第三話 《勇者願望:Wannabe HERO》(前編)

 俺は早速詠唱する。


「《代理詠唱魔法・Read for member》・《強化魔法・Boost》」

「え?」

 俺の詠唱内容が気になったのだろう。《member》なんて対象選択方法はない。これは俺のオリジナルだ。


 カレンはびっくりして目を丸くしていると、後ろからローラに大声でどやされる。

「カレン! もう来るよ、なにぼさっとしてんの!」


 ローラは握りしめている弓を大きく引くと、カレンに迫っている魔狼目掛けて矢を放つ。

「カレン、逃げて!」

 だが、少し遅い。これではローラの矢が魔狼に刺さる前に、カレンが襲われてしまう。


「《代理詠唱魔法・Read for カレン》・《防御魔法・Defense》」

 カレンの肉体が強固なバリアによって守られる。そのため追突され、5メートルほど後ろに跳ね飛ばされてもカレンは無傷でいた。けれど、


「あれはまずい。あの位置じゃあ、魔狼の群れに呑まれちまう」

 隣で筋肉が、魔狼をタコ殴りにしながらそう言った。


「え、え、どうしよ」

「慌てないのエリー! とにかくあなたは《回復魔法》。あたしが周りの魔獣を撃ち殺すから」


 しかしローラは迷ってしまった。一体この10匹以上いる魔狼の中から、どれを打ち抜けばカレンを助け出せるのだろうかと。

 そしてエリーも困ったように泣き言を言い出す。

「ダメだ。今のカレンの位置じゃ、わたしの射程圏外。これじゃあ《回復魔法》が発動できないよ!」


 カレンと俺たちの距離は、大体20メートルちょっと。些か射程が短すぎる気もするが、初級冒険者だから仕方ない。俺の《回復魔法》だって、届くかどうか微妙なところだ。


 隣で筋肉の一人が言う。

「仕方ない。我々が助けに向かおう。我々の援護をお願いできないか?」

「……いや、俺が行きます。逆に俺の“代理”をお願いできますか?」

「“代理”……え?」


 しかし俺の提案に、他のみなが待ったをする。

「アリーナじゃ無理だよ。いやあ、カレンが死んじゃう!」

「カレン!」

 とうとうローラは弓を置き、そしてエリーは泣き出してしまう。


「お嬢さんたちの言う通りだ。ここは我々に……」

「ちょっと失礼」

 俺は詠唱する。


「《代理詠唱魔法・Read for 筋肉》・《強化魔法・Boost for me》・《加算魔法・Addition for me》・《俊足魔法・Swift for me》」


 筋肉は俺の長い詠唱を聞いて、何を思ったのだろう。急激に腑抜けたような顔になり、そして尻餅をついてしまう。

 ……なんて。ただ俺が筋肉の体力をすべて消費してしまっただけである。筋肉だってこんな形をしているが、立派な下級冒険者だ。レベルが低い。


「ありがとうございます。俺の“代理”になってくれて」

 俺は走り出す。


「アリーナ!」

 ローラは後ろから俺を引き留めようと声を上げるも、その声は俺には届かない。


 現状、カレンの位置は最悪だった。後衛からのサポートが中心のうちのパーティーは、ローラと俺の流れ弾を防ぐため、他のパーティーとは少し離れたところに陣取っていたのだ。そのため、他の前衛班が簡単には援護できない距離にあり、現在そのエリアは魔狼に占領されてしまっている。


 今は俺が発動した《防御魔法》で、カレンの体力が持つ限りは安全が保障されているが、あと何秒持つかわからない。


 それと特に最悪なのが、カレンが先の追突で気絶してしまったことである。頭をぶつけてないといいが……、早急に救い出す必要がありそうだ。


 途中、前衛班が交戦するエリアを通過しようとすると、ヤクザの兄貴が俺に言った。

「おい坊主、ワシの体力も使ってくれや。ワシは上級やから、体力には余裕がある」

「サンキュー兄貴!」俺は気さくに礼を言う。


 これはありがたい。正直、どう魔狼の群れを掻い潜るか困っていたのだ。筋肉の体力では、俺に攻撃手段を付与できなかったし、俺自身の攻撃では歯が立たない。


「《代理詠唱魔法・Read for 兄貴》・《強化斬撃魔法・Boost Slash》・《加算魔法・Addtion》・《放射魔法・Radiation》」


《強化斬撃放射魔法》。強化された斬撃魔法を、放射状に放つ魔撃法攻撃。以前から《放射魔法》は何かに使えると思っていたのだが、こうして広がった敵を一掃するのにかなり有効な魔法の様だ。


 カレンを避けるように放射された斬撃魔法は、兄貴の魔法攻撃力の高さも相まって、一瞬にして魔狼の群れを追い払った。


「やるなあ坊主」

 少しだけやつれた様子の兄貴が、俺を称賛する。

 再度俺は「ありがとう兄貴!」と伝えると、カレンを抱きかかえて、颯爽とその場を後にした――。




「――カレン! カレン!」

「……んっ、……んん?」

「カレン!」

 カレンが目を覚ますと、呼び続けたローラは思いっきり彼女を抱き締めた。「苦しいよ、ローラ」とローラを宥めるカレンに、エリーも後ろから覆いかぶさる。


 現在時刻は午後2時。場所は近くの地元病院。既に魔獣討伐は終わり、怪我のない冒険者たちは、既に元いた街へと帰り着いている頃合いだろう。


 参加者52名中、カレンのように病院の世話になっている者の数は12名。相場はわからないが、些か多い気がする。しかしその内の1人は俺がダウンさせてしまったので、俺がどうこう言う資格はない。

 すると、冒険者の安否を見て回っていた雇い主のおっさんが、病室の中へとやって来た。


「目が覚めましたか。ご機嫌の程は?」

「少しだけまだフラッとしますが、お話程度なら出来ると思います」

 カレンは、今は解かれた金髪を掻き上げると、おっさんに続きを促した。


「では、今回の報酬の件について話しますね。結論から言って、今回あなた方が討伐された魔狼の数は0匹。そのため、報酬設定から言えば0円になるわけですが……」

「問題ありません。剣士でありながら、敵に対し一太刀も浴びせられなかった私に、報酬が支払われる道理なんてありませんから」

「カレン……」

 既に何度も泣きはらしたエリーが、また瞳に涙を湛える。


「最後まで話を聞こうぜ」

 俺はこの話の内容を知っている。俺が彼女たちにそう言うと、おっさんは続きを話し始めた。


「しかしですね。カレンさんのパーティーのアリーナ君が、魔狼を10匹ほど討伐補佐してくれたとおっしゃる方がいるんですよ。そこで、合意書の内容とは食い違ってしまうんですが、特別に、その方の意見も踏まえまして、討伐補佐10匹分、15000円を今回の報酬として支払いたいのですが、それで合意していただけますか?」


 そうおっしゃる方というのは、詰まる所、ヤクザの兄貴である。あの人は俺が攻撃するところを間近で見ていたから――まあ正直、消費している体力は兄貴のなので、俺はその報酬を断ったのだが、「いいから受け取って置け」という言葉に押し切られたのだ。


「……いや、戴けないですよ。私たち今回なにもしてませんよ」

 カレンの言葉に、ローラとエリーが首を縦に振る。でも、


「俺たちパーティーだろ? カレンのパーティーメンバーである俺が討伐補佐して、そこに報酬が出て、それをパーティーメンバーで分配するのは間違ってないだろ?」


「パーティー……めんばー?」

 Ouch! エリーの反応に俺は気が付いた。memberって単語、通じないんだ。


「いや……だからさ、俺たち仲間だろ。遠慮すんなって、みんなで掴んだ報酬だよ! みんなで分け合うのは当然だろ?」


 ……しかし、カレンは首を縦には振らない。


「アリーナ君には悪いけど、やっぱり私たちは、この報酬を戴けない」

「……え、なんでよ。だって……」


「だって! ……私たちは、君に迷惑を掛けただけじゃないか……」


 カレンは悔しそうに歯を食いしばると、居た堪れなくなったエリーが下を向き、困ったローラがおっさんに助けを求めた。しかしおっさんは「これはパーティーの問題だ」と言わんばかりに、封筒に入れられた報酬だけを置いて、病室から静かに出ていく。


「……正直、私はもっと強いと思っていた。もっと魔獣相手にも攻撃が出来ると思っていたし、なんなら魔王を倒すのは私だと思ってた。


 だけど、だけど現実は違った。

 たったLv.12の魔狼相手に怯えあがって、震えた心を強がることで覆い隠しても、ちょっとしたことで集中が途切れて、挙句の果てに、もう少しで魔狼相手に殺されるところだった。


 もう……ダメなんだよ。私じゃ剣は振るえない。私じゃ魔物てきには勝てない。

 こういうことは、初めてじゃないんだ。

 だから、次失敗したら、もう諦めようと思ってて……」


 カレンは泣くことをしなかったが、その代わりにといった感じでエリーが泣き出した。ローラも、カレンが倒れても泣かずに堪えていたのに、今回ばかりは溢れ出る気持ちに逆らえなかったらしい。


「……俺が、悪いのか?」

 嫌味な言い方だ。別にそんなことが言いたかったんじゃなくて。ただ、彼女たちの気持ちを踏みにじってしまったような気がして……。


「そんな訳ない。私は……」

「カレンはね、アリーナくんが助けてくれたんだよ」

「うん。カレンは、アリーナが助けてくれたんだ」

 エリーとローラが、俺がカレンを助けるまでの経緯を説明してくれる。


「……そう。なら、やっぱり私たちには、この報酬は受け取れないよ」

「そうか……」

「うん……」


 なんとなく、この続きが分かるような気がした。

「それと、もう私たちは冒険者を止める」


「……え、カレン……」

「……カレン」

 エリーはどうして? という風だったが、ローラにはカレンの気持ちが痛いほど伝わったらしい。


「なんで? 魔王討伐はカレンの夢でしょ?」

 ローラが俯く。エリーのその、純粋な眼差しが辛いらしい。


 カレンは言った。

「夢だけど……、それは今でも変わらないけど……。

 もう無理なんだよ。今回は私だけだったけど、今度はローラとエリーだって巻き込んじゃうかもしれない。今回はアリーナ君が居てくれたから助かったけど、次もそううまくいくとは限らない……」


 瞳が潤んだ彼女は、それでも涙を流さない。


 強い人だ。だから俺は、……いや多分これはただの自己満足だ。……でも、元々の目的はレベル上げだけじゃない。もう一つ目的があった。『出会いの場としての意味合い』。つまり、


「なあ、カレン。俺さ、パーティーを探してるんだ。俺みたいに弱くても、受け入れてくれるパーティー。聞くところによると、このパーティーには、俺が必要みたいだし……」

 すると、カレンはふっと微笑んだ。


「誘うなら、もっと情熱的に誘わないと。アリーナ君のそれじゃあ、女の子は誰も振り向かないよ……」


 さすが手慣れている。容姿端麗な彼女たちだ。一体今までにいくつもの男たちからの誘いを断ったのだろう。


「……それに、アリーナ君は弱くないよ。さっきまでは、その能力値でどうやって戦ってるの? って思ってたけど、いざこうして一緒に戦ってみて、アリーナ君の強さが分かった気がする。

 きっと、アリーナ君は覚悟が強いんだね。それと、乗り越えてきた場数が違う」


「それは……まあ」

 そうだよ。何人もの死を目の当たりにしてきたし、御月だって、早く助け出しに行かなくちゃならない。思えば俺自身、よく今まで一人でレベル上げして来れたなって思ってたけど……、そうか。知らない間に覚悟を決めてたんだな。絶対に魔王まで辿り着くっていう覚悟が。


「ごめんね、アリーナ君。もうこのパーティーは解散するんだ。だから、アリーナ君とは一緒に戦えない」


「そうか……」

「うん……」

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