第63話 三枚目? 四枚目?

「ミソニコミとカレーニコミ。お待たせしました」

「アイリスちゃん、上手くやれているようでよかった」

「これで、三枚目の看板娘誕生だね」

「……」

「ユキコ君、どうかしたのかな?」

「みんな、私を看板娘だとは思ってくれないんですよ……」

「ユキコ君は……そのしっかりしているから……」



 大衆酒場『ニホン』のリニューアルオープンは大成功だった。

 お店も以前より大きく新しくなり、お客さんも増え、アイリスちゃんもララちゃんとファリスさん?に次ぐ看板娘としてお店に馴染んだようね。

 アイリスちゃんはなにか事情があるようだけど、本人はそれがわからないみたい。

 イワンさんが秘密にしているから。

 聞けば、以前はとある村でお母様と二人暮らしだったけど、すでにお母様は病で亡くなってしまったそうだ。

 お母様が病床についてから、アイリスちゃんはお母様の代わりに雑貨店で働いていた。

 アイリスちゃんのお母様はとても綺麗な人だったそうで、母娘で村の雑貨店の看板娘的な存在だったそうだ。

 お父様はお母様と正式に結婚しておらず、数ヵ月に一度、生活費とアイリスちゃんへのプレゼントを持って村にやって来た。

 お父様は、魔法薬やその原料を売る商売人だったそうだ。

 どこかで聞いたことがあるなと思ったら……あのおじさんと同じ様な仕事をしているわね。

 念のため、アイリスちゃんにお父様の身体的な特徴などを聞いてみたけど……。

「イワン様、これはどういうことでしょうか?」

「ユキコ君、この部屋にいる私に『様』づけは駄目だよ。すぐにバレてしまったなぁ……」

「イワン、そういう誤魔化しは感心しないな。ユキコさんの予想どおり、アイリスはダストン元男爵家最後の生き残り……あまりに小さい子たちは教会に送ったので、娑婆で生き残っている最後の一人ということになる」

 やっぱり……。

 でも、どうしてそんな娘を私に預けたのかしら?

「事情を説明するとだ……」

 アイリスちゃんは、あのおじさんの婚外子なのかぁ……。

「ええと……お母さんに似たんですね」

「そういうことだね」

 私の考えに賛同するアンソニーさん。

 あのおじさん、全然貴族っぽくないし、決してイケメンではなかったわね。

 あのおじさんの娘という事実で身構えそうになるけど、アイリスちゃん自身はいい子だからなぁ……。

 数ヵ月に一度しかお父さんが会いに来なかったからこそ、アイリスちゃんは悪党に染まらなかった……あのおじさんも、アイリスちゃんに仕事を手伝わせなかったということは、それを望んでいなかったはず。

「ダストン元男爵家の隠し財産ですか……」

 百年以上も麻薬の密造と密売に関わってきた一族だ。

 きっと、かなりの財産があるはずだ。

「そういうのって、王国が見つけて没収するんじゃないですか?」

「当然探しているし、見つかればそうするね」

「つまりまだ見つかっていないと?」

「だから王国も懸命に探しているし、どうにか先に手に入れようと暗躍する貴族も出てくるのさ」

 隠し財宝だからこそ、先に手に入れてしまえば誰にも咎められない。

 こんなに美味しい話はないのかぁ……。

 あくまでも見つかったらだけど。

「そういう野心がある貴族がクソで、アイリスが危ないから、こちらとしても奴を潰す覚悟をしたわけだ」

 私にアイリスちゃんを預け、イワンさんはアルバイトに通うためと言う名目でうちの二階を借り、アンソニーさんもお忍びでうちのお店に通うばかりでなく、定期的にイワンさんを訪ねていた。

 どうやら他にも人を動かしているようで、気配を感じるけど危険はないから放置していたら、実はこのお店を厳重に見張っていたみたい。

「貴族を潰して大丈夫なんですか? 大物だったら特に問題が多いような……」

 逆に、イワンさんやアンソニーさんが罰せられそうな気がしてしまう。

 正義の前に、身分と権力が立ち塞がるという、比較的よくある話だ。

「ユキコ君、これは貴族である私の集大成なのだ。元より私は貴族というものに大して拘りがなくてね。暇でまったく構わなかったんだが、巡検使の殻を被りながら、麻薬の事件を追いかける理由があったのさ。だけどそれがなくなってしまった以上、私はガブス侯爵と心中しても構わない」

「イワンさん……」

「ああ、心配しないでくれ。私は別に死ぬつもりはないから。役職に就けなくなっても問題ないって意味だから」

 ガブス侯爵を潰すためなら、自分は以後飼い殺し状態でも構わないってことか。

「ガブス侯爵という人が、アイリスちゃんを狙うんですか?」

 だからこそ、このお店という比較的人が集まる場所に、アイリスちゃんを預けたわけね。

「ガブス侯爵は、アイリスちゃんの存在に気がついたのですか?」

「気がついたみたいだ。元々は気がついていなかったのでアイリスは安全だったが、ガブス侯爵は、本人は無能でも家臣や取り巻きには知恵が働く奴もいる。じきにバレると思ったからこそ、ユキコさんに預けたわけだ」

 アイリスちゃんの存在に気がついたガブス侯爵は、間違いなく彼女を攫おうとするであろう。

 なぜなら、ダストン元男爵家唯一の生き残りだからこそ、隠し財産に関する情報を知っている可能性が高いのだから。

「下手をしたら、アイリスは攫われて拷問でもされかねん。ガブス侯爵は人間のクズだからな。自分さえよければ、他人になにをしてもいいと考える奴だ」

 そんな人が侯爵様なのかぁ……。

 王国って、大丈夫かしら?

「まともな貴族や王族の方が多いと、私は思いたいね」

 私もそう思いたいけど、イワンさんはどこか信用していないようにも見える。

 ダストン元男爵家とか、ガブス侯爵とか、悪い例が続いたからなぁ……。

「そういえば、アイリスちゃんに真実は話していないのですか?」

「まだ話していないというか……正直迷っている」

「私もイワンの気持ちがよくわかるのだ。このままずっと秘密にしてもいいのではないかと」

 知らぬが仏かぁ……。

 気持ちはわかるし、私も迷うと思うけど……。

「私は、アイリスちゃんにちゃんと説明した方がいいと思います」

「どうしてそう思うのかね?」

「もしかしたら、アイリスちゃんは将来自分の父親のことを、なにかの偶然で知ってしまうかもしれません。その時に、自分を引き取ってこのお店に紹介したイワンさんが黙っていたことを知ったら、大きなショックを受けると思います。彼女はまだ大人ではないですけど、子供でもありません。ちゃんと彼女と向き合って真実を話した方がいいと私は思います」

「大人ではないが、子供でもないかぁ……」

「私も一緒にいますから」

 居てなにになるって意見もあるけど、私はこれでも結構アイリスちゃんに慕われていると思う。

 このところ、同じベッドで毎日一緒に寝ているから。

 今の彼女は気丈で、お店でも看板娘として明るく振る舞っているけど、寝ている時は私によく抱きついてくる。

 きっと不安なんだと思う。

 お母さんを病で亡くしたばかりで、姿を見せなくなったお父さんは麻薬の密造と密売で処刑されてしまった。

 彼女に罪はないけど、もしそれが世間に知られた場合、なにも不都合がないわけがない。

 それならば、ちゃんと事実を知らせておいた方がいいと思うのだ。

 知っておけば、少なくともそれに備えることはできるのだから。

「こういう時、案外男は駄目だね。ユキコ君に感謝するよ」

「そうだなぁ……私でも言いにくい。居て役に立つかわからないが、私もつき合おう」

 私たちは真実を話すため、アイリスちゃんを呼び出した。

「店長さん。どうかしましたか?」

「ちょっとお話があって……えっ?」

 あれ?

 どうして私が話すことになっているのかしら?

 イワンさんもアンソニーさんも、このタイミングで私にそれを任せるのは、汚い大人の典型だと思います。

「(私が言うしかないのか……)あのね……アイリスちゃん。私は、あなたのお父さんと会ったことがあるの」

 私は、巨大なアリの大群が城壁に押し寄せたこと。

 そこで、魔法薬とその原料を商うアイリスちゃんのお父さんに出会ったこと。

 町で食べ物を売っていた時、お父さんは常連になってよく来ていたこと。

 しかし、町の城壁に押し寄せるアリの大群を誘ったのは、アイリスちゃんのお父さんであること。

 彼は城壁の町をアリたちに落とさせ、住民を皆殺しにしようとしていたこと。

 その理由も含めて、私は彼女にお父さんの話を続けた。

「お父さんが、そんな悪いことをですか? でも、たまに村にやって来るお父さんは優しくて……」

 やはりそうか。

 おじさんは、アイリスちゃんを自分たちの稼業に巻き込まなかった。

 自分の正体も、絶対に知られないようにしていた。

 そして、数ヵ月に一度。

 アイリスちゃんに会いに行くことがなによりも楽しみだったんだ。

「きっと、おじさんは自分の稼業を嫌っていたんだと思う」

 でも彼は、麻薬密造と密売で改易されたダストン元男爵家の跡取りだった。

 すでに爵位と領地を失ってしまった今、秘かに麻薬を密造、密売することは、いつかそれを取り戻す資金を得るのと、一族、家臣たちの結束に必要だった。

 将来の当主として生まれたおじさんは、生まれながらに麻薬に関わるしかなかった。

 『もうやめよう』とは、口が裂けても言えなかったのだと思う。

「逃れられない一族の業か……」

 アンソニーさんの言葉が正しいのだと思う。

「一つ疑問なのですが……」

「なにかな? ユキコ君」

「ダストン元男爵家ですけど、全員が百年以上も一糸乱れず麻薬の密造と密売に邁進する、なんてことが可能なのですか? 罪悪感に苛まれた離反者が出てもおかしくないのに……」

「そういう者たちは消されたんだろうな。血の結束、一族の掟……そこに生まれながらにいた者たちは、それから逃れられない者が多いのだ。だからこそ、離反者は許されない。殺されたのだと思う。捜査中、たまに密売人や運び屋の死体が見つかることがあった。もしかしたら、ダストン元男爵家に関わっていた者もいたのかも。大半はアリたちの餌だろうが……」

 日本でも、『うちの村は、昔からこうするのが決まりだ!』と言われて、それに逆らえない人たちがいるからなぁ……。

 『麻薬密造と密売が家業だ!』よりはマシなのかな?

 田舎の村は、自分が出て行けば済む話なのだから。

「そんな生活の中で、アイリスちゃんに会うことだけが楽しみだったんだと思う。確かに、アイリスちゃんのお父さんはとても悪いことをした。でも、アイリスちゃんを娘として愛していた事実は本物だと思う。そのことは一生大切なものとして胸に仕舞っておけばいいと思う」

「てんちょうさん……ユキコさぁーーーん! うわぁーーーん!」

 お母さんが亡くなり、お父さんも行方知れずで、突然イワン様に引き取られ、私の店で働くことになり、とても不安だったのだと思う。

 ましてや、アイリスちゃんはまだ十三歳だから当然だ。

 私は、『私の!(あえてここは強調!)』胸に縋りついて泣くアイリスちゃんの頭をそっと撫で続けるのであった。

 そして……。

「じぃーーー」

「ユキコ君、すまない」

「こういう微妙な年頃の少女への対応は苦手で……」

「へえ……アンソニーさんは、妙齢の美女でなければ対応できないと?」

「そういうことではないよ。なあイワン」

「そう。言うほど我らだって恋愛経験豊富ってわけではないからね。それは、ユキコ君の誤解だよ」

 アイリスちゃんへの説明を私に丸投げした件で二人を責めたら、イケメンなのにあたふたして面白かった。

 これで貸しはなしということにしておきましょう。

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