野生のJK柏野由紀子は、異世界で酒場を開く

Y.A

第1話 繁盛店

「はーーーい、お待ちどうさま。ハツ、タン、レバーの塩が二本ずつね」

「女将、エールお替りね」

「はい、エールお替りですね。ララちゃん、お願いね」

「わかりました、ユキコさん」

「俺は、センマイ刺しとモロキュウね」

「センマイ刺しとモロキュウですね。忙しいわね」

「女将、新しい人を雇った方がいいと思うけど……」

「現在絶賛募集中です」

「ララちゃんみたいな可愛い看板娘がくるといいな」

「お客さん、ここにも看板娘はいるけど……」

「はははっ、そうだったな。女将も若いんだけど、貫禄のせいで、ちいとばかり年上に見えるんだよ」

「私、まだ十八歳なのになぁ……」

「その年でお店を持っている女性なんて、王都にもそうそういないからな」



 今夜も、私の店を訪れる多くのお客さんたちに料理や酒を出し続けていた。

 オープンから一ヵ月ほど。

 幸いにして、私のお店は多くのお客さんで繁盛している。

 初めてお店をやるので心配だったけど、『案ずるより産むが易し』とはよく言ったものだ。

 このお店のオーナー兼女将である私、柏野由紀子(かしの ゆきこ)と、オープンと同時に雇い入れた、お店の二階で一緒に住む同居人でもある看板娘のララちゃんと共に、オープン以来毎日忙しい日々を送っている。

 王都サンペルク南側、平民街のさらに路地裏にある私のお店『ニホン』は、いわゆる大衆酒場と呼ばれる形態で、メインは串焼きとお酒に合うオツマミであった。

 あとは不定期で、ララちゃんと二人で用意できた料理を出すお店だ。

 串焼きは、この世界に多数生息し、庶民から王侯貴族までもがよく食べる、ワイルドボアという猪に似た魔獣及び、ウォーターカウという水牛型の魔獣に、アクティブホースという馬型野獣がメインであった。

 そして、たまに手に入る珍しい魔獣のお肉を特別メニューとして提供することもある。

 その日に仕入れた食材次第という感じかな。

 人手の問題であまり料理の種類は多くないけれど、この世界ファーランドにはなかった料理も多く、しかも庶民向けで安いため、オープンしてすぐにお客さんが沢山来てくれるようになっていた。

「ミソニコミ一つ」

「はい、味噌煮込みお待ち」

「ああ、美味ぇ。聞いてよ、女将さん」

「どうかしたの?」

「いやさ、この前商業ギルドの集まりがあって、そのあとに酒席もあったんだけど、料理がイマイチでさ。珍しい魔獣の肉らしいんだけど、血生臭くて食えたものじゃないんだよ」

「ああ、それはちゃんと血抜きしていないんですね」

「それで、やたらハーブ臭いんだよ」

 この世界の料理について簡単に説明すると、調味料はほぼ塩とハーブだけ。

 肉は主に魔獣を狩ったものとなるが、ハンターや猟師たちは獲物を沢山獲ろうとするため、ろくに下処理をしないので獣臭い。

 どうやら、獲物の血抜きをしていないようなのだ。

 それに加えて保存技術も低いため、肉はすぐに悪くなってしまう。

 それを隠すため、ハーブ類と一緒に煮て肉の血生臭さや異臭を消そうとするが、中途半端に血生臭さが残るか、大量に使用したハーブの味ばかりが舌に残る、肉の味もへったくれもない料理が、かなりの上流階級でも当たり前のように出たりした。

 私と話をしているオジサンは、王都では中規模レベルの商会の主であり、たまに商業ギルドの集まりでご馳走を食べるそうだが、材料である肉の状態がよくなかったそうで、せっかくの珍しい魔獣の肉だったのに、あまり美味しいと思わなかったそうだ。

「ハーブを食べている気分になってな。あそこまで大量にハーブを使うと、肉の味もなにもなくなってしまう。それでもまだ血生臭さが残っているというのも問題だけど」

「かなり古いお肉だったのでは?」

「だろうな、遥か北方国境沿いで入手したって話だから」

「せめて冷やして運ばないと……」

「肉を運ぶ依頼を引き受ける魔法使いがいるかね?」

 この世界には魔法使いがいるが、彼らは獲った獲物の保存に気を配るよりも、一匹でも多くの魔獣を倒した方がお金になるので、そういう配慮はしてくれないそうだ。

 食材の状態に気を配らなければ、美味しいものは作れないというのに……。

 この世界は地球とは違うので、食料は質よりも量が優先されるからというのもある。

 少ない魔獣の肉の状態に気を配りながら持ち帰っても、残念ながら買い取り金額が増えるわけではない。

 一匹でも多く倒すことに集中した方がお金になるというわけだ。

「希少な魔獣の肉の料理よりも、ここのワイルドボアの串焼きだな。レバー、シロ、カシラを塩で」

「はい、まいど」

 次々と注文が入り、私は事前に仕込んで串に刺してあったワイルドボアの肉や内臓を炭火で焼いていく。

 ワイルドボアの肉は猪や豚に似ていて、ヤキトン屋をやっているのと同じ感覚だと思う。

 本当は他の魔獣の肉を使ったメニューもあるのだけど、今日は仕込む時間がなかったのだ。

 やはりもう一人従業員が欲しいところだけど、ここは私がいた日本とは違う世界なので、ただ人を雇えばいいというわけではない。

 ララちゃんのように信用できる子は、そう簡単には見つからないのだから。

「ララちゃん、今度のお休みにデートしようよ」

「残念でした。今度のお休みは、ユキコさんと出かけるんです」

 若い男性客からデートに誘われたララちゃんは、それを軽くかわしていた。

 私とデートをするのだと言って。

 休日、よく一緒に遊びに行くのは事実なんだけどね。

「なんだよ、女将がモテモテじゃないか」

「悪い?」

「いいや、女将は男前だからな」

「だから、私は女だって」

「それは当然なんだけど、その若さで店の主なんだから貫禄があって当然だよな。俺とは違って」

「私もララちゃんと同じくか弱い乙女で、生活のために頑張っているんです」

「か弱いかぁ……何十年前の話かな? それ」

「だから、私はまだ十八歳なのに!」

「「「「「「「「「あはははっ!」」」」」」」」」」

 定期的に発生するやり取りを聞き、爆笑する常連客たち。

 事実、私はほんの一年前まで日本で普通の女子高生をしていて……ちょっと趣味とかは普通じゃないかもしれないけど……ある日突然この世界に飛ばされてしまったので、生きるために努力してこのお店のオーナーになったのだ。


 そう、私の名前は柏野由紀子十八歳。

 串焼きと気まぐれ料理とお酒のお店『ニホン』の店主兼オーナーである。

 そういえば、まだ当然生きているであろうはずの両親は元気であろうか?

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