第50話 水面下の家督争い
「私にかかれば、お米の精米も魔法で自由自在よ」
「うわぁ、美味しそうですね。白いお米って」
「でしょう? ララちゃん。ボンタ君、どう?」
「任せてください。ちゃんとカレーにトロミをつけましたよ。なるほど。炊いたお米にかけるから、カレーにトロミがあった方がいいんですね」
「イワン様がいませんね」
「ザッパーク様から夕食に招待されたみたいよ。私たち付き人は、『かれーらいす』を堪能しましょう」
「それがいいですね」
ようやく待望のお米が手に入った。
それも沢山。
ザッパークさん曰く、ようは飢饉に備えた備蓄がしてあればいいわけで、別にお米でなくても問題なく、だから麦などと交換してもらえたわけだ。
私が『食料保存庫』から提供した大量の麦などが倉庫に収まり、代わりに大量のお米が手に入った。
とはいえ、これを商売で使ってしまえばすぐになくなってしまう。
次にいつ入手できるか不透明だし、『食料保存庫』に入れておけば悪くならないため、大切に食べていこうと思う。
そんなわけで、種モミの状態で入手したお米を脱穀、白米に精米し、人数分だけ炊いてカレーに使うことにした。
お米があるのであれば、スープカレーではなくトロミをつけたカレールーの方がいいからだ。
もしお米がインディカ米だったら、シャバシャバのカレーでもよかったのだけど。
なお、本日のカレーの具は、町で購入した野菜と魔物のモツであった。
よく煮込んであるから、柔らかくて美味しいはず。
「ユキコさん、それは?」
「つけ合わせの、ラッキョウの甘酢漬けよ」
ラッキョウは、この世界にもあった。
ビネガー類もあったので、これで甘酢を作ってラッキョウを漬けておいたのだ。
やっぱり、カレーライスにはラッキョウよね。
福神漬けは作るのが面倒なので、今後の課題だけど。
「炊けたご飯の上にカレールーをよそって。これでカレーライスの完成よ」
この世界に飛ばされて一年近く、ようやくお米のご飯が食べられる。
「「「「いただきます!」」」」
早速食べてみるが、久しぶりのカレーライスは格別ね。
ただ、お米自体に少し甘みが足りないかな?
日本のように品種改良されていないから、いわゆる『銀シャリ』的な扱いで、そのまま食べるとそんなに美味しくないかも。
カレーライス、丼物、チャーハンなどにする分には問題ないから、私はとても満足だ。
そのうち、もっと美味しいお米が見つかるかもしれないしね。
「美味しいですね。この『かれーらいす』は」
「お米、いいですね。カレーによく合って」
「イワン様、もったいなかったですね」
「ファリスさん、イワン様はこの領地の家宰に招待されたのよ。きっとご馳走を食べているわよ」
ただ、そのご馳走が言うほど美味しくないケースが散見されるのが、この世界ではよくあることなのだけど。
「おっ、初めて嗅ぐいい匂いだね。ちょっと小腹が空いたので、少し貰おうかな」
ファリスさんが噂していたからではないと思うけど、イワン様が思っていた以上に早く戻って来て、カレーライスを要望した。
少し多めに作るのがカレーのデフォなので、ボンタ君がすぐによそってイワン様に差し出した。
「初めて見る料理だけどこれは美味しそうだ。なるほど。この辛いトロミのあるスープと、よく煮えて柔らかいモツ肉、甘みを補完する野菜もいい。おっ、それは?」
「ラッキョウを甘酢に漬けたものです。箸休めというか、一度口の中をリセットできます」
「なるほど……これもいいね」
結局イワン様は、カレーライスをお替りしていた。
ザッパークさんと夕食を食べてお腹一杯のはずなのに……。
「彼は素晴らしい男だね」
カレーを食べ終わり、デザートとして死の森で採取した山イチゴにハチミツをかけたものを出すと、それも美味しそうに食べながらイワン様は夕食の様子を話し始める。
「彼は贅沢もせず、私にも最低限の夕食しか出さなかったよ。新鮮な海の幸をふんだんに用いたこの島の名物料理で美味しかったけどね」
「その割には、カレーライスもお替りしましたよね?」
今も、誰よりもデザートを食べているし……。
「私は大食いなんだよ。風来坊なのも、巡検使になったのも、各地の美味しいものが食べられるからという趣味と実益を兼ねたものでね。気楽な次男坊だからというのもあるけど」
なるほど。
確かにイワン様はよく食べる人のようだ。
今度は、死の森で採取したアケビを出した。
山イチゴは酸っぱいのでハチミツをかけた方がいいけど、このアケビは繊細な甘さを楽しむもの。
そのまま食べた方がいい。
「アケビだね。私もよく森で採るよ。この女性の肌のような繊細な甘さがいいんだ」
褒め方が貴族チックだけど、それにしてもよく食べるわね。
「あのう……ザッパーク様のお話だったのでは?」
「そうだったね」
ファリスさんの指摘で、イワン様は話をザッパークさんの話に戻した。
もうお腹が十分に満たされたようね。
「彼は為政者として実に評判がいい。領民たちも大半が彼を支持している」
理由はわからないけど、領民たちが島から出ることも、余所者が島に入って来るのも禁止しているはずなのに、意外と支持が厚いというか。
「私たちもそう思いました」
お米農家の人たちは、みんなザッパークさんを信用していた。
逆に、姿を見せない現当主に不信感があるような態度を見せていたくらいだ。
「そういえば、最近現当主の姿が全然見えないって聞きました」
「君たちもか……私も、何人かの領民や彼の傍にいる者たちから話を聞いた。この二ヵ月ほど。誰も現当主の姿を見ていないのだ。ザッパーク氏に反抗的な家臣たちが、彼からの暗殺を怖れて隠しているという噂はあるそうだけどね」
「なくはない話ですよね?」
「そうだね」
確かにザッパークさんは、領民たちにも慕われるとてもいい為政者ではあった。
だが、この島を治めるラーフェン子爵家の当主は年下の従弟なのだ。
彼が頂点に立って問題がないわけがない。
現当主はまだ幼く、彼が為政者となれば領地に大きな混乱をもたらすやもしれぬ。
現当主が成人するまで、家宰であるザッパークさんが領地を運営するのは、別におかしな話ではなかった。
「このままなし崩し的に、ザッパークさんに家督を奪われると思ったのでは?」
それならあり得るかもしれない。
現時点で領主としての才能が未知数な現当主よりも、今優秀な統治者として領地を動かしているザッパークさんを領民たちが選んでもおかしくはない。
「従兄ですしね。血筋的にはおかしくないです」
「それが、彼には貴族として大きな欠点があってね。彼は庶子で、母親が平民なんだね」
一方、現当主は急死した先代当主の嫡男であった。
母親も貴族の娘なので、血筋的に言えばザッパークさんが当主になるのは難しいというわけだ。
「他の親族は?」
「急死した先代当主の弟である叔父とその家族。彼らが現当主派で、ザッパーク氏を引きずり降ろす算段をしている自称忠臣派だね」
他に有力な親族はないそうで、となると叔父一派がザッパークさんを失脚させ、子供である現当主を神輿にして領地の実権を握るというのはあり得そうな話であった。
「あっ、でも……」
「なにか思いついたのかな?」
「ええと……大したことではないですけど……」
「どんなことがヒントになるかわからないから、教えてほしいな」
さすがは、見た目も性格もイケメン。
イワン様は、ララちゃんにもとても優しかった。
旅先でも、多くの女性たちが彼を放っておかないよう気がするなぁ……。
「どうして、その叔父さんたちは現当主を表に出さないのでしょうか? 暗殺を怖れるのなら、ちゃんと護衛をつけて領民たちにアピールした方がいいのでは? それに、そんな目立つ場所で暗殺なんて目論んだら、逆にザッパーク様のお立場が悪くなりますよね?」
「普通はそう考えるだろうね」
ザッパークさんの善政のおかげで現当主の影が薄くなりつつある今、ここで現当主を二ヵ月近くも表に顔を出さないのはおかしい。
こんなことを続けていたら、現当主の存在感がますます薄れてしまうのだから。
「現当主さんは、これまでもあまり領民たちに顔を見せなかったのでしょうか?」
「ユキコ君。それはないよ。先代当主の父親の急死、葬儀ではたとえ子供でお飾りでも喪主を務めるのが常識だ。亡くなった先代当主の喪主こそが次の当主であり、それが最初の仕事なんだから」
それに、そうでなくとも子供で頼りないと領民たちから思われてしまうのだ。
叔父たちがまともなら、定期的に視察出て顔を売るはず。
「実際二ヵ月前までは、ザッパーク氏に対抗するように島のあちこちに視察に出かけていたそうだ。これは領民たちから聞いた」
イワン様は伯爵家の人間なのに、自ら情報収集もこなすなんて凄いわね。
「この二ヵ月でなにがあったんですかね?」
「それは、夕食の席でザッパーク氏に聞いたのだが、なんでもかなり性質の悪い風邪を引いて寝込んだとか。ザッパーク氏は医者や魔法薬を手配しようとしたらしい。件の叔父に断られたそうだが……」
今の両者の関係から推察するに、毒殺されるかもしれないと思って、その叔父が断ったんでしょうね。
もしくはわざとそういう疑いを向けて、ザッパークさんと現当主との仲を切り裂く意図があったとか。
「現当主とザッパーク様との関係はどうだったのです?」
「それが悪くなかったらしい」
「叔父たちからすれば、現当主とザッパーク様との関係は悪い方がいいですからね」
その方がザッパークさんの失脚後、叔父たちやその家族がラーフェン子爵家の実権を独占できるであろうからだ。
まだ子供である現当主は、仲がよかった従兄との関係を裂かれて不幸だけど、これも高貴な家に生まれた者としての試練かもしれない。
お父さんである先代が急死しなければね。
なんか『己の生まれの不幸を呪うがいい』……これ、どこかで私のお父さんが言っていたような記憶があるけど、なにかの歴史書の言葉なのかしら?
「まだ療養中とか?」
「ボンタ君、いくら拗らせても風邪よ。二ヵ月は長くないかしら?」
いくら風邪が万病の元とはいえね。
他の病気なら、さすがにザッパークさんに報告なりして、遠方の医者や特別な魔法薬の手配を頼むはず……あれ? もしかしたら……。
「あのぅ……もしかして現当主はもう亡くなっているとか?」
「ユキコ君もその可能性に思い至ったか。もし現当主がすでに死んでいれば、まだ十歳の彼に子供なんているわけがない。となると、ラーフェン子爵家の直系は途絶えたことになる」
そうなると、親戚から新しい当主を選ばなければならない。
「ザッパーク氏は、直系が絶えた時点で可能性がアリだな」
「叔父やその子供や孫たちは?」
「これもある。だが、現在実質島を統治しているのはザッパーク氏だ。しかも特に不手際があるわけでもない。となると、王国としてはザッパーク氏を新当主に勧める可能性が高いな」
南の果ての子爵領なので、混乱は少ない方がいいに決まっているからだ。
王都の近くにあるような貴族領でそんな事態になると、どういうわけかそれぞれの候補者たちを支持する王都の貴族たちが現れ、なかなかに面倒なことになるらしいけど。
「島民を外に出さないようにしているのは、叔父の一派なんですかね?」
ザッパーク氏が王都に人を送り、自分こそが次のラーフェン子爵に相応しいと工作するのを防ぐため?
でもザッパークさんは、すでに現当主が死んでいるかもしれないという事実に気がついてるのであろうか?
「それは、本人に聞いてみるのが一番だね。じゃあ行こうか」
「あっ、はい」
本人て、ザッパークさんに聞くってこと?
どうやらそのようで、イワン様と私たちは急ぎザッパークさんのいる領主館へと向かうのであった。
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