第9話 看板娘のララ
「はっ! 夢か……」
久しぶりに夢を見た。
とはいっても、ほんの数ヵ月前の出来事だ。
どこにでもいそうな、田舎の農村に住んでいる少女であった私は、お母さんに頼まれて少し離れた町に買い物に出かけた。
そして頼まれたものを買って村に戻ったら、村は滅んでいた。
魔猿(まえん)と呼ばれる、マジックエイプという猿の魔獣たちによって。
たまたま村の外に買い物に出ていた私だけが生き残ってしまったのだ。
マジックエイプは数十匹単位の群れで移動し、時おり人間の住む場所を襲撃する。
雑食で人間の肉も食べるそうで、だから人間を襲うのだ。
知恵もあるため、マジックエイプは人が多く住む町には近づかない。
そこには、自分たちを狩れるハンターや猟師が沢山いることを知っているからだ。
姑息にも、人が少なく、応援を呼ぶのに時間がかかる地方の農村を襲うというわけだ。
そのため、毎年いくつかの村で被害が出たり、私の村のように滅ぶところもあった。
こうして私の故郷の村は全滅し、私は家族も知人も失って一人きりになってしまった。
一人では農村の復興は不可能であり、領主様は滅んだ村に新たに人を送り込んでそれで終わりだ。
食い詰めている人や、別の農村で土地を持てない次男・三男以下の人たちがすぐに送り込まれ、唯一残った前の住民である私は邪魔者にされてしまった。
まるで追い出されるように村を離れ、途中、野草、木の実、昆虫、小動物、魚などを採って飢えをしのぎながら王都に流れ着いた。
ところが、王都には私のような人間が多数いて、私は働き場所を得ることすらできなかった。
お母さんから家事の類は教わっていたけど、身寄りのない余所者なんて誰も家政婦としてなど雇ってはくれない。
あとは色町に身を落とすしかないのだが、それは嫌だったので、王都の外で狩猟採集をしてハンター生活をしていたのだ。
そこに、ユキコさんが現れた。
私と同じように狩猟採集生活をしながら、なんとあの『死の森』の中心部から王都に辿り着いたらしい。
強い魔獣が多数生息し、昔は死刑代わりに『死の森』に犯罪者を追放していたくらい危険な場所だというのに、ユキコさんはそこで半年もかけて北上してきたというのだ。
私とそれほど年齢も違わないのに、ユキコさんの逞しさにはただ驚かされるばかりであった。
私がユキコさんの王都の事情を説明した縁と、私たちは女同士ということもあってすぐに仲良くなり、すぐにパーティを組んで共に行動するようになっていった。
ユキコさんはただ逞しいだけでなく、女性としても魅力的だ。
私もお母さんから鍛えられていたので料理などには自信があったのだけど、ユキコさんはさらに上手だった。
私が見たことも聞いたこともない美味しい料理を沢山作ってくれて、その美味しさにただ感動するばかりであった。
『私、お店をやるわ!』
魔獣を狩り、食材を採取し、食べる分と備蓄分以外はお店に卸すようになったユキコさんは、王都に来てから数ヵ月ほどで目標額に達したからと、自分のお店を開くことを宣言した。
同じような境遇にあって、私はいまだなにも出来ていないのに、ユキコさんはすでに次の人生のステップに進もうとしている。
ユキコさんは新しい第二の人生を歩み、私はまた一人での狩猟採集生活に逆戻りかと思ったら寂しくなってしまった。
でも、優しいユキコさんは私を見捨てなかった。
『ララちゃん、私の店で看板娘をやらない?』
『私がですか?』
意外だった。
ユキコさんも私と同じく、王都に家族・知人が一人もない境遇だけど、お店のオーナーになるのだ。
王都で身元がしっかりしている人を雇えばいいのに、私を雇ってくれるだなんて。
私は嬉しくて涙が出そうだった。
『でも、どうしてですか?』
『ララちゃんは、芯がしっかりしているから信用できる。他の子たちみたいに、決して安易に色街に行かず、自分で人生を切り開こうと努力していたから』
私のように着の身着のままで王都に流れ着いた女の子のかなりの数が、結局生活が成り立たず色街の住民になってしまう。
でも、教養もない元田舎の村娘に女性としての価値はそれほどない。
場末の店で働き、若いうちはいいけれど、病や、仕事からくるストレスで酒と薬に走り三十歳になる前に死んでしまう人も多いと聞く。
だから私は、安易に色街には行かなかった。
不運にも、魔獣の襲撃で若くして命を落としてしまった両親や弟と妹の分も合わせて、私は長生きして幸せになると誓ったのだから。
『私、頑張ります!』
『よろしくね、ララちゃん』
こうして私は、ユキコさんのお店で働くことになった。
私はすぐにお客さんたちからお店の看板娘だと認められ、ユキコさんの思惑どおりとなったわけだけど、一つだけ上手く行かなかったこともあった。
それは……。
『おかしい……実は、二枚看板娘で行く予定だったのに……』
ユキコさんは若いし、肌も羨ましいくらい白くて綺麗なのだけど、すぐにお客さんたちから『女将』と呼ばれるようになってしまった。
女一人で店を立ち上げた度胸の持ち主なので、それは仕方がないというか……。
ユキコさん本人は、かなり不満のようだけど。
「うーーーん、昔のことを夢見ていたような……言っても、そんなに昔のことでもないけど」
朝、私は古い大きなベッドの上で目を覚ました。
借りた部屋に備え付けられていた、大きいがとても古いベッドで、一本足が折れていたのだけど、ユキコさんが『新しいのを買うのは勿体ない!』と自分で修理したものだ。
私とユキコさんは、大衆酒場『ニホン』がある建物の二階に住んでいる。
他の場所を借りるとお金がかかるので、少なくともお店の経営が軌道に乗るまではと、二人で同じ部屋に住み、同じベッドで寝ていたのだ。
ユキコさんは『狭くて申し訳ない』と言っていたけど、私からすればノープロブレム!
むしろ、ユキコさんと一緒に寝られるなんて歓喜の嵐であった。
ふと隣を見ると、ユキコさんがスヤスヤと寝息を立てながら眠っていた。
親分さんにも退かなかった女将としてのイメージからか、一部常連さんが『女将は、もの凄いイキビをかくかもしれない』とか変な噂が流れていたけど、ユキコさんの寝息は静かで、その寝顔はそれは可愛いものだ。
この可愛い寝顔を独占できるなんて、私はなんてラッキーなんだろう。
これまでの私が気がつけなかった新しい性癖が……いやいやいや! 私は普通にお嫁さんになりたいですし!
ウェディングドレス姿の私の隣には、タキシード姿のユキコさんが……じゃなくて!
今は、この幸せな時を楽しむとしますか。
「うへ? どうしたの? ララちゃん」
「いえ、久しぶりに昔のことを夢で見まして」
「ララちゃん、大丈夫?」
ユキコさんは私の境遇を知っているから、昔のことを思い出したと言ったらとても心配してくれた。
家族全員を失ってまだ数ヵ月しか経っていないけど、不思議となにも手につかないほど悲しいということはなかった。
王都に流れて来るまでは生き延びるのに精一杯でそれどころではなく、王都に到着してからは、ユキコさんと一緒に楽しく過ごせたからだと思う。
だから私は、これからも大衆酒場『ニホン』の看板娘として頑張っていこうと思う。
天国のお父さん、お母さん、ミレ、バックス。
私は今、とても幸せです!
「私は家族を失いましたけど、ユキコさんがお母さんみたいだから大丈夫です」
「っ!」
ユキコさんを心配させないように言ったつもりだったのだけど、先日のボンタさんと同じく、私はユキコさんの機嫌を思いっきり損ねてしまったようだ。
起床後の朝食が、今日はえらく質素でした。
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