第27話 男性恐怖症

「姉御! お久しぶりっす!」

「……」

「あれ? どうかしたんすか?」



 どうもこうも。

 テリー君が私のことを『姉御』なんて呼ぶから、いつまでも私は三枚看板娘の一枚になれないのよ。

 他のみんなも釣られて、私のことを女将って呼んでしまうから。

 女将って『女』の『将』だから、看板娘には一番遠い位置にいるんじゃないのかしら。

「そういう女性に対する配慮の足りなさが、テリー君が女性にフラれる原因だと思うわ」

「久々なのに、姉御のストレートな一撃が痛いっす! 串焼きはこんなに美味しいのに」

「意外と落ち込んでいないわね」

 親分から聞いた話によると、テリー君は高級な飲み屋のナンバーワン嬢に惚れ、頑張って高価なプレゼントしたり、お店に通ったりしたけど、結局報われなかったって聞いた。

 元から叶う恋ではなかったにしろ、もっと落ち込んでいるものだとばかり思っていたわ。

「姉御、オイラも常に学ぶんすよ。ああいう高級なお店の女性たちは、お客に対するポーズで男にいい顔をするって」

「それが仕事だものね」

 うちのララちゃんだって、可愛い笑顔が売りの看板娘で人気もあるからね。

 私も美人女将として……なんか自分で言っていて空しくなってきたなぁ……。

 私って、そういうのがウリじゃないような気がするから。

「今度のオイラは、そういうお高い女はやめて、素朴な美しさを持つ女性と純愛を貫くことにしたっす」

「そういう子がいるお店?」

 いわゆる清純派ってやつね。

 でも、同じ女から言わせてもらうと、そういう自称清純派の女性って、実際は全然清純派でないことが多いような……。

「そういうお店の子じゃないっすよ! この店の近くのフラワーショップの子っす」

「……ああ、ユンファちゃんね」

 あの子は可愛いから、お客さんたちからも人気ね。

 オーナーの娘さんだから、どうにか彼女の婿に入ろうと、店員たちも懸命に働いているし。

 確かにあの子は、夜の蝶とは違う素朴な可愛さを持つ子ね。

 私もたまにお花を買いに行くけど、とてもいい子だし。

 でも確か……あの店の店員さんの中で一番イケメンな人と……。

 この前、休みが同じとかで一緒に買い物に出かけているところを……。

「(必ずしもそうという保証もないし、まだ正式にユンファちゃんのお婿さんも決まったという話も聞いていない。黙っていよう……)」

 次もいきなりフラれたとなると、テリー君の落ち込みも酷いものとなるであろう。

 問題の先送りと言えなくもないが、時は人の心の傷を癒してくれるはず。

 私はテリー君に、ユンファちゃんとイケメン店員のことは黙っていようと心に誓った。

「で、新入りさんすか?」

「手を出しては駄目よ」

「いやあ、物理的に無理じゃないっすか? ねえ、アニキ」

「うーーーん、こう男性客との距離感がな」

 親分さんの指摘どおりで、ファリスさんはやはり男性と距離を詰めるのが苦手で、ずっと調理場でボンタ君の補佐をしていた。

 幸い、魔法薬の調合などを器用にこなすからか、調理はとても上手なのだけど、ボンタ君とのニアミスを阻止しようと動きが素早いので、お客さんたちは彼女に対し、奇妙な人でも見るかのような眼差しを向けていた。

「女将、暫く慣れさせるのか?」

「それしか方法ないですしね」

「だろうなと、俺も思う」

 ファリスさんがどうして男性恐怖症なのか。

 本人に聞いてみたところ、子供の頃の彼女はとても気が弱く……今も決して強いとは言えないけど……男のガキ大将によく苛められていたそうで、だから男性が苦手なのだそうだ。

 ミルコさんのみ大丈夫なのは、よく苛められている彼女を助けてくれたからだそうだ。

 年齢差を考えるに、やはりミルコさんは若い頃から……今は更生したので、それは言わないことにしておこう。

 そのおかげで、ファリスさんの男性恐怖症も致命的なところまでは行っていないようではあるし。

「それしかないかな」

「ええ」

 それから一週間ほど。

 ファリスさんは、ボンタ君なら近くに寄っても大丈夫なようになった。

 これは大きな進歩と言えよう。

「ボンタ、ファリスに手を出すなよ」

「僕がそれをミルコさんに言われるんですか? 暇さえあれば、うちの女将さんに求婚しないでくださいよ」

「お前、言うようになったな」

「事実だろうが」

「親分も厳しいっすね!」


 テリー君、あなたの本命はフラワーショップの一人娘であるユンファちゃんなんだから、他の女性に色目を使っては駄目なのよ。

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