第33話 苦草
「ところで、竜ってどのくらい凄いの? 美味しいの?」
「女将さんからすると、そこが一番大切なんですね……」
「当たり前よ。料理人の端くれとして、新しい食材に興味を持って当然」
だってボンタ君。
私たちは、飲食店の人間なのよ。
竜という生き物の巨大さ、凶暴さ、理不尽さなんて、人から話を聞いて想像するしかないけど、その美味しさについてはもっと正確に理解できるかもしれないじゃない。
純粋に、食べてみたいというのもある。
理由もわからず異世界に飛ばされてしまったからこそ、そういう異世界ならではの味を楽しんでも罰は当たらないと思うのよ。
「ユキコさん、たとえ美味しくても倒せないんじゃ意味ないですよ。もしかして、ユキコさんは竜を倒せるとか?」
「まさか」
他の魔獣ならともかく、竜ほど巨大な生物を倒せるわけがないじゃない。
人間が〇ジラを倒すようなものよ。
「ファリスは、魔法学院でそういう書物を読んでいるんだろう?どうなんだぜ?」
「美味しいらしいですよ。天にも昇るような美味しさだそうで」
「美味しいのか! それは驚きだぜ!」
美味しいけど、倒すのに命がけ……どころか、普通に戦っても勝てないんじゃないかと思うけど、過去に竜を倒した人はどういう方法を用いたのであろうか?
「竜で食べられない部位は、目玉、骨、歯、牙くらいだそうで、それらも、目玉の中の液体は、どんな重傷、重病患者でも治せる魔法薬の材料として、骨などは武具や魔法道具の材料として非常に重宝されている、と古い書物には書かれていました」
「古の人たちは、どうやって竜を倒したのかしら?」
軍隊でも全滅してしまうくらい強いというのに。
もしかして、ここで異世界から勇者が現れてとか?
「実は、竜を倒すのに必要なものなら、私も持っていますよ。これです」
そう言うとファリスさんは、皮袋の中からどこにでも生えていそうな草を取り出した。
緑色で、牛とかが食べそうな牧草にも見える。
「雑草?」
「はい、基本的には雑草の類です。私にでも手に入るのですから、入手も容易です。これを一定量以上食べると、竜は死んでしまうのですよ」
「毒殺かぁ……」
戦って倒せないのなら、毒殺作戦で倒すってわけね。
昔の人、頭いいじゃない。
「でも変ね。そんな方法が知れ渡っているのなら、今王都に迫っている竜だって……」
草を集めて食べさせ、毒殺してしまえばいいような気がするけど。
「それが、ちょっと味見してみてください。この草は、人間には無毒なので食べても大丈夫です」
人間には無毒でも、竜には猛毒ってわけか。
ファリスちゃんに勧められてほんの一欠片、草を口に入れると、形容しがたいレベルの苦みが襲ってきた。
「これは……」
「実はこの草、人間には胃腸の薬として使われています。この苦みが胃腸の不調を回復させるのです」
「でも、この苦さが竜にはまるわかりだから、致死量まで食べてくれないわけですか」
「そう書物には書かれていますね」
ボンタ君の推測を、ファリスさんはそのとおりだと肯定した。
食べさせようにも、苦すぎて竜に気がつかれてしまうわけね。
「じゃあ過去の人たちは、どうやって竜にこの草を致死量分食べさせたのですか?」
「それが、料理を作ったそうなのですよ」
「「「「料理!」」」」
思わず、みんなの声が重なってしまった。
竜が料理を食べるのか……。
「それが、竜は意外と人間の作るものが好きだそうです。過去には竜に遭遇したものの、所持していたお弁当を差し出したら襲われずに済んだ話とか、生け贄じゃなくて料理を捧げたら竜はその村を避けて通ったとか。そんな伝承も書物には書かれています」
料理が好きな竜、というのは驚きね。
お客さんになってくれたら、さぞや沢山食べてくれるはず……代金は……地球のファンタジー作品だと、竜ってお宝を貯め込むのが好きだって聞いたことがあるけど、この世界の竜は常に移動しているからお宝なんて持っていないか。
お宝を貯め込むのが好きなら、代金を払ってくれないってこともありそうだ。
「それなら、料理を沢山作って王都を避けてもらうという手を用いればいいのにね」
意地を張って軍勢で阻止したのはいいけど、竜の怒りを買って軍勢は全滅。
それに加えて王都も壊滅という結末では、この国もボロボロなってしまう。
ここは変に見栄を張らず、頭を使えばいいような気がする。
この国の衰退は、他国に対し隙を与えることになってしまい、今度は人間同士の戦争が始まってしまうかもしれないのだから。
「アンソンさんに、竜が気に入る料理を作ってもらうとか」
「俺は、その任務から外されたのさ」
「「「「「アンソン(さん)!」」」」」
ちょうどいいタイミングと言っていいのか。
店内に噂をしていた張本人が入ってきたので、みんな同時に大きな声が出てしまった。
「王族や貴族連中も、そこに思い至らないほどバカじゃないからな。王城の料理人たちが、自称珠玉の逸品を作って、竜の進路上に置いたのさ」
「それで?」
「見事に失敗だ。あの料理の出来ではな……」
竜が料理を気に入らなかった理由は容易に想像がつく。
きっと旧態依然なままの、下処理も保存もいい加減な獣臭い肉を、大量のハーブと塩で誤魔化した料理だったのであろう。
「ユキコならわかると思うが、竜が食べると死ぬ草は苦い。この苦みも消そうと、さらに大量のハーブ類と塩で誤魔化し、それぞれが味を主張し続ける各種ハーブの味と、しょっぱくてなにを食べているのかわからない、けったいな料理になったんだ。俺は、これでは駄目だと言ったんだぜ」
ところが、アンソンさんはすでに王城の料理人を辞めている身だ。
加えて言うなら、老舗高級レストランを経営している家の出でない。
『お前は、兵士に飯でも作っていろ!』と元の先輩たちから叱られ、竜に料理を出す作戦からは外されてしまったそうだ。
「それで、けったいな料理を突きつけられた竜が激怒してな。王国軍の先遣隊は壊滅した。俺は嫌われて後方にいたから助かったわけだ」
先遣隊の壊滅により、アンソンさんがいた後方部隊は一時撤退してきたそうだ。
現在王都で編成中の本軍と合流するためだそうだ。
王都に戻って来て、少し時間があったからここに顔を出したのだと、アンソンさんは言う。
「これは駄目かもな。料理作戦は失敗し、王国軍の主戦派は竜との決戦を目論んでいるが、相手は竜だ。勝てるわけがない」
これは、逃げて他の町なり国で新しく店を始めた方が賢明かも。
アンソンさんはそれを私に伝えるため、ここにやって来たのだそいうだ。
「俺も逃げるから、逃げた先で一緒にレストランをやらないか?」
「おいっ! アンソン! そりゃあないだろうが!」
今度はアンソンさんが私にプロポーズしてきて、それを聞いたミルコさんが彼を咎めた。
あまり人のことは言えないと思うけどね。
「俺様はどうなるよ?」
「ミルコ、我が親友のことは、俺は死ぬまで忘れないさ」
「覚えていればいいってもんじゃないぜ! それなら、俺様がユキコ女将と余所に逃げて店を新しくやるぜ!」
「それは駄目だ!」
「どんな根拠で、それは駄目なんだぜ!」
「だって、ユキコは俺とレストランをやるから」
「ざけんな! 俺様がユキコと店をやるんだぜ!」
「はいはい、両者落ち着いてください」
私、今のところはどっちとも結婚するつもりもないし、お店も共同経営するつもりはない。
だって私は、自分の好きにお店をやりたいから。
「でもなぁ……料理作戦は、王城の古臭い料理人たちが失敗させてしまった。王国軍が全力で挑んでも、竜には勝てそうにない。竜は、王都を避けない。手の打ちようがない」
「アンソンさん、そうと決めつけるのはまだ早計よ。ファリスさん」
「はい?」
今、私から声をかけられるとは思っていなかったようで、ファリスさんはちょっど驚きながら返事をしていた。
「その古い書物に、竜を毒殺した時に出した料理の記述はないのかしら?」
「あります。ですが……」
「ですが?」
「竜を毒殺した時に出した料理のレシピも残っているんです。ただ、その文字が、魔法関連の古文書でよく使われる古代語でもなく、他にその文字を用いた書物や石碑なども存在せず、解析しようにも非常に困難なので、まったく解読が進んでいないのです」
竜を毒殺した時に使われた料理のレシピのみに用いられた文字かぁ……。
つまりそれが解析できれば、そしてその料理が作れれば、竜を毒殺できる可能性が高くなるわけね。
「その本を見てみたいわね」
「これです」
「ファリスちゃん、持ってたんだ」
「魔法の理論書でなく、過去の記録なので貸し出し禁止ではないんです」
そして、この手の書物を読むのが好きなファリスさんならともかく、他の、特に貴族出身の生徒たちはこの手の本を借りないのね。
手っ取り早く魔法を覚えたいから、魔法の理論書しか読まないわけだ。
貴族にこそ教養が必要なのだから、ちゃんとこういう本も無駄だと思わず読めばいいのに。
「ここのページです」
「なるほどね……って!」
おいおい。
この料理のレシピとやらで使われている文字って……日本語じゃないの!
ひらがな、カタカナ、漢字の組み合わせは、この世界のミミズがのたくったような文字と比べると奇っ怪かもしれないわね。
「私は逆に、レシピ以外の文字が読めないわよ」
「ええっーーー! この文字を読めるんですか? もしかして、ジパングの文字? でも、ジパングの人たちはたまに交易に来ますし、この国でもジパングの言葉や文字を研究している人はいますが、こんな文字ではなかったですよ」
「これは、ジパングでも読めない人が多い古代語だから……」
そんなわけない……確証は持てないけど……私は別の世界のジパングに似た文化形態を持つ国から来ました、と言うと色々と面倒臭くなるので、そういうことにしておいた。
ジパングの文字って、日本語とはかけ離れているのか。
それにしても、この世界の文字は難しいわね。
少しずつ勉強しているけど、特にこの古代語とかさっぱりだわ。
ファリスさんから教わる……そのうち時間があったらにしよう。
「読めるのは凄いな」
「さすがは、俺のユキコ」
「私は、アンソンさんのものではありません」
そこはあえて強調しておこうと思う私であった。
私の身は、私のものなのだから
親分さんがそう言うのなら、それは全然オーケーかな。
「それでユキコ。どんな料理なんだ?」
「ええとね。ほぼうちで出しているメニューです。
味噌煮込み、串焼き、丸焼き、ステーキ、大量のエール。
竜は、沢山のお肉とお酒が大好きみたいね。
それと、レシピの他に一行だけ注意書きが。
『竜に苦草の味を悟らせないためには、醤油、味噌などの発酵調味料を用いることと、竜はお酒が好きなので、大量のお酒も一緒に飲ませ、その味覚を鈍くさせることが重要である』だって。」
味噌と醤油、あとはこの世界だと魚醤か……。
米麹はないだろうから、発酵調味料を利用した料理を作れというわけね。
なお『苦草』とは、摂取すると竜が死んでしまう雑草の名前である。
苦いから苦草とは、そのままのネーミングね。
「魚醤かぁ……王城の料理人は使わないからなぁ……」
この世界だと、魚醤は下品な調味料という扱いだそうだ。
だから、王城の料理人は使わないのが普通だ。
品質に差がありすぎて、お腹を壊すリスクが大きいからというのもあるのだけど。
そう言えば、私も魚醤は使わないわね。
醤油があるからかも、というのもあるけど。
「このメニューを王国の偉い人たちに伝えて、それを作って竜の進路上に置けばいいと思うわ」
竜に立ち向かうなんて難事、私たち平民ではなく、王国の偉い王族や貴族の仕事だものね。
書物の内容を伝えれば大丈夫でしょう。
「そうだな、俺が翻訳したレシピと共に伝えに行くよ」
「任せたわよ、アンソンさん」
古に竜を毒殺した料理のレシピを携え、アンソンさんは王城へと向かった。
向こうはみんなプロの料理人なので、初めて作る料理でもレシピがあれば大丈夫でしょう。
味噌と醤油は、私が用意して売ればいいのだから。
などと安易に考えていた私であったが、事態は予想外の方向へ向かうことになったのであった。
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