第49話 お米を求めて
「(女将さん、私たちは注目されていますね)」
「(領民たちも、家宰派と、現当主を担ぐ家臣派の争いを知らないわけがない。外からやって来た私たちが争いに大きく影響するかもしれない以上、気にならないわけがないわ)」
「(さて、これからどうなるんだろうね。実に興味深い)」
「(女将さん、イワン様は余裕綽々ですね)」
「(その方が、安心できるって考えもありますけど)」
島に上陸すると、港にいた家臣たちによって、島の中心部にある小高い丘の上に建つ領主館へと誘導された。
途中、道沿いにある家から島の住民が出てきて、興味深そうに私たちを見ていたけど、みんなこのお家騒動がどうなるのか、私たちが来たことで起こる変化が気になって仕方がないのであろう。
唯一イワン様だけがニコニコしながら、家から出て来た領民たちに手を振っていた。
いい度胸をしているし、いかにも世間知らずな貴族のボンボンに見せかけて、巡検使である自分の存在をアピールして領民たちを安心させようとしている。
もしもの時は王国が助けるので、イタズラに動揺しないようにと彼らに伝えているわけだ。
お家騒動を続けている両派への牽制もあるはず。
その目的のために、あえて自分の存在をアピールすることができる。
「(イワン様、油断ならない人なのかも)」
最初の印象で騙される人が多いんだろうなと思う。
でも、彼の気さくで私たちのような平民にも優しく接する性格は素のものであろう。
それだけはすぐにわかったわ。
「これは巡検使殿。ようこそおいでくださいました」
イワン様とそれにくっついてきた私たちを領主館の貴賓室で出迎えたのは、ラーフェン子爵家の家宰を名乗るザッパークさん。
現当主の年上の従兄だそうで、三十歳前後くらいに見える。
知的な文官といった感じの人だ。
幼い当主の姿は見えず、ザッパークさんによると、今はたまたま領地の視察でいないそうだ。
それが本当かどうか、判断に悩むわね。
「この領地は特に問題もなく治まっておりますので、特に巡検使殿が気にするような問題はありませんよ」
この島の状況なんて、あの漁村で聞けばすぐにわかる話だ。
それなのに、この島にはなにも問題はないと笑顔で言い放つ。
ザッパークさんはその温和そうな見た目とは裏腹に、食えない人なのかもしれない。
「なにも問題はない、ですか……」
「ええ、二~三日滞在していただければわかることですよ。町の中に来客用の小さなお屋敷がありまして、そこで滞在していただけたらと思います。町の様子もよくわかるでしょう」
『町の人たちに自由に聞きに行ってもいいですよ』と、ザッパークさんは自信満々に言った。
今の状況でも本当に領民たちの生活に影響がないのか、それともイワン様が領民たちに真相を尋ねても真実を言えないように仕組んであるのか。
ザッパークさんとの会見だけでは、それがまったくわからなかった。
「二~三日ですか?」
「それで十分にわかると思いますよ」
つまり、それ以上滞在されると迷惑ってことね。
「わかりました。お世話になりましょう」
短い会見は終わり、私たちはまた家臣たちの案内で町の中心部にある屋敷へと向かった。
そこで二~三日滞在となった……イワン様が素直にその期間で島を退去するかどうかね。
とにかく今はこの島に入れたのだから、私たちはこの機会を最大限に生かしましょう。
「お米を売って欲しいって?」
「はい」
「いいけど。あんたら物好きだねぇ……」
来客用の屋敷に辿り着いた私たちであったが、イワン様からすぐに外出と行動の自由を貰った。
私たちはイワン様の付き人、家臣扱いなので、それでいいのかなと思ったのだけど、『食道楽のご主人様』のために島で食べ物を探している体にすればいいそうだ。
イワン様が食道楽かどうか……美味しければ庶民の味でも躊躇なく楽しむので、グルメではあるのよね……。
とにかく許可は貰ったし、付き人に変装した報酬だと思ってお米を栽培している農家へと向かったのだ。
お米は、主に島の北部で作られている。
北部に広大な湿地帯があり、そこで主に栽培されていた。
乾田ではなく、湿地帯を利用して栽培の手間を省いているみたいだ。
植わっている稲を見ると、事前に育てた苗を植えるのではなく、種モミをそのまま撒いているようね。
均等に植わっていなかったけど、稲の生育は順調であった。
「この島はあまり寒くならないから、年に二回収穫できるのさ」
二期作かぁ……。
それは凄いと思う。
「これが、三ヵ月前に収穫したものだ」
実際にお米を見せてもらったけど、ラッキーなことに短粒米によく似ていた。
いわゆるジャポニカ米で、しかも白米。
黒米や赤米なのを覚悟していたのだけど、これはラッキーであった。
「我々は当然いつも食べているんだが、外の人間には人気がないんだよな。なぜか茹でてサラダに乗せたりするし。俺たちからしたらわけがわからん」
この島の外でお米が普及していないのは、この世界の食文化に由来すると思う。
この世界はパン食がメインなのだけど、昔と違って今は各家庭でパンを作るところはほとんどなかった。
どこの村や町にも必ずパン屋さんがあって、みんなそこから買ってくるのだ。
私たちも毎日利用している。
つまり今さら、各家庭でパンを焼くようにお米を炊く手間が嫌ということになる。
この世界だと炊飯器もないので、余計にお米を炊くには手間がかかるだろうから。
でも、私は炊飯器なんかなくてもご飯を炊けるから、ここは少しでも多くお米を確保しないと。
「沢山欲しいのよ」
「在庫は沢山ある……まあ、備蓄しているからな。この島で飢饉なんてそれこそ数百年に一度もあればいい方なんだが、ザッパーク様が『備えは必要だ』と仰るのでな」
あの家宰さんの命令で、農家の人たちはかなりの量のお米を飢饉に備えて備蓄しているそうだ。
「地下に倉庫を作ってな。定期的に魔法使いが氷を置いて、長期間保存してもなるべく味が落ちないようにしているのさ」
備蓄制度のせいで、この島では古いお米から食べるのが決まりだそうで、味を落とさないがための低温保存というわけだ。
「沢山の量にもよるが、備蓄分には手が出せないのが現実だな」
できればここは、なるべく大量にお米をゲットしておきたいところ。
備蓄との兼ね合いをいかに解決するか……ここは考えどころね。
「(飢饉に備えた備蓄にお米を使っている。でもそれって、別にお米じゃなくてもいいのかもしれない)」
私の『食糧倉庫』には、多くの食材が保管されているけど、大半は島の外ならいつでも狩るか購入すれば手に入るものばかりだ。
ならば……。
「私、大麦、ライ麦、小麦、稗、粟とかの穀物を持っているのだけど、これと交換でいかない?」
「麦はありがたいな。この島は、麦の栽培に向かないのでな。パンはあまり食べられないご馳走なんだよ。ザッパーク様に相談してみるよ」
「家宰で実質この領地を治めている方が、そんなすぐに話を聞いてくれるの?」
「あの方は我々にお優しい方なんだよ。備蓄制度だって、大昔に飢饉でこの島の半数が飢え死にした過去から、またそうならないようにと整備してくださったんだから。ちゃんと備蓄すれば、税を下げてくれるしな」
ザッパークさんは、領民たちからの支持が厚いようだ。
いまだ姿すら見ていない現当主よりも、頼りになると思われているようだ。
「あっ、でも。備蓄制度を家宰の人が提案しても、領主様が認めなければできないのでは?」
「だろうけど、俺たちも今の当主様を最近見ていないんだよ。納税や陳情で屋敷に行くこともあるけど、視察だとか、勉強や稽古で忙しいとか、風邪ひいて寝込んでいるとか。とにかくお顔を全然見ていないのさ」
ここ最近、現当主の顔を見ていない領民たちが多い?
でもそれは、ザッパークさんから領地の実権を奪いたい旧臣たちが、暗殺を怖れて匿っているのかもしれないのだから。
「まっ、そんな上の人たちの都合なんて私たちには関係ないか。ザッパーク様がいれば困ることもないしね」
「そうなんだよ。じゃあ、ザッパーク様に相談してくるから」
随分と簡単に言うんだなと思ったけど、本当にザッパークさんはすぐに陳情を聞いてくれる人のようだ。
同じ量の大麦、ライ麦、小麦、稗、粟なら備蓄から交換してもいいと許可を貰い、私は大量のお米のゲットに成功したのであった。
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