第30話 調理に関係する魔法しか使えない
「女将さんって、もの凄い魔力量ですね。私よりも多いです……。しかも、魔法学院で勉強しなくても魔法が使えるなんて、天才じゃないですか」
「魔法は、魔法学院に通わないと使えないものなのかしら?」
「まれに、独学で使えてしまう人もいますけど。特定の魔法だけを習得しようと、短期講座を受ける人も多いですよ。魔法学院には参考になる書物も多いですし」
開店前の休憩時間。
新しく入ったファリスさんから、私はかなり変わっていると断言されてしまった。
魔法は、基本的に魔法学院に通わないと習得できないらしい。
だからファリスさんも、仕方なしに嫌味な貴族出身の同級生たちがいる学院に通っており、さらに学費を稼ぐため、ミルコさんの精肉店で使う氷を作り、男性恐怖症と内気な性格を矯正するため、この店で看板娘をしていた。
大分慣れてきたようだけど、この子は巨乳で守ってあげたくなる系の美少女なので、たまに男性客にしつこく言い寄らせることもあり、その時の対応を見ると、なかなか完全には男性恐怖症を克服するまでに至らないようだ。
ただ常連さんと普通に話す分には問題ないので、短期間で大きな進歩と言えよう。
そんなファリスさんに、私がいつの間にか勝手に魔法が使えるようになっていたと言ったら、とても驚かれたというわけだ。
「まず、自分がどの系統が得意か、わからないと効率的に魔法を覚えられないじゃないですか」
「そうなんだ」
ファリス先生によると、魔法の系統は四つあるそうだ。
「火、水、土、風ですね。私は水と土に特化した魔法使いです」
水系統が得意な魔法使いなら氷を作れるので、氷室に氷を補充するアルバイトで効率よく稼げるそうだ。
ミルコさんは魔法使いをアルバイトとして何人も雇っていて、お肉を冷蔵保存する氷室に置く氷を確保しているからね。
なんでも、彼を真似て食材を冷蔵保存する飲食店が増え、魔法で氷を作れる魔法使いの需要が増えているそうだ。
「土は、攻撃は地味ですけど、魔法薬の調合やクラフト(魔法工作)には必須の系統ですね」
物造りイコール土系統というわけね。
「風と火はわかりやすいと思います」
竜巻だの、カマイタチだの、火球だの、火柱だのと。
派手な攻撃魔法の種類が多いイメージね。
私は攻撃魔法は使えないけど。
「ユキコさんって、確かに攻撃魔法は使えないですけど、四系統の魔法を全部使えますよね?」
「そう言われるとそうね」
魔法で火つけができるし、薪や炭がなくても燃焼を長時間維持して、火力も調整も思いのまま。
なにより便利なのは、この前の子ワイルドボアの丸焼きを作った時ね。
丸焼きは焼きあがるのに何時間もかかるのが普通だけど、私の場合、任意の座標の温度を自由に変えられる。
火が通るのに時間がかかる食材の内側もすぐに加熱されるから、なんと子ワイルドボアの丸焼きが三十分でできてしまうという。
水系統は、お店には井戸があるけど、その気になれば水を魔法で出せるから、水不足になっても安心。
氷はいつも作っているわね。
食材の、特にお肉の冷蔵保存や熟成では重宝しているわ。
風は、串焼きを焼く時に団扇がいらないのがいいわね。
焼いている串焼きに魔法で風を当てながら、同時に他のこともできるから便利よ。
土は……食器や調理器具がなくても大丈夫。
土で竈を作り、石塊を削ってお皿を作ったり、石のナイフや包丁を作ったりと。
この世界に飛ばされた直後のサバイバル生活では大いに役に立ったわ。
このお店の地下室を広げたり……通常の地下倉庫も、お肉を保存し、熟成するための氷室も確保できたわ……地震に備えて、地下室を強化したりも。
全部食べ物関連のことばかりだけど、私は酒場のオーナーだから役に立つから問題ないと思う。
「いきなり魔法を使えたんですか?」
「いきなりではないわね……」
説明が難しいのだけど、魔獣を倒した直後、なんとなくその魔法が使えるようになったような気がして、実際に試したら使えたというわけ。
あとは繰り返し練習して、魔法の精度を上げたわね。
「普通の魔法使いは、本を見て練習するんですけど」
古い魔法の書物には、数えきれないほどの魔法が記載されており、色々と試して使えるものが見つかったら、あとはそれを反復練習するのだそうだ。
私のように本も見なくても、なんとなく使えるようになった気がするということはないそうだ。
他の世界の人間だからかしら?
色々試して、自分の使える系統と魔法の種類を探していく。
だから魔法学院があるのだろうけど。
「しかも、何気に全系統使ってますし」
「料理関連の魔法だからじゃないかしら?」
「あくまでも適性がある系統の問題なので、魔法の種類とかは関係ないですよ。苦手な系統は、どんな種類の魔法でも使えませんから」
火魔法が使えないと、火付けも大変そうね。
この世界に、ガスレンジや電熱調理器は存在しないのだから。
「魔獣を倒した直後、魔法が使えるようになった気がするのと、身体能力が上がる現象ってなに?」
「『レベルアップ』ですね。普通は体が軽くなった感覚と共に、自分の身体能力が上がったことを実感するのみですけど。魔力量も上がりますが、これは魔力が空になるまで魔法を使って、自分で魔力量を計って実感するしかないのです。女将さんは、ハンターや猟師としても一流になれそうですね」
さらに、魔獣を一定数倒すと強くなる現象は必ずしも全員がそうなるわけではないそうだ。
「大半の人たちは、鍛錬の成果なのか、レベルアップの成果なのか、判別がつかない程度にしか強くなりません。ワイルドボアをどうにか狩れる程度ですね」
もう一つ。
レベルアップは、魔力がなくても上がる人は上がるそうだ。
親分さんはその口であり、プロのハンターになるような人たちの中にも多いらしい。
RPGで言うと、戦士、武闘家、狩人みたいな扱いになるのか。
自警団では、そういう人の比率が高いそうだ。
もしもの時は腕っ節勝負になるので、レベルアップしないと仕事として続けるのが難しいのかも。
レベルアップのために定期的に魔獣狩りをしていると聞いたけど、全員がレベルアップするわけではないらしいから、そこで他の職業に就くように引退勧告が出されるわけね。
ゴンタ君はレベルアップするみたいだけど、性格的に向いていないと、親分さんから料理人に転職するように言われていた。
「貴族やその家族もですね。まれに、いくら魔獣を倒してもレベルアップしない人もいるそうですが……」
レベルアップと魔力のあるなしは関係ないので、魔力が少なく、レベルアップもしない貴族の子弟は、特に軍人家系のところは役立たずとして勘当されてしまう人もいるのだと、ファリスさんが教えてくれた。
それでもまだ文官系の貴族なら、別に強い弱い、魔力の有無は関係ないので、それを理由に勘当される人はいないそうだ。
ただ単に、余った子供が貴族でなくなるだけという。
読み書き計算はできるので、コネがある大商会に就職する人たちが多いのだと、ファリスさんが教えてくれた。
世界が変わっても、あぶれるインテリ層っているものなのね。
「なるほど。どんな仕事に就くにしても、レベルアップして損はないのね」
私の場合、半年のサバイバル生活で、ララちゃんも故郷の村から王都までの狩猟採集生活でレベルアップしていたのか。
確かに体が軽くなったような気がするし、調理で使う魔法の精度、威力、持続時間は増え続ている。
なにより、一日に出せる醤油と味噌の量も増えたしね。
「さすがはファリスさん。魔法学院に通っているだけはあるわ」
ファリスさんは物知りで、説明も上手だった。
眼鏡をかけているから頭がいい?
それは関係ないか。
「魔法学院に通わなくても、普通に魔法を使っている女将さんの方が凄いと思いますけど……極東の方々って、みんなそうなのですか?」
「全員ではないかな」
ファリスさんにも、私は東の果ての『ジパング』から迷い込んだ者だと説明していたけど、日本に魔法を使える人なんて……いないよね?
「ファリスさんは、ハンター志望なのかしら?」
「いえ、私は魔法薬を調合する、魔法薬師志望ですね。運よく土系統が強いので」
この世界では、怪我や病気の治療に魔法薬を用いることが多い。
これを調合可能なのは土系統が強い魔法使いで、魔法薬の調合をメインとする魔法使い『魔法薬師』と呼ばれるわけだ。
自分で調合するってところが、地球の薬剤師よりも凄いのかもしれない。
「同じ土系統でも、工作が専門の人はクラフトマンと呼ばれますね」
普通の職人や鍛治師とは違って、魔力が籠められた武具や、魔力で稼働する魔法道具を作れるのがクラフトマンで、腕のいい人は大規模な工房を経営しているのは知っていた。
照明、冷暖房機具、レンジとか、便利な魔法道具は色々とあるのだけど、かなりの高額なので、金持ちの家か、高級レストランくらいにしか置かれていないはず。
私の場合、自分の魔法で補っているから、今のところはなくても問題ない。
「あっ、でも。いくらファリスさんが魔法薬師志望でも、レベルアップは魔獣を倒さなければ意味がないのでは?」
魔法を沢山使えるようになるためには、魔力を増やすのが一番だ。
魔法の精度を上げて魔力消費量を節約し、同じ魔力量でも魔法を使える回数を増やすという方法もあるそうだけど、この方法だとやはり限度がある。
強い魔獣を沢山倒してレベルを上げ、魔力量を増やしていくのが一番の早道というわけだ。
「そうですね。なるべく多くの魔獣を倒した方がいいのは確かです」
ここで、ある種のミスマッチが発生するわけだ。
魔法薬師とクラフトマンは、普段の仕事で魔獣と戦うことなどあり得ない。
だが、質のいい仕事を多くこなすには、より多くの魔力が必要で、魔力量を増やすには魔獣を倒すしかないわけで。
となると、やはり魔法薬師とクラフトマン志望者は魔獣を倒す必要があった。
特に、魔法学院に在学している間に、一匹でも多くの魔獣を倒す必要があるのだ。
当然狩猟に出かけなければいけないのだが、まさか一人で行くわけにもいかないわけで……。
ここで必要となるのは、友達を作る能力とか、人脈、コネとなる。
「(ユキコさん、ミルコさんがファリスさんをこの店に連れて来たのって……)」
「(大凡、ララちゃんの予想どおりだと思うわ)」
魔力は多いけど、男性恐怖症で、人見知り気味で、貴族の娘みたいに実家の力があてになるわけでもない。
レベルアップのための魔獣討伐の機会になかなか巡まれず、今は魔法学園一の魔力量でも、このままだと徐々に落ちこぼれてしまうわけか。
「ファリスさんは、ミルコさんの狩猟に同行しているんでしょう?」
「たまにですけど。ですが、ミルコさんたちは主に朝から狩猟をしているので」
朝獲れってわけでもないと思うけど、獲った獲物はその日のうちに下処理しなければ鮮度を保てないので、午前中は魔法学院の講義があるファリスさんの場合、休日でなければ狩猟に参加できないわけだ。
私たちが定休日に行っている狩猟にも参加できる機会がほしいというわけね。
きっと、ミルコさんがファリスさんに教えたのだと思う。
ファリスさんの魔法は便利だから、別にいいけどね。
「定休日の狩猟だけど、これは自由参加でアルバイト代は出ないわよ」
定休日だから、別に参加する義務はないので、給料は発生しないわけだ。
細かいことだけど、そこは経営者として厳しくやらないと。
その代わり、一緒に狩猟をしているから、獲物はざっと査定して、頭割りの金額を渡しているけどね。
獲物はお店で出したり、賄で使ったりするから。
「明日、ちょうど定休日で狩猟だから一緒に参加する?」
「是非、お願いします」
私の提案をファリスさんは受け入れ、ミルコさんの目論見どおりなのだけど、彼女も明日の狩猟に参加することになった。
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