第6話 ハニービー

「女将は優秀な猟師でもあるんだな。もしくはハンターか?」

「親分さん、猟師とハンターの違いってなんなのですか?」

「そんなに厳密な差はないよ。大元のギルドも同じだしな」

「左様、この世界に多数生息する魔獣を倒すのがハンター、人々の日々の糧を得る仕事が猟師と、形式上は別れているが、猟師でも強い魔獣を余裕で狩る者も多い。地方ではハンターという職自体に馴染みが薄く、余計に差がないかな」

 この世界の生物はすべて魔獣扱いであり、先ほどのハニービーも実は魔獣扱いであった。

 畜産業がほぼないに等しいこの世界において、人々が肉や魚を得るためには魔獣を狩らなければいけない。

 猟師でも、ハンターでも、そんなに差はないというわけね。

「親分もお爺さんも詳しいですね」

「俺らの仕事は弱いと舐められるのでな。定期的に魔獣狩りをさせて若い連中を強化しているのさ」

 魔獣を狩ると強くなる。

 RPGみたいに経験値が入ってレベルが上がっているのだと思うけど、自分のレベルやステータスが確認できないので、どのくらい強くなったのかは、感覚的に把握しないといけない。

 私も最初はビビって魔獣から逃げ回っていたら、偶然魔獣が自爆して気絶してしまい、トドメを刺したら体が軽くなって強くなった。

 以後は少しずつ大きくて強い魔獣を狙う……そうは上手くいかなくて結局魔獣と死闘を繰り広げる羽目になったけどね。

 でも罠を張って、かかった魔獣を木の棒にナイフをくくりつけて心臓を一撃なんてできるようにもなった。

 そして一ヵ月もしたら、倒した獲物を簡単に担ぎあげて木に吊るせるようになり、自分がえらく怪力になったので驚いたものだ。

 それでも親分さんに勝てるかどうかは……実戦経験が半端なさそうだから、私では勝てないわよね。

 テリー君には絶対負けないけど。

「若い人たちの強化ですか?」

「才能が開花して、ハンターや猟師になってしまう奴もいるがな」

「それって、損じゃないですか?」

 親分さんが自腹で面倒を見ている若い子たちが、自警団に入らずハンターや猟師になってしまったら、親分さんが持ち出した分は損するような気がするのだ。

「それでいいのさ。食い詰めて俺のところに来た連中だが、他に向いている仕事があれば、俺は喜んで送り出す」

「兄貴、いつもそれを言いますね」

「テリーにもいつも言っているが、俺たちの仕事は、もうこれしか仕事がない奴がやる仕事だ。他にできる仕事があれば、そっちをやった方がいいんだ。それに、飯を食わせて、寝る場所を確保して、小遣いを出している程度だからな。さほどの出費ではないさ」

 とはいえ、人数が多ければかなりの負担になるはず。

 食い詰めて王都に流れ込んできた子供や若者を人身売買で売り飛ばしたり、悲惨な労働環境に置いて搾取したりする人たちも決して少なくないなか、やっぱり親分さんは立派だと思う。

「それに、どうしてもこの仕事しかできない奴も一定数は出てしまう。俺は、そいつらを束ねれば仕事になるからな」

 世界は変わっても、アウトローな仕事しかできない人もいるわけね。

「話を戻すが、若い連中を鍛えるためにハニービーの討伐をすることもあるってことさ」

「ハチミツはいいお金になりますからね。危険ですけど」

「砂糖も高価だが、それをさらに上回るのがハチミツだ。ワシも商会が潰れかけの頃は、自分でハニービーを倒し、ハチミツを採取して金を稼いだものさ」

「お爺さんも、ハンターだったんですね」

「本当に若い頃の話だがな。確かに自分で採取すれば無料か。しかし、一人でハニービーを狩るとは凄いな」

 突然一人で異世界に飛ばされたので、一人で倒すしかなかったのだ。

 無知とは怖いものである。

「さすがは姐さんだ。うちの自警団でハニービー狩りをする時には、フル装備で全員でやるんすよ。親分くらいじゃないですか? 一人でハニービーの群れに対応できるのは。あれの針毒で死ぬ猟師やハンターも多いっすからね」

 本当に、無知とは怖いものだ。

 次からは、誰か誘って……ララちゃんは危ないから、今度は親分さんのハニービー狩りに同行させてもらおうかな?

「ハニービーは、じっくりと焼くと美味しいっすよね」

「脚の肉が美味しいのよね。あと、頭の中のミソも。在庫があるから焼いてあげようか?」

「欲しいっす」

 テリー君の注文を受け、私は炭火でじっくりとハニービーを焼いた。

 これも、針で刺されないよう所持品であった折り畳み式のスコップと拾った大鍋の二刀流で倒し続けたので、在庫は沢山あったりする。

「俺もくれ!」

「俺も」

 次第に焼きあがったハニービーから甘く香ばしい香りがしてくると、他に注文するお客さんが増えてきた。

 ハニービーを炭火でじっくりと焼くと、ハチミツのような甘い香りと、この手の甲殻生物特有の香ばしい香りが合わさって、とてもいい匂いがしてくるのだ。

 他のお客さんたちは、その匂いに抗えなかったようだ。

「このミソが甘くて美味しいんすよ。ねえ、兄貴」

「これを食べると、ハニービー狩りをしたくなってくるな」

「ですよね。新しい連中の強化もありますし、近いうちに計画しておこうかと思います」

「そうだな」

 今日は、巨大蜂ハニービーの炭火焼きが沢山出て、これまでにない売り上げ高となったのであった。

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