第62話 リニューアルオープン

「お爺さん、新しいお店って、意外と元の場所に近いですね」

「うむ。ここは再開発の対象から外れたエリアでな。ここなら、以前と変わらず商売ができるはずだ」

「ありがとう、お爺さん」

「ワシも贔屓の店をなくしたくないのでな。こういう時にこそ、スターブラッド商会前当主の力を利用すべきなのだ」

「正しい力の使い方ですな、ご隠居」

「親分さん、随分と縄張りが減ってしまって……大丈夫ですか?」

「事前に手は打ってあるのでね。いくら再開発されようと、土地自体は動かしようがない。そこを押さえておれば、将来必ず金になるのさ。念のため、新しく王都郊外のエリアにも手を出しているがね」




 残念ながら、私たちの『ニホン』はすぐにも取り壊しが始まるそうだ。

 そこから、お爺さんが探してくれたこの新しい物件に引っ越し、『ニホン』をリニューアルオープンさせる必要がある。

 この新店舗も、一階は店舗……元酒場だったそうだ。

 前の店主は、老齢で引退したとお爺さんから聞いた。

 お酒を貯蔵する地下室もあるそうで、かなり広いので他の食材も保管できるみたい。

 二階は住居で、店主さんと奥さんが住んでいたけど、二人は引退後、王都郊外にある故郷の村に戻って楽隠居を始めるらしい。

 部屋は三つあって、私、ララちゃん、ボンタ君で住めばいいのかな?

 ボンタ君がいれば、女性二人だけで住むよりも安全だと思うから。

「ボンタ、頼むぞ」

「任せてください、親分」

 親分さんはボンタ君に、私たちを守るように頼んでいた。

 それってつまり、私とララちゃんはボンタ君に女性扱いされていない……安全圏扱い?

 私なんて、お母さん扱いだものなぁ……。

 ララちゃんも、妹みたいな扱いなのであろう。

 ボンタ君、こう見えて女性にモテるからなぁ……。

 旅の間にお店を出していた時とか特に、主におばさんやお婆ちゃんにだったけど。

 こういう息子や孫が欲しいって。

 本人は苦笑いを浮かべていたのを思い出す。

 ボンタ君、イケメンってタイプじゃないからなぁ……。

「まずは引っ越しを最優先に」

「力仕事なので、僕の仕事になりますね」

「あとは……なるべく早くリニューアルオープンできるよう、今から味噌煮込みも仕込んでおかないとね」

「ユキコさん、お部屋が別になるってことは新しいベッドが必要なのでは?」

「そうだったわ! 他にも必要な物があるわね。買い物にも行かないと」

「ユキコさんとお買い物、とても楽しみです」

「女将さん、私もつき合いますから」

「ファリスさん、学校はいいの?」

「私、優等生なので」


 とにかく一日でも早くお店をリニューアルオープンさせるため、私たちは大忙しでその準備を始めた。

 ボンタ君は重たい荷物を運び……私の『食料倉庫』って、食品及び調理器具しか仕舞えないのよねぇ……。

 だから、前のお店の私室にある重たいものは、全部ボンタ君に運んでもらった。

 ララちゃんは、新たに購入した大鍋で味噌煮込みを作っている。

 もう一つ、新メニューがあるけど。

「女将、初めて嗅ぐ香りだが、妙に食欲を誘うな」

「南の海で手に入れた、カレー風味の煮込みですから」

 旅の途中でカレー粉を入手したので、それを用いた煮込みを新メニューとして出す予定だった。

 カレーライスは……お米の安定供給がなるまでは、自家消費だけにしないと。

 もうお米ナシの生活は我慢できないから。

 というわけで、味噌煮込みを改良してカレー風味の煮込みを作っていた。

 すでに何度も試作しており、ララちゃんたちにも好評だったので、新しいメニューとして提供する予定だ。

 他にも、塩煮込みと醤油味の煮込みも完成させている。

 私の謎スキル、味噌と醤油を指先から出せる量が増えたので、串焼きの味も、塩、タレ、味噌ダレ、カレーと種類増やし、基礎メニューを強化した。

 私のお店の売りは、やっぱり煮込みと串焼きなのよ。

 それをツマミに、エールという利益率が高いお酒を飲んでもらう。

「試食いかがですか?」

「すまないな」

 私は、小鉢にカレー煮込みをよそって親分さんに出した。

「ほほう。これはいいな。エールが進みそうだ」

「親分さんは面倒見ている人が多いのだから、お酒の飲み過ぎは駄目ですよ」

「気をつけるよ、女将」

 はあ……。

 やっぱり親分さんはいいわねぇ……。

 旅の途中で色々なイケメンに出会ったけど、やっぱり渋い親分さんが一番だと思う。

「お店はいつリニューアルオープンするんだ?」

「明日の夕方からになります」

「そうか。俺も顔を出すよ」

「ありがとうございます」

 旅も楽しかったけど……色々とあり過ぎたけどね……王都で親分さんに煮込みや串焼きを出していると落ち着くわね。

 長年お店をやっていたわけではないけど、ここが心地よい居場所になってしまったというか……。

 なんて考えていたら、意外なお客さんがやってきた。

「お兄さん、このお店のオープンは明日からで、まだ準備中だぜ」

 お店は明日からなので、表には準備中の札がかかっていた。

 それを無視して入って来た男性客に親分さんが注意してくれたのだけど、その人物はなんとイワン様であった。

 一度王都に戻るとは聞いていたけど、まさか私のお店に来るとは思わなかった。

 そして彼には、意外な同行者の存在が……。

「その子、イワン様のお子様ですか?」

「ユキコ君、私は独身だよ」

「独身でも子供は作れるさ」

「ヤーラッドの親分、茶化さないでくれ。私の年齢で、こんな大きな子がいるわけないでしょうが」

 あれ?

 もしかして、二人は知り合いだったの?

 イワン様の仕事を考えると、まったく不思議ではないのか。

「過去に色々とあって、ヤーラッドの親分とは顔見知りだね」

 巡検使でもあり、他にも麻薬関連の捜査もしていたから、イワン様と親分さんが知り合いでもおかしくはないのか。

 イワン様も知れば知るほど、ミステリアスイケメンでいいなあ……おっと、私ってこんなに移り気な女だったかしら?

 最近、イケメンと知り合う機会が多いからね。

「さあ、ご挨拶」

「アイリスと申します」

 ララちゃんと同じ年齢くらいかしら?

 色白で、ライトブラウンの髪をツインテールにしているとても可愛らしい子だ。

 ちょっと元気がないかな?

 胸は……勝った!

 って!

 相手はまだ十三~四歳なのに、空しい勝利宣言ね。

 そのうち抜かれるかもしれないのに……抜かれたくない!

「ユキコ君、人手不足だろう? ちょっとワケありの子なんだけど、前は雑貨屋で働いていたそうだ。三枚目の看板娘としてどうかなと思ったのさ」

「人は欲しいですね。現実問題」

 なんだけど、問題は信用できる人かどうかが一番重要なのよね。

 そうでなければ、いない方がまだマシだった、なんてことになりかねないし……。

「私の紹介ということで頼むよ」

「イワン様の紹介ということなら」

「ユキコ君、もう私のことは『様』づけで呼ばなくてもいいよ」

「ですが……」

 あの時は店員さんに化けていたから、『様』づけで呼ぶわけにいかなくて。

 でもイワン様は、伯爵家の人だから。

「もう巡検使の仕事はお役御免になってね。ここに来る時はお忍びになるから、様はいらないんだよ」

「それなら。イワンさん」

「『さん』もなくていいけどね」

「それはさすがに……イワンさん年上ですから……」

 彼氏や夫でもないからなぁ……。

 この世界だと、彼氏や夫でも呼び捨てはなさそうだけど。

「そうだ! アイリスちゃんですけど、通いですか?」

「それが、できれば住み込みでお願いしたいんだ」

「となると、部屋割りはどうしようかな?」

 ボンタ君は男子なので、他の人と組み合わせるわけにはいかない。

 私は……いくらお母さんポジ扱いでもねぇ……彼は男の子だから。

「ララちゃんとアイリスちゃんで一部屋は……難しいか……」

 いきなり初対面の人と同じ部屋で寝るのは嫌よね、お互いに。

「じゃあ、私も無理かぁ……」

 私も、アイリスちゃんと初対面なのは同じなのだから。

「それなら、以前と同じく私とユキコさんが同じ部屋がいいです。アイリスさんは、慣れたら考えましょう」

 ララちゃんの案が一番いいわね。

 もしアイリスちゃんがお店に馴染んだら、ララちゃんと同じ部屋ということも可能になるのだから。

「ボクは……ララさんや店長さんと一緒でも構いません。置いていただけるのなら、それだけで十分ですから」

 この子、いわゆる『ボクっ娘』なのか! 

 ツインテールと合わせて、実際に傍で聞くと可愛いわねぇ……。

 いいわぁ……こんな妹がいたらめっちゃ嬉しいもの。

 ララちゃんとは、また違うタイプでいい!

「じゃあ、ララちゃんはこれまでお店のためによく尽くしてくれたのだから、一人部屋を使ってもらいましょう。私とアイリスちゃんで一部屋ね」

 そうね。

 いくらイワン様のお墨付きでも、私がちゃんと見ていた方がいいものね。

 それにアイリスちゃんは可愛いから、役得がないわけでも……。

 私にそういう趣味はないけど、なんか可愛いものを愛でたいというか、見ていたというか……そういうことなのよ!

「えーーーっ! それなら私が、前と同じくユキコさんと一緒でいいですよぉーーー! むしろその方がいいです!」

「ララちゃん?」

 せっかく個室を貰えるチャンスなのに?

 あと、むしろその方がいいって……あえて突っ込まない方が安全かしら?

「やっぱり、アイリスさんがお店に慣れるまでは一人の方がいいと思います」

「あの……ボクは……」

「思わぬ争いになってしまったね。では、その一部屋、私に貸してくれないかな?」

「イワンさんが?」

 まさかここで、イワンさんが三つある部屋の一つを貸してくれと言い出すとは思わなかった。

「イワンさん、ご実家で寝泊まりしているんですよね?」

「なんだけど、ちょっとアルバイトみたいな仕事を引き受けてしまってね。実家から通うと遠いけど、ここから通うと便利なのさ」

「アルバイトですか?」

「ちょっと知り合いに頼まれて、簡単な仕事を短期間手伝うだけだから、その間だけ貸してくれないか? それが終わった頃にはアイリスもお店に慣れているはずだから、その時にまた部屋割りは考えればいいと思う」

「そういう事情なら……」

「ユキコ君、すまないね」

「あれ? でも、そうなると……」

 私と、ララちゃんと、アイリスちゃんで一部屋かぁ……。

 あの古いベッドは大きいから大丈夫なんだけど……女の子とばかり一緒に寝ていたら、婚期がますます遠ざかりそうな気がしてならないわ。

 別に結婚を焦るような年でもないけどね。




「ユキコ女将、超久しぶり! 本当はすぐに会いたかったけど、俺様仕事が忙しかったから今日になってしまったぜ。これも、ユキコ女将を嫁に迎え入れるためだから! ユキコ女将ぃーーー! あれ?」

「あれじゃないですよ! いきなり抱き着こうとしないでください!」

「ミルコ、いきなりレディーに抱き着くのは大人の男性とは言えないな。なあ、ユキコ。リニューアルオープンおめでとう」

「花束、綺麗ね」

「あれ? アンソンのウケがいいな」

「女性には花が一番なのさ。ミルコは子供だからなぁ」

「アンソンには言われたくねえよ!」




 リニューアルオープン当日。

 お店には以前の常連さんの大半と、ミルコさんとアンソンさんも駆けつけてくれた。

 ミルコさんはいきなり私に抱き着こうとしてきたので、慌てて回避したけど。

 アンソンさんは、私に花束をプレゼントしてくれた。

 やっぱり女性は、花を貰うと嬉しいものね。

「ララちゃん、これ、花瓶に生けてくれないかしら?」

「了解です。でも花瓶残ってたかな?」

「はははっ、なにも花はアンソンの専売特許ではないようだな」

「うるさいなぁ……なにも持って来なかったお前が言うな!」

「うぐっ! 俺は沢山飲み食いするから。これこそが、ユキコ女将への一番のプレゼントだと俺様思うな」

「あながち間違いでも……なあ、ミルコ」

「お忍び風の貴族が二人もいるな」

 ミルコさんもアンソンさんも、やはりお店に来てくれたイワン様とアンソニー様の正体にすぐに気がついていた。

 ミルコさんは、爺さんの影響と、今はお肉を多くの貴族家に納品しているので。

 アンソンさんは、このところ新メニューが好評で貴族のお客さんも増えていたからだろう。

 二人の正体にすぐに気がついた。

「スターブラッド商会前当主の孫と、若手一番と称される料理人か……」

「ユキコ君、君は顔が広いね」

「そうですか?」

 そういう自覚はないのだけど……。

 だって、私はただの大衆酒場の店長兼オーナーなのだから。

「とにかく、リニューアルオープンが成功してよかった」

「アイリスのことを頼んだ手前もあるからね」

「それもあるか」

「アンソニーさんも、アイリスちゃんと知り合いなんですか?」

 彼も身分を隠してお忍びで来ているので、『様』ではなく『さん』づけにしていた。

 それはどうでもいいのだけど、アイリスちゃんって貴族の係累なのかしら?

 でも雑貨屋で働いていたって言うし、接客の経験があったのは事実のようで、初日からちゃんと戦力になっていた。

 聞きにくいけど、もしかして二人のお父さんの隠し子とか?

 たとえそうだとしても、アイリスちゃんはいい子で戦力になるから問題ないわね。

「直接は知らないけど、イワンから聞いていたのさ」

「あれ? イワンですか?」

「あれだけ色々とあったんだ、仲良くもなるさ」

「それもそうですね」

「私もアンソニーも、このお店には通わせてもらうから。アイリスの様子も気になるからね」

 もしかして、イワンさんが二階の部屋を借りたのって、アイリスちゃんが気になるから?

「妹さんとか?」

「さすがにそれはない。うちの父は堅物で有名でね。外に子供を作るなんてできるわけがないのさ」

「じゃあ、イワンさんのお兄様が?」

「それもない。すまないが、もう少しだけ事情を話すのは待ってくれないか」

 アイリスちゃんには、なにか秘密があるみたいね。

 でも、そのうちイワン様が話してくれるでしょう。

 とにかく、大衆居酒屋『ニホン』のリニューアルオープンが成功してよかったわ。

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