第51話 北風と太陽?

「完全な確証は掴んでいませんが、そうであると私は確信しています」



 領主館にいるザッパークさんに真相を問い質すと、彼は現当主がすでに死んでいることを確信しているようだ。

「お嬢さん、この島には飢饉に備えてお米を備蓄する地下倉庫があるのを当然知っていますよね?」

「はい」

 そこに保管されていたお米を大量に売ってもらったので、当然知っていた。

「低温保存のため、定期的に魔法使いに氷を作らせているのも……」

「知っています」

 実際、地下倉庫には氷が置いてあった。

 お米農家のおじさんから、氷は魔法使いが作っているとも聞いている。

「そんな狭い島なので、氷を作れる魔法使いは三名しかいません」

 少ないけど、田舎の小さな領地なんてどこもそんなものだ。

 優秀な魔法使いは、王都や都市部に出てしまうから。

 その方が稼げるのよね。

「彼らが、やはり定期的に大叔父の屋敷に出入りしているのですよ。これがどういうことかわかりますか?」

「亡くなった現当主の遺体が腐らないよう、氷漬けにしている」

「私は、それが真相だと思っています」

 ザッパークさんは、痛ましい表情で自分の推論を語っていた。

 決して仲が悪くなかった従弟が病死したのに、葬儀や埋葬すらできず、大叔父たちが生きているように偽装しているのだ。

 悲しくないわけがないか。

「ですが、どうしてそんなことをしているのでしょうか? いつまでも誤魔化せるものでもありません」

「大叔父は、自分の幼い孫を、フランツの養子にしようと工作しているのです」

 フランツ……亡くなった現当主の名前ね。

 なるほど。

 まだ彼が生きていることにして、その間に自分の孫を現当主の養子にしてしまえば、ラーフェン子爵家の跡取りはその孫ということになる。

 新当主は、現当主よりもさらに子供なので、領地の実権はその大叔父が握るというわけね。

「でも胡乱な手というか……ちょっと強引かも……」

 他の親戚から文句が出そうな手だからね。

 大叔父は先々代当主の弟で、今は家臣なのだから。

 本人ならまだいいが、孫では大分血筋が遠い……ザッパークさんもそこまで血筋に差がないか?

「大叔父が焦っている理由は簡単です。実は私、本家の庶兄なのです。母親が平民だったので、子供がいない叔父の家に養子に入ったのですよ。フランツはかなり遅くに生れた子で、私と年齢差が二十近くあります」

「……納得できました」

 ザッパークさんは、現当主の異母兄なのだそうだ。

 ただ母親が平民だったので、子供がいない先代当主の弟の家に養子に入った。

 だがこの非常事態のせいで、庶兄でも本家の血を引く人間ということで、家宰に任じられたわけか……。

「ゆえに、私もこの島を封鎖しなければなりませんでした」

 大叔父の一派が王都で工作をしない保障がない以上、ザッパークさんも同じ手で対抗し、島を鎖国状態にしなければならなかったわけか。

「現当主の死を暴くしかないわね。ザッパーク様は家宰なので、屋敷を検めればいいのでは?」

「それが一番なのは確かですが、もし私が人を集めてそれを強行した場合、大叔父たちとそのシンパは大きく抵抗するでしょう」

 すでに亡くなった現当主を生きているのだと嘘をつき、この間に新しい跡継ぎに関する工作をしているのだ。

 あきらかに後ろめたいことを始め、そのせいで島は二分されて内乱寸前だ。

「ここでやめるわけにいかないと、大叔父さんも、その家族も、シンパである家臣たちもそう考えているわけね」

 もしその企みが失敗したら、大叔父たちは没落どころの話ではない。

 可哀想に、亡くなった子供が生きていると嘘をつき、氷漬けで保管しているのだから。

 領民たちの印象は最悪でしょうね。

 この島にも小さいながら教会があるから、教会の人たちも怒るであろう。

 あきらかに死者に対する冒涜なのだから。

「となると、強引に兵を集めて屋敷をガサ入れしようとしたら、みんな抵抗するだろうなぁ」

「ええ、それが強硬手段に出られない一番の理由ですね」

 こんな小さな島で住民たちが争い、ついには殺し合いをしてしまったら……後々まで色々と引きずってしまうであろう。

 優秀なザッパークさんをして、強硬策を決断できないわけか。

 この人、どう見ても武官じゃなくて文官ぽい、というのもあるのか……。

「家宰失格なのかもしれませんが、どうしたものかとこのところ悩んでいました」

 気持ちはわかる。

 自分の判断で、怪我人や死人が出たら嫌だものね。

「さすがに島を封鎖して二ヵ月近く経っているわけで、これはもう決断するしかないのかもしれないね。私も微力ながら手伝うよ。王城に君こそが次のラーフェン子爵に相応しいと報告もする。実際、君が一番相応しいのだから当然だ」

「……」

 決断するって、どんな身分の人でも苦悩が多いのね。

「(強硬策が嫌だとしたら懐柔策? でも、今さらその大叔父が説得で改心するかな? となるとやはり強硬策しかないのか……。とはいえ、ザッパークさんが大人数で大叔父の屋敷を囲んだら、当然大叔父やその一族、シンパの家臣たちが強く抵抗するはず。犠牲者が出る可能性が高い。この島で数少ない魔法使いたちも大叔父の一派だから、ザッパークさんたちは苦戦するかも。じゃあ、懐柔策? は無理ね)」

 つい頭の中で色々と考え込んでしまうけど、イワン様も、ザッパークさんも、ララちゃん、ボンタ君、ファリスさんもいいアイデアが思い浮かばなかった。

「強硬策が駄目で、懐柔策も駄目となると。中間を取って?」

「ララちゃん、そんな都合のいい策が……あった!」

 あったわ!

 強硬策にして懐柔策でもある作戦。

 ヒントは『北風と太陽』ね。

「ユキコ君、どんな策かな?」

「ザッパークさん、お祭りでもしませんか? 屋台を一杯出して」

「お祭りですか?」

「はい。みんな島の外に出られず、観光客も来ないので仕事も少なく、気分が沈んでいるのでは? それを払しょくするお祭りです」

 そしてそのお祭りが、島のトラブルを解決する方法となるわけだ。

「ちょっと意味わからないなぁ……」

「こういうことですよ」

 私は、みんなにこの策の真の目的を説明した。



「なるほど。それはいけるかもしれないな」

「少なくとも、二派に別れた島民たちの全面衝突は避けられる。すぐにお祭りの準備をしましょう」

 こうして私たちは、島のトラブルを解決するためにお祭りを開くことにしたのであった。



「うちの串焼きに、モツの味噌煮込み、魚の塩煮、カレーも出すよ。カレーライスとスープカレーもね。かき氷も、ジュースも当然出すわ」

「この前の、砂浜のお店での経験が生きますね」

「調理器具も揃っていますしね」

「僕は焼きそばを焼きますよ。麺も打てるようになったので」

「おおっ! ボンタ君は調理人として成長しているわね」


 急遽祭りが開かれることとなり、ザッパークさんが全島に布告を出した。

 当然大叔父の一派が訝しむわけだが、彼はさらに言葉を続ける。

「このところ色々とあり、領民たちの心は深く沈んでいます。お祭りにみんなで参加して、この日ばかりは楽しく過ごしましょう」

「……なんとでも言いようはある」

「お祭りは全員参加です。お互いに出し抜くのはなしですよ」

 ザッパークさんが、大叔父に釘を刺した。

 お祭りのドサクサで島外に人を出し、王都に派遣するのはお互いにやめる。

 双方がルールを守れば、お祭りの日は休戦ということになるのだと。

「……まあよかろう」

 大叔父は、ザッパークさんの提案を受け入れた。

 もし楽しいお祭りを断ったら、自分たちは領民たちの支持を失うかもしれない。

 そう考えたようで、大叔父も一族や家臣たちを全員参加させると宣言した。

「では、お祭りの準備をしましょうか」

 町の中心部にある広場に屋台が作られていく。

 この島でも収穫後の『収穫祭』があるので、それで使っている屋台とテントだそうだ。

 ここに私たちが調理器具などを貸して、多くの新メニューを提供することになったというわけだ。

「これ、うめえな」

「こら! お祭り本番は明日! つまみ食いばかりしていたらなくなるわよ」

「へーーーい」

「甘い物が多くていいなぁ……」

 領民たちが総出て、お祭りの準備をしていた。

 家宰派と大叔父派の人たちは、お互い抜け駆けがないように監視しているので戦力にならないけど、お祭りが楽しみで仕方がない領民たちはとても張り切ってるし、ようはお祭りの会場に全員集まっていればいいのだ。

「楽しそうですね。フランツも参加させればいいのに」

「体調が悪いのだ」

「それはお可哀想に。ビックス伯爵家に連なる私が、早くよくなるように願っていたとお伝えいただきたい」

「それは確実に伝えます」

 会場にはVIP専用席が用意され、その上にテントも張られていた。

 右側にザッパークさんと彼を支持する有力者たち。

 左側に大叔父とその一族。

 そして真ん中に、イワン様がご機嫌でワインをチビチビと飲みながら二人に話しかけていた。

 彼には、大叔父たちを貴賓席に釘付けにするという大切な役割があったのだ。

「明日が楽しみですね」

 そして翌日。

 町の中心広場でお祭りが開かれた。

 食べ物、デザート、飲み物に今日はお酒も出て、大人はみんなお酒を飲んで顔を赤くさせていた。

 酔っ払ってしまえば、お祭りを抜け出して船で海に出ようなんて思わないはずだ。

 両派の人間は全員お酒を飲み、屋台を巡っているので、双方が抜け駆けは難しいと思っているようね。

「お姉ちゃん、これは?」

「水飴よ」

 私は、魔法でお酒も水飴も作れる……作れるようになった。

 材料は、お米が沢山あるのでお米で。

 完成した透明な水飴に、山ブドウ、山イチゴ、死の森で採取した果物の果汁を混ぜて色々な味の水飴を作ると、子供たちが我先にと駆け寄ってきた。

「棒に練った水飴を纏わりつかせて。これに、お米を材料にした薄煎餅をつける」

 パリっとして塩気のある薄煎餅が、水飴の味を引き立てるはず。

 私は水飴のみならず、用意した各種屋台で様々な食品や飲み物を売る手伝いをし、ララちゃんとファリスさんも同じ仕事を。

 ボンタ君は懸命に焼きそばを焼いていた。

 手作りのソースを用いたソース焼きそば。

 塩焼きそば。

 そして、ソースとカレー粉を用いたカレー焼きそばも大人気だった。

 みんな大喜びで飲み食いしていく。

 大人はお酒も入り、ザッパークさんに与する人たちも、大叔父に与する人たちも、みんなお腹一杯か酔っ払って抜け駆けなどもう難しいであろう。

 大叔父が私たちの動きを目で追いかけ、次々と飲み物や食べ物を用意している姿を確認して安心し、さらにザッパークさんに与する人たちも心から祭りを楽しみ、酔っ払っているのを見てまた安心していた。

 抜け駆けは不可能だと理解したのであろう。

 もっとも、大叔父に与する人たちもすでに酔っ払っていたり、お腹一杯で居眠りをしている人もいた。

「さてと、トイレ」

 貴賓席で大叔父の隣に座っているイワン様も、見かけによらない健啖ぶりを見せ、大叔父たちを少し驚かせていた。

 そのせいかトイレに立つが、すぐに戻って来て、再び椅子に座ってすぐ居眠りを始める。

 大叔父は、再び安堵の表情を浮かべた。

 イワン様がなにか企むかもしれないと思っていたら、椅子に座って眠り始めてしまったからだ。

「お酒のお替りはどうですか?」

「いただこうか」

 完全に安心したのであろう。

 大叔父は、私の勧める酒を一気に飲み干し、さらに色々と飲み食いして眠ってしまった。

 彼の一族や、家臣たちも同じだ。

 ザッパークさん側の人たちも、ほぼ同じように飲み食いして、やはり居眠りを始めてしまった人もいる。

「さあ、まだまだ存分に飲み食いしてください」

 祭りは夕方まで続き、島のみんなは久しぶりに楽しいひと時を過ごしたのであった。

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