第67話 うちのお店の看板娘は四人です

「はい、ハツとタンの塩ですね」

「カレー煮込みを二人前ですね。お待ちどうさま」

「エール、よく冷えてますよ」

「特別メニューのハラミ熟成ステーキです。お客さん、今日はいいことがあったんですか?」

「ふふん、今日は給料日だったんだ。たまには贅沢しないとな。レストランで食うよりも、この店の肉の方が美味しいけどな」




 今日もみんな忙しく働いていた。

 色々とあって新しいお店に引っ越し、新しい看板娘のアイリスちゃんも、このお店に馴染んできたようだ。

 彼女は保護欲を誘うので、おじさんたちに人気があった。

 用意していた料理が次々と売れていく。

 偶然の産物だったけど、従業員が増えてよかった。

「ユキコさん、今日はいつもの常連さんたちがいませんね」

「たまたまみんな、用事があるんだって」

 お運びの合間に、ララちゃんが話しかけてきた。

 私の前のカウンター席をよく利用するお馴染みの常連さんたちが、今日は一人も来ていなかった。

 お爺さんは、大物商人たちの会合で。

 親分さんとテリー君は、新しい縄張りである王都郊外に出かけていた。

 大規模開発中で忙しいみたい。

 今の日本だと任侠さんに対するイメージは低いけど、この世界ではまだ必要とされる存在なのよね。

 ミルコさんは仕事で、アンソンさんも同じ。

 特にアンソンさんは自分でレストランをやっているから、お店に来る頻度は元々低かったけど。

 ハンター稼業を始めたイワンさんは実家関連の用事が。

 アンソニーさんは、無役だけどたまにお役所関連のアルバイトをしていて……若くして町の代官に任命されるほど優秀な人だから、単発の仕事がいくらでもあるそうな。

 で、今日はそのアルバイトでいなかった。

「いつもは誰かしらいるのに、今日は珍しいですね」

「こんな日もあるわよ」

 いつものようにローブ姿でお客さんに料理とお酒を運んでいるファリスさんが、お爺さんたちの不在を珍しがっていた。

「アイリスさんは、お兄さん代わりのイワンさんとアンソニーさんがいなくて寂しいですね」

 ファリスさんは、やはり忙しそうに料理とお酒を運んでいるアイリスちゃんに声をかけた。

 イワンさんとアンソニーさんが定期的にこのお店に来る理由の一つに、アイリスちゃんが心配だからというのもあるからだ。

 彼女は、麻薬の密造と密売で莫大な富を得たとされるダストン元男爵家の娘で、そのせいでガブス侯爵のような悪い貴族に狙われてしまった。

 ガブス侯爵はその愚かさに相応しい最期を迎えたけど、肝心のダストン元男爵家の隠し財宝は見つかっていないこともあり、いまだ要警戒というわけだ。

 ダストン元男爵家の隠し財宝の在処は王国も探しているけど、ヒントがなさすぎて苦戦していると聞く。

 ダストン元男爵家の血を引く、アイリスちゃんがなにか知っているのではないかと狙う輩が現れない保障はないからだ。

「ボクは、ユキコさんがいれば大丈夫だよ」

 アイリスちゃんはこのお店にも慣れてきて、大分砕けた口調で話すようになっていた。

 しかし、この子は可愛いなぁ……この口調もいいのよね。

 常連さんでも、アイリスちゃんが気に入りの人は一定数存在した。

「ユキコさん、一枚目の看板娘も、ユキコさんがいればまったく問題ないですよ」

 ララちゃんもご家族を失くしたりして大変な境遇なんだけど、それを感じさせないほど明るく、アイリスちゃんが来てから先輩としての自覚も出てきたみたい。

 この子もお客さんに人気があるし、最近胸がまた少し大きくなった?

 一方私は……毎日同じものを食べているのに、これはおかしいと思う。

「おっ、女将さん!」

「急にどうしたの? ファリスさん」

「ふと思ったのですが、どうして私だけ『ファリスさん』なのですか?」

「どうしてって……」

 ファリスさんは魔法使いで、選ばれた人しか通えない魔法学校の生徒で、見た目もしっかりしていて私とあまり年齢差を感じないから?

 正直なところ、二歳下には見えないのよね。

「だからつい?」

「私はララさんの次に長いですし、私だけ『さん』づけだと、距離感があるような気がして……」

「そんなことはないと思うわよ」

 そもそも、ファリスさん自体がみんなを『さん』づけで呼ぶじゃないの……。

 ファリスさんは勤労学生の扱いで……でも、午後になると必ずお店で仕込みをしているわね。

 先日の旅にも最後までつき合っていたし……アルバイトって感覚ではないような……。

 学業については優秀らしいけど、将来のこととか考えているのかな?

「将来私は、魔法薬の調合で食べていこうと思っていまして、調合と料理は相性がいいですし、自分で素材集めをすれば安く作れるので、狩猟にも参加できるこのお店は都合がいいんです。強くなれますし、実際魔法の威力も、使用回数も上がりました」

 先日の事件でも、ゴロツキ扱いのハンターたちだけど、みんな魔法で眠らせてしまった。

 ファリスさんって、実はかなりの実力者なのだ。

 それなのに、このお店でアルイバイトしていていいのかしら?

「どうして『ファリスさん』なのか冷静に分析してみると、それはローブ姿だからかもしれないわ」

 この世界において、魔法使いはエリート……私も魔法は使えるけど、自分はそう思えなかった。

 攻撃魔法が使えないからだろうけど……。

 そんな私がローブ姿のファリスさんを見ると、自然と『ファリスさん』になるのだと思う。

「実際、ララちゃんとアイリスちゃんは自然に『ちゃん』づけだから」

 メイド服姿で接客する二人は、まさにうちの看板娘たちだ。

 なお、お触り厳禁です。

 そういうお客さんは、私が実力で排除しますので。

「服装で、二人との間に大きな差が……実際、私は看板娘扱いされていない節も……女将さんと同じく……」

 ローブ姿で、魔法で氷を作ったりもするので、ボンタ君のカテゴリーなんだよね。

 女性従業員扱い?

 でも、私に比べたら看板娘扱いされていると思うわよ。

 私は……いつか、看板娘扱いされるように頑張るから!

「わかりました。服装ですね! 少し待ってください!」

 そう言うと、ファリスさんはお店の二階へと駆け上がって行った。

 そして数分後……。

「どうですか? 女将さん!」

「……おおっ! ファリスちゃん!」

「大成功です!」

 実は、ファリスさんにもメイド服を制服として用意していたのだけど、彼女はメイド服は恥ずかしい……男性恐怖症のため、近寄られないように……という理由で着ていなかったのだ。

 その男性恐怖症も、すでに誰もわからないレベルまで克服していたけど。

「メイド服はいいけど、なぜその上にローブを?」

「なんか恥ずかしいので……」

 それでも、ファリスさんもメイド服で接客するようになったので、これでうちのお店の看板娘は正式に三人になった。

 あとは私が看板娘認定されれば、これで看板娘が四人。

 実に素晴らしいわ。


「いやぁ……女将が看板娘はないんじゃないかな?」

「世の中には、どうにもならないこともあるからさぁ……」

「お店は繁盛しているからいいじゃないか」

「なんだとぉーーー!」


 残念ながら、お客さんは誰も私を看板娘ではなくて『女将』としか呼ばなかったけど……。

 同時に、『ファリスちゃん』も一瞬で元に戻ってしまったわね。

 ファリスさんが一番合っていると思うのよねぇ……。

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