第28話 嫌味な客たち

 さらに一週間後、女性客とお爺さん、テリー君に料理を運べるようになった。

「つまり、ワシはファリスに男性扱いされていないわけか……別にいいがな」

 以前のファリスさんって、お父さんの雇い主であるお爺さんでも駄目だったのか……。

 その部分は、男性恐怖症も徹底していたのね。

「ひゃっひゃっひゃっ! 大爆笑っす!」

「お前もだろう。テリー」

「あっ!」

「『あっ!』じゃないだろうが……気がつけよ」

 テリー君も大丈夫ということは、あからさまに男性扱いされていないってことね。

 ボンタ君は最初普通に怖がられていたから、これは一緒に調理作業をしていた成果かも。

「そのうち、他のお客さんも大丈夫になるはずよ」

 さらに一週間後。

 今度は、毎日のようにお店に来る常連客さんになら、なんとかメニューを運べるようになった。

 距離感が接客としてはどうかと思うけど、その辺は事情を理解している常連さんたちなので問題にはなっていない。

 ローブ姿でお酒や料理を運ぶ様子は、私が見ているとまるでコスプレ喫茶みたい。

 ララちゃんもメイド姿なので、最初同じような感想を抱いてしまったのは秘密だけどね。

 ちなみに私は、オーストリアの民族衣装ディアンドル風の服装をしていた。

 エプロンは飲食店なので白にして、毎日洗濯しているけどね。

 この世界で、特にお店で働いている女性たちの定番衣装なのだけど、どうして私がこれを着ていると『女将』扱いされてしまうのか……。

 私も、メイド服やローブ姿なら『看板娘』扱いしてくれるのだろうか?

「無理じゃないっすか? 姉御は迫力あるから」

 くぅーーー、テリー君め。

 そういうデリカシーのなさが、女性にフラれる原因だっていうのに。

「俺は、今の女将がいいと思うけどな」

 そう言ってくれるのは親分さんだけね。

 デリカシーがないテリー君とは大違いだわ。

「この様子なら、あの子もすぐに慣れるんじゃないかな?」

「と思うんですけどね。調理に関しては、魔法薬の調合をしているせいか、目分量じゃなくちゃんと計って材料を入れてくるので助かっています」

 『そんなことで?』と思われるかもしれないけど、意外にもこの世界の飲食店でこれが守れていないところは多かった。

 店主が勘で材料を入れているからというよりも、それを見ている従業員や弟子たちに分量を知られないためだと思う。

 『目で見て覚えろ』とか、『正確なレシピは、のれん分けする時にしか教えない』とか、そんな理由もあるのかしら?

 さすがに高級レストランでそんなことはないけど、材料の分量まで記載されたレシピは門外不出だったりして、値段が安いお店ほど味にブレがあるって印象を受けるかな。

 うちは、細かな配合比や分量もすぐに教えてしまうけどね。

 醤油と味噌は、手に入らないと思うけど。

「たまに、同じ店なのに味がしょっぱかったり、薄かったりするな」

「必要なしょっぱさは、それを食べる人の運動量とか、季節によって微妙に違うんですけど、基本の分量はありますからね」

 そこから逸脱してしまうと、味にブレがありすぎて不味く思われ、常連さんが離れる原因にもなりかねない。

 だからララちゃんとボンタ君にも、目分量で調味料を入れるなって指導はしていた。

「なるほど。女将はよく考えているんだな」

「このくらいは基本ですとも」

 親分さんに褒められると、やっぱり嬉しさもひとしおね。

 なんて思っていたら、突然店内にローブ姿の女性が三人入ってきた。

 ファリスさんと同じか、少し年上だと思われる彼女たちは、見た感じ生まれもよさそうで、うちのお店にまったく合っていないというか……。

 これが日本なら、酒場に未成年は入ってはいけませんと言って追い出すのだけど、この世界だと成人年齢は十五歳で、彼女たちもお酒を飲めてしまう年齢だから追い出せないのよね。

「あら、貧乏くさいファリスさんらしいアルバイト先ね」

「下賤な平民に相応しい働き口ですわ」

「もっとも、私たちのような貴族は労働なんてしませんけど……」

 ファリスさんを見つけるなり、わかりやすい嫌味を言い放つ三人。

 話しぶりからして貴族の娘らしいけど、創作物などでよく聞く、いかにもベタな嫌味ね。

 それを恥ずかし気もなく言えてしまうのは、正直凄いと思ってしまった。

 私が別の世界の人間だからかしら?

「あの……みなさんはどうしてここに?」

「私たち、本来ならこんな下品なお店には来ないのですけど、平民なのに魔法学院で一番魔力量が多いファリスさんが、わざわざアルバイトをしているお店ですもの」

「興味があって当然ですわ」

「もっとも、まったくの期待外れと言いますか……ある意味、予想どおりと言いますか……」

「ファリスさんに相応しい下品なお店ですこと」

 なるほど。

 この三人は、平民出身なのに自分たちよりも魔力量が多いファリスさんに嫉妬しているわけね。

 魔法では歯が立たないから、殊更自分たちの血筋を強調しつつ、平民出のファリスさんをバカにしてイジメていると。

 でも、効果はあるようね。

 元々気が弱いファリスさんなので、随分と委縮しているようだから。

 それにしても、どこの世界にもこういういけ好かないのがいるものね。

「お客さん、うちは商売をやっているので、なにか注文しないのなら帰ってくださいな」

「まあ、下品ね」

「礼儀を知らない平民って嫌よね」

「貴族の娘である私たちに対し、なんて口の利き方なのかしら」

「この店は下品なので、店主もそんなものなのですよ。それにですね。私たちは貧しい平民なわけで、お貴族様であるあなた方みたいに働かなくても生活できるわけではないんです。なにも注文しないのなら外へどうぞ」

 私たちは、あんたたちのような世間知らずのバカ貴族令嬢たちの道楽につき合っている暇なんてないのよ。

 注文しないのなら、早く店を出て行きなさい。

 なにか注文してお金を払ってくれるのであれば、お店のルールに逸脱しない限りおつき合いしましょう。

 お金を払えば、どんな嫌な人でも一応お客さんだからね。

「はっ! すみませんでした」

「えっ? なにが?」

 私がいきなり謝ったので、リーダー格の少女は驚いてしまったようだ。

「実はこのお店、隠れた高級店でもあり、ツウのお客様たちが密かに通い、高額の裏メニューを召し上がっていかれるのです。その裏メニューは非常に高額でして、特に選ばれた方々のみが注文していかれるので……お客様たちでは……すみません、気がつきませんでした」

 別に嘘は言っていないわ。

 スターブラッド商会の前当主。

 このエリアを仕切る自警団の親分。

 その孫で、順調に精肉店を拡大させているオーナー。

 繁盛店を経営する新進気鋭の料理人。

 他にも、中規模の商会を経営する主が十数名ほど。

 が、常連さんなのは事実だから。

 肩書だけ見ると大したものね。

 貴族様はいないけど、本物の貴族様はこんな裏通りには来ないから……。

 つまりこの子たちは……。

「失礼ね! 私たちには、そのメニューを出せないってのかしら?」

「非常に高額なので……」

「出せるわよ! 私たちは貴族の娘なのよ!」

「一体いくらなのよ! 言ってみなさいな!」

「金貨二枚となっております」

 日本円にすると、大体二十万円といったところね。

 料理としては、とんでもなく高額なものとなるわ。

「お高いですよね。お時間もかかりますし、表のメニューは平民向けなので大変にわかりにくく。ここは縁がなかったということで、お店を出られた方がよろしいのでは?」

 私はあくまでも親切心を強調して、三人に店を出て行くようにと勧めた。

 『半端なあなたたちでは、高額な裏メニューの料金は払えないでしょう』というニュアンスを含めながら。

「……出せないわけないじゃない!」

「私たちは、貴族の娘だからね」

「いったいいくらなのかと思えば、たったの金貨二枚……お安いわね」

「では、お出ししてよろしいでしょうか?」

「是非食べてみたいものだわ。お値段が金貨二枚の、私たちのような高貴な者たちが食べる特別料理というものを」

「では、お作りしますので少々お待ちください」

 やっぱりこうなったわね。

 間違いなく彼女たちは、下級貴族の娘のはず。

 確かに平民よりも圧倒的に裕福そうな見た目だけど、大貴族の令嬢たちに比べれば……。

 そもそも、自分の娘をこんな裏通りに行かせる大貴族なんていないわよ。

 万が一行くにしても、必ず護衛をつけるはず。

 護衛がいないということは、彼女たちは貧しい下級貴族の娘たちってこと。

 三人で行動しているのも、魔法使いが三人いれば、護衛も不要だからでしょう。

 大体、大貴族の娘って育ちがいいから、もし魔法学院にいてもファリスさんの才能に嫉妬なんてしない。

 仲良くなって、自分の家に取り込もうとするはず。

 この三人の実家の財力ではファリスさんを取り込めず、頑張って魔法学院に入ってはみたけれど、自分よりも下に見ていた平民の娘に魔力量で負けていた。

 だから、ファリスさんに嫌味を言ってイジメている。

 取り込めないのなら、イジメて潰す。

 そういう考え方をしている時点で、この三人は下級貴族の娘らしいなって思う。

「女将さん、なにを作るんですか? 僕は特別メニューについてなにも聞いていないので……」

 厨房に戻ると、ボンタ君から特別メニューとはなにかと聞かれてしまった。

 普段出している裏メニュー、ウォーターカウの熟成肉ステーキでも大銅貨二枚だからだ。

 肉の量を増やせば価格はいくらでも上げられるけど、それでは貴族が納得する高価な料理にはならないのだから。

「ボンタ君、子供のワイルドボアが地下の氷室にあったわよね。持ってきて」

「あれを使うんですか? まさか!」

 そのまさかよ。

 せいぜい、貴族様に相応しい子ワイルドボアの丸焼きを作ってやろうじゃない。

 そして、先ほどの大言に相応しく金貨二枚きっちりと支払ってもらいましょうか。

 見た目も豪勢な魔獣の丸焼きは、王族や貴族が主催するパーティーではよく出る料理で、しかも私はちゃんと下処理しているから獣臭くない。

 それに、いくら子ワイルドボアでも金貨二枚なら大分お得なはずよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る