第68話 不思議な二人客

「いらっしゃいませ」

「で……若、このようなお店に、で……若が入るのはどうかと思いますが……」

「何事も試してみないとね。こういう雰囲気のお店は、これまで一度も経験がないからワクワクするよ」

「で……若もなにが楽しくて、こんな汚い店を……」



 ううむ。

 かなり浮いたお客さんが、それも二人。

 いかにも世間知らずそうな、お坊ちゃま金髪イケメンと、その世話役っぽい黒髪ロンゲで従者的な雰囲気を漂わせるクール系イケメン。

 私のお店が汚いとか、従者イケメンが私にも聞こえるように話していて失礼だけど、そういうことは聞こえないように言ってもらいたいわ。

 見た感じ、お金持ちか貴族のボンボンがお忍びで来たって感じね。

 従者イケメンは、お坊ちゃまイケメンの護衛役なんだと思う。

「で……若、ここの席がよろしいかと。若に相応しいですから」

「これがカウンター席かぁ……しかも立ち食いってのが凄いね、デミアン」

「下品なだけだと思いますけど……」

 二人は、私と真正面で対峙できるカウンター席の真ん中に陣取った。

 お坊ちゃまイケメン君は、立ち食い、立ち飲みカウンター席にえらく感動しているわね。

 従者イケメンが立ち食いなんて下品だとか言っているから、お坊ちゃまイケメンはかなりいいところの人なんだと思う。

 立って食事なんてしたことがないんでしょうね。

「このお店は、仕事帰りに串焼きを数本おツマミ、エールを煽ってそれで家に帰るというお客さんが多いので、座らない人が多いんです。椅子を用意いたしますか?」

 大衆酒場ニホンは、立ち飲みがメインだ。

 たまにゆっくり飲みたい人たち向けに、テーブル席に椅子を置いたりすることはあるわね。

 お爺さんが長居する時は、カウンター席でも椅子を用意したりもするけど。

「ちょっとした息抜きで、ここで少し飲んで帰るのかぁ……そういうのって憧れるなぁ……。あっ、椅子は必要ないから。立ち食いって初めてだから楽しみだよ」

「そうですか? で……若は本来、レストラン『グリューネン』で夕食のはずだったのですが……」

 レストラン『グリューネン』とは、またえらく高級なところを。

 私はアンソンから、お店の名前くらいしか聞いていないけど。

 どうせ私たちでは予約も取れないしね。

「あの……ご注文は?」

「シェフのお任せで」

「「「「「「「「「「あっはははははっーーー!」」」」」」」」」」

「シェフだってよ! 久々に爆笑したぜ」

「女将、シェフなんて言われたの初めてだろう?」

 お坊ちゃまイケメンが私のことを『シェフ』なんて言うものだから、お客さんたちが大爆笑してしまった。

 私がシェフ……女将の方がまだマシ……看板娘の方がいいけど。

 それにしてもシェフって……。

「貴様ら! このお方をどなたと心得る! このお方は……」

「デミアン、それ以上は駄目だ。なるほど……そなたは、『女将(おかみ)』と呼ばれているのか」

「本望じゃないですけどね。本当は看板娘扱いしてほしいのです」

 みんなが私を女将と呼んでそれが完全に定着しているけど、十八歳なら看板娘でいいわよね。ララちゃん、アイリスちゃん、そしてファリスさんも看板娘に認定されたというのに……。

「そなたは、しっかりしているように見えるからであろう。勝手がわからないので、適当に見繕ってくれ」

「あの……ご予算の方は?」

 お任せでも構わないのだけど、たまにそれで頼んでおいて支払いの時にお金が足りない人もいるのだ。

 こういうお店なので、足りない分は次でいいと言って終わらせるけど、それで次から来なくなる人もいる。

 予算を聞いておいた方がお互いのためってわけ。

「予算は制限はない。このお店のお勧めを頼む」

「わかりました」

 やっぱりこの二人は、かなりのお金持ちみたい。

 このお店でお腹いっぱい食べたとしても、代金が支払えない可能性はゼロに近いはず。

「お飲み物は、なににしますか?」

「ワインを。料理に合うものを頼む」

「ワインですか?」

「ないのか?」

 ワインもないなんて……といった表情を浮かべる従者イケメン。

 あなたたちは、毎日ワインを飲まないと死ぬ病なのかしら?

「なくはないです……」

 うちのお店でワインなんて頼む人は滅多にいないのだけど、最近資金に余裕があったので、一応在庫はあった。

 リニューアルオープン以来、誰も頼む人がいなくて不良在庫化していたけど。

 自分で飲もうにも、私はまだ十八歳なので。

 二年経てば熟成も進むかしら?

 ワインセラーの環境に似せた地下室に貯蔵しているから、少なくとも悪くはならないだろう。

「ボンタ君、地下室からお願い」

「どの種類がいいですか?」

「肉料理に合うのならどれでもいいと思うけど……赤でお願いね」

「わかりました」

 実は、この世界のワインに限ってはボンタ君の方が詳しいので、彼に頼むことにしたのだ。

 これは予想なのだけど、ボンタ君にはかなり高級なレストランを経営している家族がいるのかも。

「お待たせしました」

 ボンタ君が地下から持ってきてくれたワイン。

 初めて売れたけど、値段は銀貨一枚である。

 他のお客さんたちが、まるで珍しい生き物でも見るかのように二人を見ていた。

「このクラスで、銀貨一枚は安いね」

「そうですね」

 いやぁ……仕入れたのはいいけど、全然出ないから値下げしたんだよねぇ……。

 そんなに沢山は仕入れてもいないし、最悪自分たちで飲めばいいくらいに思っていたくらいだから。

「で、これが『くしやき』かぁ……美味しそうだね、デミアン」

「庶民の下品な料理です」

 確かに庶民の下品な料理かもしれないけど、それをここで言うなよ!

 従者イケメン。

 周囲のお客さんたちの反感を買うわよ……と思ったら、みんな面白い見世物だと思ったみたい。

 ララちゃん、アイリスちゃん、ファリスさんに次々と料理やお酒を頼んで、長居モードに入ってしまった。

「このお皿は塩、これは醤油タレ、これは味噌ダレ、これはカレー味です」

 お任せと言われたので、アラカルトで味も全種類出してみた。

 これなら、どれか一つくらい気に入る串焼きや味があると思う。

「ところで、ナイフとフォークがないが……」

「「「「「「「「「「あっはははははっーーー!」」」」」」」」」」

 従者イケメン、名前はデミアンさんは、串焼きを食べるのにナイフとフォークを所望したので、再び周囲のお客さんたちに笑いを提供してしまった。

 串焼きをナイフとフォークで食べようとするなんて、どこの貴族様なのかしら?

 服装も、いかにもお忍びで変装してますって風だし……。

「串を手で持って食べるのが、このお店というか、みんなそうしていますね」

 どこのお店も、串焼きって手で串を持って食べるものだから。

「それでは下品ではないか!」

「飾らない味の料理だと思っていただけたら」

 串焼きを食べるのに下品もクソもないと思うので、ここは『飾らない味』だと言って誤魔化しておいた。

 そもそもこの二人が私のお店にお忍びでやって来たのは、普段食べているような料理でなく、庶民の味を楽しみに来たんじゃないの?

「しかし、で……若は……」

「デミアン、このお店の客はみんなそうやって食べているではないか。……僕もそうするとしよう」

「で……若! そのような下品な食べ方は……」

「たまにはいいではないか。せっかくこういうお店に来たのだから。それに、こうして食べた方が美味しい。デミアンも同じ食べ方をすればいいのに」

「私は……。それはそうと、今頃グリューネンの連中は嘆いていると思いますが……」

 そりゃあ、この王都はおろか王国一の高級レストランの予約をキャンセルした客がうちで食べていたら、嘆くなんてレベルの騒ぎではないわね。

 プライドがズタズタかも。

「いいねぇ、塩の串は魔猪のバラ肉。脂身とのバランスもいいけど、お肉自体が新鮮で旨味も十分だ。普通は少し生臭さが残るけど、これにはまったくそれがない」

 このお坊ちゃまイケメン。

 かなり味に敏感みたいね。

「レバーか……このレバーは新鮮だな。この黒っぽいソースによく合う」

 レバーの醤油ダレも、お坊ちゃまイケメンは美味しそうに食べていた。

「デミアン、食べないのかい?」

「レバーですか? レバーなら、グリューネンのレバーのパテこそが至高ではないですか」

 レバーのパテとか、いかにもレストランで出てきそう。

 この国一番の高級レストランで出されるレバーのパテって、いったいいくらなのかしら?

 ちょっと興味あるかも。

「確かにグリューネンのレバーのパテは美味しいけど、あれはレバーの臭みを取るのに、多くのハーブやバターなどを用いているからね。これは、レバー本来の食感と味が楽しめ、やはりまったく生臭くない」

「そうですか……私は、グリューネンのレバーのパテの方が好きですけどね」

 と言いながら、従者イケメンはファリスさんに頼んだ氷入りの水を飲んでいた。

 お忍びでこの店にやって来たお坊ちゃまの護衛があるので、お酒を飲めないみたい。

 なら、串焼きを食べればいいのに。

 この人もお金持ちで、外食といえば高級レストランオンリーなのかしら?

 お坊ちゃまイケメンの方が融通が利くというのも不思議な話ね。

「色々とあっていいね。このキルチキンのモモ肉の味付けは、これは食欲を誘う香りだ。少し辛くて、ますますお腹が減ってきたような気がする」

 お坊ちゃまイケメンは、新メニューであるカレー味のキリチキンのモモ串も美味しそうに食べていた。

 新メニューで出してるカレー味の串だけど、その香りのよさもあってよく売れていた。

「香辛料を色々と配合して作ったみたいだけど」

「はい。南の避暑地の砂浜にあるお店では、これを使ったスープ料理が人気ですよ」

「そうなんだ。今度、避暑に行く時に行ってみよう。キルチキンのミソダレ串もなかなか。この店は材料がいいねぇ」

「自分で狩猟をしていますので」

「拘っているじゃないか。僕はこういうお店好きだけどね。デミアンも食べればいいのに」

「宗教的な戒律でもあるのですか?」

「そういうのはないけどね。デミアンはちょっと慎重派なんだよ」

「で……若が向こう見ずなだけです」

 向こう見ずというか、好奇心が強いタイプなんだと思う。

「騙されたと思って食べてみればいいのに。これは……」

「ウォーターカウのハラミですね」

 魔水牛の横隔膜だ。

 モツ扱いの部位なんだけど、柔らかくて脂肪も少なく、人気の串であった。

 味噌ダレが一番人気ね。

「で……若がそう仰るのなら……」

 従者イケメンデミアンさんは、王子イケメンに勧められ、魔水牛のハラミの味噌ダレ串を口に入れた。

「どうだい? デミアン」

「……まあまあだな。食べられないことはない」

 随分な言いようだなと思ったけど、そのあとデミアンさんは王子イケメンよりも串を食べていたので、実はかなり気に入ったのかもしれない。

「このミソニコミも、モツが柔らかくて美味しいなぁ」

「カレーニコミ……まあまあだな」

 その後二人は、初回にしてはなかなかの量の串焼きとモツ煮込みを食べ、一時間ほどでお会計となった。

「……安いね」

「うちは、庶民向けで安くて美味しいのがウリなので」

「あははっ、そのとおりだ。デミアン」

「はい」

 王子様イケメンに促されると、デミアンさんは私に金貨を手渡した。

「オツリですね」

「いや、いいよ。チップ込みだからね。また寄らせてもらうよ」

 あきらかに代金よりもオツリの方が多いわけだけど……なんかお坊ちゃまイケメンの雰囲気的に『多すぎます』とは言いにくく、私はそのまま金貨を受け取った。

「ご馳走様。じゃあまた次の機会に。いいお店を見つけたなぁ」

 お坊ちゃまイケメンは、颯爽と店を出て行く。

 やっぱり高貴な身分の人だと思うなぁ……。

「まあまあだったかな。……若が気に入ったので、護衛も必要だからまた来てやる」

「どうも……」

 最後に、従者イケメンデミアンさんは、私たちにそう言い残して店を出て行った。

 これはもしかして……。

「(男性で、しかもイケメンがツンデレだったよね? ああっ、この世界だと私以外に誰もわかってくれないのがもどかしい!)」

「ユキコさん、あのデミアンって人は恥ずかしがり屋さんなんだね」

「そうね……」

 違うのよ、アイリスちゃん!

 最初うちのお店に悪態をつきつつも、結局は串焼きを沢山食べてくれて、帰り際に自分が護衛しているお坊ちゃまイケメンが気に入ったから仕方なしにまた来てやると、恥ずかしそうに言う。

 これぞ、ツンデレのテンプレ!

 まさかこの世界で、こんな貴重なものを拝めるなんて……。

 なんか得した気分ね。

「女将さん、あの二人、あきらかに高貴な身分の人たちですよね?」

「それなんだけどね。そこは触らない方がいいかなって」

 偉い人たちも、たまにはこういうお店で気楽に飲み食いしたいのだと、私なんかは思うのよ。

 向こうが名乗らない以上、あえてスルーする配慮も必要かなと、私はボンタ君に言った。

「それもそうですね。うちの料理、気にってくれたようですし」

 それもあるけど、あの二人、私はかなり面白くてまた来てほしいと思ってしまったのよね。

 常連さんたちも同じ気持ちのようだし。

「ワインはともかく、ナイフとフォークは笑ったな」

「あと女将のことをシェフってよ」

「あれも笑ったよな」

「ご隠居や親分さん、今日はいなくて損したな」

「言えてる」

 常連さんたちにも笑いのツボだったようで、そのあと随分とそれを肴に盛り上がり、売り上げも普段よりもよくて得した気分だ。

 あっ、売り上げはお坊ちゃまイケメンが支払った金貨のおかげか……。

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