第5話 タレの秘密
「ララちゃん、どう?」
「ユキコさん、美味しいです。ようやくショウユを使った『タレ』が完成しましたね」
「試作で予想以上に苦労したわ。ある程度量の確保も必要だったから、これまでは塩焼きしか出せなくて申し訳なかったもの」
「ユキコさんの故郷の調味料は、癖になる美味しさですね」
うちのお店の串焼きは塩が基本の味だったのだけど、このお店がオープンしてから一ヵ月ほど。
オープン前から試作に試作を重ね、お店で出すには在庫も必要なので溜めていた醤油をベースのタレが、ようやく完成したのだ。
突然飛ばされた異世界で、どうやって私が味噌や醤油を手に入れたのか?
それは、私は指から味噌と醤油が出せるから……これは、冗談ではなくて事実であった。
この世界に飛ばされた直後は、一日に10ミリリットル……味噌は固体なので十グラムか……出すのが限界だったので、獲得した食料の調理に使って、狩猟採集生活の味気ない食事を改善するのにとても役に立った。
魔獣を倒しているうちに私は徐々に強くなっていき、それに連動して一日に出せる味噌と醤油の量は増えていった。
今は一日一リットル……味噌は一キログラム……は出せる。
そのため、店で出している魔獣のモツ煮込みは、すべて味噌ベースの味付けをしていた。
これに加え、ついに醤油ベースのタレもデビューするというわけだ。
「ちょっと甘いのもいいですね」
「醤油のみならず、甘味も入れているからね」
「甘味? もしかして砂糖ですか?」
「まさか」
他の国や地域では知らないけど、この王都では砂糖は高級品であった。
当然うちのような大衆酒場が料理に使えるわけがなく、砂糖の代わりに『ハチミツ』を入れていたのだ。
「以前に何度か食べさせてくれたハチミツですか? 砂糖よりも貴重なのに……。そもそもお店で出せるほどハチミツを持っていたのですね」
「偶然ハチを沢山倒して、巣を探って、手に入ってしまったのよ」
「そんなに沢山のハチミツを、ハニービーから手に入れたんですか? 危ないですよ、ユキコさん」
「もう終わったことよ」
この世界に飛ばされ、人がいる場所を目指して北上していたところ、『ハニービー』という大きな蜜蜂の巣が群生している場所に多数遭遇。
きっと群生地だったのね。
私は、全長五十センチほどの巨大な蜜蜂の大群と死闘を繰り広げ、沢山の数えきれないほどのハニービーと、蜂の子、蜜蝋、ハチミツを入手したのであった。
おかげで定期的にララちゃんと甘味を楽しんでいたのだけど、それを用いてタレを作ったわけだ。
あとで、ハニービーという魔獣は一体一体は大して強くないけど、大群で襲ってくるので、毎年採取者に多くの犠牲者が出ると知ったのは、ハニービーの群生地を潜り抜けて王都に到着した、大分あとのことであった。
加えて、ハニービーは針にかなり強力な毒を持つと知ったのも王都に到着してからであった。
今は素直に反省して、今度採取する時には装備に気をつけようと思う。
ハニービーとハチミツの採取はやめないのかって?
ハチミツが無料で手に入るんだから、やめるわけないでしょう。
私も一応女性なので、定期的に摂取できる甘味は必須アイテムであった。
ミツロウで作った化粧品やリップクリーム、ハンドクリームも接客をする私とララちゃんには必要だものね。
「ララちゃん、今日から串焼きは、塩かタレか聞いてね」
「わかりました」
そして夕方、大衆居酒屋?(言う度にカテゴリーが変わっているような……)『ニホン』が、時間どおりにオープンし、多くの常連客と少数の一見客ですぐに一杯になってしまった。
「ご隠居、オイラは若いんでタレっすね」
「タレもいいが、ワシは肉の味をストレートに味わえる塩じゃな。ヤーラッドの親分は?」
「種類によりますね。タンは塩、レバーはタレ。ものによって、塩の方がいいものと、タレがいいものとに別れる」
「さすがは兄貴、違いのわかる男だ」
すっかりうちの常連になった親分さんは、よくテリー君以下の若い衆を連れて店に来るようになっていた。
定番の席は、元は大商会の当主であったお爺さんの隣。
どっちも大物なので、お互い委縮せずに話しながら飲み食いできるのがいいようだ。
「しかし女将。このタレ、ハチミツを使ってあるようだが、コスト的に大丈夫なのか?」
「はい。前に沢山採ってあるので」
もう一つ、私にはおかしな特技があった。
それは『食料保存庫』と呼ばれるもので、これに採取、処理した食材を入れると、その中では時間経過せず悪くならないのだ。
そのため、今も大量のハチミツの在庫を持っていた。
どうしてそんなことができるのかわかったのかといえば、いつものように山で仕掛けた罠の確認と採取をしていたら突然この世界に飛ばされてしまい、以後、生きた人のいない(死体はよく見かけた)魔獣の大生息地から王都に辿り着くまでの半年間。
私は、一人でサバイバル生活を送っていたからだ。
なぜか魔獣を倒すごとに強くなり、その他魔法みたいなことも……料理に関連したものばかりだったけど……徐々に使えるようになったのはいいが、獲得はしたが量が多すぎ、かといって保存食にする時間にも限りがあって食材を捨てる必要に迫られようとしていた。
典型的な日本人としては『勿体ない』と思うばかりであり、『冷蔵庫か冷凍庫でもあればいいに』と思った瞬間、捨てるしかなかった食材がどこかに消えてしまった。
この瞬間、私は『食品保存庫』を獲得していた事実に気がついたわけだ。
冷蔵や冷凍はできないけど、『食料保存庫』に入れた食材は経年劣化しないので、解凍の手間も省けてかえってよかったという。
私はとりあえず狩猟採集で得たものを『食料保存庫』に仕舞い、空いた時間に使いやすいよう解体や下処理をするようになった。
どうして日本の女子高生にそんなことができるのか、多くの人たちは不思議に思うかもしれないけど、それは私が田舎育ちで、生粋のお祖父ちゃん子だったからだ。
お祖父ちゃんはその田舎では最後の専業猟師と呼ばれていて、私は子供の頃から時間があればお祖父ちゃんの狩りに同行し、罠を張ったり、食べられるものを採取したり、渓流で釣りをしたりしていた。
当然、獲物の下処理や解体にも慣れていて、私がこの世界に飛ばされたのは、たまたま一人で山に入っていた時というのもあって、色々と道具を持っていたので助かったというのもあったのだ。
一昨年亡くなったお祖父ちゃん。
孫の由紀子は別の世界でも、お祖父ちゃんの教えを生かして元気に暮らしています。
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