第4話 任侠さん登場 その3
「お待ちどうさまでした」
私は自分で焼いた串料理を一本だけ親分さんに差し出した。
「なんだよ、肉じゃないのかよ。ケチくせえ」
確かにそれは串には刺してあったが、肉や内臓の串ではなかった。
ギンナンほどの大きさで、ツボミのような野菜が三つ刺してあり、外側が少し焦げたものだったからだ。
「あんたには出していない」
「この小娘、俺には強気だよな」
親分さんはわからないけど、少なくともあんたには負ける気がしないからだ。
「テリー、静かにしていろ。コフキか……」
「やはりご存じなんですね」
コフキは、日本のフキとよく似ている野草であった。
この世界のは、ギンナンほどの大きさしかない。
王都ではあまり出回っていないが、私が野菜を仕入れている八百屋では、時期になると懇意にしている郊外の農家が卸してくれるそうで、試しに少し仕入れてみたのだ。
この世界だと天ぷらはないので……油がネックなのよね。精製された油じゃないと……雑穀雑炊に入れたり、肉や魚と一緒に焼いて食べたりすると聞いている。
私は串に刺して、軽く塩を振りながら焼いただけだけど。
適度な苦みがあって、お爺さんは前菜代わりに一本頼んで食べていた。
他にも、年配のお客さんたちには好評な一品であったのだ。
「(まだ三十歳前後と思われる親分さんの好みに合うかどうか……。でも、お爺さんは自信あるみたいね)」
親分さんは、串に三つ指してあるコフキを一つだけ口に入れた。
目を瞑って軽く咀嚼しながら、その味を丁寧に確認しているようだ。
続けてもう一つ。
やはり、同じように目を瞑りながら炭火で焼いて塩を振っただけのコフキの味を丁寧に確認している。
最後の一個を口に入れ、殊更ゆっくりと咀嚼してから呑み込んだあと、私は彼の目にうっすらと涙が浮かんでいる見つけてしまった。
「ほんのりと苦く、塩が振ってあるので、そのおかげでようやく少し甘さを感じる程度。大して美味くもないが、俺が捨てた、ろくでもない故郷を思い出す。あの狭い村。そこで農家の跡取りだからという理由だけで威張り腐る愚かな親父と、他のもっと貧しい農村から嫁いだ、帰る場所がないからと言って、いつもオドオドしながら親父の機嫌を伺っていたお袋。本当に、クソみたいな故郷だったな」
誰に聞いてもらうつもりでなく、自然と声が出たのであろう。
親分さんは、コフキの串焼きを食べ終わると、自分の生い立ちを話し始めた。
「親父はろくに農作業をせず、酒と博打に熱心だった。田舎の農村なので、同じく博打好きの村人たちと毎日博打三昧だったのさ。そのためお袋が一人で畑を耕し、家に少しでも金があると親父は酒を買うか博打に使ってしまう。お袋が少しでも盾突けば、親父は容赦なくお袋を殴り続けた。俺が止めに入ると、親父は『ガキのくせに生意気な!』と怒鳴り、俺も意識がなくなるまで殴る蹴るの暴行を受けたものだ。おかげで、子供の頃はいつもひもじい思いをしてな」
「そんな中で、よく食べたのはコフキだったのですか?」
「これに限っては村の外に一杯生えていてな。大して美味しくもないものなので、村の連中はそんなに食わなかったが、うちは別だった。お袋は、俺にひもじい思いをさせて申し訳ないと、これを沢山食べさせてくれた。そんな状況でもお袋は、親父を見捨てて家を出ることもせず、無理を続けて病で早死にしてしまったのさ。俺が十歳の頃だ。俺は、なにもかもが嫌になって村を飛び出した。浮浪児のような格好でようやく王都に辿り着いてな。そこからは、死ぬ思いで苦労して今の俺がいるというわけだ」
親分さんの凄みは、そういう散々苦労した過去から滲み出たものだったのか。
「故郷を出た時、コフキなんて二度と食うものかと思ったが、これを食べるとつい思い出してしまうな……」
「亡くなられたお母様をですか?」
「ふっ、まあ及第点をくれてやる。ショバ代は相場でいい。テリー!」
「へいっ!」
「他の連中に伝えておけ! この店におかしな真似をするなとな!」
「わっかりやした!」
「帰るぞ」
「へいっ! ……俺もなにか食いたかった……」
「なんだ? テリー」
「いえ、別に……」
「そのうちな。他の若い連中も一緒にだ」
「わっかりやした!」
そう言い残すと、親分さんは三下を連れて店を出ていった。
テーブルの上には、銀貨が一枚。
コフキの串は一本銅貨一枚なので、迷惑料代わりというわけか。
今、親分さんにオツリを渡そうとするのは無粋なので、ここはありがたく貰っておくとしよう。
私はちゃんと空気も読むのだ。
決して、串一本だけで銀貨一枚も貰えてラッキーなどとは思っていない。
それにあれよ。
いわゆる迷惑料ってやつ。
「いやあ、近くで見るとヤーラッドの親分は凄い迫力だな」
「目力(めぢから)の違いってやつだな」
親分さんがいなくなったあと、お客さんたちの話題の中心はあの親分さんのことであった。
ちなみに、あの親分さんが『ヤーラッドの親分』と呼ばれているのは、この近辺のエリアがその昔ヤーラッド地区と呼ばれていた頃の名残りだそうだ。
今は区画整理で、ヤーラッドの地区名は消えてしまったらしい。
親分さんは、この地区で一番力がある自警団の親分であり、近年にいない若い親分さんでもあるそうだ。
「お爺さん、アドバイスありがとうございます」
「いやなに、ある種の搦め手だが、この店にコフキがあったからこそ成立した作戦なのでな。よく仕入れていたものだ」
「お爺さんも一本注文していましたよね」
「この年になるとな。コフキのようなものを前菜代わりにちょいと食べて、人生の旅愁に浸る者も多い。ヤーラッドの親分は若いが、彼の人生は激動そのものであったはず。ああいうものを食べて過去を想い出す余地があったというわけだ」
それだけ、親分さんは人生で苦労してきたわけか。
あとお爺さんだけど、さすがは元大商会の前当主。
人を見る能力が尋常じゃないわ。
そりゃあ、成功するわけだ。
「ヤーラッドの親分が気に入った店ならば、よほど世間知らずのバカでもなければ、もう誰もちょっかいをかけまい。これで安心して、ワシらもこの店に通えるというもの。女将、エールお替りと、適当に串焼きを見繕ってくれ」
「大丈夫ですか? お爺さん。そんなに食べて」
「コフキなんぞ、最初に一本食べればいい。人間はやはり美味しいものを食べてこそであろうて」
「それもそうですね」
今日はちょっとピンチだったけど、お爺さんのアドバイスによってそれを乗り越えることができた。
明日も頑張って料理を仕込まなければ。
「あれ? 親分さん? あと三下」
「今日は客として来ただけだ。若いのが多いから、串焼きをドンドン焼いてやってくれ」
なんと翌日、昨日の親分さんが数名の若い手下たちを連れて来店したのには驚きを隠せなかった。
ショバ代は相場を支払うことにしたのだが、他になんの用事かと思ったら、純粋に客として来たのだと親分さんは言っていた。
実際、彼が連れてきた若い衆たちは、面白いように沢山の串焼きを食べていく。
「よく食べるわね」
「みんな、育ち盛りだからな」
一人、エールをチビチビとに飲みながら、ワイルドボアのレバ塩焼きを口にする親分さん。
この前のように、コフキの串焼きは頼まなかった。
「あれは、たまに食べるのがいいんだ。そんなに美味しいものではないからな」
「親分さんは、お爺さんと同じことを言いますね」
「お爺さん……ああ、ご隠居のことか。潰れかけた商会を立て直し、この国一番の商会に育て上げた立志伝的な人物で、貴族でもペコペコしている奴がいる凄い人を『お爺さん』とは、女将は度胸あるな」
「知らなかったんですよ」
「あのご隠居らしいが……一筋縄ではいかない人だな」
親分さんはひと目で一角の人物だとわかるのだけど、お店で酒とツマミを楽しむお爺さんは、本当にどこにでもいそうな優しいお爺さんに見えてしまうのだ。
だからこそ、逆に凄い人なんだろうけど。
「兄貴もこの店が気に入ったんすから、これも姐さんの凄さじゃないっすか?」
懸命に串焼きを食べていた昨日の三下君が、突然私を『姐さん』と呼び始めた。
私は居酒屋の店主で、任侠の世界の人じゃないんだけど……。
「姐さんって……あなたは、私よりも年上なんじゃないの?」
「いえ、オイラは十七歳っすけど」
「なんですと!」
この三下君、まさか私よりも年下だったなんて……。
とっくに二十歳を超えているものだと……この西洋風な人たちが多い世界において、背もさほど高くない童顔の日本人は、実年齢よりも低く見られるというわけか。
「理不尽な……見た目は年下なのに、なぜか姐さん扱いって……」
「いやあ、オイラ感動したっすよ。兄貴にあそこまで面と向かって言える人なんて、初めて見たっす」
「そうだな。俺も久々に新鮮な体験をした。お前ら、今日は沢山食えよ」
「「「「はいっ!」」」」
そうか。
三下……テリー君もそうだけど、若い子たちはみんな他に居場所がなくて、カタギの仕事にも就けず、そんな子たちを親分さんは面倒見ているわけか。
ショバ代を集めてこの子たちにこの地域の治安を守らせ、完全な犯罪者にならないようにしている。
一種のセーフティーネットというわけね。
暴対法がある日本では、決して理解してもらえない考え方なのだろうけど。
「「「「「姐さん、ご馳走様でした!」」」」」
お礼を言ってもらえるのは嬉しいんだけど、姐さん呼ばわりはできればやめてほしい。
でも、テリー君以下は、以後私をずっと姐さんと呼ぶようになってしまった。
とはいえ、格好いい親分さんが常連になってくれたのはよかったと思う。
女性は、少し影のあるいい男が好きなのよ。
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