第70話 ファリスの決意(前編)

「……そうでした。魔法学校の寮から、お店の二階に引っ越したのでした……」



 朝、目が覚めると、見慣れぬ天井が見えた。

 魔法薬調合で食べていくために魔法学院に入学した私は、これまで学院の寮に住んでいました。

 でも、そこは居心地が悪くて……。

 寮生には貴族の子女たちが多く、私は平民出だったから。

 彼女たちはお金があるから、遊びにもお金と時間を費やします。

 当然、学習効率は落ちてしまいますし、彼女たちは私たちのような平民出身者も遊びに誘ってきて、断るといい顔をされないのです。

 貴族の誘いを断った無礼な人だと思われてしまうから。

 元々魔法学院に平民が入ることをよしとしない人たちも多く、しかも私は彼らよりも魔法の才能があったから……虐められることに……。

 その虐めは、ミルコ兄様が紹介してくれたアルバイト先の店長ユキコ女将が解決してくれました。

 この女(ひと)は凄い。

 私よりも二つしか年上じゃないのに、お店のオーナーになって、しっかりと繁盛させているのだから。

 度胸もあって、私を虐めていた同級生たちを見事にやり込める様など、それはもう憧れてしまうほどだ。

 それ以降、私はお店でのアルバイトを増やした。

 学校は出欠席よりも、提出するレポートや習得した魔法の方が成績を左右しやすい。

 それに寮にいると、遊んでいる貴族の子女たちに巻き込まれてしまう。

 平民出身者の中には、彼女たちにくっついて一緒に遊んでしまう人もいた。

 そうすることで、彼女たちからの悪口や虐めを避けているのだ。

 でも、そんなことをしていても魔法は上達しないから、卒業後に困る人も多い。

 ろくに魔法を覚えられなかった平民なんて、あまりいい就職先がないのだから。

 平民たちを遊びに誘ってサボらせた貴族たちは、卒業後にその面倒を見るなんてことはしなかった。

 同じ程度の魔法の実力なら貴族出身者の方が就職や仕官がしやすく、貴族たちは自分を律することができない平民たちを、そうやって貶めているという現実もあるのだ。

 多分、平民出身者を学院生活で堕落させ、事前に出る杭を打っているのであろう。

 あとで、『せっかく貴族たちにヘイコラしたのに……』と後悔してもあとの祭りだ。

 彼らは自分が魔法使いとしてイマイチでも、実家のコネで実力不足を補完する力があるのだから。

 貴族とは、本当に怖いものなのだ。

 だから私は、寮には寝に帰るだけだった。

 勉強は校内のみで済ませ、放課後は大衆酒場『ニホン』でアルバイトをする。

 ニホン……。

 変わった店名だけど、女将さんの故郷らしい。

 多分、東の果てにある国々のどれかなんだと思う。

 酒場での仕事は、魔法の学習とは縁遠いとみんな思うかもしれないけど、女将さんは料理に摩法を多用する。

 食材の下処理、熟成、冷蔵保存、製氷、加熱、加工。

 うちのお店だけで使われているショウユとミソは、女将さんが魔法で作り出していた。

 女将さんを見ていると、やる気のない同級生たちを見ているよりも魔法の修練になるのだ。

 さらに女将さんは、お店で出す料理の材料もできる限り自分で手に入れる。

 魔獣を積極的に狩るので、このお店でアルバイトをしていると、戦闘経験も積めた。

 私は魔法薬調合師が将来の希望職だけど、魔力を増やし、魔法の威力と精度を上げるためには、魔獣との戦闘経験が必要不可欠だ。

 魔法学院でも同級生同士でパーティを組んで魔獣狩りするけど、貴族の子女たちはそれをサボる人が多い。

 お金で解決できてしまうから。

 そのため、女将さんたちと一緒に狩猟をした方が経験が積めてしまう。

 そういえば以前、女将さんが言っていた。

 お店を開く前は、ララさんと一緒にハンターとして活動していて、その前は一人『死の森』で半年ほど過ごしたと。

 死の森は、一度入ったら生きて出ることが難しい場所で有名だ。

 その見返りは大きいので、腕に自信があるハンターたちが度々挑戦し、二度と戻って来ないことも多かった。

 そんな場所で半年も過ごすなんて……女将さんはとても強いのだと思う。

 そんなわけで、女将さんは私の学業を心配してくれるけど、今の私が魔法学校に熱心に通う理由はない。

 ようは卒業できればいいわけで、学校にいる時間はかなり減っていた。 

 そのうえ、寮を出てお店の二階の部屋を借りている。

 二階にある三部屋のうちの真ん中の部屋で、以前はイワンさんが臨時で借りていた部屋だ。

 イワンさんはアイリスちゃんが心配でその部屋を一時借りたのだけど、今はお店の近所の家に引っ越していた。

 その空いた部屋を私が借りたんのだけど……。

「おかしいと思います」

 そう、今の状況はおかしいのだ。

 二階の三部屋のうち、右端の部屋はボンタさんが借りていて、これはおかしくない。

 問題は左端だ。

 この部屋は今、女将さん、ララさん、アイリスさんが三人で使っている。

 部屋の大きさは私やボンタさんの部屋とほぼ同じで、三人だと狭く感じるのだけど、どういうわけか三人は同じ部屋で生活を続けている。 同じベッドで一緒に寝ている。

 ララさんによると、アイリスさんがこのお店で働くようになる前、移転前のお店でも女将さんはララさんと同じベッドで寝ていたそうだ。

「おかしい……」

 なにがおかしいって。

 私は、アイリスさんの前にお店に入ったのに、どういうわけか女将さんとの関係が一番薄いような気がしてならないのだ。

 看板娘として認定されたものつい最近……これは私が男性恐怖症だったから、今まで男性たちの注目を集めやすいメイド服を着なかったから……今は大丈夫! 

 ローブを上に羽織っているけど、これはこれで面白いと女将さんも言ってくれたから。

 なにより私が女将さんとの距離を感じるのは、私はこれまで一回も女将さんと同じベッドで寝ていないことであろう。

 本来、女将さんの部屋から誰か一人私と同居するはずだったのに、ララさんも、アイリスさんも女将さんの部屋で生活し続けていた。

 羨ましい……よくよく考えてみたら、私は女将さんと同じベッドで寝て、ララさんとアイリスさんが二人で別の部屋で寝る日もあっていいはずなのに……。

「私って、ニホンの従業員の中で孤立している?」

 そっ、そんなことはないはず!

 私だって、徐々に女将さんの魔法を参考に、氷を作ったり、料理を加熱したり、食材集めの狩猟採集でも貢献している。

 女将さんは私に感謝して、成果が多いとちゃんとボーナスも出してくれるから。

「私と女将さんとの距離は近づいているはずだけど……」

 となると、あとはユキコさんと同じベッドで一緒に寝るかだけなのよ!

「でも、ララさんと、アイリスさんには事情もあったから……」

 二人とも、親御さん亡くして大変だったから、きっと優しい女将さんが二人をこう、母親的な愛で包み込むために同じベッドで寝ていたはず。

 でももう、二人は大分元気になった。

 次は私が、こう友達同士みたいな感じで二人で同じベッドで寝て……ああっ……いいなぁ……それ。

 それを実現するにはどうしたらいいのか?

 ララさんなどを参考に……ここは元気に積極的な方がいいのかしら?

「ようし! 勇気を出して!」

 思いついたらすぐにやらないと、私はつい躊躇ってしまうから……。

 女将さんに、『同じベッドで寝ましょう』と勇気を出して言うのよ!

 ファリスはできる子なのだから。

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