第2話 任侠さん登場 その1

「今日は手に入ったんだ、ウォーターカウ」

「昨日の定休日に狩りに出かけたら、たまたま水場にいたんですよ。ラッキーでしたね」

「女将は、自分で獲った魔獣の肉しか使わないのな」

「獲ってすぐに処理しないと、他のお店のお肉や内臓と同じく獣臭くなってしまうので。いいお肉や内臓を仕入れられるお肉屋さんがあればいいんですけどね」

「そうなれば、もっと営業日が増やせるか」

「ええ」

「この辺の肉屋だと難しいかな? じゃあ、俺はロースを塩で……「兄貴、この店ですぜ!」」


 今日も『串焼き大衆酒場(という業態にほぼなりつつある)ニホン』は、夕方から営業を開始していた。

 立ち飲み用のカウンターとテーブル席はすべてお客さんで埋まり、私もララちゃんも忙しく働いている。

 そんな中、突然店内にちょっとガラの悪いお兄さんが入ってきた。

 続けて、いかにもなお兄さんも入ってくる。

 年齢は三十歳前後くらいであろうか?

 ノーネクタイながらも、この世界にもあった高価なスーツをピシっと着こなし、黒い髪はオールバック、端正な顔立ちながらもその目の奥で鋭く光る眼光が、彼がカタギの人間ではないことを私たちに知らせてくれた。

 これまで和気あいあいとしていた店内に、一気に緊張が走る。

「ヤーラッドの親分さん、ここは安くて美味しいものを出すお店で、親分さんが気にするようなお店では……」

「そんなこと、お前ぇには聞いてねえよ! 兄貴がどう判断するかなんだよ! さあて、ショバ代をどうするかな」

 現代の日本ではなかなか見かけない光景かもしれないけど、要するにこの二人はカタギではないヤクザな方々で、うちにショバ代を求めて参上したわけだ。

 この世界は日本とは違って、電話をしたらすぐに警察が来てくれるわけではない。

 そもそも電話自体がないけど。

 当然、暴対法なんて法律もない。

 治安も悪く、こういうヤクザな方々にショバ代を支払って安全を確保することは、決して悪いことではなかった。

 この手の商売が存在するのは、『毒には毒をもって制す』という意味合いがあったからだ。

「ヤーラッドの親分さん、ここは我々庶民が暮らす下町の、さらに裏通り、奥まった場所にある。そこで、十八歳の若女将と看板娘が一ヵ月も無事に店をやっている。ご理解いただけないだろうか?」

 オープン当初からの常連客であるお爺さんが、若い親分さんを説得し始めた。

 確かにここは賃料がとても安いけど、好立地ではないし、決して治安がいい場所ではない。

 オープン当初には、ガラの悪いお客さんや、強盗犯も出た。

 いわゆるチンピラ程度のタカリも複数出た。

 私はそれらをすべて実力で排除し、決められたルールを守れない客たちも出入り禁止として、ようやく今のお店の空気を作り出したのだ。

 新規のお客さんでも、ちゃんとルールを守って利用できる人は大歓迎であったが、ルールを守れないのであれば……。

 ご理解いただけない人は、実力をもって排除させていただくけど。

 この世界に来て約一年、私も随分と逞しくなったものだ。

 最初の半年は、ほぼサバイバル生活で野獣を狩って暮らしていたから……強くなるのと同時に、度胸もついて当然か。

「ヤーラッドの親分」

「うるせえ! 兄貴がジジイの話なんて聞くものか! 女の身でちょっとばかり腕っ節に自分があるくらいで威張るな! 兄貴は、魔法使いにだって勝った経験が何度もあるんだぞ!」

 親分さんの手下である若者は、説得など無駄だとお爺さんに強く言い返した。

 それと、確かにこの親分さんは魔法使いではないけど、隙のない身のこなしをしている。

 私で勝てるかな?

「(あのぅ……今さらながら、ヤーラッドの親分って?)」

「(女将は王都に来てまだ数ヵ月だから、まだ知らないのか。ヤーラッドの親分は、今王都で一番勢いがある自警団の親分なのさ)」

 傍にいた常連さんに聞いてみると、ヤーラッドの親分と呼ばれている格好いいけど、危険な空気を纏っている青年は、いわゆる任侠組織の親分なのだそうだ。

 この世界では、そういう方々を『自警団』と呼ぶらしい。

 この手の組織は今の日本だと悪く言われるのみであったが、この世界だと必要悪とされていた。

 この世界の国々では『警備隊』と呼ばれる治安組織があったが、彼らは野獣の駆除や、組織・凶悪犯罪の摘発、有事の際には軍に編入されてしまうので、泥棒や強盗、窃盗、恐喝程度では出動してくれるかどうかわからない。

 人員が足りないというのもあった。

 地方の村には、警備隊の詰め所すらないところも多い。

 そこで、自警団にショバ代を払っておけば、お店におかしな人が来ても安心というわけだ。

 警備隊よりも圧倒的に早く動いてくれるらしい。

 公務員よりも民間企業の方が動きが早いのは、世界が違えど同じというわけだ。

 ショバ代を払ってくれるお得意さんだから当然か。

 地方では、自警団が魔獣狩りをしているところも多いらしい。

 ただ、どうしても末端の組織の中には、人身売買、売春、違法薬物の販売、貴族や大商人の代わりに手を汚すところもあって、カタギの人たちからよく思われないわけだ。

 食い詰めた若者たちが集まる傾向にあり、そういう人たちはとりわけガラが悪というのもあるのであろう。

 現に、親分さんについている若者は……いかにもチンピラってイメージだものね。

「(阿漕なことをするという噂はないんだけどなぁ……ショバ代は、交渉で安くできるはずよ。この手のお店からあまり高額のショバ代は取らないはずだから)」

 必要経費とみるべきかな。

 ここの大家さんも、事前に教えてくれればよかったのに……。

 当たり前すぎて、わざわざ言うことではないと思われたのかしら?

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