第三話 《勇者願望:Wannabe HERO》(後編)

 もう他に掛ける言葉が見当たらなくて、この先どう彼女たちに接していけばいいかもわからなくなって、俺は病室を後にした。


 病室を出ると、そこには何やら澄ました顔のおっさんが、俺の帰りを待っていた。

「フラれたのか?」

「別に告白はしてないですよ。俺には心に決めてる人がいますから」


 俺は握り締めてくしゃくしゃになった封筒を、おっさんに突き返した。

「返すなよ。返されるといろいろと面倒なんだ。そんなにいらなきゃ、ゴミ箱にでも捨てちまえ」

「それは法律違反でしょ!」俺は冷静さまで失ってはいない。


「知ってるか、坊主」

 俺がおっさんの前を通り過ぎようとしたとき、意味ありげに天井を見つめながら俺を呼んだ。


「なんですか、俺もうここに居たくないんですけど」

 これ以上いたら、また彼女たちのもとへと戻りたくなってしまう気がする……。


「冒険者の年間死亡率、坊主は知ってるか?」


「さあ……知らないですけど」

「約5割だ」


「……えっ」


「人口500万人のこの国で、冒険者の割合は約1%。毎年10万人の子供が生まれて、その内の約3割が冒険者になるのに、冒険者の割合は約1%」


 その年の国民3割が冒険者になるのに、全人口における冒険者の割合が1%だと!? 単純に考えて、新規冒険者の約8割が死亡するってことじゃないか……。


「10年も冒険者業を続けられるのは、全体の約0.1%って言われてるな……」


 そうか……、50%の10乗。その値が0.1%になるというのなら、

「つまり、10年間冒険者を続けられれば、全体の上位0.1%になれると!」


「……え、……あ、ああ。まあそういうことになるのかな。おれが言いたいのはそういうことじゃない。つまりだな、彼女たちはここで降りて正解だったって話だよ」


「……? どういう……」


「だからな。冒険者は全体で約5万人いて、そこに毎年3万人の冒険者が増える。けれど全体の半分、毎年2.5万人の冒険者が死亡して……、そしたら、全体の総数は5.5万人。つまり人口の約1%より、冒険者の数が増えちまうだろ? つまりな、その内の5000人程度は、結婚なり引退なり、そうして冒険者の数が減っているってわけ。誰しも死ぬまで冒険者をやっているわけじゃないからな」


「うーん……なるほど」


「するとどうだろう。今回の件で踏ん切りが付いたのなら、死ぬ前に止めちまうのが正解だとは思わないか? 言っちゃあ悪いが、彼女たちじゃああと1年と持つまい。

 この討伐会はな、そういった冒険者になるかどうかの登竜門でもあるんだ。下級魔獣相手にあの調子じゃあこの先やっていけない。


 まともに戦えず、すぐに畑の肥やしになるくらいなら――せっかくの別嬪なんだ。どこか別のところで男でも作って、さっさと子供を拵えちまった方がいい人生だとは思わないか」


「……その言い方は、気に食わないです」


「坊主、これが現実なんだよ。誰しもが強大な魔王相手に立ち向かえるわけじゃない。それはお前にだってわかるだろ。……見たところ、人の死を見たことがないというわけでもないようだし……」




『――俺は、魔王討伐を目指しているんだ』


 回想――神歴2020年8月25日午後9時頃。今から約2か月前のあの日、初めてシュンと出会った、あの日の夜。ケンは俺に、長々と旅の目的を話してくれた。


『魔王軍は、俺の故郷を焼き払った。


 当時その街には“勇者”って言われる特級冒険者が住んでいたみたいで、彼を殺しに来たビアスって言う魔王軍幹部が、口から炎を吐いて俺の街を焼き払ったんだ。


 当時の俺には、冒険者になれる素質なんてなかったし、親類に冒険者がいなかったから、俺も将来、冒険者になるつもりなんて更々なかったんだけど、そのビアスの炎で俺の家が全焼して、そしたら焼け落ちた屋根の所為で、母が潰された。


 お腹には俺の妹になるはずの赤ちゃんも居て、どうにか母を助け出そうとしたんだけど、そしたらビアスが俺の目の前にやってきて、俺は殺されそうになった。

でもそれを父が身を挺して俺を守ってくれて、そしたらビアスはこう言ったんだ。


『フン、ウンノイイヤツメ。コンカイダケハミノガシテヤル』って。


 そして、俺は怖くなって逃げだした。がむしゃらに逃げて逃げて、そしたら警備隊に身を保護してもらえたんだけど、結局、街で生き残ったのは俺だけだった。


 だからその日、俺は決意したんだ。冒険者になるって』


『あれ、まだそこだっけ。そこで魔王討伐を目指すんじゃなかったっけ?』

 リンが聞き飽きたようにケンに言う。


『その日から俺は鍛練を繰り返した。毎日腕立て伏せと、腹筋を100回ずつ。走り込みは毎日10キロ行った』


『はいはい、勇敢勇敢』

 耳タコであるらしいリンが、ケンをおだてることで話を終わらせようと画策する。


『もう少し話させろよ。まだ俺が『魔王討伐を目指す』話が出来てない』


『大体想像着くわよ。魔王軍幹部の……何だっけ? 琵琶湖ビワコ? そいつに指示を出したであろう魔王が一番気に食わないんでしょ?』


『ビアスだよ! 俺はしっかり調べたんだ。

《勇者狩り》の魔獣ビアス。《勇者殺し》の妖魔ビアス』


『はいはいわかったわかった。

 それよりさ、アリーナ! あたしの学生時代の話を聞いてよ!』

『ちょっとーリンー!』

 その様子を見ていたシュンが、ぎゃははと愉快そうに笑う。リキは相変わらず声を出すことはしないが、しかし楽しそうに満面の笑みを浮かべていた。




「――確かに、現実は厳しいですよね」

 その1か月後、“勇者”であったシュンを殺しに来たビアスによって、ケンは独りになった。


「冒険者が悪い仕事だと言っているわけじゃない。むしろ誇るべき大事な仕事だ。

 だけどな、人間には向き不向きがあるんだ。無駄に命を燃やすようなことはさせたくない。だからおれはこの仕事を選んだ。未来ある若者たちを導く仕事。時には、その若者たちを引き留める仕事だ」


 おっさんの言いたいことは分かるよ……。痛いほど分かる。分かる……分かるけど、わかりたくない……。


「……これからどうするんだ、坊主」


「……俺?」

「そうだ。お前さんは強い。確かにあの譲さんたちの言う通りだ。あんなに能力値が低いのに、あれだけのことをやって見せた。


 だけど……はっきり言って。お前さんに才能はない。

 Lv.15でステータスが15だぞ? 普通はその三倍、45はあるっていうのに……。今はまだやっていけるかもしれないが、後が辛い。差はどんどん広がるばかりだ。今は同じレベルの人と30程度しか差がないかもしれないが、Lv.30になってみろ。おれの経験則から言って、その差は倍程度にまで広がっているはずだ。


 冒険者はなあ、『努力三割才能七割』って言われてな、れっきとした才能社会なんだ。才能のない奴は、一年足らずで死んでいく。


 お前さんはさっき、当然死ぬ気はないみたいな感じで語っていたが、その0.1%に入るためにどれだけの冒険者が死んだと思っている。

 無理なんだよ、普通は。成れっこないんだ……“勇者”なんかには……」


 勇者。突然出てきたその単語に、俺は少しだけ違和感を覚える。つまるところ、

「おっさんも昔、勇者を目指してたんですね」


「……まあな。誰しも一回は通る道だ」

 おっさんは薄く笑う。

「止めはしないさ。お前さんみたいな奴はな、死ぬまで自分の立場が理解できない。……でもそれがバカだとは思うまいよ。夢見て走り続けた大馬鹿だ。むしろ勇者よりも勇ましい」


 勇者を夢見たかつての少年は、よっこらせと重たそうな身体を持ち上げる。


「次の討伐会は明後日午前9時頃だ。また参加したかったらやってきな。歓迎する」


 おっさんは俺とは正反対の方向を向くと、ゆっくりと俺から離れていった。

 俺は思う。


 問題ない。

 俺はもう“勇者”だから。

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