第26話 新しい看板娘

「ユキコ女将、俺様、ついに熟成肉の商品化に成功したぜ。早速、アンソンに店に入れたら、あいつの店がステーキハウス化したんじゃないかってほどの人気だ」

「それはよかったですね」

「見習い魔法使いのアルバイトたちを強化した甲斐があったぜ。他の店からも引き合いがあるから、品質を維持しつつ生産量を増やすべく努力しているぜ。んで、お願いがあるんだけど」

「結婚はしませんよ」

「それはおいおい。今日は、この子をお運びさんで雇ってほしくて。ぜひ頼むぜ」

「この子? ローブ姿だけど……」

「魔法学院の一年生、ファリスと申します。あのぉ……私は人見知りが激しくて……だからこのお店で給仕のお仕事をして、それを克服したいんです……」



 お昼に、熟成肉の商品化に成功したとミルコさんが報告に来たのだけど、一緒に一人の少女を連れて来た。

 ファリスと名乗った少女はローブ姿なので、魔法使いなのは一目瞭然であった。

 それはいいのだけど、ローブの上から『私はここです!』と強く主張しているかのような大きな膨らみが気になって仕方がない。

 私には全然胸がないのに、どうしてこの世界の女の子たちは……そんなことを考えても無駄か……。

 軽くカールのかかった、腰まで伸びたライトグリーンの髪と、丸い眼鏡も特徴的で、ちょっと守ってあげたくなる系にして、ドジッ子属性もありそうに見えてしまう。

 あくまでも見た目だけだけど。

 そして胸ね……。

 大切なことなので二回言うけど。

「人見知りの克服? でなきゃ、普通はミルコさんのところで氷を作るわよね」

 解体した肉の保存や熟成に必要な氷室を維持するため、ミルコさんは複数の魔法使いをアルバイトとして雇っていた。

 決められた時間に来て、地下の氷室で使う氷を魔法で作るだけでいいお金になるので、魔法学院の生徒たちには人気のアルバイトだそうだ。

 うちのお店は、私が氷を設置しているけどね。

 経費がかからないから。

「この子には朝、魔法学院に登校する前に氷を作ってもらっているんだけど、生来の人見知りの性格を克服すべく、接客のアルバイトを希望していてさ。ユキコ女将のところなら同じ女性同士だし……この子、男性が苦手なんだよ」

「そうなの?」

 うーーーむ。

 正直なところ人手は欲しい。

 今はボンタ君もお運びをしているのだけど、もしこの子がララちゃんと二枚看板娘として定着してくれれば。ボンタ君は調理に専念できる。

 魔法学院の生徒なので在学中のみのアルバイトだろうけど、この子が卒業しても、在学生たちがうちにアルバイトに来てくれる流れができれば、新しい人を探す手間が省けるというものだ。

「人見知りって、どの程度なのかしら?」

 でも、ミルコさんは大丈夫なのね。

「実はこの子、スターブラッド商会に勤めている従業員の娘さんなんだ。平民の出なのに魔法が使えることが判明して、その才能を生かすべく魔法学院に入学したのさ。俺様、子供の頃によく遊んでやったから、俺様は大丈夫なんだ」

 ほほう。

 つまり、ミルコさんの妹分みたいな子だと。

「へえ、凄いんですね。平民で魔法が使えるなんて。あっ、ユキコさんもそうか」

「でも、言うほど魔法が使える人って貴族や王族ばかりかしら?」

 ハンターや猟師でも、使える魔法の回数、種類、威力に差はあっても、それなりの数、魔法使いはいるような……。

「魔法は血筋に依りやすいんだけど、一定数平民の中にも魔法の才能に目覚める人がいる。あとは、平民に落ちた元貴族の血筋が残っているケースもあるんだぜ」

 その気になれば貴族なんて際限なく増えるわけで、中には裕福な平民の家に降嫁したり、婿入りしたり、勘当されたりで、平民に落ちてしまう貴族やその子弟も多かった。

 そういう人たちの子孫が、魔法を使えるわけだ。

 代々平民の家なのに、本当にいきなり魔法の才能がある子供が生まれることもあるらしいけど。

「元貴族の子弟だと、魔法の才能は低いことが多いかな。代を経るごとに魔力も落ちてしまうんだぜ」

 だから貴族たちは、なるべく魔力が多い貴族家との政略結婚に拘り、子孫の魔力を落とさないようにしているそうだ。

 あとは、魔獣退治でレベルアップを怠らないというのもあるか。

 強くなればその分魔力も上がるし、使える魔法の種類が増えることも多いらしい。

 私もそうだったな。

 攻撃魔法はまったく使えないけど。

「ファリスの先祖に貴族なんていないが、突然魔力が具現化したレアなケースなんだぜ。才能もあるので、魔法学院に入学できたわけだ」

 優秀な魔法使いの卵だけど、人見知りで男性が苦手なのか……。

 人間、なんでもそう上手くはいかないものね。

「ひゃっ!」

「えっ、僕ってそんなに怖いですか?」

 仕込みの作業中で、ちょっと場所を移動したボンタ君がファリスさんに近づいてしまったのだけど、それだけで彼女は小さな悲鳴をあげてしまった。

 確かにボンタ君は体が大きいけど、怖くはないと思うのよね。

 それだけ、ミルコさん以外の男性が苦手というわけね。

「うーーーん。人手は欲しいのよね」

 うちのお店のお客さんの大半は男性なので、お運びさんとしては辛いかもしれないけど、調理補助としてならアリよね。

 調理場で調理を手伝いながら、徐々に男性に慣れていく方針で。

 これなら悪くないわね。

「別にいいわよ」

「すまないな、ユキコ女将」

 ファリスさんをアルバイトとして雇うと言ったら、ミルコさんがお礼を言ってきた。

 少し前に、お爺さんに頼まれてアルバイトとして仕事をさせていた頃と比べると、格段の進歩よね。

 可愛い妹分のために奔走しているのだから。

「もしかして、ミルコさんはファリスさんを……」

 暇があれば私と結婚したいと言っているけど、あれは冗談で、本当はファリスさんのことが好きだったのか。

 だから、彼女の男性恐怖症を克服させてあげようと手を貸している。

「あれ? でも、ファリスさんは元々ミルコさんなら怖くないわけで、なら別にこのままでも問題ない?」

「ユキコ女将! ファリスは妹みたいなもので、俺様の本命はいつでもユキコ女将だぜ!」

「そんな大声で言わなくても……」

 そういうところが、もう少し親分さんに届かない原因なのだけど……。

 とにかくも、私は魔法学院の生徒であるファリスさんを夕方からアルバイトをして受け入れることを決めたのであった。


 彼女が上手く男性恐怖症を克服できれば、さらに私のイメージが変われば、三枚看板娘で行けるかしら?

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