第7話 人手不足
「女将も毎日大変だな」
「大変ではありますけど、ララちゃんと二人だと仕込める量に限りがあるので、限界を超えた無理はしていませんよ」
「そうだな。店は長く続けないといけないのだから無理はよくない」
幸運なことに、うちのお店はオープン以来ずっと満員に近い客の入りであったが、何分人手が少ないのでこれ以上の料理は仕込めず、今では入店を断ることもあって心苦しかったのだ。
とはいえ、あまり無理をして倒れでもしたら意味がないわけで、さてどうしようかと思っていたところに、親分さんが心配して声をかけてくれた。
最初はちょっと恐かったけど、親分さん、格好よくて、優しくて最高。
でも、綺麗な奥さんとかいそうだよなぁ……。
「信用できる人手か……」
「それに尽きますね」
募集をかければすぐに人は来るはずだけど、今の私の店は多くのライバルたちに注目されている。
スパイをなどを送り込まれかねず、簡単に人を採るのは危険というわけだ。
ララちゃんにも責任を持つ身としては、変な人を採ってお店を混乱に陥れるわけにはいかなかった。
「人手か……」
「親分さん、心当たりがあるんですか?」
親分さんなら顔が広そうだから、なんとかしてくれるかもしれないわ。
「なくはない。わかった、一人紹介しよう」
今日は一人でお店に来た親分さんは、必ず頼むワイルドボアのレバ焼きタレを食べきると、勘定を置いて店をあとにした。
「ユキコさん、親分さんが紹介してくれる人って、どんな人なんでしょうね?」
「想像つかないなぁ……」
「ですよね」
親分さんが紹介する人かぁ……。
どんな人なのか、ちょっと気になってきた。
「ご覧の通りに若い男だから、力仕事も任せればいい」
「初めまして、ボンタと申します」
翌日のお昼頃、昼食後に仕込みを始めようとしたところ、約束通り親分さんが新しい人を連れてきてくれた。
年齢は十五~六歳くらいだと思う。
童顔で色白だけどかなりの巨体で、ご飯をとても美味しそうに食べそうな印象を受ける少年であった。
「こいつも、俺が拾って面倒を見ていたんだ」
「この子もですか?」
「(ユキコさん、この人、あきらかに自警団員には向いていませんよね?)」
私も、ララちゃんの言うとおりだと思った。
この少年、体はとても大きいのだが、太っているというよりも、筋肉質でガタイがいいといった感じだ。
決して弱そうには見えなないのに、どう見ても親分さんのような任侠さんには向いていないように見えてしまう。
「二人が思ったとおりさ。ボンタは自警団員には向いていないが、これでもかなり器用でな。今うちで若い連中に料理を作っているのはこいつだから、ここで働いて腕を磨くのがいいと判断したわけだ」
この子が料理を作ると美味しそうに思えてしまうのは、調理人として素晴らしい才能の一つだと思う。
ガリガリに痩せた人が料理を作ると、不思議なことに美味しそうに見えないから不思議なのよね。
「えっ、僕が調理人としてここで働くのですか? でも、僕は親分に拾っていただいた恩をまだ返していません」
「……親分さん、本当にこの子は向いてないんですね」
「だろう?」
任侠の世界は義理と人情だとよく言うが、実際にはそうではない。
そうではないから、殊更義理と人情を表看板に出すわけで、その建前を本気にしているボンタ君は、決して親分さんのようにはなれないというわけだ。
「ボンタ、そんなことは気にしなくていい。俺はお前になにか光るものを感じたから拾ったんだ。王都に流れてくる全員を拾えるほど、俺の懐は広くないからな」
親分さんも、王都に流れてきた若者全員を拾っているわけではない。
なにかしら才能がありそうで助けておけば自立できる者か、ここで拾って自警団に入れておかないと、将来犯罪を犯しそうな者。
そういう子たちを選んで拾っているというわけだ。
それでも、親分さんのおかげで救われた若者たちも多いはずなので、やっぱり親分さんは凄いと思う。
「お前、うちで飯作る時は楽しそうだよな」
「ええ、料理は大好きなので」
「あえてお前に言っておくが、お前はこの世界にまったく向いていない。下手に拘ると、確実に早死にするだろう」
「僕、自警団員に向いていないですか?」
「その年で、自分を『僕』なんて言う奴はな。この世界、舐められたら終わりだからな」
確かに、一人称が『僕』の任侠さんってどうかと思う。
親分さんでなくても、ボンタ君が自警団員に向いていないと思うのは当然というか……。
「だからだ。今のうちにここで働いて修行しな。将来、お前が独立して店を出し、うちにショバ代を納めてくれるようになれば、それが俺に対する一番の恩返しだぜ。俺もお気に入りの店も増えるからな」
「親分……」
「いいか! ここで懸命に働いて一人前の料理人になるんだぞ。そして、二度と自警団に戻ろうとなんて思うな。わかったか?」
二度と自警団に戻ってくるなと、親分さんはボンタ君に厳しい口調で忠告した。
ここで潔く、可愛がっていた若い子を突き放せるなんて……やっぱり親分さんは優しいと思う。
「はいっ! 必ず一人前の料理人になって独立し、親分に食べに来てもらえるように頑張ります」
「よし! 今から働け!」
「お世話になりました、親分!」
こうして、うちのお店にボンタ君という見習い料理人が入った。
彼は優しい性格をしているようだけど、体が大きく力もあるので、用心棒代わりというのもあるのだと思う。
親分さんはやっぱり優しいなと、改めて思う私であった。
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