第34話 依頼
「えっ? 駄目だったの?」
「本当の本に書かれたレシピが、ユキコが作る料理と同じだという保証がないだと。自分を売り込むための嘘なんじゃないかと……」
「そんな! ユキコさんはそんな嘘はつきませんよ!」
「アンソンさん! ちゃんと事実を伝えたんですか? 押しが弱かったのでは?」
「現状ではお前しか王城に伝えに行けないんだから、そこは頑張れだぜ!」
「そうですよ、せっかく女将さんが本の内容を翻訳してくれたのに!」
「ええっ! 一方的に責められているじゃないか! 俺!」
残念ながら、私が翻訳した料理のレシピを王国の偉い方々は信じてくれなかったようだ。
私が自分のお店を売り込むために嘘をついていると思われたみたい。
私は余所者なので、この国における信用度なんてこんなものか。
となると、私は王都からララちゃんを連れて逃げないと駄目かしら?
ボンタ君はついて来てくれるかしら?
ファリスさんは王都の生まれで、お父さんはスターブラッド商会に勤めているから、そのままここに残る公算が大かな。
そんな風に考えていたら、そこに思わぬ人たちが顔を出した。
「お祖父様? ヤーラッドの親分」
「テリー君じゃない」
「女将、仕事を頼まれてくれるか?」
お爺さんと、親分さん、テリー君の三人で、さらにお爺さんが私に仕事があると言ってきた。
「古い書物に書かれた竜を毒殺した料理のレシピ。再現は容易であろう?」
「まあ、いつも作っていますからね」
でも、量がどのくらいになるかが問題よね。
量によっては材料の追加と、人手も必要になってしまう。
同時に大量のお酒も必要だから、今のうちのお店にあるエールの在庫量だと足りるかという問題もあった。
「お爺さん、でもどうして?」
私が翻訳したレシピを、アンソンさんが持ち込んだことまで把握していて……伊達にこの国一番の規模を誇る商会の元主ではないか。
「決まっている。このままだと、竜によって王都は壊滅するからだ」
でも、それは王国の判断だから仕方がないというか。
私たち平民は、逃げるしかないわよね。
元はといえば、私が翻訳した料理のレシピを信じてくれなかったという理由もあるのだから。
そこまで否定されて、それでもこの王都と運命を共にするほど私も善人ではないのだから。
「まったく、王城の連中はバカばかりで困る」
「ご隠居、批判がすぎるのでは?」
「ヤーラッドの親分もそう思っているのであろう? 王国軍から命令されたとおり、軍に動員された警備隊に代わって自警団を出し、懸命に王都の治安を守っているのに、チンピラだと小バカにされて」
「それも仕事のうちなので。貰うものは貰っていますし、俺も若い衆の将来に責任がある。もしもの時は、尻尾を巻いて逃げるしかないのでね。ご隠居は、スターブラッド商会を持って逃げられないので大変でしょうが……」
親分さんは、珍しくご隠居に皮肉を込めた返答を返していた。
そうか。
確かに、ご隠居のスターブラッド商会は持って逃げられない。
王都が壊滅すれば、当然スターブラッド商会も大打撃を受けるはず。
だから、私に竜の毒殺を依頼したわけね。
「言ってくれるな。ヤーラッドの親分は。それもあるが、先遣隊に続き本軍が全滅し、王都も壊滅すれば、この国は周辺の国から食われるぞ。当然この国も激しく抵抗するであろうから、多くの犠牲が出るはず。ワシはそれを防ぎたい」
「しかしお祖父様。それなら先に、本軍の無謀な戦を止めるのが先じゃないか? お祖父様は平民なれど、スターブラッド商会の元当主。貴族たちにも知己が多い。その線から対策できないのですか?」
ミルコさんの言うとおりで、そこはお爺さんが裏から手を回すとか。
いくらお爺さんが平民でも、この国一番の商会の元当主なのだから、配慮する貴族たちも多いでしょうに。
「ワシは、本軍の無謀な開戦論の理由も知っているのだ。今の王国軍のトップ、陛下の従弟であるブリマス公爵。随分な猪武者だと聞く。さらに、王族でもあるためか異常なまでにプライドが高い。先遣隊の全滅で他の将軍たちから責められ、かなり焦っているそうだ」
先遣隊全滅の汚名を返上するため、自らが指揮する本軍で竜を倒すことを狙っているわけか。
それをやめてしまえば、ただ竜に先遣隊を撃破された汚名しか残らないわけで、意地でも竜と決戦をしたいわけね。
「プライドが高すぎるのも考えものですね。でも、公爵様なのに配下の将軍たちから突き上げを食らっているんですね」
王様の従弟なのだから、軍部で独裁的な権力を持っているのだとばかり思ってしまっていた。
「いくら王族でも、考えなしに暴走する猪にそこまで配慮などせぬ。ただ、他の王族たちからすれば、他の将軍たちは王族の力を奪おうと暗躍する敵に見え、陛下は両者の溝を埋めるのに苦労しているようだな」
「それどころじゃないような……」
内輪揉めしている場合じゃないと思うのだけど、本当にプライドって厄介なものだと思う。
身分を考えると、プライドがないのも考えものだけど、ちょうどいいってのは難しいのね。
「人が多い組織などそんなものだ。他の自警団でもよくある話だ。内部抗争にかまけて外が見えていないのは」
親分さんが、苦々しい表情で語る。
過去に、同じようなことで酷い目に遭ったのかもしれない。
人が多く集まった組織の業ってやつか……。
でも、それで被害を被るのは王都で普通に暮らす人たちなのよね。
「だからワシは勝手に動くことにした。とはいえ、それ相応の裏工作はしてあるので、女将には安心して竜を毒殺する料理を作ってほしいものだな。必要な物は、すべてこちらで用意しよう。報酬も出そう。女将、引き受けてくれるかな?」
いきなり偉い人たちから命令されたのだとしたら、私は断って逃げていたかもしれないけど、お爺さんからの依頼だからなぁ……。
それに、この手の依頼を受けると被る面倒事も引き受けてくれて、報酬も出るのか。
新しい場所で店を開くもの大変だから、ここは一丁、話に乗ってみますか。
「私は、料理しか作れませんけど。それでよかったら」
「それで十分どころか、今はそれが必要なのだよ。交渉が成立したとなれば、早速始めようではないか」
「俺様も手伝うぜ」
「俺も手伝う。今さら王国軍に戻っても、ただ飯を作るだけになるからな。同じ飯作りでも、こっちの方がやりがいもあって楽しそうだ」
「私はユキコさんに拾われた恩もありますし、ユキコさんが引き受けたということは勝算があるということですから」
「僕は『ニホン』の従業員ですし、あのお店は僕の家でもあるので潰させませんとも」
「私も参加します。女将さんには、人見知りと男性恐怖症を緩和してくれた恩がありますので」
ミルコさん、アンソンさん、ララちゃん、ボンタ君、ファリスさんも、私を手伝ってくれると宣言してくれた。
「俺も口の堅い奴らを応援に出そう。テリー!」
「はいっ!」
「俺はこのエリアの治安維持の仕事があるので行けないが、お前が応援組を率いるんだ。わかったな?」
「わかりやした! 大仕事頑張りますとも」
親分さんとテリー君も参加を表明し、私たちは急ぎ王都を出て竜のために大量の料理を作ることになったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます