第3話 任侠さん登場 その2

「(この建物、お店がオープンしてはすぐに潰れるを何度か繰り返したところだから、定着してからでいいと思ったんじゃないかな? 家賃安いでしょう? 実際のところ)」

「(確かに安いですね)」

 借りた人が店を出すとすぐに潰れてしまう不良物件だったからこそ、このお店は家賃が安かったのよね。

 裏通りで場所が悪く、ちょっと治安が悪いし、ここ数年は空き家だったそうだから、この一ヵ月様子を見ていた?

「さあ、ショバ代を出せ!」

「出してもいいけど、条件は?」

 安全を買えるとなれば必要経費として割り切るけど、あまりに高いと利益が出ず、なんのためにお店をやっているのかわからなくなってしまう。

 向こうの出方次第というわけだ。

「売り上げの半分」

「出せるか! 三下!」

「なんだとぉーーー!」

 売り上げの半分って……このお店は薄利多売でやっているのに、売上の半分も持っていかれてたまるものか。

「ヤーラッドの親分、あまりにもそれは酷いのでは? 相場からも随分と外れておるぞ」

「お爺さん、そうなの?」

「いくらなんでも、売り上げの半分は暴利だ。色街のお店でもそんなに払っておらん」

 儲かるとされている、綺麗なお姉さんがいる高価な飲み屋や、売春宿でもショバ代が売り上げの半分なんてまずあり得ないと、お爺さんは教えてくれた。

「俺にもつき合いがあるのでな」

 初めてその声を聞いた親分さんだけど、声もイケメンだった。

 残念ながら、今は私の敵だけど。

「他のショバ代を払っているお店から、私の店を潰すように依頼を受けたのね!」

 なんとなく真相がわかってきた。

 親分さんは、すでにショバ代を貰っている私と同業のお店から、私の店を潰してほしいと頼まれた。

 だから、無茶なショバ代を要求してきたのであろう。

 出せなければ、この店を潰すと。

「ヤーラッドの親分、それはあんまりでは? 女将はまっとうな商売をしている。看板娘のララちゃんは、故郷の村が魔獣によって滅ぼされ、王都に流れてきたところを女将が助けた。もし女将が助けなければ、色街に落ちていたはずだ。聞けばヤーラッドの親分も、子供の頃に着の身着のままで王都に流れ着いてきたとか。同じ境遇の者たちに対し、任侠の世界にいる者の取る態度だとは思えませんぞ」

「お爺さん」

 お爺さん、王都で今一番勢いがある親分さんに喧嘩を売るのはどうかと思う。

 庇ってくれるのはありがたいのだけど……。

「安心せい、女将。ワシは今は引退した身なれど、これでも若い頃はそれなりに有名人でな」

 有名人?

 元々は高名な役者だったとか?

 まさかね。

 とてもそうは見えないし。

「スターブラッド商会中興の祖である、先代当主ブレンドルクを知らない自警団の親分など聞いたことがないな。金など腐るほどあるくせに、高級な店ではなく、こんな場末の店に通っていたとは驚きだ」

 お爺さん、本当に有名人だったんだ。

 見た目では全然わからなかった。

 あと、場末な店で悪かったわね!

 これでも味には自信があるのよ!

 今は、親分さんが怖いから言えないけど……。

「若い頃、潰れかけた老舗を立て直すために散々働いたのだ。残りの人生、ワシは好きなことをして生きていく予定でな。してヤーラッドの親分?」

「別に、頼んできた店主たちとて、普段阿漕な商売をしているわけではない。家族や従業員たちの生活もある。俺はこんな半端者だ。彼らの弱さがよくわかるのさ。お得意さんというのも大きいのは、俺らしいだろう?」

 ニヤリと笑いながら、最後にそう尋ねてくる親分さん。

 そのシニカルな笑顔も格好よかったけど、今の私にとっては敵でしかない。

 私のお店のせいで客が減った、他のお店の店主たちからの依頼ってわけか。

 可哀想だとは思うけど、私にだって生活というものがある。

 ララちゃんもいるし、自分の家は自分で守らないとね。

「親分さん、私は相場のショバ代なら出しますけど、理不尽な要求には屈しません。私はこの店を守るためなら、たとえ親分さんが相手でも引きませんよ」

 こうなればもう勢いだ。

 女は度胸よ。

 私は、親分さんからの要求を拒絶した。

「おめえ! アニキの言うことが聞けないってのか! 世間知らずの小娘が、後悔することになるぞ!」

「私は親分さんに言っているのよ。三下は引っ込んでいて!」

 親分さんの威を借るチンピラめ!

 あなたと交渉しても無意味だから、ここは無視するに限るわ。

「おめえ、痛い目をみたいのか?」

「かかってきなさい」

「小娘がぁーーー!「テリー!」」

「しかし……アニキ……」

「俺は動くなと言った。俺の言うことが聞けないのか?」

「いえ、そんなわけでは……」

 とここで、親分さんが手下のチンピラ君を制止した。

 そんなに大きな声ではないのに、まるで条件反射のように彼はその動きを止めてしまう。

 よほど、親分さんを怒らせると怖いことが骨身に染みているようであった。

「度胸があるお嬢さんだな。俺を目の前にして」

「ちょっと後悔しているけど」

「お嬢さんも、弱いところのある普通の人間というわけか。俺もそうだ。だから、俺と勝負をしないか?」

「勝負ですか?」

 勝負って、なにをするんだろう?

 親分さん相手だからギャンブルとか?

 もしくは戦い?

「でもどうして?」

「俺も弱いところがある人間だからさ。さしてお腹は減っていないが、なにか一品出してくれ。俺が気に入れば、ここは俺の行きつけの店ということになる。そういう店から、法外なショバ代は取らないさ」

「一品勝負ですか? 親分さんが気に入るものを出せと?」

「兄貴はこう見えて口も肥えているんだ。諦めるんだな、小娘」

 こういうのって、日本のグルメ漫画とかにありそうだけど、いざ自分がその状況に置かれると困ってしまう。

 さしてお腹は減っていないと言った親分さんに、この店に通いたくなるような一品を出す。

 普通に考えたら、名物の串焼きのどれかか、味噌煮込みでも出せばいいのだろうけど、そんなありきたりな回答では、親分さんが納得するとは思えない。

 さて、なにを出せば……と迷っていたら。

「(女将、今日、ワシに最初に出したものでいいと思うぞ)」

 とここで、お爺さんが助け舟を出してくれた。

 そういえばこの人って、スターブラッド商会の先代当主なんだよね。

 スターブラッド商会は王都一どころか、この国一番の大商会であり、さすがの私でもその名前は知っていた。

 その元当主の忠告ともなれば、これは大いに参考になるはずだ。

「(アレですか? でも、親分さんは若いですよ)」

 お爺さんに出したものは、完全に年配者向けの料理なので、まだ三十歳前後の親分さんの好みに合うとは思えないのだ。

「(生粋の王都の人間には向かぬが、ヤーラッドの親分は田舎の寒村の出。この時期ならば、アレの料理を口にしているはず。彼は故郷を捨てた身なれど……というわけだ。騙されたと思って出してみるがいい)」

「(わかりました、ご隠居)」

「(ご隠居はやめてくれ、女将。ワシは、ただの酒好きのジジイなのでな)」

 お爺さんに言われたとおり、私は親分さんに出す一品を調理し始めた。

「ええっ! これをですか? 私はお肉の串の方がいいような気がします」

 ララちゃんは半信半疑のようだけど、なんといってもスターブラッド商会の前当主の意見だからね。

 人を見る目は誰よりもあるはずで、私が自分で出す料理を決めるよりも確実な気がしたのだ。

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