第61話 男二人の密談
「ここにいたか……イワン殿も王都に戻って来たようだね」
「実は数年やっていた、巡検使のお役目が終わりまして。この仕事は、大物貴族の次男以降の持ち回りで、なにか役職が欲しい貴族の子弟たち専用のお飾りでもあります。しかしまあ、私にしてはよく続いたものだなと」
「イワン殿、貴殿は表向きは巡検使なれど、実は王国軍の特殊工作員である事実を私は知っているよ」
「わかっていましたか。実は、こちらの職ももうすぐお役目御免なので」
「ダストン元男爵家が絡んだ麻薬関連のすべてが終わるからかな?」
「それもありますね」
軍系貴族の大物ビックス伯爵家の次男イワン殿は、堅苦しい貴族の生活が嫌いで、暇があれば旅に出てしまう。
それを嘆いた父ビックス伯爵が、無職で放浪者である息子にどうにか箔をつけようと、王宮と交渉して巡検使に任命させた……ということに世間ではなっている。
だが、私は知っていた。
彼は超のつく優秀な男で、実は巡検使としての仕事も真面目にこなしつつ、王国軍に一時的に在籍してある事件を追っていた。
それは、ダストン元男爵家が絡んでいた麻薬密造と密売事件のことだ。
彼がどうしてその事件を追うのか?
私の知る限りでは、彼は少年時代に商人の娘に恋をしたそうだ。
身分の違いがあって実る恋ではなかったが、それがわかる前に娘は死んでしまったと聞く。
しかもその原因が麻薬とくれば……彼が何年もの時をかけて、麻薬密造と密売の犯人を追いかけるのも無理はない。
それも、あのユキコというお嬢さんのおかげもあり、ダストン元男爵一家の全員が捕らえられ、処刑されて無事に解決したのであったが……。
「あのお嬢さんかね?」
亡くなった彼女に似ているのかな?
私はその娘の顔を知らないのでなんとも言えないが。
「まったく似ていませんね」
「イワン殿?」
「アンソニー殿、私の過去などとうに調べているのでしょう? ならばこれは、時間の節約というやつですよ」
これはなんと返せばいいのか……イワン殿は無事に復讐を終えたわけか。
「ですが、まだ全部は終わっていませんよ」
また心の中を読まれてしまったな……。
「実は、ダストン元男爵家が百年近くも麻薬の密造と密売で稼いだ財産が行方不明なのです」
「見つかっていないのか……」
「麻薬の密造所や、ダストン元男爵家一族の住処で少しは見つかっています。ですが、百年もの成果があんなものではないはずです」
「どこかに隠しているわけか……」
その大金で、彼らは爵位でも買うつもりだったのかな?
しかし、一代限りの名誉騎士くらいなら金を積めば買えるが、男爵の爵位はそう簡単に買えるものではない。
例外がないわけでもないが……。
「どうも、かなりの大物貴族がダストン元男爵家に対し、密かに便宜を図ろうとしていた形跡があります」
「それは誰だ?」
麻薬の密造と密売をして改易された元貴族の復権に手を貸す。
クソな大貴族など探せばいくらでもいるが、そこまで酷いのはそういないはず。
「ガブス侯爵」
「あのクソか!」
あいつは、侯爵家に生れてきたのが間違いであってほしいレベルの最低な貴族……人間だ。
もし平民に生れていたら、もうこの世にいなかったであろう。
犯罪に手を染めて処刑されていたはずで、そのくらい強欲で、常識も理性も持ち合わせていない男なのだから。
ガブス侯爵が今も侯爵なのは、そう簡単に侯爵家を改易できないからであった。
我が王国の恥さらしと言っても過言ではない。
「彼は借金塗れだ。返済を迫る商人たちを脅し、さらに借金を重ねる人間のクズなので、もう彼に金を貸す者は一人もいないが」
「だからさ。ダストン元男爵家は金を持っている」
なるほど。
ダストン元男爵家の爵位と領地を取り戻す工作を成功させれば、お礼がたんまりという計画だったのか。
「残念ながら、ダストン元男爵家の一族は全滅した。従っていた連中も根こそぎ処刑されている」
ガブス侯爵は、大金が入るあてが外れたわけか。
麻薬で財を成した連中の援助に期待する侯爵……やはり、あいつはクズだな。
「で、未練タラタラなガブス侯爵は動き始めたわけだ」
狙いは、ダストン元男爵家の隠し資産か……。
「あの低能に見つけられるのか?」
「実は、ダストン元男爵家には生き残りがいる」
「全員処刑されたわけではないのか?」
罪状が罪状なので、子供まで全員処刑されたと思っていた。
さすがに子供は、教会に送るか?
もう二度と娑婆には出られず、一生教会で暮らす羽目になるが……。
「小さい子たちはな。一人だけ扱いが難しい子がいてな」
「扱いが難しい?」
「処刑された当主が、外の女に産ませた子なのだ。彼女とその母親は、彼がダストン元男爵家の当主で、麻薬で財を成していたことはまったく知らない。さらに母親の方は、先月病で亡くなっていてな……残されたのは娘だし、罪に問うのはどうかという話になって、なぜか私が預かっているという……」
「イワン殿らしいな」
復讐にのみに走っているように思われて、実はかなり冷静なのだ。
愛する女性を奪った麻薬を密造している一族なのだ。
感情に任せて、王国にその少女を処刑させてしまっても不思議ではないのだから。
「同じような年の子が、ユキコ君の下で働いていた。どうもそういう選択肢は択りにくいな」
「なるほど」
イワン殿は、あのお嬢さん、ユキコさんに夢中か……。
いつまでも亡くなった女性に拘り続けるよりはいいことだと思うが……。
「アンソニー殿、貴殿もユキコ君が気になるかね?」
「彼女はなかなかに興味深いよ」
あの城壁の町で、アリの大群が定期的に来襲する原因となった事件を解決し、ダストン元男爵家の元当主の計画を挫き、彼が捕えられる要因を作ったのだから。
「食事も美味しかったし、いざとなると度胸もある。十分な優しさも持ち、あのお嬢さんは妻としては理想の女性かもしれないな」
彼女を妻に迎え入れるのもいい……是非そうしたいがね。
幸いにして私は独身であり、身分差に関しては抜け道があるので問題ない。
「と私は思うのだが、イワン殿もかな?」
「なるほど。アンソニー殿は私のライバルか。では、これからはアンソニーと呼ばせていただくとしよう」
「私も同じだな。イワン」
同じ女性を好きになり、妻にしようと争うライバル同士なのに、お互いに友情が湧くとは不思議なものだ。
「イワンは、過去を断ち切るための最後のひと仕事というわけか」
「そのために、またユキコ君を利用することになってしまうのが心苦しいのだがね。預かってしまったあの子の将来のこともあるし、私はユキコ君に縋るとするよ」
「イワンは、彼女がなんとかしてくれると思っているわけだ」
「ああ、思っている」
確か、故郷の村を魔獣のせいで失った少女もお店の看板娘として雇っていたから、イワンはその子もユキコさんが面倒を見てくれると思っているのであろう。
「私の王国軍への最後のご奉公は、ガブス侯爵を潰すことだ。ダストン元男爵家の隠し資産が見つかるかどうかはわからないが、そんなことは些末な問題だ。王国軍がいつか見つけるかもしれないのだから。あいつは、必ずダストン元男爵家唯一の生き残りである彼女を手に入れようとするはずだ」
ダストン元男爵家一族唯一の生き残りであるその娘なら、隠し財産の在処を知っているはずだと、ガブス侯爵が思っても不思議ではないか……。
「必ず彼女の正体に気がつき、その身柄を押さえようとするであろう。痩せても枯れても侯爵である奴に、彼女の存在を調べられないわけがないのだから。ビックス伯爵家で匿うという手もあるが、それではガブス侯爵が死ぬまで、彼女に行動の自由がなくなってしまう。ここでケリをつける」
「そのために、彼女をユキコさんに預けるというのか?」
それは、その娘を囮にしているに等しいではないか。
もしそれがユキコさんに知られたら、決してイワンをよく思わないだろうに……。
「彼女を危険に晒してしまうが、ガブス侯爵を潰さなければ、将来もっと危険なんだ」
バカで放蕩者のガブス侯爵は、将来もっと経済的に追い込まれるはずだ。
そうなれば、彼女の身がもっと危険になるか……。
だから今、ガブス侯爵を潰してしまおうとしている。
侯爵家を潰すのは難しいが……だから、最後のご奉公か……イワンは自分の将来を犠牲にして、ガブス侯爵と刺し違える覚悟なのだ。
「協力してもらえるかな?」
「ああ、いいさ」
「即決だね」
「今は代官の仕事を終えて暇だしな。なにより……」
「なによりなんだい?」
「私はガブス侯爵が嫌いでね。あいつの顔を王城内で見ずに済むようになるのは、とても嬉しいことだ。それに……」
「まだなにかあるのかい?」
「ユキコさんなら、わかってくれるだろう」
イワン、好きな女性の懐の深さを疑うのはよくないな。
「変に隠すよりも、お店で働いていた方がガブス侯爵も手を出しにくいだろう。私たちも監視に回ろう」
ユキコさんはお店をリニューアルオープンすると聞いていたし、人手不足だとも言っていたから、その娘にはもう一人の看板娘として働いてもらうとしよう。
ユキコさんのことだからすぐに真実がバレてしまうかもしれないけど、そうなったら二人で頭を下げれば済む話だ。
「しかしイワンも損な性格だな。ダストン元男爵家の血を引く娘だ。言葉は悪いが、その辺で野垂れ死んでも誰も気にしないはず。それをわざわざ救うなんて」
「そう思わなくもなかったが、あの子に罪はないからな。そういう星の下に生れてしまったのは、彼女の罪ではないのだから」
では仕方がないな。
私たちも、ユキコさんの懐の広さに縋る身だ。
この件が無事に解決したら、倍返しといこうではないか。
お互い、男としての沽券に関わるからね。
男二人のみの内緒話も終わったことだし、早速その娘を連れてユキコさんのお店に向かうとするか。
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