。

 どうして大きくなったのか、わかっていたら大きくならないように注意できたはずで……。

 魔法薬調合でも邪魔なんですよ。

 大きな胸は。

「私、ファリスさんの食事のとり方を見て、同じようにしているのだけど、全然大きくならないし……。なにか特別な運動でも?」

「いつも女将さんと一緒に狩猟をしていますけど……」

 それ以外で、私は普段運動をしたりしませんし……。

 一応、魔法学校の講義と勉強もありますので。

「おかしい……同じような環境で暮らしているはずなのに、なぜかファリスさんの胸は九十二センチのFカップで、私は八十センチのBカップなのが……ララちゃんは、八十六センチのDなのに……アイリスちゃんは、七十六センチのAだけど……」

 女将さん、どうして直接測ったわけでもないのに、私たちの胸のサイズを?

 もしかして目視ですか!

 あと、アイリスちゃんの胸のサイズを言った時に、ほんのり笑顔を浮かべていました。

 勝ったと思っているのでしょうけど、アイリスちゃんはまだ十三歳なので、むしろ胸が大きくなるのはこれから……は、口にしない方がいいでしょう。

「この前の魔法薬ではなく、なにか別の魔法薬があれば、もしかしたら……」

 魔法薬に頼るのはどうかと思いますけど、このまま変化がないよりは……。

「そうだ! ファリスさんが新しいそういう魔法薬を調合できるようになればいいのよ!」

「難易度が高いですよ……」

 魔法薬は元々高価なので、他にも髪がフサフサになりたい、背がもっと欲しい、簡単に痩せたいなどという要望を出す貴族や金持は多いですけど、残念ながらその願いが叶ったケースは非常に少なく……女将さんの胸を大きくするのが難しいのは、先日の件でもあきらかと言いますか……。

「頑張って! ファリスさん! 私、応援するし、支援も惜しまないから!」

「はい……」

 元々魔法薬調合師志望ですからいいのですが……いきなり人生をすべて賭けるほどの難題を女将さんから頂いてしまいました。


 その魔法薬が完成するまでは……という理由で、このお店で働き続けるのもいいかもしれませんね。

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