第29話 高価な裏メニュー 

「でも女将さん、丸焼きは焼くのに時間がかかりますよ」

「そこで、魔法を使います」

 私は攻撃魔法は使えないけど、魔法で出した火の威力の調整はお手の物。

 ついでに言うなれば、熱の発生位置をコントロールして、普通に加熱調理すれば時間がかかる大きな食材の調理時間短縮も可能だ。

 醤油やハチミチを材料にしたタレを塗り、口の部分から鉄棒を刺した子ワイルドボアを火にかけ、ボンタ君に焼け具合を見てもらいながら、私は魔法を駆使して子ワイルドボアの内部にまで均等に熱を通していく。

 『電子レンジ魔法』といった感じだけど、火と風の魔法の混合魔法がその正体であった。

 どうして私がこの魔法を使えるのかといえば……料理に使えるからかしら?

「装飾や付け合わせも必要ね」

 二人で子ワイルドボアを焼きながら、大皿と、丸焼きの周囲に配置する野菜の装飾の準備もする。

 見た目も考慮して、お貴族様のご令嬢方に相応しい一品の完成ってわけ。

「火の通りが早いと楽ですね」

「魔法って便利ね」

「僕は使えないですし、そういう魔法って初めて聞きますよ」

「ようは、使えればいいのよ」

 無事大皿の上に、外側の皮がパリパリで、中のお肉もジューシーに焼きあがった子ワイルドボアの丸焼きが完成した。

 実に素晴らしい出来ね。

「作っておいてなんだけど、永遠に裏メニューで終わりそう」

「うちのお客さんで金貨二枚出せる人は意外と多いですけど、うちのお店で頼むかって言われると疑問ですね」

 確かに、ボンタ君の言うとおりだと思った。

 別に串焼きでも、うちのお肉の美味しさは同じだからね。

「じゃあ、運びましょうか」

「任せてください」

 完成した子ワイルドボアの丸焼きを三人の前に出すと、彼女たちの顔はあきらかに引きつっていた。

 まさか、うちのお店で丸焼きが出てくるとは思わなかったのであろう。

「さあ、召し上がってください。一人頭、銀貨七枚弱ですけどね」

 私は笑顔で、三人に子ワイルドボアの丸焼きを勧めた。

 冷めないうちに早くどうぞと言いながら。

「(ちょっと、こんな高い料理、私は払えないわよ!)」

「(あなたが、大見栄を張るから!)」

「(本当に出てくるなんて思わなかったのよ! なによ! 私だけが悪いっての! 一緒になってファリスを責め立てて喜んでいたじゃないの!)」

「(私は、やりすぎだと思っていたわよ)」

「(私も)」

「(あんたたち、よくそんな嘘がつけるわね!)」

 三人は、小声で責任を擦り付け合っていた。

 仲良しだと思っていたら、金貨二枚で壊れる友情だったなんて。

 でも、下級貴族の娘がいきなりなんの準備もなしに金貨二枚なんて支払えるわけないか。

 貴族は平民に対し見栄を張らなければいけないけど、大貴族でもあるまいし、事前に準備しなければ金貨なんて支払えない。

 下級貴族ほど、収入よりも出費の方が多くて常に家計が赤字なんてところも多いから、みんなが思っているほどお金に余裕があるわけではないのよね。

「どうかなされましたか? あなた方の仰るとおり最高金額の裏メニューですよ。もしかして支払えない? ファリスさん」

「はい」

 私は、三人とのやり取りを見守っていたファリスさんに対し声をかけた。

 彼女が返事をした途端、三人は体をビクっとさせた。

 よしよし。計画通りね。

「まさか、貴族様が自分で払うと言った代金を支払えないなんて! これは予想外でした。仕方がないですね。後日、ファリスさんが魔法学院において取り立てていただけませんか?」

「えっ? 私がですか?」

「私では学院の中に入れないですからね」

「そういうことなら……」

「それにしても驚きました。まさか、貴族様が料理如きの代金を支払えないなんて……」

 私のみならず、店内にいた全員の視線が三人に向かった。

 先ほどまで散々自分たちが貴族の令嬢であることを誇っていたのに、金貨二枚すら支払えないのだから笑われて当然。

 実はみんな、下級貴族ならあり得るとは理解していたけど、それを口にするほど優しくはなかった。

 はっきり言って、三人の言動に不快感を覚えていたからだ。

「わっ、私は、頼んでなんか……」

「つまり、それを声を大にして言い張ると? これだけの人たちが見ていたのにですか?」

 貴族は偉いが、逆に言うと、偉いからこそみっともないことができない。

 頼んでいないと言い張って料理の代金を支払わない場合、この店にいる多くのお客さんたちが、三人のことを噂にするであろう。

 平民の噂をバカにしない方がいい。

 すぐに、この三人が大言壮語したにも関わらず、料理の代金を支払わなかったことが王都中に広がるはずだ。

 彼女たち、親御さんに怒られるだろうな。

 恥をかかすなって。

「というわけですから、代金は責任を持ってファリスさんに取り立ててもらうことにしましょう。いかがです?」

「「「……」」」

 はっきりとした返事は聞けなかったが、三人はすごすごと逃げるように店を立ち去った。

 実家が大した貴族でもないくせに、ファリスさんに唯一勝てる要素だからと、陰湿なイジメをした罰よ。

「ああ、ファリスさん。別に無理して取り立てなくていいわよ」

「えっ、ですが……」

「どうせこれから、あの三人はあなたが近づくと逃げるだろうから。なにもしなければしないで、今度はいつあなたが取り立てに来るかビクビクしているだろうけど。いい薬よ」

「女将さん、ありがとうございます」

「貴族が多い魔法学院に通っていれば、あんな輩も出てくるのは避けられない。今のファリスさんに必要なのは、相手に面と向って主張する勇気と度胸かもしれないわね」

 下級貴族である彼女たちを怒らせたとて、実家がなにかしてくるとは思えない。

 実は、魔法学院で一番魔力量が多いファリスさんは、自分が思っている以上に立場が高かったからだ。

 それに、スターブラッド商会の身内みたいなものだから、魔法学院がそんなことさせないわよ。

 どちらかというと内向的で、向こうが嫌味を言うと、怯えてビクビクしているファリスさんだからこそあの三人も調子に乗ってしまい、わざわざこの店に顔を出してまで嫌味を言いに来たのだろうから。

 それにファリスさんは、成績優秀でも主席というわけではないそうで、普通ならそちらを標的にしてもいいはず。

 大貴族の子弟だから無理だろうけど……。

 つまり、ファリスさんは成績優秀者の中で一番嫌味を言いやすい生徒ということなのであろう。

「男性恐怖症も徐々に克服しつつあるようだし、もう少しといった感じかな」

「女将さん、ありがとうございます。あの……この料理の代金ですけど……」

「ああ、この料理の代金ね」

 どうしようかなと思ったけど、一旦下げてから『食料保存庫』に入れて、分割して売ればいけるか?

 どのくらいに分割して、いくらで売れば赤字にならないか。

 などと、日本人特有の『勿体ない精神』を発露させていると……。

「俺様が買うぜ。はい、ユキコ女将」

 なんとミルコさんが、子ワイルドボアの丸焼きの代金金貨二枚を支払ってくれた。

 意外な人物からのお支払いね。

 お爺さんが出すのならあり得るとか、ちょっと期待してしまった自分がいたけど。

「ファリスの面倒を見てほしいと頼んだのは俺様なんだぜ。料理はみんなで分けてくれ」

「「「「「やったぁーーー!」」」」」

 突然のご馳走に、お店のお客さんたちは歓声をあげた。

「ミルコさん、ありがとうございます」

「そういえば今日は、ファリスの誕生日だからな。そのお祝いも兼ねてだぜ」

 それは知らなかった。

 というか、最近のミルコさんは気が利くわね。

 好感度が上がってきたかも。

「ファリスも今日で十六歳かぁ……。昔は小さかったんだけどなぁ……俺にちょこまかついて来て」

「ミルコさん、恥ずかしいですよ」

 つまり、ファリスさんは背も胸も大きくなったわけね。

 私の二歳下なのに、ここまで胸の大きさに差があるとは……。

 この世界の女性たちは、本当に発育がとてもいい人が多いわね。

「でも、俺様は女将の慎ましい胸も好きだぜ!」

「それを言うな!」

「俺様、女性は胸の大きさじゃないよって、言いたかったのに……」

 この人は、最後の最後まで油断できないわね。

 というか、胸が小さくて悪かったわね!


 最初はちょっと不安があったけど、うちのお店に新しい看板娘が入った。

 魔法学院に通うファリスさんだ。

 徐々に男性恐怖症も克服しているようだし、卒業まで働いてくれることを大いに期待したいと思う。

 あと、私の考えていた『看板娘三枚計画』だけど、やっぱりというか、想定内だったのか、まったくお客さんに普及しなかった。

 私はまだ十八歳の乙女だというのに……正直なところ、解せぬ。

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