第35話 味噌と醤油を作る
「時間がないから、下ごしらえが終わったワイルドボアはすぐに焼き始めて! 大きいから焼けるのに時間がかかるからね。大変だろうけど、ちゃんと火の上で回して均等に火を通してね。焦げないように注意して」
「「「「「わかりました!」」」」」
「大鍋も定期的にかき混ぜて、鍋の底にこびりつかないようにね。あと、あまり味見しすぎないようにね」
「「「「「はいっ!」」」」」
私たちは、王都と進行を続ける竜との中間地点で、大人数による大規模な野外調理を行っていた。
数十頭分のワイルドボアが丸焼きにされ、気が遠くなるほどの量の魔獣の肉を使った串焼きが作られ、軽く数百人分はあろうかという大鍋を、数十個も使用して味噌煮込みが作られる。
材料はお爺さんがあとで代金を支払うからと言われたので、『食料保存庫』に貯め込んでいた味噌、醤油、肉をほぼすべて放出した。
私の『食料保存庫』という、変わり種中の変わり種と言っていい魔法を見たお爺さんたちやファリスさんは驚いていたけど。
ただ、それでも材料が足りないので、ミルコさんもどうせ王都が竜によって破壊されたら駄目になるからと、涙を飲んで冷蔵保存していたお肉をすべて放出。
さらに、お店の常連であるお客さんたち経由で、野菜、エール、調理作業中の私たちの食事なども提供された。
お爺さんは、小口では集めきれないエール類や、大量の料理を作るのに必要な巨大調理器具、調理に使う薪や炭なども懸命に集めていた。
これらの食料や物資は、現在王都で編成を進めている本軍がすでに最優先で集めていたため、完全に不足していたのだが、そこは元スターブラッド商会の当主。
上手く集めてくれていた。
そして調理が間に合うよう、竜の侵攻阻止にも尽力してくれている。
王都までの間にある町や村に金をばら撒き、大量の食糧や料理を集め、調理させ、竜の侵攻ルートに置かせたのだ。
竜は、人間が作る料理を好む。
例の苦草が入っていなければ貪り食うそうで、さらにお腹が一杯になると寝てしまうそうだ。
お腹一杯にして眠らせ、王都に侵攻するまでの時間を稼ぐ。
いい策だけど大金がかかるので、お爺さんか王国軍にしかできない作戦だと思う。
王国軍の方は、時間稼ぎで物資や資金を使うのをよしとせず、そんなことは絶対に実行しないと、お爺さんは言っていたけど。
「女将さぁーーーん!」
とここで、早馬に乗ったファリスさんが姿を見せた。
彼女はお爺さんが用意した早馬と優れた乗り手さんに同行し、竜の偵察に赴いていたのだ。
なぜ彼女がというと、竜の大きさをこの目で確認するためであった。
彼女は魔法薬の知識に長けており、竜にどのくらいの苦草を食べさせればいいのか、判断してもらうためだ。
毒の量が少なければ竜は死なないし、かと言って大量に入れてしまうと大量の料理でも誤魔化しきれない。
毒薬の致死量は、毒殺する相手の体の大きさに比例するわけで、実際に竜を見てきてもらったわけだ。
ファリスさんは早馬の乗り手の後ろにしがみつきながら戻って来たが、安心してほしい。
男性恐怖症を徐々に克服しつつある彼女であったが、現時点で男性に背中にしがみつくなど不可能なので、お爺さんが手配した乗り手は女性であった。
女性の乗り手は非常に少ないので、すぐに呼んでこれるお爺さんは本当に凄いと思う。
「フラフラしますぅーーー」
「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」
基本的に、馬は走らせるととても揺れる生き物である。
ファリスさんは、馬から降りて暫く眩暈と格闘していた。
酔って、その場で吐かないだけ大したものかもしれない。
「竜は、ご隠居様が各村と町に提供させた食事を次々と食らい、今は寝ています。正確な大きさを確認してきたので、苦草の量の計算は大丈夫です」
「苦草は足りるかしら?」
「それは大丈夫です」
苦草は雑草の一種で、平民の間でも広く使用されている胃腸薬の材料である。
もし足りなくても、手に入らないということがないか。
「姉御、それよりもミソとショウユが足りないぜ」
「そうきたか!」
なにしろ、数千人分の料理だからなぁ……。
お店で毎日使っていたし、節約してもやっぱり足りなかったか。
「ユキコ、どうする? 魚醤でも使うか?」
「魚醤はねぇ……」
作っている人や、熟成の温度や湿度、材料によって品質に差がありすぎるので、もし使用して竜が気に入らないで食べなかったら、というリスクがあったのだ。
「でも、ミソとショウユはユキコしか作れないんだろう?」
「というわけで、今急ぎ作ります」
今の私は、一日に醤油と味噌を一リットルずつ指から出せる変な女だけど、今日の分はもう出してしまったのでもうない。
ならば……。
「ボンタ君、あれ準備して」
「あっ、はい。わかりました」
こんなこともあろうかと!
というか、どうせ作る料理から考えてタレの源である醤油と、主に味噌煮込みにつかう味噌が足りないことは事前にわかっていたので、ちゃんと対策は立てていた。
「テリーさん、運ぶの手伝ってください」
「いいぜって! すげえ量の大豆だな」
ここに到着してからすぐ、事前に水に漬けておいた大量の大豆を煮ておいたのだ。
これを細かくすり潰し、麹を入れてよく混ぜる……のは麹がないので、とっておいた味噌を入れてよく混ぜるに変更し、適量の塩を入れ、大豆を煮た煮汁も入れて柔らかさを調整。
空気を入れて発酵を促すため、野球ボール大の大きさに丸めてから、酒で消毒した樽に詰め込んでいき、上に塩を敷き詰めてから木の蓋を置いてその上に重しを置く。
あとは、半年も待てば美味しい味噌の完成だ。
「ユキコ女将、完成が半年後では間に合わなだろうに」
「そこで、ファリスさんから教わった魔法が役に立ちます」
私の魔法は自己流のため、まだ完全とは言えない。
そう思った私は、空いている時間にファリスさんから魔法の基礎を教わっていたのだ。
その中で、やはり私は全系統に適性があることが判明した。
土系統に適性があると魔法薬が作れると聞き、彼女から教わって研究してみた結果……残念ながら魔法薬は作れなかった。
でもその代わりに、味噌と醤油が短時間で作れるようになったのは幸いだったと思う。
「仕込んだ味噌の樽に、魔法薬を作る時に使う魔法をかける。すると、あっという間に味噌の完成よ」
実際に味噌を取り出してみると、指から魔法で出しているのと変わらない味の味噌ができた。
「続けて、醤油も作ります」
醤油は作り方がかなり複雑なので、ここは魔法である程度作業を省略していく。
茹でて冷ました大豆と、粉砕した小麦玄麦を同量ずつ混ぜ、さらにこれに塩と醤油を混ぜる。
やっぱり麹が手に入らなので、醤油に残っている麹菌を魔法で増殖、醸造の速度を早めるのだ。
これも樽に入れ、上を塩で塞いで密封する。
ここで魔法をかけて熟成を進め、あとは綺麗な布で搾れば醤油ができあがりだ。
かなりいい加減な方法なので、成功するのは魔法のおかげだと思う。
「魔法薬師みたいなことができるんだな。ユキコ女将は」
「でも、今のところ醤油と味噌しか作れないわね」
「特技がピーキーなんだな」
「他にも色々と教えたのですけど、今のところはこの二つしか……ちょっと教えてすぐにできる時点で凄いですけど」
普通は教わったからといって、すぐにできるようにはならないそうだ。
実際、ファリスさんも魔法学院に入学する前から何年も魔法薬精製の訓練をしていたと話していたから。
全系統に適性があるけど、料理関連の魔法しか使えない私らしいというか。
「これを使って料理を完成させてね」
「わかりました」
ファリスさんとも相談したのだけど、竜に気がつかれないよう致死量分の苦草を食べさせるには、最低でもざっと二千人分の料理が必要。
いくら苦草の味を発酵調味料が消せるとはいえ、やはり限度がある。
とにかく料理を沢山食べてもらわなければいけないわけだ。
しかも、竜は結構味にうるさい。
最初、王城の料理人たちが作った料理を食べ、そのあまりの不味さに大激怒して、先遣隊が全滅したほどなのだから。
「ユキコさん、完成しました」
ララちゃんに促されて最後の味見をしてみたけど、これから大丈夫なはず。
「女将さん、ちゃんと致死量分の苦草も入っていますから」
「全然苦くないわね。あとは、お酒の追加だけど……」
「待たせたの!」
料理が完成した直後、お爺さんが数台の荷馬車と共に最後のエールが入った樽を持って現れた。
これで必要な料理と酒が集まり、あとは竜にこれらを飲み食いさせるだけとなったのであった。
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